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僕はほんとに困っているよ?

 この日の目的は、島とガムレルの町とを転移魔道具で繋いで魚や塩の交易路を復活させることにあったので、昼食を終えた僕とシャロンはまた近いうちに再訪することを約束し、獣人一同からものすごく惜しまれながら帰路についた。帰りはもちろん設置したばかりの転移魔道具を介してだ。

 視界がぐにゃりと歪み、浮遊感に包まれたと思った次の瞬間には到着しているので、数日にわたり船やら馬車に揺られることを思えば快適すぎる。少々魔石を消費しようとも、この快適さには替えられるものではないな。


 それから数日間は、獣人たちの足を治すための培養液を調合したり、島で使う備品を買い集めたりして過ごした。ナイフとかロープなんかの日用品や、獣人たちの替えの服とかだ。島まで普通に運ぼうと思うと大変な手間が掛かるが、倉庫改と転移魔道具(エルシオン)があればなんのことはない。


 その間、町は少しばかり慌ただしかった。なんでも、川の上流のほうで苔牛(モス)という魔物の目撃情報があったとか、何年か前に同じ魔物の発生で水運ギルドが打撃を受けたとか、そういったことを買い物ついでに何度か小耳に挟んだ。そういえば以前、メイド隊の誰かも同じような話をしていたような気もする。

 

 あとは、そう。半分忘れかけていたエタリウム王国だか帝国だかの使者が来たりもした。ゴコ村に襲撃してきた奴らをとっ捕まえた件の後始末だな。

 もう二度とそんな気が起こせないようにしてやろうか、と優しく説得した甲斐があったのだろう。エタリウム側からは、平たく言えばこちらの要求通りに3つの国宝を貸し出す旨の申し入れが、なんとも長ったらしく回りくどい表現で伝えられた。ただ、運ぶのにそれなりに手間取るとかで要求していた期日に間に合わない、とも。

 間に合わないのは仕方ないとしても、そう簡単に条件を緩めてナメられても困る。それでもし、またゴコ村やガムレルが襲撃を受けるようなことがあったら交渉の余地が残っているとは思わないよな? と極めて優しく確認したら真っ白な顔でこくこくと何度も頷かれた。えらい怯えようだけれど、二つ名持ち魔術師の部隊が呆気なく壊滅したのはあちらさんにとってかなりの衝撃だったらしい。

 僕も積極的に争いたいわけではないから、穏便に済むならそのほうがいいよ。もしまた攻めてくるなら、その時は宣言通りに捻り潰すけれども。あちらさんがそこまで愚かだとは思いたくないものだ。


 他には――そうそう、カトレアに教わりながら模型作りに(いそし)しんだりもした。船の模型だ。

 培養技術と同じように、カイラム帝国に所属していた頃に集めた情報端末(チップ)の中に造船技術のものも含まれていたらしく、その知識をもとに手解(てほど)きをしてもらった。

 彼女たちの持つ情報の中には、海の底を這う船や地中を堀り進む船なんてものもあるようで、僕としては大いに興味を惹かれたものだけど、残念ながら今の技術レベルでは再現できるものじゃないという。無理だと言われると余計に気になるよな。そのうち挑戦してみたいものだ。


 水の上を走る船はそれらに比べればまだ幾分簡単だ。とはいえ難しいことに変わりはなく、そのための模型作りである。本物の船の大きさでいきなり作り始めて、構造がわからなくなったり歪みが出てしまっては作り直すのも大変だ。下手をすれば素材集めからやり直しになるしな。そのため、同じ構造の模型を作ることで不明点を(あらかじ)め洗い出してしまおう、という作戦である。


 カトレア監修のもと作り上げられた深紫に輝く魔鋼製の模型には、帆もなければ(かい)もない。推進力を生み出すのは、船体下部に取り付けられた回転翼(プロペラ)という機構だ。後ろに2つ、左右に1つずつ、頭に1つの計5つ設けた回転翼(プロペラ)が回転することで水を押し出し、前進や方向転換を可能とする。翼の回転にはダビッドソンの車輪と同じ術式をそのまま転用できるので、魔石さえあれば漕ぎ手も必要とせず、天候にも左右されない。魔石には食料も飲み水も不要なので、漕ぎ手を乗せないといけない船に比べてたくさんの荷が運べるだろう。

 魔鋼製の模型は、木で作った同じ大きさの模型よりもかなり重いのだけど、魔術的な補助がなくても不思議と水に浮かぶ。むしろ重いぶん船体が安定していて、多少の波程度ではほとんど揺れもしない。釣り船としては過剰な性能な気がしないでもないけれど、どうせ作るなら快適なほうがいいよな。


 難点としては、まず鉄を魔鋼に精製するのが大変なことが挙げられる。

 模型作りに必要な分量は大したことがなかったので、"火炎"術式で鉄を加工できる温度に保ちながら砂粒サイズの魔石を入れて叩いたりしながらなんとか気合いで精製したけれど、それでも必要量を確保するのに2日ほど掛かった。人が何人も乗れる船の分だけ確保しようと思うとこの方法では現実的じゃない。ちゃんとした炉がないと厳しいな。


 それに、魔鋼の原料になる鉄鉱石だって全然足りていないし、精製し終えた魔鋼を船の部品へと加工するのも結構難しかったりする。

 少なくとも"火炎"で高温を保ちながら"念動"の多重詠唱(デュアルキャスト)で意図した形と厚みへと変えていく必要があり、パーツによってはその状態で術式を彫り込んでいかなければならない。

