僕とあらまし
ここで、エタリウム諸島連合王国がらみのいざこざをざっくりとおさらいしておこう。
ことのはじまりは、ガムレルの町が活気付くとともに他領や他国から内偵が大勢入り込んできたことだ。
スパイたちの目的は、町の発展の秘密を探るためだったり、大激震で活躍した『黒剣』や『歌姫』の情報を集めるためだったりと様々だ。そんなスパイたちを、シャロンから情報を得た憲兵隊が適宜捕まえては、釈放金をせしめたり、町の評判を他の地域に伝える無料の宣伝役として活用していた。
エタリウム諸島連合王国から来ていたスパイには多少釘をさしたうえで泳がせていたが、そいつの属する主流派閥・穏健派に反目する少数派閥・過激派のきな臭い動きを、当のスパイが報告してきた。
警戒を強めていたところ、ガムレル近郊のゴコ村に、〝無尽〟の二つ名をもつ魔術師を中核としたエタリウム過激派の強襲部隊が襲来。素材収集を兼ねてさっくりと撃退し、襲撃を聞きつけて飛んできたスパイに『国宝魔道具を3つ貸し出すならチャラにしてやる』とふっかけた。
セルシラーナ姫の持っていた玉柩みたいな国宝魔道具には滅多なことでは目にする機会がないだろう。まあセルシラーナの玉柩に関しては国宝の中でも秘中の秘みたいな扱いらしいので、あんな状況でもなければ僕が目にする機会もなかっただろうけどさ。
国宝を貸し出せという要求が呑まれるならそれはそれでいい。おいそれと貸し出せるものならば『国宝』なんて仰々しい位階が授けられたりもしないだろうし、そんなオオゴトになるのがわかれば、以後の手出しもしにくくなるはずだ。
もちろん、僕にとっておいしい話でもある。珍しい魔道具を〝視〟ることで、魔道具作りの幅が広げられるかもしれないからな。
実際、玉柩に使われている『空間に干渉して多次元的に術式を折り畳む技術』は、その後の魔道具作りに大いに貢献してくれている。玉柩の場合、大事なのは中身のほうだったらしいけど、僕にとっては外箱の技術こそが値千金のものだったのだ。って、いまそれはどうでもいいか。
要求が通らなければ、その時は痛い目に遭ってもらう必要がある。そりゃそうだろ、平和に暮らしている無関係な村を一方的に襲っておいて、何もやり返さないなんてことはあり得ない。
僕らが間に合ったから良かったものの、そうじゃなければゴコ村は略奪され、村人たちは暴行され、大怪我を負った者が続出していたに違いないのだ。もちろん死人も。
やつらが『そういうつもり』だったことは、こちらの軍門に降っ――いや、待てよ? 僕らは軍じゃないし何門に降ったって言うのが正しいんだ? 村門か? あのときはゴーレムに破壊されていたから降る村門がなかったし、降る前から村には侵入されてたけどな。まあいいや、門のないゴコ村に降った〝無尽〟の魔術師あらため、ムー爺がそう言っていたのだ。
ムー爺もこの襲撃に加担した一味のうちのひとりではあるのだが、攻勢には消極的だった。
なるべく死傷者を出さないよう、どころか村を防衛するエリナの時間稼ぎに同調していたフシまである。ムー爺自身がそう言って命乞いをしたわけではないのだが、実際に命を張って〝無尽〟のゴーレムに相対したエリナがそう言って村人たちを説き伏せてまわったことで、『村の復興に尽力する』という条件のもと、ムー爺の身柄はゴコ村に預けられることとなった。
この件に関してはエリナが村での一番の功労者であることは疑いようもなく、大人たちも彼女の言い分を無視できなかったし、また、〝無尽〟のゴーレムがエリナの時間稼ぎに協力していなければ村の被害はもっとひろがっていたであろうことは、想像力の働く誰しもが思い至ったことである。
とはいえ自分たちを殺しに来た者の陣営にいた事実は変わらないので、村人たちからは冷たくされることも多いみたいだけど、今のところムー爺はそれに不満を言うでもなく日々を過ごしている。
襲撃者は総数50名を超えていた。後腐れがあっては面倒なので、いちおう全員生かして捕らえたそいつらは、ムー爺以外はまとめて王都のダビッドに丸投げしてある。
ダビッド = ローヴィスはこの国の暗部を統べるローヴィス家の現当主だ。なんかうまいことやるだろう。ダビッドからは厄介ごとをうまいこと押し付けられたこともあるし、そのへんはお互い様である。
実行犯は全員とっ捕まえたが、はいそれで終わり、というわけには行かない。面倒くさいことだが。
襲撃者たちの独断なのか、もっと上層部からの命令があったのかは知らない。知らないし、どうでもいい。
エタリウムという国が襲撃を唆したにせよ止められなかったにせよ、結果として奴らが襲撃してきたという事実がある。ならば、そのままやられっぱなしというわけにはいかないのだ。
痛みを伴わないと、次に何かあった時に再び『襲撃する』という選択を取りかねないからな。今回は死傷者を出さずに済んだが、次もそうなる保証はどこにもない。だから『次』なんて無いように、しっかりとわからせる必要がある。
そのあたりの厄介ごとは僕がやるべきことか? と思わなくもないんだけど、どうも襲撃の目的は僕らと無関係というわけでもないようだし、今後の平穏な生活を守るために骨を折るのはある程度仕方あるまい。
