僕と防衛設備
『無尽』の顛末を語ったレピスはどういうわけかアーシャと意気投合し、その後出てきたタコ天なる料理を満面の笑顔で完食。
レピスの護衛としてついてきている騎士や侍女もせっかくなら祖国の料理を食べたいだろう、と獲れたての魚を追加でいくらか提供しておいた。いや、べつにレピスがめちゃくちゃ美味しそうに食べるからおかわりを出してあげたくなったとかそういうあれじゃないからな。アーシャに海魚の調理法を習得してもらういい機会だと思っただけだし。うん。他意はない。ないったらない。勘違いしないでよねっ。
それから数日が経った。
レピスが招かれたハウレル家嫁会合なる謎の催しに、僕は全くと言っていいほど関与していない。
しいて言えばシャロンから『助ける方向で調整しますね』と確認をされたくらいだ。助けたいかどうかの質問ですらないあたり、僕がどういう判断をするだろうというのが完全に把握されているっぽい。まあ、シャロンに任せておけばうまいことやってくれるだろう。僕が動く必要があれば言ってくるだろうし。
さて、シャロンたちがいつものように悪巧みをしている間、僕は島の防備を整えていた。レピスから海賊が暴れ回っていた話を聞いたためだ。
島に住まう獣人たちが僕へ向ける忠誠心は謎に高い。魚を獲ってもらう対価に衣食住を整えているだけなんだけど、なぜかどんどん懐かれてる気がする。襲撃されたら魔道具なんかのことは気にせず逃げてくれればいいんだけど、彼らのことだから逃げずに死ぬまで戦いかねない。
島の周囲は複雑な海流が流れており、船は寄り付かない。が、僕らが漂着したときみたいなことがないとも言い切れない。そういやあの時もキッカケは海賊の襲来と嵐が重なったんだったっけな。
今まで襲われることがなかったとはいえ、備えておくに越したことはなかろう。防備を使わなくて済むなら、それはそれで構わないしな。
というわけで、いくつもの失敗、いくつもの試作品、いくつもの爆発を乗り越えてようやく形になったのがこれだ!
「主様の崇高にして寛大なお考えの一端はわかりましたけども……これは一体なんなんですかい?」
崇高かどうかは知らないが、僕が作り上げたそれを前に獣人たちが首を傾げる。
「これは岩石兵の一種だな。そうだな、爆撃岩石車とでも呼ぶか」
「ばくげきごーれむしゃ」
僕に名づけの才覚を期待しないでほしい。見たまんま、作ったまんまだ。
爆撃岩石車と名付けた岩石兵は、町で見る一般的な馬車くらいの大きさだ。左右で3つずつ、合計6つの独立した車輪がついているが、引く馬はいない。
車輪はハウレル式を改良したものだ。走るときは"重量操作"の術式を励起させて車体の重量を軽減できるし、壁として使いたいときには逆に重くもできる。
海賊の迎撃はゴーレムを使えばいいというムー爺の戦術を踏襲したかたちだ。なんたって実戦で効果を実証済みだからな。効くかどうか試してみないとわからん作戦よりも随分心強い。
当初は、普通のゴーレムに砲撃と近接武器を搭載しようかと考えた。けれどゴーレムは精密な動きには向かないし、おまけに動きが遅い。
関節部分にスライムを使って瞬発力を上げ、微細な動きもできるようにしたゴーレムも研究開発中ではあるものの、海の側ではスライムがすぐに劣化してしまうため実用に堪えない。
次に考えたのが、ゴーレムを馬車に乗せて鈍重さを補助する作戦だ。
馬に引いてもらえば、動きが遅いゴーレムでも比較的早く現場に展開できる。
海賊がどこに現れるかはわからないが、島中をゴーレムだらけにするわけにもいかないからな。一瞬それも考えたけどさ。もし実行に移したら、島の景観は異様なことになりそうだ。
とはいえ景観よりも防衛力のほうが大事ではあるので、馬車に乗せる作戦が上手くいかなければ無数のゴーレムで島中を埋め尽くすのも吝かではない。
馬車があれば木を切り出してきたときや魚を獲ったときにも便利に使えるだろう、という別の思惑もある。
そういった理由から車載岩石兵を考えていたのだが、馬車部分を作っていてふと思ったのだ。あれ、べつに馬に引かせる必要なくない? ゴーレムに車輪がついてたらよくない? と。
岩石兵といえば二足歩行をする岩石の巨人だ。
学術都市にいたやつもそうだったし、ムー爺が連れてたのもそうだった。だから岩石兵といえばそういうものだと疑問にも思っていなかった。
ムー爺が言うには人型であることに意味はあるのだとか。
ゴーレムは簡単な命令を刻んで自動迎撃装置として置いておくほかに、術師が直接操作するという利用方法がある。ゴーレムに意識を同期させ、あたかも自分の手足かのように動かすのだ。
人が操作するので状況に応じた動きをしやすいが、ゴーレムとの同期には魔術師として高い技術が要求されるのだぞ、とムー爺が威張っていた。
強襲部隊にいた部下? 弟子? の中でも2人しかできなかったんだってさ。全員とっ捕まえて王都に送ったので今そいつらがどうなっているのかは知らないが。
実際、ゴーレムとの同期は結構難しく、"全知"の加護が弱まった今の僕だと一度に3体くらいの操作が限度だった。それを見たムー爺はなんだかしょんぼりしていた。僕の魔力量ならもっと動かせると期待させてしまったのかもしれない。