 このあたりは魔術師じゃないとどうにもならない領分なので、シャロンたちに手伝ってもらうわけにもいかない。ムー爺に話を持ちかけてみたけど「馬鹿言わんでくれ。そんなことができるわけあるかい」と真顔で一蹴されてしまった。ゴーレム絡みじゃないのでやる気が湧かないのかもしれない。ゴーレム好きの変態爺さんだからな、あの人。


 船体のほとんどを木製か鉄製にして、強度の足りない回転翼部分だけ魔鋼で作るのもアリかもしれないけど、そうすると防御力がなぁ……。

 僕とシャロンがレッドスライムの島に遭難する発端となったのも、乗り合わせた船が海賊船と衝突したからだったし、新しい船は海賊船がぶつかってきたくらいではビクともしないくらいの防御力は持たせたい。ん、なんだカトレア。大砲を積むのはどうかって? やられる前にやる? 攻撃は最大の防御? なるほど、それもアリか……釣り船ってなんだっけな……?


 とりあえず造船計画は一旦保留にし、リリィとカトレアには鉄鉱石や魔鋼の原料になる他の素材の確保を頼んでおいた。原料(モノ)がないと結局どうしようもないのだ。


 ちなみに、試しで作った木製と魔鋼製の2(そう)の模型はラシュとルナールの遊び道具になっている。風呂に浮かべた船に乗船させられたらっぴーが、若干迷惑そうにしていたのを申し添えておく。


 そんなこんなをこなしつつ、約束通りに僕らは数日ぶりに島を訪れた。

 前回は風呂を作るだけは作ったけれど、水をどこから調達するのかまでは着手していなかった。今日はその続きからやろうかな、と思っていたのだけれども。


「オスカーさん。クロイムからの魔力伝達が途切れています」

「あれ? ほんとだ。どうしたんだろう」


 "転移"してすぐ、異変に気付いたシャロンが僕の袖をくい、と引っ張った。

 言われた通りに目を凝らしてみると、確かに。屋根の上に広げたはずのクロイムから、転移魔道具『希望の轍(エルシオン)』への魔力伝達がされていない。

 いまはどうやら前回来たときに埋め込んでいった魔石からの魔力供給のみで動いているようだ。このままだと、魔石が内包した魔力を使い切ったら希望の轍(エルシオン)は機能停止してしまう。


「ついでに私もオスカニウムを補給しておきます。ぎゅぅー!」

「なんのついでだ、なんの」


 あとオスカニウムってなんなんだ。

 言うがはやいか、シャロンは返事を待たずに僕の背中に覆いかぶさるように抱きついてくる。もう好きにしてくれ。


 シャロンが満足するまでそのまましばらく待ってから外に出た。

 天気は悪くなく、眩しい陽射しが降り注いでいる。これだけ太陽の力が届いていれば、クロイムはしっかり魔力を生成してくれるはずなんだけどな。首を傾げながら屋根の上に登ると。


 おや? クロイムの様子が……?


「……なんだこりゃ」

「端っこがシロイムに進化していますね」

「名前はこの際どうでもいいけども」


 木造平家建ての屋根に広げた太陽光収集スライム『クロイム』は、シャロンの言う通り、端のほうからまるで燃え尽きた灰のように白っぽく染まっていた。中央付近はまだ黒いままだけれど、元の澄んだ黒ではなく、濁った泥水のようになっている。進化というよりはどうも変質してしまい、機能を失っているようだ。


 なんだなんだ、と島の住人たちが集まってくるなか詳しく調べたところ、どうも潮風が原因でこんなことになっているらしいことがわかった。

 スライムはどうやら塩に弱い。そんな話は聞いたことがないけれど、錬成したスライムに試しに塩をぶっかけてみるなんてこともそうそうないだろうしな。こういうのは、やってみてはじめて発覚する問題だなぁ……。


 クロイムの中央あたりにまだ影響が薄いのは、端の部分に比べて多少厚みがあるからのようだ。

 かつてこの島で激闘を繰り広げたレッドスライムは地下水で増殖して体積を増していたから、そこまでの影響を受けなかったのだろうな。

 あのまま海に辿りついていたらもしかすると放っておいても自滅していたのかもしれないけれど、海水でも問題なく増殖できてしまった場合に滅する手立てがなくなってしまうので、あの場ではああする他なかっただろうけれど。


 それにしても困ったな。どうやって魔力源を確保しようか。

 クロイムを大量に作り、屋根の上に厚塗りしてやれば多少は長持ちするだろうけれど、それでも変質してしまうのは時間の問題だろう。

 転移魔道具(エルシオン)だけでなく、水源の確保や、お湯を温めるのにもクロイムをアテにしていたので、これが使えないとなると色々と計画の練り直しが必要になる。釣り船の回転翼(プロペラ)を回すためにも魔石が必要だしな。


 さぁてどうしたもんかな。


「いやぁ困ったな」

「……にしては主様、嬉しそうでやすな」

「にっこにこですな」

「え? シャロン、僕そんな顔してる?」

「どんなオスカーさんも素敵ですよ」


 否定も肯定もされなかったけれど、優しい言葉とともに微笑み返されるよりは普通に肯定された方がマシな気がする。


 いや、ほんとに困ったなとは思ってるからな!?

 新しいものを考える楽しみもないとは言わないけどさ、それはそれとして困ってるのもほんとだからな!? なんでみんなして僕をそんな暖かい目で見るかね。

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[一言] (なんか久しぶりにきたら「いいね」機能が…わーいポチポチです!) オスカーさん。魔王みが出てきてますね…! マルチバッドエンドならぬマルチ魔王エンド(いやエンドではないんですが)の気配がい…
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