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僕と毒と他国の姫

 レピス――エタリウム諸島連合王国の姫、レピスラシア姫殿下に盛られた毒の出どころは、ユーズウェル殿下なる人物であるという。

 もっとも、それは小太り卿が思わずといった様子で口走っただけのことであり、本当のことを言っているという保証はない。あちらさんにとって、それは僕らのほうも同じことだ。


「すべて言いがかりのでっち上げである! 毒など最初から存在せぬのだろう! いや、それどころかこれからレピスラシア殿下に毒を盛り、その責を押し付けるハラであろう。女を使い(たばか)ろうなどとは、おお、なんと野蛮で恥知らずなことか。正体を表しおったな卑怯者め!」


 小太り卿が唾を飛ばし、声を張り上げる。

 レピスに毒を盛られたという衝撃的な話の混乱から立ち直り、唐突に僕らを糾弾しはじめたのだ。

 唾が飛んでくるのも嫌だし、突然斬りかかられるのも嫌なので、小太り卿の前にはとりあえず透明な”結界”を張っておいた。


 シャロンの超然とした雰囲気によって説得力が増してはいるものの、毒の実在はアーニャが嗅ぎ取り、シャロンがその効力を認めただけである。あちらさんにとっては『言いがかりのでっち上げ』と感じても、まあおかしくはないか。僕が”全知”で視て駄目押しをしたところでそれは変わらないだろうな。


「僕らがレピスを殺す旨味は何もないんだけどな。旨味があれば殺すって話じゃないけどさ」

「このまま彼女が命を落とせば、そこの人の面子は丸潰れ、立場だって相当悪くなりますからね。こちらに罪を被せておきたいのでしょう」

「ああ、なるほどな。そうしておけば僕らを斬る正当な理由にもできるってわけか。ただの声が大きい馬鹿ってわけでもないんだな」

「なぁ友よ、(あざけ)り返すのは結構だが、今にも剣を抜かんばかりの勢いで思いっきり睨まれているぞ」

「嘲りだって? なんでだよ。どっちかというと褒めてるのに」

「……いちおう、念のために伝えておくと、『馬鹿ってわけでもないのか』はたぶん褒めではなく(あお)っていると私は思うよ」

「え、ほんとに? なんか、その、貴族の文化って大変だな……」

「いや、まあ……うん。そうかな。そうかもしれないな」


 カイマンは何事かを諦めるように目を伏せる。

 小太り卿はビキビキと額に青筋を浮かべ、憎々しい視線でこちらを睨みつけてくる。たしかに話し合いで円満にことを済ますのは諦めたほうがいいかもしれない。

 もっとも、毒を盛った盛られたなんて話になってる段階で、円満解決なんて望むべくもないのかもだけどさ。


「さっさと解毒しておくべきかな。どう思う?」

「オスカーさんがそう望むのであればお止めしませんが、推奨はしません。毒が回るまでまだ時間的猶予はあります。毒の実在が証明できないまま除去してしまっては、ダルシエル卿なる者の言い分が正しいという後押しになってしまいます」

「ダルシエル卿って誰――ああ、小太り卿か」

「ン”ッ……!」


 変な声が漏れ聞こえた方を見れば、レピスと目があう。思わず吹き出しかけたのを堪えたような、変な顔をしている。

 ガツン! と何か硬いものがぶつかったような音は、張りっぱなしになっていた"結界"に、立ち上がりかけた小太り卿がぶつかった音のようで――鼻を押さえて真っ赤な顔で、うん、これはキレてらっしゃるね! そっとしておこう。人のことを卑怯者だの恥知らずだの喚いていたので、少々言い返したところでバチは当たるまい。


 もしこのままキレた小太り卿やら騎士やらが斬りかかってきても、大人しく斬られてやるつもりは毛頭ない。

 反撃するのはするとして、決闘という形ではなくなるかもしれないが、どさくさに紛れてどうにかあの魔鋼製の鎧だけは手に入れられないものだろうか。純度の良い魔鋼は作るのが手間で、それなりに貴重なんだ。


『倉庫改』で鎧だけを異空間に取り込むなんて芸当は、残念ながらできない。それができれば便利なんだろうけど、取り込むとなれば小太り卿ごとになるだろう。魔鋼の鎧の抗魔力はけっこうなものなので、下手をしたらこちらの世界と異空間の狭間(はざま)を永遠に彷徨い続ける小太り卿が完成する。そうなればもちろん魔鋼もパァだ。

 となれば、そうだな……。武器防具だけを溶かすスライムでも作るか? スライムが溶かした物体は無くなるわけではなく、液状の体の中に取り込まれているだけだ。予めあとで分離できるように作っておけば、魔鋼や鉄だけ選分(よりわ)けることもできるだろう。べつに鎧が欲しいわけじゃなく、その材料である魔鋼が欲しいだけなのだし。……うん、それでいこう。

 次なる問題は、今この場で新しいスライムを開発してても怒られないかどうかだな。


 小太り卿の熱い眼差しを受け流していると、天幕にスパイのスッパが帰ってきた。

 どこか顔色の悪い、老齢に差し掛かろうかという女性と、他にも数名を伴っている。

 そのうちの2人は僕の方を見てビクリと体をこわばらせ、明らかに顔を青ざめさせた。どうも魔術師っぽいな。自分たちでも魔力を使うからか、それ以外の人と違って僕の魔力の異質さに気付いてしまうようだ。