国宝を貸し出せという要求が蹴られた場合に与える『痛み』に関しては、特にこれというものがあるわけじゃない。
王城を跡形なく吹っ飛ばしてもいい。
宝物庫なり武器庫、食糧庫なりの備蓄を根こそぎ持ち去ってもいい。『倉庫改』があるから忍び込みさえすれば簡単だし、忍び込むのだってそう難しくはあるまい。いかに堅牢な門があり、優秀な門番がいたとしても、ダビッドソンや宙靴、〝蒼月の翼〟などの、空から侵入する手段を持つ僕らにとっては関係がない。破壊するまでもなく空には門がないからな。もちろん降る軍門もありはしない。
やろうと思えば海辺の船を潰して回ったり、農地を海水で水浸しにしてまわることだってできるが、これは実行に移すことはないだろうな。
それをやったら国に致命的な被害を与えることはできるけど、責任を負うべきは襲撃を企図した者や、その責を負うべき王族などの国の上層部であって、その国でただ生きているだけの民衆ではないのだから。
他にも、襲撃に関わったであろう要人を軒並み暗殺してまわるなんてことも、僕とシャロンならそんなに難しくもないだろうけど、これも積極的にやりたくはない。
好きこのんで人を害したいわけもないし、シャロンにそんなことをさせたくもない。というかそんなところに無駄に時間を掛けるくらいなら島の発展に力を割きたいんだよこっちは。海水を飲めるようにする魔道具もまだ途中だし、エムハオ小屋の床も整えたい。地面だと簡単に穴を掘られてしまうけど、木製の床を張っても齧られて同じことになりそうなんだよな。石で作るのがいいかな。……いかん、思考が逸れた。
ええと、なんだっけ? そうそう、こちらの要求を呑むか蹴るか、エタリウム諸島連合王国の出方を待っていたところであり、先方からは一応『要求を呑むが、魔道具の移送には時間が掛かる』という返答があった。これまでの流れをざっとまとめるとこんな感じになる。
そしてついに昨日、僕らが島に出かけている間にエタリウムの使者団がガムレルへと到着していたらしいのだ。
あちらさんの返事を信じるなら国宝魔道具が到着したのだろう、と僕は少しばかりの期待をしていた。
今日は当事者として僕とシャロン、屋敷に残してくる戦力のバランスを考えてアーニャ、あとは領主様の名代として立ち会い人にカイマンがついてきている。
リーズナル卿も剣の心得はあるとのことだが、もしも荒事になった場合は黒剣の担い手たるカイマンのほうが不安が少ないという判断だ。まあ、領地の村に襲撃をかけてきた無法者を擁する組織に、領主としておいそれと顔を出すわけにはいかない、みたいな意味もあるらしいけどな。『領主に会うために近隣の村で暴れればいい』なんて前例を作るわけにはいかないのだとか。
この4人はちょうどゴコ村の襲撃に際して急行したメンバーと一緒だな。あとは護衛や周辺を固めるために憲兵隊から数人つけてもらっている。
そんな状況で、だ。
「僻地をただ旅行していた我が国の将兵に謂れのない罪を着せ、国宝を寄越せと恫喝してきたのではないかね? 戦闘の意志などない罪なき将兵たちを、おおかた女を使って食事に毒を盛るなり、姑息な手を使って騙し討ちにしたとか? どうなのだね、ん?」
「はぁ〜……」
南門から出てすぐの街道沿いの天幕で、鎧をがっちり着込み、帯剣した小太りの偉そうな男からそんな難癖をつけられようものなら、溜め息のひとつやふたつ、溢したって罰は当たらないと僕は思う。
ついでに、天幕の端っこのほうで死んだ魚のような目でげんなりしているスパイの――なんて言ったっけ、スッパだっけ? スパーだっけ。うーん、候補ふたつにまで絞り込んだけど、どうにも自信がない。とにかく、あのスパイの男に『これは、そういうことでいいんだな?』と半眼をくれてやるのも忘れない。
お前らは『痛み』のほうを選ぶんだな? と。
「はてぇ? そう黙っていてはわからないのだが、図星かね?」
小太り男は顎髭を擦りながら、自らの優位を確信した様子で唇を吊り上げる。
的外れどころか的を狙っているのかどうかすら怪しい、取ってつけたような難癖の内容よりも、僕としてはどちらかというとニヤニヤした不躾な目つきをシャロンやアーニャに向けられている方が不快だったりする。
天幕の中にいるあちらさん側の兵は、2人ほどがこちらを目の奥にある憎悪を隠そうともしないで睨みつけて来ており、残りは皆スパイの彼と同様に死んだような、諦めの境地のような目をしている。
なんなんだろうね、この状況は。降らせる軍門を作ってくれば良かったか?
「っていうか軍門ってなに?」
「陣営を敷いた場所の出入り口です。敗戦の将は、投降する際に相手方の陣営の門をくぐることになることを指して『軍門に降る』という言い方をされます」
「勝って敵陣営の入り口まで攻め入ったときはなんて言うんだろうな。『軍門に登る』?」
「登っている時間が惜しいので、登らずそのまま敵将を討ち取ったほうがいいように思います」
「僕もそう思う」
『降る』は『降参』を意味しているそうです。
降参して軍門を通る、って感じですね。
現代ではもしかして降る以外に『軍門』という単語を耳にすることってないのでは? 桃が流れてくる擬音以外で『どんぶらこ』を聞くことがないやつと同じなのでは??