僕と救済計画 そのいち
夕刻。島から戻って早々シャロンに呼ばれ、僕はリーズナル邸応接室を訪れた。
部屋の前で警護をしていたらしいレピス配下の騎士は腕を組んだまま、ムスぅっとした表情で僕が扉を開けるのを見咎めてきたが、特に何か言ってくるわけでもない。なんだこのやろー。
「おかえり、オスカー」
「おかえりなさいなのです」
「おー、ただいま」
あとから入ってきたシャロンが後ろ手にぱたんと応接室の扉を閉ざす。
部屋にいたのは声をかけてきたリジット、セルシラーナのほか、アーニャ、アーシャとレピス、そしてレピスの侍女にリーズナル家メイド隊のメンバーがふたり。女性陣勢揃いって感じだ。なんとなく部屋がいい匂いな気がしてくるので不思議だ。
僕が足を踏み入れるまで、この部屋はどうも男子禁制だったみたいだ。騎士のジト目はどうも、女の園に招かれる僕への反感とかそういった類のものらしい。なんかすまん。
ちなみに、この場にいないルナールはラシュやらっぴーと庭の小さなため池で船を浮かべて遊んでいた。ルナールとラシュは僕ら一般的なヒト族に比べてかなり夜目が効くらしく、日が落ちてからも平気で遊んでいる。らっぴーはあまり見えていないようで、若干迷惑そうにしているが。
「おかーえりぃー」
「おかえりなさいなの」
アーニャとアーシャは小声で僕を出迎えた。寝ているレピスを起こさないようにだろう。
レピスは、ソファに身を預けたアーニャの胸に半分埋もれるようにもたれかかり、さらには隣にいるアーシャの尻尾を手でモフりながらすよすよと安らかな寝息を立てていた。びっくりするぐらい寛いでるな……。
いいご身分だなという感想が一瞬頭を過ぎったが、レピスは正真正銘のお姫様なので実際に良い身分の人なのだった。彼女の直近のイメージがタコをかっ食らって勢いよく咽せてる図なのは、僕のせいじゃないと思う。
「ついさっき寝ちゃったところなのよ。オスカーが戻るまで頑張る、って言ってたんだけどね」
リジットが苦笑いする。
レピスと一部の配下はこの数日、ガムレルの町の高級宿を拠点としているそうで、暗殺を警戒して一夜ごとに転々と宿を変えているらしい。が、気を張り過ぎて夜あまり眠れていないという。
昼はなぜか安心して寝てしまうらしいが……レピスにとってはほぼ見ず知らずの他人に囲まれてる状況なはずで、繊細なんだか豪胆なんだかよくわからんやつだ。
どうもこの数日、昼間に開催していたハウレル家嫁会議の終盤は、だいたいいつもこんな感じになっていたらしい。
昼に寝るから夜寝られなくなるんじゃなかろうか、とは思うものの、気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも若干気が引ける。
「それで、ハウレル家嫁会合だっけ。リジットも一枚噛んでるのか? 嫁会合なのに?」
「なっ、なによ悪いっ!? ……か、勘違いしないでよねっ、たまーに、そう、たまによ。暇で暇で死にそうなときに参加するくらいなんだからっ」
「お、おう……」
なんの気なしに発した疑問に、リジットは真っ赤になってガーっと反論を捲し立ててきた。嫁扱いがよほど心外だったとみえる。
『ハウレル家嫁会合』だなんて銘打っているが、べつに嫁や嫁志望でなくても参加できる弛〜い会合ってことらしいな、と僕は認識を改める。
そういえば、シャロンから聞いたことがある。同じような思想の集団だと意見が偏ってしまい、間違いに気付きにくくなったり新しい発想が出てきにくかったりする。そんなわけで視点の異なる立会人が会議に参加するのも時には有効だとかなんとか。リジットが嫁会合なる謎の催しに参加しているのもそういった理由からだと思われる。
今日はたまたま参加していた日のようだが、暇で暇で死にそうと言うわりに、死にそうにないくらい元気なので良かったと思う。
「リジットさんのツンデレ芸もひと段落したようなので、本題に入らせていただきます」
「お、今後の方針が決まったのか」
「はい。概ねの計画はまとまり、レピスラシアさんの承諾も得ています」
『つんでれげい? 釈明を意味する神聖語かしら?』と首を傾げるリジットをそのままに、シャロンが本題を切り出した。今後の方針、つまりはレピス救済計画だ。
現状わかっている限りでは、レピスは実の兄である王子から命を狙われている。
動機は政治的なもので、怨恨などのレピス自身に端を発するものではない。
レピスの死を切掛として、その責任を僕らに押し付ける。そうして軍を動かす大義名分を得るのが狙いだと推察されている。卑劣にも殺害された姫の敵討ちに、ってな具合だな。
