僕と救済計画 そのさん
魔道具で美少女の肉体を得た――シャロンいわく魔美肉した僕は次なる準備に取り掛かった。
魔美肉が準備1なら、準備2では物を集める。シャロンの立案した計画を実現するには大量の魔石と、これまた大量の砂が必要だ。
さいわい、魔石は時間さえあれば波力回転機からいくらでも作り出せる。これがもし、鉱山で稀に掘れるやつだったり魔物の体内に極稀に結晶化してる魔石を集めないといけないんだったら、とてもじゃないが成り立つ作戦ではない。
いくらでも作れるとはいえど、波力回転機ひとつだけで望む量の魔石を確保するにはかなりの時間が掛かる。そんなわけで波力回転機を量産していくことにした。島なら仕掛ける海岸沿いには事欠かない。
「ってことで、重り用の草玉を大量に作っておいてくれ」
「はい喜んで! 我らが身命に賭けて島中の草を刈り尽くしてみせましょうぞ!」
「そこまではいらないかな」
ある程度頃合いを見て止めておかないと、島民たちは延々と草玉を作り続けかねないな。
増設する分の波力回転機は木材で作ることにした。
木材なら島でも容易に手に入るし、加工もしやすい。さらには石や鉄より軽いから波の力で動かしやすい。つまり生成される魔石も多い。かわりに歪んだり壊れたりしやすいが、一時的にでも魔石を増産できれば今回はそれでいい。
すでに稼働しているものがあるので、それを真似て作ればいいので作業自体も楽なものだ。
まずは追加で十機ほど増やすべく、同じ部品を木材から十個ずつ切り出していく。
途中、作業効率を上げられないかなと思いつき、ちょちょいっと生成した岩兵で部品の加工を試してみたのだが、これはうまくいかなかった。岩兵の動きは鈍重で、大雑把だった。砕くとか潰すとかには向いていても、きっちり決まった形に木材を切り出すなんて芸当には不向きであった。
僕が思考分割・制御できる最大三体の岩兵と僕自身とを合わせれば四機分の部品を同時に切り出せると思ったんだけど、そうそううまくはいかないようだ。
こういう作業を手伝わせるのは魔導機兵三人娘が適任だけど、シャロンはお屋敷とレピスの護衛、カトレアは砂集めのため単身グレス大荒野へ向かっており、リリィはエタリウム諸王国連合内に潜入中。うーん、人手が足らん。
こういう時には弟子がいればと思わなくもないんだけど、僕はお世辞にも人にモノを教えるのに向いていないし、シャロンたちや〝全知〟の力を借りて魔道具をいじれるようになっただけで、僕自身に弟子をとるだけの力はないんじゃないかと思う。弟子になった人の人生にも責任を持てないし、なにより一時期工房に詰め掛けて来ていた弟子入り希望者たちは、大なり小なり、意識的にせよ無意識的にせよアーニャたち姉弟を見下していた。魔術師としてやっていけるだけの魔力を持つ人間は少なく、いわば『選ばれた』人間だという意識が強い。ただでさえ虐げられている獣人たちに対して、横柄な態度を取らない魔術師のほうが珍しいくらいだ。
――そういや、魔術師よりもさらに『選ばれた』血筋なはずのレピスは、初対面の時からアーニャたちに対してとくに嫌な感情を持っていなさそうだったな。この間なんかアーニャを枕にして寝ていたくらいには打ち解けていたし。あれは横柄な態度というより甘えていると言ったほうが正確だろう。
「……と、いけない。作業に集中しないと怪我するな」
ぞり、と木材の上を滑ったナイフに、僕は慌てて思考を現実に引き戻した。
結局、この日は目標の十個を下回る八個分の部品を全て切り出したところで作業を切り上げた。九つ目に取り掛かっても中途半端になってしまうし、それよりは作った八つに術式を刻み、組み上げて、重りをぶら下げて稼働させたほうがいい。波の力は夜だろうと関係なく働くので、僕らが寝ている間にも魔石を生成してくれる。まあ、魔石って言っても砂粒ほどの小っちゃなやつだけどな。
部品に術式を刻むのは四つ同時に行う。〝自動筆記〟の応用で、魔石インクで書きつけていくのだ。魔石の生成のために魔石を溶かして生成した墨汁を使うのも変な話だけど、使った分くらいすぐに元が取れる。
〝自動筆記〟は岩兵の同期制御に似ており――というか、基礎理論は同じものを下敷きにしているのだろう、術式に書き起こした場合にも似ている箇所がけっこうある。『書く』ことに特化している分、岩兵より細かい制御が容易で、その代わりに力もなければ岩兵のように視界を借りるような運用はできない。
特化。特化ね――。
材木加工に、いや、今回の波力回転機を作るためだけでもいい。それ専用に特化した岩兵を作ればどうだろう。
