僕に似てるらしい爺
完全に音沙汰なく先週の更新をぶっちしてしまい申し訳ありませんです。
重大事件発生によって精神の摩耗を防ぐべく、しばらくインターネット断ちをしておりました。ただいまです。
ひととおり『無尽』の昔語りを終えたレピスは、白湯で喉を潤した。お茶はまだ抵抗感が強いのだろう。昨日毒を盛られたばかりだし。
僕もお茶を飲んで一息いれる。ふぅ。
「いや重いわ」
激重だったわ。少なくとも飯時に聞く話じゃないんだわ。
調理場にいるアーシャの猫耳が、かわいそうなくらいしょんぼりと垂れてしまっている。あっちにもレピスの話が聞こえてたっぽい。アーニャもアーシャも耳がいいからな。ラシュも同様に耳がいいはずなんだけど、自分に関係ない話はあまり聞いてないことが多い。
アーシャはなぜかムー爺から孫のようにかわいがられており、ゴコ村に行くたびに芋やら何やら土産に持たされたりしている。今の話を聞いてからだと、守ってあげられなかった妹と重ねている部分があったんだろうなという気がしてくるな。
ムー爺の属する部隊が強襲をかけてきたとき、一介の村娘であるエリナがゴーレムの侵攻を食い止められたのも、今思えばそういうことなんだろう。彼にとって、まだ幼い娘っ子を蹂躙するなんて所業は、おそらく耐えがたい苦痛だろう。
僕にはその気持ちがわかる気がした。
天災と、人為的な悪意という差はあれど、理不尽な暴力によって大切なものを奪われた経験が僕にもある。
僕の場合、魂の奥深くに刻まれた瑕疵のように、理不尽や不条理には強い憤りを覚えるし、そういった場面を見聞きすると知らぬ間に濃いめの魔力が漏れ出していることもある。
僕の意志とは関係なく――いや、関係ないわけでもないのか? 意志まで引き摺られてそうなってしまう、というほうが正確かもしれないが、ともかく、過去の辛い経験からムー爺が幼い娘には対応が甘くなってしまうとしても、なんら不思議はないと思う。
「『無尽』が幼子に甘いのは有名な話でしたわ。わたくしも小さな頃はずいぶん構ってもらいましたもの。小さな石兵を作ってもらったりだとか。あの人のことを『幼女好き』だなんて陰口を叩く者もいましたけれど」
懐かしそうに、そして寂しそうに、レピスは微笑む。ありし日のことを思い出しているのだろう。
本人の言う通り、構ってもらって懐いていたのだろう。ほとんど誰も知らないというムー爺の昔話も知っているくらいだし。
懐いていた相手を倒したヤツに嫁入りするよう差し向けられるのは、どういう気分なんだろうな……。
「恨んでるか? 僕のことを」
「いいえ。……他者を害する決断をした者は、反撃を受ける覚悟をすべきですわ」
レピスの心構えは立派なことだ。が、やり返される覚悟を持つことと人を恨むことはやっぱり両立するものだと僕は思う。それはレピスもわかっているだろうし、その上で恨んでいないと彼女が言うのであれば、同じことを何度も問いただすのも無粋か。
「むしろ、そんなお優しいムーじ……『無尽』の爺さんが、どうして強襲部隊なんぞにいたんだよ。国中にゴーレムを置いてまわりたいんじゃなかったのか」
「本人のやりたいことと、まわりが求めることが、必ずしも一致しているとは限らないから、かしらね……」
レピスは困った顔をして話を続けた。
ムー爺――セイル = グリスリディアが『無尽』と二つ名されたのは、海賊団の討滅が契機であったという。
当時のエタリウム諸島連合王国は、その海賊の船団に大いに頭を悩ませていた。
生半可な戦力では防衛できないほどに力を持ってしまった海賊団。そいつらを迎え討つために大部隊を揃えても、迎撃態勢を整えた都市には寄り付かない。
国が徴募する兵員は、平時は漁師や農民である。海賊団に備える兵として都市に留め置いているあいだ、彼らは魚をとったり畑を耕すことができない。
管理する人員を欠いた漁船や田畑は荒れる一方になり、国の力が徐々に低下していく。そうやって食い詰めた漁村農村が野盗化してはなんのための海賊対策かわからない。
徴募が駄目なかわりに傭兵を雇おうにも、各都市に常時満足のいくだけの兵力を養っておける財力など、どこをどう探しても捻出できない。そもそも、小島の連なりであるエタリウムで傭兵業を営んでいる人数が少ない。
不十分な兵力では海賊団を止められないし、防衛線では略奪のできる戦にならないので、傭兵の士気は相応に低い。傭兵は雇い主からの給金だけでなく、戦地での略奪をアテにして命を張っているので、略奪ができない戦では働きを期待できないのだそうだ。そういう場合は圧勝できる戦いでない限り、士気の低い傭兵たちは容易に尻を捲って逃げ出すだろう、と国の上層部は判断していたっぽい。
