僕と救済計画 そのに
政治的な要素の絡むレピスの救出作戦には、僕の女装が必要だという。どういうことだよ。
「納得いかないご様子ですね」
「そりゃまあ……」
「では順を追ってご説明します。今回の作戦ではオスカーさんに余計なちょっかいを出してくる勢力の排除と、ついでに最終的にレピスラシアさんが暗殺者に狙われなくなるのを目的としています」
どうもレピス救出作戦はシャロンの中ではついでらしい。今日もシャロンは平常運転だ。
「レピスラシアさんを暗殺したい勢力は、隙の多くなる旅の道中ではなく、わざわざガムレル周辺に到着してから暗殺が行われるように仕掛けを施していました」
「天幕を張って、腰を落ち着けてからでないと取り出しにくい荷物の奥底に仕舞われてたのよね。その、例の毒の茶葉は」
リジットの確認に、シャロンはこくりと頷く。
「はい。湿気に弱く、虫がつきやすい希少な茶葉なためと説明があった、と複数の侍女から証言が取れています」
旅の道中での野営や、町や村での滞在では、すべての天幕を張ったり、すべての荷解きを行うことはない。使うものは必要最小限に留められる。
荷解きをしたところで翌日には再び荷をまとめ、出発しなくてはならないのだ。手間がかかればその日に進める距離が減り、旅の日数が――つまるところ、負担が増える。
毒茶を振る舞うよう指示した張本人である小太り卿も、『レピスラシア殿下の好物である。目的地に到着したら旅の無事を労って献上するといい』とでも言い含められていたのだろう。
ちなみに小太り卿は、当日の混乱のさなかレピスの兄王子の関与を仄めかしたものの、その後の聴取では一転して『覚えていない』『自分は嵌められた被害者だ』と主張している。
覚えていないという主張は魔導機兵の判定によって嘘と判断されているが、被害者だというのは本気で言ってるらしい。王家のごたごたに巻き込まれて首と胴体が離れることを危惧してるっぽい。
まあ、頑張ってくれとしか言えんわな。魔鋼の鎧をくれるなら一言くらいレピスに口利きしてやらんでもないが。
「わざわざガムレル周辺に来てから毒殺されるようになってたってことは、殺すこと自体が目的じゃない、って話だったよな」
「はい。さすがオスカーさんです。話の要点を覚えていらっしゃって素敵です。できる殿方は違いますね、妻として誇らしいです」
「私のときとシャロンの反応が露骨に違いすぎない? べつにいいけど……。それで、レピス様の暗殺をオスカーがやったってことにして開戦の口実にしようとしてるのよね」
「はい。姉が裏取りに動いていますが、ほぼ間違いないでしょう」
ここ数日リリィを見てないな、と思ったらどうも潜入捜査的なことをやっているようだ。
ダビッドソンを渡してあるので、今頃はエタリウム本国にいてもおかしくない。
「あらためて考えても、レピス様に初めて会った日、アーニャが毒に気づいてなかったら大変なことになっていたわね」
「ふっふーん、ウチお手柄? お手柄やろ! なんたって、ネエサマやもんなー」
「間違いなく大手柄だよ」
「おねえちゃん、えらいの。おおてがらなの。よしよしなの」
「むっふっふー」
口々に褒められて、アーニャは得意げに尻尾をゆらゆらと揺らしている。
アーシャも似たような反応をしていたけど、レピスにアーニャ義姉妻と慕われるのが存外に嬉しかったとみえる。いまはレピスの寝具と化した上、実の妹のアーシャに頭を撫でられて得意げにしてるアーニャだが……本人がそれでいいなら、いいか。
「たとえ開戦に至ったとしても、ただの人間の軍隊風情がこの私を越えてオスカーさんを害するのは不可能ですが、無駄な血が流れるのはオスカーさんの望むところではありませんからね」
「驕りでも誇張でもなく本気でやっちゃいそうなのがシャロンのすごいところよね……オスカーが望むなら躊躇いなくボコボコにしそうなところまで含めて」
「はい。当然でしょう?」
不思議なことを聞いたとばかりに、こてん、と首を傾げるシャロン。リジットは苦笑いしている。
話を戻そう。
「つまり、レピスと僕が一緒にいる限り暗殺される恐れがあり、女装は僕を僕と思わせなくするためってことか」
僕と関係ないところでレピスが暗殺される可能性は低い。なら、レピスがレピスとして振る舞わねばならない場では、僕が別人に成りすますのが手っ取り早い。
もちろん、これだけでは何の問題の解決にもなっていない。これは僕とレピスが同時に動けるようにする策だ。
「はい。その意味もあります」
「その意味も?」
「はい。合理的にオスカーさんを女装させられる機会なんてそうそうありませんからね。レアです。激レアです。いわゆる、此度は女性として顕現したSSRオスカーさんです。私にはすべてのオスカーさんの記録を保全する義務があります」
いつも通りに絶好調なシャロンさんだった。シャロッシャロだった。というか、今かなり無茶な発音しなかった?