「おぉー、増えましたな!」
「明日にはもっと増えるぞ。重りと生成された魔石の管理は頼むな」
「はい喜んでぇ!」
威勢の良い声に見送られ、この日は作業を切り上げた。
翌朝。僕は寝床での思いつきを形にするべく、島へは移動せずリーズナル邸の裏庭でしゃがみ込んでいた。
本当は思いついたその瞬間から取り掛かりたかったのだけれど、『夜は寝なきゃ、めっ、なのぉ……』と僕の足を抱き枕にする寝ぼけ眼でのアーシャに怒られ、シャロンもアーニャも僕の腕枕を放すつもりはなさそうだったので朝になってしまったのだ。
「またぐにょぐにょした、スライム? じゃったか。もういっぱいおるじゃろが」
「これはまた別のやつなんだよ」
興味津々で僕の作業を見ているラシュと、その少し後ろでじとーっとした視線で口を挟んでくるルナールの組み合わせだ。ルナールは僕の作業に興味はないが、ラシュがこの場を離れないので仕方なく留まっているっぽい。
「そう言って、この間も作っておったぞ? そのうち屋敷中ぐにょぐにょだらけになりそうじゃな」
「そんないうほど多いか?」
ええと、湯沸かし担当のクロイムだろ? 洗濯と慰安を兼ねた保衣眠、灯り取りに使ってるガラスラに、魔石を凝縮するまとめるくん、地下水の吸い上げに、煮炊きに、地下劇場の吸音に……まだ屋敷の人口を少し超えたくらいの数だから大丈夫だろう。うん。
便利なんだよ、スライム。生成のための素材も集めやすいし、加工しやすいし。とくに魔石なんていくらでも使えるようなもんだしな。これから魔石が山ほど要るってのに使っちゃうのは、その、これは投資、先を見据えた投資だから……。
もし万が一、暴走して人に危害を加えはじめたとしても所詮はスライムだ。レッドスライムみたいなやばい特性を持つやつは作ってないし――と思ったけど、今作ってるこれはその意味で言えば少しばかり危険性はある。まあ、塩ぶつけたら誰でも倒せるけどさ。
今回作っているのは波力回転機の部品切り出しに特化したスライムだ。こいつに木材を放り込むと、余計な部分が溶かされて、部品として必要な部分だけがそのまま出てくるって寸法だ。これで、まるで印章を押すかのごとく、同じ形をした部品をいくつも作り出せる。
とはいえ、もうちょっと調整は必要だな。溶かしちゃ駄目な部分まで溶けてるところがあるし。
「こいつができたら部品作りを手伝ってくれるか? こうやって、木材を放り込むだけでいいから」
「わかった、やる」
ラシュは二つ返事で頷いてくれた。
ルナールはそれを見てどこか渋い顔をしている。
「あれなら、ルナールはべつに手伝ってくれなくても構わないけど……」
「……いいや、わらわも手伝ってやろう。しかしの、ひとつばかり条件がある」
意外、というべきか。ルナールも手伝ってくれる気はあるようだ。が。
ルナールはラシュの耳を両手でぱたりと押さえ、僕の方へと口を寄せてきた。どうやら内緒話があるらしい。ラシュは「ん〜?」と首を傾げている。
「わらわは対価を所望する。なに、小遣い程度で構わぬ」
ルナールの出してきた条件は随分ささやかなものだったが、内緒話をするあたり、ラシュに知られずに買いたいものでもあるのだろう。
ヒンメル商人に卸している回復薬茶の売上もあるし、工房をやっていた頃の蓄えもあるので僕の懐具合的には余裕があり、言ってくれれば必要なだけの金は渡す。
ただ、近頃はそれなりに慣れてきたとはいえ、ルナールは人間を毛嫌いしている。ただ渡されるだけでは施しを受けるようで気が咎めるのなら、対価という形で金銭を得たい気持ちもわからないではない。
頼む作業はスライムに木材を放り込み続けるだけの簡単なお仕事だけど、せっかくだからラシュと町歩きをして買い食いを楽しめる程度の賃金を支払うことにしよう。
いや、ルナールが持っている私物と言えるものは2本の飾り紐くらいのものだし、好きな小物を買い揃えるためにはもう少しくらい色をつけてやってもいいか。
僕はルナールの出してきた条件を快諾すべく頷いた。
「わかった。とりあえず、今日一日手伝ってもらって……そうだな、金貨3枚くらいでいいか?」
「たわけ!」
ちょっと多めかな、くらいの賃金を提示したら怒られた。耳を塞がれているラシュがびくぅっと尻尾を跳ねさせる。
パン焼き職人が一年で得る賃金が金貨12〜15枚ほどのはずなので、割のいい仕事だと思うんだけど……ルナールだって幼いとはいえ女の子だしな。化粧品やら何やら、僕にはわからんところでお金が掛かるのかもしれん。
「じゃ、じゃあ金貨5枚くらい?」
「たわけが! どうして増やすのじゃ!?」