 ことさらにへりくだるつもりはないけど、無闇やたらと怯えられるのも考えものだ。敵意はないよ、とばかりに微笑みかけてみると、ひとりは『やべぇ! 目があっちまった!』とばかりに顔を伏せ、もうひとりは衝動的に逃げ出そうとしたらしく後ろにいた騎士とぶつかって倒れ込んだ。あちゃあ……。


「ミーシャ。その、具合はどうかしら」

「レピスラシア様……毒味を仰せつかっておきながら面目次第もございません……」

「どうか顔をあげて。効力が出るまで時間が掛かるなら、毒味でわからないのは仕方がないわ」


 侍女という言葉からはなんとなくレピスと同年代を思い浮かべていたけど、ミーシャと呼ばれた女性は物語でいう『ばぁや』と呼ばれるのがしっくりくるような人だった。

 レピスは(うつむ)く侍女を見つめ、心配そうに眉を歪めている。


 僕がちらりとシャロンへと視線を投げれば、心得たもので、すでに侍女のほうもスキャンを終えていたらしい。


「同じ毒の影響下にあります。年齢を召しているため、多少毒の回りが早いようです」


 たしかに、侍女のほうはすでに手足の先が血色を失いはじめている。顔色も悪い。毒味役をしていながらそれと察知できず、レピスを危険に晒してしまった自責の念に苛まれているようだ。

 まあ、それを言えば僕と目が合わないように、でも視界に入れないのも怖いし、とばかりにそぉっとこちらを盗み見て顔中に脂汗を浮かべている魔術師たちのほうがよっぽど顔色は悪いが。あれは毒じゃないの? 違う? 僕がビビられてるだけか……。

 なんだろうね、小太り卿に罵られるより、人のカタチをした化け物を見るかのごとき目を向けられるほうが、僕としてはよっぽど(こた)える。いっそ、無駄に変な動きでもしてやろうか。


 魔術師たちはガクガクと震えながら、そんでもってチラチラと僕の方を気にしながら魔法陣の準備を進めていく。上等そうな白い布の四隅を銀のナイフで地面に留め、その上に同じく銀のナイフで傷つけた指先から出る血で陣を描いていく。震えながらも魔法陣自体は丁寧な仕上げだな。

 あれは”解毒”の術式だな。国による差異か、ところどころ見たことのない式があるみたいだけど、基本的には僕が知っている術式と同じものだ。


 血液には魔力が含まれているし、体外に出ても魔術的には自分の体の延長上のように扱えるので、ああして血で魔法陣を描くと制御がやり易い。

 もちろん、切った指はじくじく痛いし、ああして術を使うたびに血を流していては貧血や魔力欠乏症にもなるので、魔術師への依頼料は高い。ほいほいと術を使っていては体がもたないので、ある程度値段を吊り上げるのも金にがめついだけじゃなく、仕方のない面もあるんだってさ。


 魔術師たちが陣を用意している間に、何人かの騎士が天幕を出入りした。

 どうやら、そこいらで捕まえたエムハオに茶葉を与えてみて毒の存在が立証されたらしく、それに伴い小太り卿が騎士に両脇を固められて連れ出されていった。僕の魔鋼が……。


 魔術師じゃない人には混同されがちなのだけれど、”治癒”と”解毒”は全く別の魔術である。

 生き物がもともと持っている怪我を治す力を魔力で補い、強めるのが”治癒”魔術。対して、体内に入った毒物を魔力で無効化するのが”解毒”の魔術だ。アプローチが全く異なるのがわかるだろう。


 ”治癒”魔術は高等技術で扱える者が少なく、それに比べれば”解毒”の使い手は多いとされている。ただ、どんな毒でも無効化できるわけじゃない。

 狩人の使う麻痺毒と暗殺者の使う猛毒は、毒を生成する材料も違えば、強力さも、もちろん効果だって違う。病気の種類によって服用する薬が異なるように、毒の種類によって術式を微調整しないと”解毒”魔術は失敗する。未知の毒は解毒できないのだ。


 ――つまり何が言いたいかと言えば、レピスやその侍女の解毒に、エタリウムの術師は失敗したってことだ。


 解毒に失敗しているとシャロンが告げたあとのレピスの動きは早かった。

 地面に膝をつき、誰が止める間もなく頭を下げたのだ。


「オスカー=ハウレルさま。あなたさまでしたら、毒を取り除くことができるのでしたら、どうかミーシャを助けてくださいませ。かわりに、この身を捧げます」


 突然のレピスの行動に、ほうぼうからどよめきと小さな悲鳴があがる。

 僕だってびっくりだよ。侍女のために一国の姫様が頭を地面につけるだけでも驚きなのに、身を捧げるだって?


「まずは顔をあげてよ。レピスはエタリウムの姫なんだろ? 軽々しく頭を下げていい人じゃないだろうし、勝手に身を捧げるとか決めるのもまずいだろう」

「勝手ではございません。それに、実はもう姫でもないのです。王位継承権も返上済みですから。段取りも何もかもすでにめちゃくちゃですが――オスカー=ハウレルさま。わたくしは、あなたに降嫁(こうか)するためにこの地を訪れましたのよ」


 地面に指をついたままこちらを見上げ、レピスは言う。

 ましたのよじゃないんだよ。これもう完全に厄ネタじゃん! それも、敵対的な他国の王家が絡んだ、特大のやつだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] うっはあ~押しかけ女房が増えましたね!!!ww ところで小太り卿も吹きましたけどあの、スッパもスッパが正解ではなかったですよね?!www
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