僕とトーフ建築
エタリウムからの使節団にまつわるゴタゴタに巻き込まれた翌日。
朝っぱらから使い走りをさせられているスッパによれば、レピスも侍女も問題なく今日の朝日を拝めたとのことだ。そりゃまあ、ばっちり解毒したからな。
レピスは解毒剤に含まれていた酒精の影響で二日酔いになっているらしいが、命にかかわることはないだろう。
「『苦しむ妻を放っておくなんて……』と言伝するよう言われてるっす」
「職務に忠実なのはいいことかもしれないけどさ、あんたの声真似は半端にレピスに似てるせいで気持ち悪さが凄いな」
「淡々と酷評してくれるっすね」
声真似と同時にチラッチラッとこちらを窺う所作まで再現していたせいで、余計に気持ち悪さが増している気がする。
「あとはダルシエル卿が順当にゴネてるっす。『毒だの何だのは全て野蛮人のでっち上げであり、不当な拘束に断固抗議する!』ってな具合っす」
「お、今のは小太り卿か。似てる似てる。いい具合に気持ち悪い」
「なんか褒められてんのか貶されてんのかわかんないっすね」
「毒が僕らのでっち上げだって言うなら、小太り卿が持ってきた茶葉を本人に振る舞えばいいんじゃない? まだ捨ててないよな」
「もちろん残してあるっす。王族を害した重要な証拠品っすからね。ただ、ダルシエル卿も判決が下るまでは豪族に違いないっすからねぇ。わざと毒を出したりなんかしたら、こっちがこうっすよ」
スッパはそう言って、自分の首を手刀で掻き斬る仕草をした。まあそりゃそうだわな。
放っておいても煩いだけとはいえ、かといってそれを延々聞かされるほうはたまったもんじゃないだろう。
「シャロンには何かいい案ある?」
「そうですね。では代わりといってはなんですが、町で茶葉を買って帰ってはいかがでしょう。高貴な方の口にあうものが出回っているかどうかはわからないので、黙ってお出ししたらご賞味いただけないかもしれませんが」
「それってつまり、『毒じゃないなら飲めますよね』っていうていで、ほんとに毒じゃない茶を出すってことっすよね。それなら罰せられることもないっすし、牽制で黙らせるにはそれで十分、と」
「シャロンの声真似すんな気持ち悪い。……気持ち悪い」
「2回も言うほどっすか!? しかもそんなしみじみと!」
シャロンの案だと、小太り卿が覚悟を決めてただの茶葉を食べてしまったらややこしいことになる気がしないでもないけど、まああの性格だし心配するだけ無駄かもな。
この小さな策略が成功したら小太り卿は多少は静かになるだろうし、もしも失敗したところで、もともと煩いのが煩いままになるだけだ。そう考えればとくに損もない。
それに茶葉は嗜好品であり、日々の小麦代と比べればちょっとばかり値が張る。大したことのない額ではあるけど、町にお金が落ちるのはいいことだ。
「それで本題なんすけど、レピスラシア様は改めてお礼もしたいとのことで、できれば今日もお招きするようにと言いつかってるっす。……そんな露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃないっすか」
いや、だって面倒だもん……。
あんたらが約束の履行のために持ってきた『宝』、ひとつはまあ、魔道具だったから許すよ。期待はずれではあったけど。
もうひとつはごてごてと装飾が施されただけのただの剣で、極め付けに妻を自称する姫(毒状態)だぞ。
これで嫌そうな顔をするなというほうが難しいと僕は思う。
「美人で家柄も最高じゃないっすか。逆にレピスラシア様の何が不満なんっすか?」
「少なくとも酒癖は悪かったな……」
「あー……」
いわゆる絡み酒というやつだ。
いつ毒が回るかも知れない緊張状態の反動もあったのだろう。べたべた触ってくるわ突然笑いだすわ、かと思ったら膨れ面になり、最終的には疲れ果ててすやすやと寝息を立てる始末だった。しかも僕の服の裾を掴んだまま。そのときのレピスの残り香に謎の対抗意識を燃やしたアーシャがずっと引っ付いてきて、それはそれで大変だったんだからな。
「残念だけど、今日は予定があるんだ」
「仕方ないっすね。また近日中に伺うっす」
