僕と毛玉
頭痛で沈没していて更新が遅れました… -⁽ -´꒳`⁾- すみませぬ…
季節の変わり目は体調を崩しやすいので、みなさまもお気をつけをば。
滑車を導入したことによりロープの動きはかなりスムーズになった。
回転機の効率も向上している。それまで崖とロープを削ることに使われていた無駄な力が、うまく回転機にまで伝わるようになったためだ。基本構造はこれで概ね問題なさそうである。
回転機を鑢として使えるようにしたことで確信したが、ただ魔石を作るためだけにこの機構を使うのは勿体ない。
そんなわけで取り掛かったのは揚水だ。崖下に無尽蔵にある海水を引き揚げるのだ。
まずは桶を作る。大きいと桶自体の重さと海水の重さで引き揚げが困難になるので、ごくごく小さなものだ。”剥離”を駆使して丸太から桶の形に切り出し、細かなところをナイフとか微調整した”剥離”術式で調整してやるだけなので、加工は簡単だ。桶は同じものをとりあえずは6つ作っておく。
紐で輪っかを作り、輪に等間隔で並ぶように桶を結いつける。作ったばかりの滑車に細工をして、滑車が回るたびに輪っかも一緒に回るようにしてやれば、輪に繋がった6つの桶が順繰りに崖下とこちらを行ったり来たりする仕組みになった。一度に汲み上げられる水量はわずかずつだが6つの桶が絶え間なく行き来しているので、そう馬鹿にした量でもない。
動作も確認できたので一旦滑車から輪っかを外しておく。放っておくと、このあたりが水浸しになってしまう。
お次は水路だ。引き上げてきた桶の中身、海水の通り道である。
これにはムー爺のゴーレムから拝借した石材を使うことにする。木材のほうが軽いし確保も簡単だけど、常に海水が流れている状態だと腐食が心配だ。穴でも空こうものならあたり一面水浸しなんてことにもなりかねない。
水車で引き揚げた水を農地に運ぶ用水路のように、少しずつ傾斜をつけながら石材を配置していく。水が溢れないように縁の部分には別の石材で壁を立てるのも忘れない。ちょうどコの字を縦にしたような形になる。壁と床面には隙間ができないように砂を敷き、砂岩を錬成してまるで一枚の石材のように繋ぎ合わせておいた。便利だな、砂岩錬成。
砂岩錬成はムー爺のゴーレムを形成している根幹術式だ。”全知”を使って真似したら、しばらくムー爺が口をきいてくれなくなったりしたけど……。便利なものは使うに限る。ここにムー爺はいないので機嫌を損ねることもなかろう。
桶を滑車に設置しなおすと、汲み上げられた海水が水路を伝って流れ落ちていく。あとはこの水路を家の近くまで延ばしていけばいい。
満足して頷く僕に、ロブが首を傾げて尋ねてくる。
「海の水なんてなんに使うんです?」
「さしあたっては製塩と、飲み水の確保だな。このままだと飲めたもんじゃないけど、塩と水に分けたら飲めるようになるだろ」
「そ、そんなことができるんですかい」
「できるようにするのが僕の仕事だよ。まあ、やってみないとわかんないけどな」
理論自体は組み上げていても、実際に動かしてみたらうまくいかないこともある。全然想定していなかったところで失敗して頭を悩ませるなんてこともしょっちゅうだ。でも、だからこそ上手く動いたときの喜びも大きなものとなる。これだから新しい物を作るのはやめられない。
海水から塩を取り出す方法は主にふたつ。
ひとつは、鍋に薄く海水を敷き、火にかけて水気を飛ばしたあと塩以外の部分を選り分けるやり方だ。工房で塩を作るときはこの方法でやっていたけど、薪や炭などの燃料を必要とするのが難点である。原料となる海水の量に対して精製できる塩が少なくて驚いたものだ。
もうひとつは、日の光にあてて水気を飛ばしていくやり方で、以前訪れた沿岸都市キシンタではこちらの方法で塩を作っていた。なんでも、海水を引き入れて乾かすため専用の区画があるとか。燃料を必要としないが、整備された広い土地が要るうえに天候に左右される。時間が長く掛かるのも難点だな。
ふたつの方法を合わせて、日の光で大部分の水気を飛ばして塩が多く含まれる水にしたあと、最後の仕上げを火でやるやり方もありだろう。
ただ、今回はこれらのやり方を使う気はない。これだと水が取れないからな。
水路を流れてきた海水は、大きな瓶で受ける。瓶の口部分には布を掛けて留めておく。とくに術式付与したわけでもない、なんの変哲もない麻の布だ。海水と一緒に汲み上げられてきた細かい石や枝といったゴミの類はここで弾かれて瓶に入ることはないが、海水だけは布を通過して瓶に溜まっていく。
あとは、溜まった海水に"抽出"などの魔術を駆使して塩分を抜けないか試していくことになる。ま、ここからは思いつきと検証の繰り返しだな。
そうこうしているうちに、島の散策に出ていたシャロンたちが戻ってきた。アーニャ以外は手ぶらなようだけど、『倉庫改』は使っていいと言ってあるので、面白そうなものを見つけたら拾ってきているはずだ。
シャロンはいつも通りのすまし顔だが、アーシャは満面の笑顔だ。たぶん珍しい食材でも見つけたのだろう。
ラシュも楽しかったようで笑顔で耳をぴこぴこさせているし、意外にもルナールまでもがそれなりに満足そうな顔をしている。ちょっとばかり疲れが見えるが、普段の運動不足が響いているな、あれは。
「ただいま戻りました」