先祖代々の住まう地のほかに行くあてのない島民のほうが、最後まで必死に戦うとでも考えてたんだろうかね。まったく嫌んなるな、お偉いさんってのは。人それぞれ命はひとつきりしかないんだぞ。……おっと、魔力が漏れてたか? レピスが青い顔をしているし、侍女が悲壮な覚悟を貼り付けた表情で、飛びかかってくる寸前って感じだ。すまんすまん。
まあそんなこんなで、徴募でも傭兵でも各都市に常時満足のいくだけの兵力を留めおくことができなかったわけだ。
襲撃のあった直後は警戒を強めても、いずれ警戒態勢は立ち行かなくなる。そうして警戒の緩んだところを海賊団は的確に略奪してまわったそうだ。男は殺され、女は慰みものにされるか拐われて。他の島から応援が来る頃にはもう、家財や食料まで奪い尽くした海賊団は引き上げたあとで、破壊された家屋の中で泣く子供や老いた者のほかには死体があちこちに転がるだけ……なんてひどい話だ。
まったく、手抜かりだったと言わざるを得ない。獣人たちの住まう島も、防備を早急に固めよう。
「先代国王陛下は随分煮え湯を飲まされたと伺いましたわ。若き日のセイル = グリスリディアは、みなが手をこまねいていた海賊団を僅かな手勢で討ち取ってみせましたの。海賊船に乗り込んだ岩石兵が、それはもう大暴れしたそうですわ」
予め術式を刻んでおいた岩石兵は、魔術に長けた者でもなければ、起動するまではただの岩と見分けがつかないだろう。伏兵には最適ってわけだ。
都市を襲うため、海賊は海上から火矢などを射掛けてきたりもするそうだが、抵抗が少なくなれば略奪のため船を接岸させてくる。最初から抵抗があまりなければ火矢も省略するそうだ。矢だってタダじゃないし、燃やしてしまったら略奪できる金品が減るもんな。
手薄にみせた港に接岸してきた海賊船に、起動したばかりの岩石兵が逆侵攻してしまえば、辿る結果はわかり切ったものだ。狭い船上において岩石兵の鈍重さという弱点もほぼ無効化されるし、先に術者を叩くという常道も、岩石兵を船外から操っていれば難しかろう。精密な操作ができずとも、限られた空間で腕を振り回しているだけで十分な脅威になる。
「そうして彼は力を示したのよ」
「そうか。力を示しすぎたってわけか?」
「――ええ。つまりはそういうことですわ」
力を示した『無尽』に、好きなことをさせて放っておくことは、グリスリディア家やエタリウムという国にはできなかったのだろう。
考えてみれば当たり前か。おそらくは、僕のように好き勝手していて許されてるほうが珍しいのだ。
リーズナル卿は『無理に縛り付けようとしたら、君たちは簡単に行方を眩ませてしまうだろう。ある種の妖精のようなものだと思っているよ』と苦笑いしていたが、理解のある良い領主に恵まれたってことなんだろうな。誰が妖精だ、とは思ったけども。まだまだ存在感が薄いって意味だろうか。
「これは資料には残せない事実ですけれど――彼が力を示したおかげで、祖国は幾度かの分裂の危機を免れた、とも伝え聞いておりますわ。諸外国からの貢ぎ物の要求を突っぱねられるようになったのも『無尽』の威光あってのものですし」
「そんで野心が出たってわけか? 爺さんの力があれば領土拡張もできる、って」
「そういう考えもないとは言いませんけれど、過激派の伸長を招いたのは、どちらかといえば『焦り』ですわね」
「焦り?」
「ええ。個人の武勇は永続ではありませんもの」
「ああ……」
なるほどな。『無尽』のグリスリディアがいる間はいい。問題はそのあと、『無尽』という守護者を欠いてパワーバランスが保てなくなった国家の行く末を案じたがゆえの焦りか。すでに爺さんだもんな……。
「ようやくわかった。だからレピスが来たんだな。僕を、あんたらの国の新しい守護者にするために」
思うに、レピスを毒殺しようとした奴は、いまの個人の武勇に依存した図式を脱却したかったんだろうな。
使者でもあるレピス殺害を僕らの責任にして軍隊を動かし、『無尽』を打ち破った『紫輪』を破れば、国を守るに足る力があると内外に示せる――とかそんなとこだろう。レピス毒殺未遂の意図を、かなり早い段階でシャロンがそんな感じに推測していたっけ。
まあ、いまの話に出てきた海賊団と違って、ただの魔術師ひとりを潰すだけなら、さほど難しくないとでも考えたんだろうさ。
シャロンに情報工作を頼んでみようかな、『紫輪は魔鋼の鎧相手には為す術がない』とか。軍隊規模で魔鋼を持ってきてくれたら、魔鋼船の造船計画にも大いに役立つだろう。そのためには、情報を訂正されないようにスッパッパを捕まえておかないとな。島に連れてくか?