すんなりとスッパは引いた。向こうの狙いがどうあれ名目上はお礼だというし、こちらが断ったら食い下がらないように言い付けられているんだろう。
予定があるというのも口から出まかせってわけじゃない。さっそく、僕もシャロンとともに予定を済ませるべく移動する。
というわけで島に到着。かなり距離が離れているとはいえ定められた目標地点へと数人規模の移動を繰り返しているだけなので、地下劇場の転移陣に充填してある魔石はまだ補充を考えなくてもしばらくは保ちそうである。
今日の予定はシロケダマとハイケダマ――毛長エムハオたちの正式な飼育小屋作りだ。
そのために仮にも一国の姫の誘いを蹴ったと知れたら、レピスはまず間違いなく拗ねるだろう。
「偉大なる主様、奥様、おはようごぜぇます!」
「おはようごぜぇます!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
僕とシャロンが外に出ると、まるで待ち構えていたかのように島民たちが跪いて出迎える。実に仰々しい。
僕らの来訪をどうやって察知しているやら、挨拶をしているあいだに浜や森のほうから獣人たちが一目散にやってきて、すぐに6名全員が同じように跪いた。
「いや、あの、もっと楽にしてもらっていいからさ。そんな謙る必要なんてないし」
僕としてはむしろもっと気楽に接してほしい。
「いいえ。我ら一同、進んで主様へ忠誠を誓っておりますゆえ」
「そうはいってもさ、疲れるでしょ」
「とんでもございませぬ。我らの忠義は、そうですね、我らの趣味とお考えください」
「趣味かぁ――……」
そう言われてしまえば、あまり僕の考えを押し付けるのも気が引ける。
いや、でもそんな趣味ある?
「して、本日はどのような御下命をいただけるのでしょう」
目を輝かせて尻尾をぱたぱた振る彼らには何を言っても無駄なようなので、僕らは早速作業に取り掛かることにした。
まず、エムハオ厩舎のための場所を確保する。
ケダマたちの今の仮住まいは突貫でシャロンが組み上げた木造で、2匹しかいない今でも少々手狭だ。あまり狭い領域に動物を入れておくと負荷がかかり、喧嘩をしやすい。このへんは人間も変わらないな。
仮小屋は竪穴式、つまり床板はなく直接地面に壁を建てているだけの簡素なものである。昨日一日様子を見に来なかっただけだが、すでにケダマたちが掘り返したのだろう。床は土を埋め戻した形跡が見られた。
「よく逃げられなかったな」
「ずっと2名体制で見張りを立てておりやしたからね。穴を掘った先から埋めとりやした」
島民たちを代表し、ロブが誇らしげに胸を張った。
彼が『ずっと』と言うからには言葉通り『ずっと』、夜も昼もなく見張っていたんだろう。
僕とシャロンが島についてすぐに出迎えがいたのも頷ける話だ。彼らは見張りとして住居付近から動いていなかったのだろう。
「それは苦労をかけたな、わるい」
「滅相もねえことです。主様のお役に立てるってんで見張り役は奪い合いだったくらいですよ」
忠誠心がずっしりと重い。気軽に何か頼むのも少々気後れするけれど、何も頼まなかったら頼まなかったで意気消沈してしまいそうで、どうしたものかな。
厩舎の建築予定地は住居からすぐの地点を選んだ。あまり近すぎると獣臭や騒音に悩まされるけど、遠すぎても餌や水、掃除の世話が覚束なくなるし外敵に襲われたときに気付きにくくなる。
草や大きな石を取り除き、平坦に掘り下げる。掘り出した土も後で使うので、すぐ傍に積んでおく。
エムハオが増えることも加味して広めに領域を確保したけど、やる気に(少しばかり過剰に)満ち満ちた島民たち総出の力添えもあって、ほどなく腰ほどの深さの均等な穴ができた。
「ここに床を敷いていくよ」
島民たちには穴から出てもらい、床材の原料となる砂をシャロンが満遍なく撒いていく。砂の層ができたら、お次は僕の仕事だ。
僕が翳した手から広がった鮮烈な紫の光が触れた途端、バキバキと砂の層が硬質化していく。元『無尽のグリスリディア』、ムー爺の超硬岩石兵を形成する術式をもとに改良したもので、砂と魔力を原料に継ぎ目のない一枚岩を生成する。硬度もなかなかのもので、少なくとも鋼の剣では傷さえ付かない程度には固かった。同じ量の鉄より3倍ほど重いし柔軟性にも欠けるので、鉄とは使いどころが完全に異なる。
