僕と彼女と心の在り処 そのいち
2021/10/31に5度目となるシャロンの誕生日を迎えた記念の閑話…のはずが前後編に分かれてしまった話です
街道に魔物や盗賊が出たとか、道が壊れているなどといった領内の諸問題は、基本的にその地を治める領主が対処する。
もちろん領主本人が討伐に乗り出すわけではなく、依頼という形で冒険者や憲兵、道路職人に仕事がまわるわけだが、仕事を依頼するには当然のように金が掛かる。
領主の強権を振りかざし、天役として無償奉仕させることもできなくはないものの、そんなことをすれば当然のごとく反感を買う。誰だってタダ働きなんてしたくない。
しかし領主は領主で、必要な出費は仕方がないが、極力、余計な支出を増やしたくない。
そんなこんなで、領地の境界線に近いところではそういった問題の対処が手薄になりがちだという。あわよくば隣領の財布から出ないかな、なんて期待をするわけだ。
魔物はともかく、盗賊として暴れる奴らの中でも、領主のお財布事情の駆け引きを理解する程度に考える頭がある手合いは、なるべく取り締まられにくい場所でことに及ぶ。
捕まれば死罪か、死ぬまで犯罪奴隷堕ちだ。小細工を弄することもあるだろう。まあ、ぜんぶシャロンの受け売りだけどね。
「その理屈自体はわかるんだよ。わかるんだけどさ。これはさすがに、なんというかさぁ……」
「さすがに酷いですね」
ダビッドソンを運転しながら僕が飲み込んだ言葉を、後部座席にちょこんと腰掛けるシャロンが言い切った。
場所は、リーズナル領の隣領ではあるものの、領地の境界にほど近い山間部にあたる。
東西にのびる街道で、今、まさに盗賊に襲撃を受けているまっ最中と思われる馬車がいたので駆け付けてみたのだけれど、どうにも様子がおかしい。
馬車から少し離れたところできょろきょろしている御者と、馬車を背に盗賊へ向けて剣や槍を構える冒険者っぽい身なりの男がふたり。幌が掛かっていて見えないが、おそらく馬車の中にも何人か乗客がいるのだろう。
それらをぐるりと取り囲むように、粗雑な剣やナイフを持った盗賊が十数名陣取っている。馬車の護衛のほうが装備は上等なようだが、さすがに人数が違いすぎて分が悪そうだ。
それだけなら、普通の――というのもあれだが、盗賊から襲撃されている馬車でしかない。
状況を複雑にしているのは、馬車を包囲する盗賊たちの、そのまた外側。別陣営と思われる盗賊っぽい身なりの8人ほどがコソコソと機を窺っているようなのだ。彼らは鋤や鍬などの農具で武装している。食いつめた元農民だろうか。
内側の盗賊団は馬車の護衛と外の盗賊の両方を警戒せねばならず、馬車は完全に囲まれており逃げ場がない。そのせいで互いに動けない状況になっているようだ。
「なにこれ……どういう状況? 護衛と盗賊の共倒れを狙って別の盗賊団が寄ってきたのか?」
「共倒れを狙うのであれば、共倒れしてから姿をあらわすんじゃないでしょうか」
「だよなぁ。完全に膠着してるもんな、これ」
内側を囲んでいる盗賊集団をA、外の農具を持ってるやつらをBとするなら、護衛の冒険者も盗賊Aも、下手な動きをすれば盗賊Bに全部持っていかれるのがわかっているので、互いに迂闊に手が出せないでいる。
盗賊AとBが協力して護衛を粉砕、なんてことになっていないのは自分たちの取り分が減るのを厭って総取りを狙っているのだろうか。
ならば、シャロンの言うように、なぜ盗賊Bはこの場に姿をあらわしたのか、という話になる。
盗賊Aと護衛が潰し合い、勝負がついて消耗したところを攻めるならまだ理解できる。
そこまで深く考えていなかったなら、睨み合いなんか続けずにさっさと襲いかかるか、もしくは逃げるなりすればいいのだ。
見通しが悪いとはいえ街道には違いない。悪行に手を染める時間が長ければ長いほど人の目に触れやすくなる。現に僕らに見つかってるしな。
「まあ、考えるより先に全部とっちめればいい話か」
「ですね」
荷馬車にとっての幸運、そして盗賊たちにとっての不運は、砂集め帰りの僕らがたまたま通りかかったことだろう。
ちなみになぜ砂なんぞ集めてきたのかというと、そこには深い事情がある。
超硬岩石兵の機構をムー爺と検証しまくった結果、ゴコ村周辺が穴ぼこだらけになって怒られたのだ。
グレス大荒野ならいくら砂を採ってきても誰にも怒られないし、乾いていて砂粒も細かく、質の良い素材になりそうだったので倉庫改にしこたま詰め込んできた。
その点、盗賊は魔道具の素材にならないので、あまり嬉しくはない。砂以下だ。
とはいえ出会ったからには潰すけどさ。彼らにどんな事情があろうとも、理不尽に他人から奪う手段を選ぶやつは、すべからく僕の敵である。
というわけで、突撃! いっけぇダビッドソン!!