「だ、旦那様のお怒りはもっともなことと思いますわ。ですが、少し落ち着いてくださいまし!」
「ふむ」
いや別に怒ってはないんだけど……僕は魔鋼がたくさん欲しいだけだ。
「旦那様の仰るとおり、『無尽』に代わる武力として祖国へ連れ帰ること――それがわたくしに課せられた責務――でしたわ」
「……ふうん?」
いまは違う、と? ていうか魔鋼は? いや、魔鋼は僕が考えてただけだった。今からでもどうにかして小太り卿の魔鋼の鎧をもらえないかなぁ。
「……ようやく最初の話に戻せますわね。覚えておいででしょうか。旦那様と『無尽』は似ていると申し上げたことを」
忘れてた。そういや言ってたな、そんなこと。
てっきり、ムー爺が家族を失った話のことを言っているのだと思ってたけど、レピスは僕が父母を失った顛末を知らないはずだった。
「昨日から疑ってはいたのが、旦那様の魔道具を体験して確信に変わりましたわ。あなたは戦う力があるから戦っただけですのね。戦いが好きなわけでもなんでもなく」
「え、うん」
何を当然のことを、と思ったけど、そうか。レピスは……いや。レピスだけじゃない、エタリウム諸王国連合の人たちは僕らのことを知らないのだ。そりゃ当たり前だよな、ただの平凡な魔術師風情のことを知っているはずがない。
「……旦那様の自己評価には思うところがないではないのだけれど、ええ。あなたを単なる武力として縛り付けておくなんてもったいないこと、到底承伏しかねますわ」
もったいない、ときたか。よっぽど保衣眠が気に入ったとみえる。
「わたくし、旦那様の力はきっと、人を恐怖させるのではなく、笑顔にすることに使われるべきだ、と。そう確信したのですわ!」
拳をぎゅっと握りしめ、レピスは力説する。『無尽』がやりたいことをやらせてもらえず、武力として使い潰されたことへの憤りとかいろいろ溜まっていたんだろうけど、保衣眠でダメにされた結果の力説だと思うと何とも言えない気分になる。
レピスが固めた拳を上からそっと包み込む手があった。いつのまにか厨房から出てきていたアーシャだ。
「わかりますなの。アーシャも、とってもそう思うの」
「! 義姉妻さま……!」
「? アーシャ、ねえさまなの?」
「あら、こちらではそのように呼ばないのかしら。わたくしの祖国では、旦那様が先に迎えた妻を、あとから迎えられた妻は義姉妻さまとして敬うのですわ」
「つま! アーシャ、レピスさま? のねえさまなの!」
「ええ! ですが、わたくしのことはどうぞ親しみをこめてレピス、と呼び捨てていただいて構いませんのよ、ねえさま」
「ふぁあああ……!! でも、あの、アーシャ、獣人だし、ちっちゃいし……」
「同じ殿方を愛する女同士、そんなの関係ありませんわ!」
思わぬレピスの攻勢に、アーシャは赤面してたじたじになっている。
愛とかなんとか言ってるけど、ついさっき国の命令で籠絡しにきた話をしてたところじゃなかったか、と思わなくもないが……。
「じゃ、じゃあ、……レピス、ちゃん」
「はい、アーシャねえさま!」
「――〜〜!! アーシャ = ハウレルの名において、レピスちゃんを第62回ハウレル家嫁会合に招待しますなの! シャロンねえさまがきっと知恵を貸してくれますなの!」
さっそく順応をみせるアーシャの口から、なんか知らん会合が出てきた件。なにその、なに? やたら回を重ねてるっぽい集いは。
僕そっちのけで手を取り合ってきゃいきゃい言ってるふたりが楽しそうだから、まあいいけどさ。レピスの護衛の人たちはポカンとした顔してるぞ。僕も同じ顔してる? そっか……。