「ええ……それでも女装にはちょっと抵抗あるんだけどな」
「はい、いいえオスカーさん。女装は男性にしかできないんですよ。男性にのみ許された振る舞いなんです。つまり、もっとも男らしい装いのひとつと言っても過言ではないです」
「なるほど……?」
たしかに女性が女物の服を着ていても女装とは言わない。もしかして女装って男らしい格好なのか?
いやいや落ち着け僕。シャロンの勢いに飲まれるな。女装しなくたって他に手立てはいくらでもあるだろ。爺さんに化けるとかさ。
「オスカーは中性的な顔立ちをしてるから大丈夫、似合うわよきっと」
「外見的特徴の大部分は、リジットがわたくしの影武者をする時に使ってた魔道具があればなんとかなるのです」
「ウチもカーくんの女装見てみたいにゃー」
「じつはオスカーさまとお揃いで着てみたいお服がありますなの」
ハウレル家嫁会合参加者に僕の味方はいないのか!
アーニャの胸を枕にスヤァ……と気持ちよさそうに眠るレピスがたとえ起きていたとしても、僕の味方にはなり得ない。そんな気がする。
助けを求める気持ちで、部屋の隅に控えるメイドさんに目線で助けを求める。目が合った。いいぞ!
「お化粧はお任せください。メイド隊総力をあげてサポートいたします。カイマン坊ちゃんの反応が良かった『とっておき』もございます」
にっこり微笑まれた。すでに外堀まで完全に埋め立てられており、あとは僕の陥落待ちだったようだ。
ただ、カイマンを落とすつもりはない! ないからな! ……フリじゃないからな。ほんとにな。
いやまあ。多勢に無勢というか、なんというか。ううむ、戦いはやっぱり数だな……。
シャロンたちが本気で僕に女装を望む熱量が凄すぎて、普通に押し切られたよね。
で、どうせやるなら半端はナシだ。
僕だとバレるような仕上がりだとレピスの暗殺を防ぐ意味を果たせないし、なにより僕が恥ずかしい。逆に言えば、僕だとバレないほど完全に女の子になりきってしまえば、僕の恥ずかしさは軽減される。
やるなら徹底的に、だ。可愛いは、作れる!
セルシラーナの影武者になる魔道具の設計理論を基礎に、幻惑術式、錯覚術式を盛りに盛る。
アーシャは僕の接近に匂いだけで気付くので、嗅覚への対策も盛り込まねばなるまい。もちろん声の高さも元のままなんてわけにはいかない。
いや結構大変だなこれ。魔力伝導性の高い素材が全然足らん。どこか日帰りできるくらいの近場に災害級魔物でも落ちてないかな。
4、5日ほど掛けて――そのうち3日ほど徹夜を挟みアーシャに怒られ――女装魔道具はついに完成をみた。
その出来はもはや女装というよりも、女体化魔道具と言っても差し支えがない完成度だ。
均等に彫刻した中くらいの魔石を5つも使った力作で、それぞれの魔石に刻んだ術式同士が相互に補完し合い効果と安定性、持続性を高めている。『六層式神成陣』を参考にした構成だ。あの結界を作った人たちも、まさか女装のためにその技術が応用されているとは思うまい。
自分自身を含め、周囲の人の認識へ干渉するので、動きに違和感が出ることもない。
身長が縮んだ(ように感じられる)ので、しばらく地面との距離に戸惑う感覚はあるけど……そのうち慣れるだろう。胸が邪魔になって足元が見えにくいので、段差に躓かないようにだけ注意が必要である。
というわけで、さっそくのお披露目! なのだが。
「その背丈でその胸は欲張りすぎじゃない?」
リジットが不満を滲ませて眉を顰めた。
「アーニャ義姉妻くらいあるかしら? ふふ、柔らかい……。目の前で変わるところを見せてもらわなかったら、ほぼ確実に旦那様とはわかりませんわ」
僕の胸を後ろからふにふに揉みながら、今日は起きているレピスが請け負う。
それにしても、なんの躊躇もなく揉みにきたな。認識へ干渉しているため、僕の体に触れたら見た目通りの感触がする。ちなみに僕が自分で触ってみても、むにむにした独特のやらかい感触が楽しめるのは実践済みだ。いや、変な意図はないぞ、動作確認だ。動作確認。感触、ヨシ!
