僕らの作戦会議 そのに
僕と、その膝の上のシャロン、そして縋り付く獣人のアーニャという、はたから見るとすごく謎な光景の僕ら3人に向き合って座るカイマンに、ずばり呼び出した目的を告げる僕。
「呼んだのは他でもない。
"紅き鉄の団"の件だ」
その名前に反応して、アーニャの猫耳がピクリと反応する。
カイマンも、その端整な切れ長の目をスッと細めると、ゆっくりとした動作で指を組み直す。
「美女を侍らせているのを見せたかっただけではないとわかってほっとしたよ。
詳しく聞こうか。それと、やつらの仲間がどこにいるとも知れないから、今後は"やつら"と呼称してくれたまえ」
僕は、カイマンにかいつまんで要件を話した。
僕が"やつら"の襲撃によって両親を失ったこと。
アーニャのきょうだいが"やつら"によって攫われたこと。
"やつら"を潰しに動こうと思っていること、などだ。
「カイマン、単刀直入に聞くけど。
お前、やつらの本拠地を探り当ててるよな」
時折キザったらしい動作を挟む以外は黙って僕の話を聞いていたカイマンに、少し踏み込んだ話をする。
と、彼はすぐに『降参だ』とでも言いたげな様子で掌をひらひらとさせた。べつに僕に隠しておく気もさらさらなかったようだ。
「ああ、たしかに今のやつらの潜伏場所は探らせてあり、すでに掴んでいるよ」
そのカイマンの返答に、食いついたのはアーニャである。
「どこ!? アーちゃんとラッくんはどこにおるん!?」
今にもカイマンに掴みかからんばかりの勢いで、アーニャは身を乗り出している。
際どい胸元が強調されているためだろう、カイマンがそれとなく視線を逸らす。
変なところで美青年と僕の反応の共通点を見つけてしまい地味にがっくりきた。
アーニャにとっては、妹弟を攫った怨敵の所在が掴めそうなのだ。
そのために一睡もせず、またさきほどまでほぼ食事も摂らずに駆けずり回っていたので、その精神状態も限界に近いだろう。
しかし、今ここで焦ってどうこうできるものではない。
「アーニャ、落ち着い」
「だって! ああ、ああ。今もひどい目に合わされてるかもしれんねんで!?
そんな、落ち着いてなんか! 君らは関係ないかしれんけどな!?」
ダメだ、話の進め方を失敗したか。
落ち着いて話ができる状態ではないし、妖精亭の面々にさすがに迷惑になる。
「シャロン、威圧。ちょっとだけな」
「はい」
「ぴぃっーー!?」
変な声を出して、際どい格好をした猫の女性が竦み上がるのには、一瞬でも十分なようだった。
ーー数分後、尻尾も耳もピンと立て、半泣き状態で嗚咽を漏らしてはいたものの、とりあえずは話ができる状態となったアーニャ。
様子を伺いにきたシアンからは「"にゃー また 元気ないか"」と尻尾を撫でられている。
なお、カイマンは若干表情を強張らせただけで耐えきってみせた。
一瞬だけだったからなのか、それとも以前よりも肝が座ったということかもしれなかった。
ーー実際のところ、彼はいわゆるオスカー・シャロン馴れしただけというか、『この二人は何かをやらかす』という認識を持つに至ったというだけなのだったが。彼はのちに若くして、いつ如何なる時でも冷静に判断し対処する冒険者として、一部では名の知られた存在になるのだが、こんなところでその下地が出来つつあった。
話を再開する。
「場所については、すまないが伏せさせてくれ。
私も同行させてもらう、それで良しとしてほしい。
先ほども言ったが、やつらの協力者がどこに居るとも知れないためだ。
せっかくのチャンス、ふいにしたくはないのでね」
カイマンが同行を申し出るのは意外だったが、僕とシャロンだけで取りこぼしが出るのもまずい。
アーニャの強さのほどはわからないし、カイマンもペイルベアに敗けたとはいえ剣の扱いはできるだろうから、いざというときにアーニャを任せておくくらいはできるだろうか。
「私が情報を得たのは、ちょうど君たちが村でやつらを撃退したからだよ。
やつら、普段は尾行を捲くため何重にも目眩しのルートをとるために今までその本拠は知られていなかったんだ。
しかし、あのときは君たちが手痛く追い返したからね、怪我人を抱えての移動で足がついたというわけさ」
村が襲撃された時点で、各地に張った人員に連絡を取っていたらしい。
まさしくカイマンの執念のなせるわざであった。
「その拠点の距離にもよるけど、明日の早朝には出発したいと思ってる。
構わないか?」
僕やシャロンはあまり急ぐ必要がないが、アーニャの身内の奪還のためには、一刻も早い方がいい。
しかし、夜間は危ないために大した距離は進めないだろうし、体力も消耗する。
明け方に出発するのがベストだろう。
「ああ。構わない。
私がやつらを攻めあぐねていたのは、戦力不足のためだ。
偵察からの連絡だと、やつら常に4,50人程度の戦闘員を擁しているらしい。
魔物も飼い慣らしているという。
しかし、こちらが討伐隊を組織して差し向けようものなら、すぐに察知されて到着したときにはもぬけの殻、だ」