問題となるのは魔力量よりもむしろ操作にかかる精神力のほうだ。動かすだけなら5体くらいまではぎりぎりいけそうだったけど、そうなると大雑把な動きしかさせられないと思う。シャロンに演算を肩代わりしてもらえばもっといけそうな気はするけど、そのあたりはまだ試してない。
話を戻す。ゴーレムを同期する場合、自分の手足を動かすような感覚でゴーレムを操作するのだが、そうなると必然的に元の体と近いほうが動かしやすい。
手足を地面につける四足歩行くらいまでならなんとかなるかもしれないが、尻尾や触手を生やしてみたり、足を車輪にしてみても、動かすのがかなり難しくなるらしい。
つまり同期操作のゴーレムでなければ車輪がついてることに何の問題もないってわけで、何度かの試作や爆発を経て出来上がったのが岩石車ってわけだ。
岩石車上部、操縦席の前にはすり鉢状の窪みがある。制御板だ。窪みに専用の魔石を置くと起動する仕組みになっており、制御板の前方向に魔石を動かせば前に進む。右前に動かせば右側の車輪が停止して左側の車輪だけが回転するため右に曲がる。後ろ方向に動かせば車輪が逆回転をするので、岩石車が後ろに退がる。
「おぉぉ、おぉおおおおおおお〜……!」
おっかなびっくり乗り込んだロブが、自分の動かした通りに前後左右に移動する岩石車の上で感嘆の声をあげた。
制御用の魔石のほか、動力にも中型の魔石を使っている。動力の純度をあげれば計算上は馬より速く走らせることもできる。ただまあ、揺れもそのぶん凄まじいことになるので腰へのダメージが心配だ。よく通る道は路面を整備したほうがいいだろう。
「海に落ちたら沈むから、そこだけ注意してくれ」
「はぁ、わかりやしたが。我らが乗るんで?」
「そのために作ったからな。荷物でも魚でも、好きなものを積んで好きに使ってくれ」
作った理由の大部分は海賊への備えだが、普段から乗り回して操作に慣れていてほしい。いざ迎撃ってときに使い方がわからないでは役に立たないからな。
「我らの主様はやっぱすっげぇなぁ……こんなの見たことねぇですぜ」
比較的年若い灰毛の獣人が目をきらきらと輝かせる。
馬車とゴーレムがひとつになったものなので、モノ自体はそんなに珍しいものじゃない。
「町だと結構走ってたりするけどな」
「え、ええー……町ってそんなことになってんですかい」
「うん。べつにそんな珍しいものじゃないよ。行商人とかも持ってるし」
「ほぁー……知らぬ間に世間は様変わりしたんですなぁ……」
そうか。彼らは長らく獣人奴隷としての船上暮らしを強いられてきたのだ。町に出る自由もなく、馬車を見る機会もなかったのかもしれない。
馬はついてないけど似たようなものなので、好きなだけ乗り回してほしい。
そのあと、荷台に積み込んだ投射爆撃機のお披露目もした。なんたって爆撃岩石車だからな。海賊船への攻撃ができなきゃ意味がない。
ヒュエル鉱石から取り出した純ヒュエル粉塵を充填した爆裂砲弾は、的にした筏に掠りもしなかったものの、海面に生じた巨大な水柱の余波で沈んでいった。ぷかぁ、と大量の魚が海面に浮かんでくる。あとで"念動"で回収しておみやげに持って帰ろう。
ただ、自信をもってお披露目したわりに的を外してしまったせいか、見守っていた獣人たちがシンと鎮まりかえってしまい、ちょっと気まずかった。数人白目になってた。
「こ、こんなものが必要なんですかい……?」
絞り出したような小声でロブが問いかけてくる。
的にかすらせることもできない武器の信頼性は低い。少々手厳しいが、こんなもの呼ばわりも無理はない。
海賊船並のもっと大きい的なら当たると思うけど、命中精度を上げる必要はあるな。
「やっぱり小型化したから安定性が減ったかな……。今度、町でもうちょっとしっかり見せてもらってくるよ」
投射機の技術は、町の魔道具技師たちが総出で作り上げたものを参考にしている。カイマンが魔物の軍勢を退けたときに大活躍し、最終的にカイマン自身も射ち出されたというあれだ。
術式が焼き切れるまで稼働し大破した投射機はかなりの大きさを誇っていたが、今回は接舷しようとする船を攻撃できればいいかなと割り切った作りになっているため、飛距離を犠牲にして岩石車の荷台に据え付けられる大きさにまで小型化したのだ。おかげで何度か爆発したし、的に当たらなかったが。
「こ、これも町で……」
「町こわい……」
「一生この島で過ごしたい……」
白目になっている人数が増えてしまった。
ひんやりした空気を変えるため、「あとは、これをひとり1台用意するつもりだ」と言ったら余計に空気が凍りついてしまった。なんだろう、トドメを刺してしまった感じだ。
彼らの反応から、『島の防備に関わることなんだから、ケチらずに予備くらい用意してくれ』ということだろうな、と僕は遅まきながら思い至る。
彼らのほうから主と仰ぐ僕に要望はしにくいだろうし、これは配慮が足りなかったな。いやはや、学ぶことが多いな。
リジットかカイマンがいれば軌道修正が入るんですが、獣人たちは人間とあまり接したくないだろうという配慮のため島にヒト族を招くのを控えており、その結果フリーダム空間が形成されております。