「アーニャさんくらい――というよりもアーニャさんのおっぱいですよ、あれ。身長はアーシャさんと全く同じです」
「声と匂いはリジットちゃんなの」
どうせ女装をするなら可愛いほうがいいし、完成度を高めるなら僕がよく知っている相手を真似るに限る。
そういうわけでみんなから要素を拝借して組み合わたわけだが、シャロンにはあっさりバレた。
逆に言えば魔導機兵の計測能力ですら女体化した僕を観測しているということに他ならないので、魔道具の出来としては大成功とも言える。
「カーくん、ウチのおっぱい好きやもんね」
アーニャがどこか嬉しそうにニマニマ笑う。
「声と匂い……なんか私の要素、変態っぽくないかしら……でも私の声がオスカーは……ふぅん、声かぁ」
リジットは一本に結えた自分の髪先をくるくる弄びながら小声で呟き、
「おねえちゃんのおっぱいが好きで、リジットちゃんの声と匂いと、……ふわ、ふわゎゎぁあ! アーシャのちいささ、オスカーさまが好きってことなの!? アーシャ、ちいさくてよかったのっ……! おっきくなる体操やめますなの!」
耳をぺたりと垂れさせ、熟れた果実のように蕩けた頬をしたアーシャが若干俯きながら、僕の腕に尻尾を巻き付けてくる。
なんか思ってなかった解釈をされている。必ずしも僕の好みとは限らないというか、いや、アーシャの背丈は可愛いと思うけどさ。なんか弁明すればするだけ変な感じになりそうだ。
「目の色と形はどう見てもシャロンよね」
「下半身も私ですね。ただ、他と比べて下半身はつくりが甘いです。これからじっくり観察しましょうか?」
「いや、下半身は完成度上げても人に見せないし……」
シャロンの直截的すぎるお誘いに気恥ずかしくなって僕は視線を逸らす。と、頬を染めてこちらをじぃっと見つめるアーシャと目があった。同じ高さにアーシャの目線があるのはなんだか新鮮な感覚だ。
「かはんしん、アーシャのもみる? みて?」
「え、あ、アーシャ?」
アーシャの声はとろりと蜜のような甘みを帯びていて、恥ずかしそうにスカートの裾を摘みあげる指先から目が逸らせなくなる。
「オスカーさま……」
甘く痺れる声に名前を呼ばれ、どこか霞みの掛かった思考のなか――って〝調律〟だこれ! 抗魔ォ!! あっぶねぇ!!
「アーシャ義姉妻、大胆ですわ……!」
僕はレピスに胸を揉まれたままアーシャの誘惑をなんとか振り払い、猫耳のあたりをわしわしと撫でた。
アーシャは「きゃうっ」と小さく不満そうな声をあげたが、すぐに『まあこれはこれで』みたいな反応で僕の胸に顔を埋める。みんなおっぱい好きだな……。さわった感触はあるけど、幻影には違いないし虚乳だぞこれ。
いつのまにかアーシャの後ろにシャロンやアーニャも並んでいる。順番待ち、だと……?
「旦那様の今のお姿は、旦那様の理想の女の子というわけですわね。ところで、わたくしの要素はどこに?」
「レピスと同時に動くときの僕の姿に、レピスと同じ要素があったらまずいだろ」
「見えにくい部位であれば良いのではないかしら。そのそれこそ下半身でも……旦那様にお見せする心の準備は、その……あの……でき、はぅ……」
「そこで照れるなら言うなよ! あと下半身の完成度を上げても誰にも見せないから意味ないんだってば!」
たしかに、どうせやるなら可愛くなるように目指したけどさぁ! 理想の女の子とか言われると語弊があるというか! ああもう、どうしてこうなった!
「ハウレルさま、わたくしの要素も見当たらない気がするのです」
「え、うん。入れてないけど……口癖借りようかなのです」
「なんかすっごい雑なのです!?」
概ね好評(?)を博した僕の女装騒動は、自称姫たちには若干不評であった。