そこらの家が2軒ほどすっぽりと収まりそうな広さの床を、平たい岩で加工し終えたら、そこにシャロンが再び砂を撒いていき、もう一度同じ工程で岩を生成した。今度のは床ではなく壁になるものなので、わざわざ分けて作ったのだ。
島民たちが怯え半分、驚愕半分の表情を見せるなか、作った壁を”念動”術式で持ち上げ――いや重いな!? そんなに分厚い岩でもないので、持ち上げる力が偏ると割ってしまいそうだ。
「ふんぬぬぬぬぬぬぁああ〜!!」
迸る魔力の波動に慄いたケダマたちが半狂乱で騒ぐので、途中で意識を刈り取ったりする一幕を挟みつつ、三包囲の岩壁を立て終えた僕はぜぇはぁと肩で息をする。しんどすぎる。頑丈さは申し分ない超硬岩建築だが、工程には改良の余地がありそうである。
建てた壁が倒れたりしないよう、床面や側面に接する部分にも追加で砂を撒き、一枚の岩として接合するように加工する。それが終わったら、ロブたちの手によって先ほど掘り出した土が床材の上へと埋め戻されていった。エムハオの巣穴はもっぱら土の中だ。エムハオは弱い魔物なので、そうやって外敵から身を守っているのだ。こうしておけば、野生と似た環境で飼育できるだろう。
土の上には倒木や落ち葉なんかを配置しておく。あとは本人(本ケダマ?)たちが好きに巣穴を作るだろう。
床の調整が終わったので、残る一辺の壁も同様に「ぬるぁああああああ!」っと奇声を発しながら作成し、固定。屋根は木で作ればいいので、しんどいのはここまでだ。齧られて穴が開いたりしないからな。
「立派な豆腐建築ですね」
シャロンが言うにはトーフ建築という様式らしい。うーむ、画期的な作り方だと思ったんだけど、僕以外にも似たようなものを作った人は過去にもいたんだな。
このままだと中の様子が全く見えないし空気も澱んでしまうので、壁に明かり取り兼空気穴をあけていく。エムハオやその天敵が出入りできないよう、小さな穴をたくさん設けるのだ。
鋼より硬い壁面も、それに特化したスライムを生成してやれば溶かすのは簡単だ。円柱状のヴァルマイトジャマースライムを押し当てると、ジュッという僅かな音とともに風穴があく。スライムは全般的に塩に弱いので海辺では長持ちしないため、使い捨てだ。
なお、ヴァルマイトジャマースライムはムー爺がまた超硬岩石兵を使って暴れたらどうする、という慎重派を納得させるために開発したものであり、ゴコ村にはヴァルマイトジャマースライム製の槍や鏃が常備してある。ムー爺はその必要性については理解を示す一方で、半日ほどで対策魔道具が完成した事実に半泣きになっていたことを申し添えておく。
まあ、強力な魔術は対策されるのが当たり前だし、対策されたらそのまたさらに対策が練られて洗練されていくのが世の常だ。ムー爺ならそのうちヴァルマイトジャマースライムキャンセラーとかを作り出すだろうさ。そうなれば僕はアンチヴァルマイトジャマースライムキャンセラーでも作るかな?
屋根を作るのは後回しにして、あいだに昼食を挟む。
意識のないケダマたちは、『蒼月の翼』でひとっ飛びしたシャロンの手によって新しいトーフ建築の厩舎へと移された。
厩舎の中へ入る場合は屋根から縄梯子を降ろすので、屋根に扉をつける。
四足歩行の動物では前足で体重を支えられないので縄梯子は登れない。
切り出した材木に蝶番を取り付けていると、厩舎の前にいたロブたちから控えめに歓声があがった。目覚めたケダマたちが目論見通りに巣穴を作り始めたらしい。
やれ、「俺が敷いた落ち葉を使ってる」だとか「倒木の下がいいと思うんだよな」だとか、小さな穴に張り付いて楽しそうに観察している。
「どれどれ」
「あ、オスカーさんはあまり近づいては――」
シャロンの静止の意味を悟ったのと、エムハオたちが僕の気配を察知して作りかけの巣穴なんぞ放り出してキィキィ喚きながら厩舎の端に逃げ込んだのはほぼ同時のことだった。
「……すまん」
へにょりと耳や尻尾を垂れさせてしょんぼりした様子の島民たちが僕のほうを一斉に振り向いたので、僕はすごすごと退散するのだった。
いい加減、この体質についても何か対策を考えないといけないな。僕ジャマースライムみたいなやつを。