自分で暗殺しておいて敵討ちとは馬鹿な話もあったもんだが、政治の世界ではそういった大義名分は無視できない力を持つという。
領土的な野心を隠さず攻め入れば周辺諸国から袋叩きに遭うが、殺された王族の敵を討つとなれば、それは面子や誇りを賭けた戦いとなり、周辺諸国は介入しにくい。国家の面子のための戦いにまで介入してしまっては、自分達の国が同じような事態に陥ったときに報復の口実を与えてしまう。
そういった均衡を保ったまま軍を動かすため、嫁入り先でレピスに命を落としてもらいたい考えを持っているのが兄王子ってことらしい。反吐が出るね。
実際、レピスは一度毒殺されかけている。
あの場に責任を被せる対象――つまり僕がいることは計算の内だったのだろうが、兄王子にとっては皮肉なことに僕がいたからこそ解毒が間に合った。暗殺されかけた事実は、当人たるレピス自身も知るところとなった。
暗殺が失敗し、目下仕掛け人として存在が露見している現状は、兄王子にとって好まらしからざるものに違いない。どうにかして暗殺を成功させようと動くはずだ。
レピスの配下、遠路はるばるガムレルにまでやってきたお付きの者の中にも兄王子や他家の息の掛かった者が潜んでいた。それでいうとそこにいる侍女や、扉の外でジト目を向けてきた騎士は白、ふた心なくレピスに仕える忠実な臣下ってわけだな。彼らはこの間、タコを食べてた時にも居た者たちだ。
シャロンたち魔導機兵の手に掛かれば、受け答え時の発汗、脈拍、瞳孔の収縮、瞬きの頻度、筋肉の微妙な強張りなどから間者を見つけ出すのはさして難しくない。
そういった者たちは罷免して完全に排除したりはせず、やんわり遠ざけるに留めているようだ。彼らは自分たちが間者とバレていることを知らないので、外に解き放ってしまうよりも内に留め置いたほうが行動の制限や監視がしやすい。
彼らにはレピスが町の外の天幕にずっといるかのように周辺警護に当たらせ、外部との連絡も取り辛いよう、行商との接触も信の置ける者たちを介して行っている。なんせ毒殺されかけた直後だ。間者らも、警戒しすぎだと文句を出すわけにもいかないだろう。
暗殺失敗の報が海を隔てた兄王子にまで届くのも、しばらく時間が稼げるはずだ。
しかし、それも『いつまでも』とはいかない。
そのうち情報は伝わり、次の暗殺者が送り込まれるなり、別の手が打たれるなりするだろう。
暗殺者が束になって送り込まれたところで、僕やシャロンがいればそうそう遅れを取ることはあるまいが、送り込まれた刺客を片付けたところであまり意味はない。大元をどうにかしない限り、また次が来るだけだからだ。
レピスを救うとは即ち、もう暗殺者が送り込まれない状況を作り出さないといけないのである。
問題はけっこう根深い。
兄王子や過激派の真の目的はレピスの排除ではなく、排除したその先――国土の拡張や、武力を周辺諸国に示すことにある。
首謀者を全員闇討ちして回ったらレピスの安全だけは確保できるかもしれないが、『無尽のグリスリディア』の力を欠き弱体化したエタリウム王国諸島連合は、周辺国から食い物にされる日々に逆戻りする。そんなこと僕の知ったこっちゃないと言えばそれはそうなんだけど、レピスは悲しむだろう。
そういった諸々を解決するすべを、シャロンたちは数日でまとめあげたという。
「早かったな。さすがシャロンだ」
さすシャロだ。
「つきましては、オスカーさんの助力も必要です」
「よしきた」
もちろん協力を惜しむつもりはないので僕は即答で応じる。のだけど。そこでなんで目を逸らすんだ、リジット。そんな変な計画なのか?
「詳しい経緯も説明しましょうか? 少し長くなりますが」
「……いや。シャロンが有効だと認める作戦なら、まずは要点だけでいいかな。僕は何をすればいい? そこだけかい摘んで教えてよ」
リジットの反応は気になるが……なんなら、微妙に目を輝かせているっぽいアーニャやアーシャの反応も気にはなる。が、疑問があればその時に聞けばいいだろう。
優れた作戦には行動ひとつひとつに何かしらの意味があるはずである。そこに至った経緯なんていわばオマケ、説明に時間が掛かるならなおのこと後回しでいい。
まずは僕の役割だけ聞いておけば、必要な魔道具の準備なりに取り掛かれるし。
シャロンは『わかりました』と頷き、計画の要点を語る。若干ドヤ顔であった。
「まず、オスカーさんには女装をしてもらいます」
この日、僕はまたひとつ新しいことを学んだ。経緯って大事だな……。