「50人もの人員を食わせる経済力のある、統率のとれた蛮族というのも、変な話だな。
もはや傭兵集団じゃないか」
人間である限り、腹は減る。
怪我をすることもあれば、病気に罹ったりもする。
それだけの人数をまとめ上げるというのは、並大抵のことではあるまい。
ただでさえ、そいつらは善良な市民ではなく粗暴な蛮族なのだ。
「オスカーの言う通り、そういう観点からもどこかしらの有力者の後ろ盾を疑わしいと思っている。
大規模な戦力を動かせば、内通者からそれを察知されて逃げられるーー事実、1度逃してしまっている。
かといって少数精鋭で攻めるとしても、何しろ相手の数が数だ。半端な戦力では返り討ちにあってしまう」
所在を掴んでいながら彼が攻勢に転じられなかったのは、そういう理由が大きいらしい。
男爵家が大々的に討伐隊を募るとそれを察知して逃げられる。
そのため、冒険者組合のある町をまわり、討伐隊と悟られないようなブラフのクエストとして人員を配置したりなどと、今日も忙しく動き回っていたそうだ。
「人員は、正直言って全く足りない。
明日動かせるのも、私の他には2人といったところだろう。
伏兵の可能性を考えないとしても、10倍ほどの戦力差となる。
正直なところ、普通じゃ話にすらならないだろう」
とり逃がす可能性どころか、命の危機すら大きい。
そんな戦力差で挑むなど自殺行為に他ならないし、だからこそカイマンも家人に黙って家を出るつもりなのだろう。
本人はペイルベアのときにたまたまシャロンのおかげで拾った命だと思ってはいても、男爵家の次男坊がそう簡単に死地に赴くことを許されるとも思わない。
しかし、彼にとっても"やつら"は仇敵に違いないのだ。
多くの者の人生を歪め、踏みにじってきたやつらに一矢報いる機会を、彼もまた伺っていたのだ。
「だが、オスカー、シャロンさんも。君たちは少なくとも普通とは縁遠い。
本来であれば、子女に戦わせるなど騎士道に反する行為だ。
しかし、騎士を志す前に、私もやつらに恨みを抱き続けた人間だ。
君たちの力、存分に期待させてもらいたい」
「ウチも。ウチも、戦う」
それまで、借りてきた猫のように僕の服の裾を掴んで離さなかったアーニャも、決然とした面持ちでそれに同調する。
空になったカップに視線を落としていたシャロンも、同様に頷いた。
「これを最後の食事にするつもりは毛頭ない。
私たちは、勝って帰ってくるとも」
ここで死ぬつもりなど最初から、ない。
もとより、カイマンからある程度の情報が手にはいればラッキー、くらいの心算で呼びつけたのだ。
敵方が50人というのは想定外な情報だったものの、本来僕とシャロンだけで攻め落とすつもりでいたくらいなので、あまり僕は深刻に考えていなかった。きっとシャロンも、そうだろう。
「英気を養うためにも、ここの支払いは私が持とう。
なに、冒険者を何人も雇うことを思えば安いものだ」
「お、本当かカイマン。さすが男爵家のぼっちゃん、太っ腹だな!
ーー店主、甘味を3人分追加で頼む!」
「オスカー、前々から思っていたが君はなかなかに容赦がないな!
ーーすまない店主、もう1人分追加してくれ」
やいのやいのと言いつつ飲み食いし、眠そうな目をこすっているシアンに手をふられながら妖精亭を後にする頃には、人通りもまばらになっていた。
「"しあん ねむい"」
「ありがとな、猫のお姉ちゃんも元気になったよ」
「"よかた"」
「店主も、お騒がせしてしまってすみません」
「正直修羅場は御免被りたいがね。人生何度かはそういうのが避けて通れんときもあるさ。
幸い、あの個室はシアンが普段寝床に使っているせいで、ある種の認識阻害みたいな空間になっちまってる。
外のやつらがやりとりを気にすることは、ないだろうさ」
そんな気まで使ってもらっていたのか。
僕は"全知"のおかげで全く何の違和感も持っていなかったが、狭い店内に入った段階でカイマンがはじめは僕のことを見つけられないとか、変な部分は確かにあったな。と思い当たる部分もあるのだった。
改めて礼を述べると「美人のためにできる努力はするものだよ、少年。お代も貰うし気にするな」と応じる初老の店主。
まあ今回に限っては僕の支払いではないのだけれど。
宣言通り、会計はカイマン持ちだったが、僕は食事で金貨を複数枚支払う現場を初めて見た。カイマンが来る前にもアーニャがかなり食べていたからな。
値段には驚いていたものの、明日へのやる気十分といった様子でカイマンとは別れた。
明日の馬車はカイマンが手配してくれるらしいので、僕らは町の北門に向かうだけでよかった。
貴族の息子にしては、なかなか気が利きすぎな気もする。
移動中に眠ることもできるだろうが、揺れる馬車の中では安眠は望めないだろう。
とくにアーニャなどは気分が落ち着きはしないだろうが、今日しっかり休んでおくことも重要な仕事と言える。
そうして、僕らは新顔を加えて一路半日ぶりとなる宿屋へ戻ったのだった。