「おかえり。魔物に遭ったりはしなかった?」
「はい。見かけましたが、とくに問題ありませんでした」
「毎回ウチらが見つけるよりも前にシャロちゃんが瞬殺しとったからにゃあ」
ああ、それで出発前は『我らがお守りします!』と意気込んでたはずの島民たちが苦笑いしてるのか。
見た目は女神でも、総合的な戦闘力は僕らの中で最も高いのがシャロンだ。熊殺しの渾名はダテではない。災神龍すら下したのに『龍殺し』や『神殺し』になっていないので、むしろ過小評価と言えなくもないが。『神殺しの女神』か――もうわけがわかんないな。
『また変なことを考えているでしょう?』と言いたげなシャロンからの視線に気付いた僕は少し咳払いをする。
「それで、アーニャの持ってるそれは……毛玉?」
「シャロちゃんが言うにはエムハオの親戚らしいで」
「この毛玉が?」
「この毛玉が」
アーニャの手から吊り下げられるような形で垂れている毛玉は結構な大きさだ。僕の膝丈より大きく、腰丈よりは小さい歪んだ球体とでも言うべき物体だ。僕の知っているエムハオとは大きさも見た目も随分違う。
エムハオには小さな角がふたつあるのが特徴だが、こいつは毛に埋没しているのか全く見えない。ただのもこもこした毛玉といった風情だ。
アーニャはこの毛玉エムハオの耳らしき部分をがしっと掴んでいるらしい。散々暴れた後なのか無抵抗で垂れているが、生きてはいるようだ。もしかすると死んだフリでもしているつもりなのかもしれない。
エムハオはそう珍しくもない魔物である。
放っておくとあたり一面を穴ぼこだらけにするし、農作物を食い荒らす。狩るのは簡単だがすぐ増えるので、よく討伐依頼が出されている。
肉は筋ばっていて、おいしいわけではないけど食えなくもない。村では塩漬けにして冬の間の保存食にしていたっけ。
皮は魔力との親和性がよく浸透も容易だ。アーニャたちの首輪の革の部分はこの皮をなめしたものである。
魔力の波長は人それぞれに異なり、エムハオの皮に魔力を流すと人によって色が変わる。アーニャの首輪が白、アーシャのが黒、ラシュのが灰色になってるのはこの性質によるものだ。
世の魔道具技師は、魔道具を修理するときにエムハオの皮を使ったりもするらしい。どこまで魔力が届いているかを色の変化で確認するんだってさ。
それらの特徴は『普通のエムハオ』のものなので、この毛玉エムハオ(?)がどこまで一緒かわからないけどな。
「変異個体かな?」
「同じようなのが他に何匹も居ったで。カーくんに見せよ思て、一匹だけ捕まえてきてん」
「おそらく地域差でしょう。このあたりは冬場寒くなるんでしょうね」
「なるほどなぁ」
寒い環境に適応するために、こんな毛玉みたいな姿になったってことか。
アーニャの持つ垂れ毛玉を触ってみると、信じられないほど手触りが良い。もふもふなのにサラサラとした触り心地で、砂で薄汚れているのを洗えばそれなりに良い光沢も出そうだ。
「キィッッ!!????」
「おっと」
しばらく触っていると、毛玉はびくんと震えて思いっきりキィキィと騒ぎ出した。どうやら死んだふりをしていたわけではなく、単に意識がなかっただけらしい。
そういえば今の僕は魔物や魚にすら怖がられる魔力を発しているんだった。なにげに不便なので、これもそのうちなにか対策を考えないといけないな……。
「ほーら眠れー」
「キィ、キキッ、キ――……」
”眠り”の術式を編みあげる。僕の手から湧き出た薄紫の靄が絡みつき、毛玉は再び静かになった。
ごくり、と島民の誰かが唾を飲んだ。
「獣人では魔術師に敵わないと言われるわけだ……」
「カーくんと一緒にしたら、そこらへんの魔術師が可哀想やけどな」
どういう意味だ、と反駁しようにもシャロンやルナールまでもが深く頷いているので僕は口を噤む。
そういうアーニャだって、そこいらの獣人と比べると相手が可哀想なことになる。熊・龍・神殺しの女神もいるし、そのうえ歌姫までいるウチの戦力が過剰なんだよ。僕ひとりがアレなわけじゃないやい。……歌姫は違うか。
その後、毛玉は住居の側にシャロンが恐るべき速度で掘っ建て小屋を作り、そこで飼うことになった。
名前はシロケダマ。見たままである。そうだよ僕が付けた名前だよ。アーニャに頼まれて仕方なく付けたけど、名付けのセンスがないんだよ。『シャロン』も元を辿れば神聖語で『蒼』って意味だしな。
小屋にはシロケダマと、あとからアーニャがもう一匹捕まえてきたハイケダマが居る。シロがメスでハイがオスだ。つがいにしておけばそのうち増えるだろうという判断である。
目当ては肉ではなく毛だ。モッフモフのふわっふわなので、きっと良い防寒具が作れるだろう。
なんてことをやっている間に西の空に橙色の太陽が傾く頃合いとなってきたので、今日のところは切り上げてガムレルへと戻った。
明日は製塩魔道具の続きをやるか、それともケダマの小屋をもうちょっとしっかりと作り込むか。掘っ建て小屋は床がそのまま地面なので、あのままだと穴を掘って脱走されるんだよな。あくまでも間に合わせなので、早めに補強しないといけない。
そんな僕の目論見は、次の日の朝早くに頓挫することになる。
いつぞや、ゴーレム軍団でゴコ村に強襲してきたエタリウム諸島連合王国。その使者団がガムレルに到着した、と連絡を受けたために。