「うわっ!」
「な、なんだぁ!?」
地面を滑るように盗賊どもの間近を駆け抜けた、鈍い鋼色と真紫の車体。僕とシャロンを乗せたダビッドソンに、盗賊たちだけでなく、荷馬車の護衛たちからも驚きと狼狽の声が上がる。
「鉄の馬だと!?」
「新手!? いや、魔物か!?」
「勘弁してくれ! 割に合わんにもほどがある!」
遠目に見た感じの予想を裏切らず、盗賊集団はAもBもたいして戦い慣れた様子はない。構えからして素人同然ではなかろうか。
護衛の冒険者の方も完全に腰が引けているけど、乱入してきたダビッドソンを未知の魔物か何かだと思っているみたいだ。
ダビッドソンに乗ったままの僕と目が合い、いかつい髭もじゃの冒険者の肩がびくりと跳ねる。驚かせてごめん。
「安心してくれ、敵じゃない。ただの通りがかりの魔術師だ」
「その妻です。主婦――を名乗るには家事をしていない気がします。どうしましょうオスカーさん、これでは良妻の座をアーシャさんに奪われるのではないかと少し危機感を覚えるのですが」
「それ、今覚える危機感ではなくない?」
いちおう、武器を抜いた盗賊の前だよ。シャロンはまったく眼中になさそうだけど、あちらさんはそうではない。様子を窺いながら、とんでもない美少女の登場に生唾を飲んでいる。
僕らの出現に驚いて、肩に力が入っていた冒険者たちも呆気にとられたような顔をしているが、敵じゃないのは伝わったと思いたい。
ダビッドソンから降り、馬車の守りはシャロンに任せ、僕が盗賊の相手をすることにした。
シャロンの攻撃は、投石にしても〝蒼月の翼〟にしても、掠めただけで手足くらいは簡単に千切れ飛ぶ。テンタラギウスも素手で仕留める魔導機兵の力は、人間相手には過剰にすぎるのだ。
もちろん、武器を持って向かってくる盗賊を無傷で捕えろだなんて無茶なことは言われないだろうし、馬車の中に目撃者もいるから、たとえ盗賊連中の手足が少々千切れとんでいようと咎められることはないと思う。たぶん。きっと。
ただ、それでも取り調べをされないってことはないだろうし、リーズナル領ならまだしも、知らん領主の治める地だ。
ないとは思いたいが、蛮族を裏で操っていたロンデウッド元男爵みたいな手合いだった場合、無茶な言い掛かりをつけて、あの手この手でシャロンを手に入れようとするかもしれない。
その点、僕には極めて人道的に人間を無力化する手段がいくつもある。
爪を"剥離"するだけで人は動けなくなるし、顔付近の空気の密度をいじって呼吸できなくしてもいい。関節の動きを"結界"で邪魔して曲がらなくするだけでお手軽に無力化出来るのも、つい最近試したところだ。
「馬鹿なガキだ! 女にいいところでも見せたギャッ!!?!?」
「え、なんて?」
しまったな。今の奴、ナイフをこっちに向けたからとりあえず迎撃したけど、何か言ってたな……まあいいか。大事なことだったら捕まえたあとで聞けばいいだろう。さっき何か言いかけなかった? って。
とりあえず、近くにいる盗賊から順に、"剥離"やら"結界"やらを放って地に沈めていくことにした。
「うぁあああ、ぁああがぁあああッ!?」
「ヴッ……ぉ、……ぇ、ぁ……が?」
盗賊たちは、突如自分たちを襲った痛みに絶叫して蹲り、あるいは急に呼吸ができなくなったことに理解が及ばないままドサリと倒れ伏して意識を失い、びくんびくんと痙攣した。うん、極めて人道的だな。
「ひ、ひぃっ!」
ひとりが後退り、背を向けて逃げ出したのを皮切りに、盗賊Aの集団はついに撤退をはじめた。撤退というよりは散り散りになり、半狂乱で我先に逃げてるといったほうが正確かもしれないが、とにかく包囲を解いて逃げ出した。
”剥離”で足の爪をべりっといった男は、恐慌に陥って逃げる仲間の背に手を伸ばすが、当然その手が届くことはない。
「おい待ってくれ……! 置いていかないでくれよ、なあ!」
「馬鹿言うな! 化け物の相手なんざしてられるか!」
「なんで悪党から化け物呼ばわりされなきゃいけないんだよ、手足を吹き飛ばしたわけでもないのに」
「ひっ」
「来るな、来るなぁあああ〜〜〜!!? げぶぅっ!?」
こんなに丁寧に無力化しているのに、まったく失礼なやつらだよ。盗賊に礼儀を求めるのも変だけどさ。
とりあえず、逃げたやつらも全員すっ転ばせて捕まえておくかな。ここで見逃したとしても、また別の馬車を襲うだろうし。
さて、盗賊Aの集団を捕まえ終えたら、次はもう少し離れたところにいる盗賊B集団だ。
馬車付近の盗賊を人道的に処理している間も、盗賊B集団は逃げるでもなく、どこか困惑した様子でこちらを窺っていた。
なんなんだろうね、あれは。粗雑な革鎧を纏っていたりして身なりが盗賊っぽいし、武器になる農具を持っている。ただ、盗賊A集団と違ってまだ盗賊行為を働いてないし、先制攻撃するのも躊躇われる。
だからといって通りすがりの農民集団と言い張るのも無理があると思う。農具を持ってこんなところに通り掛かる理由が考えつかない。
襲いかかってこないなら、話を聞いてみるか。
そう考えた僕が暫定盗賊B集団に向けて足を進めようとしたところ。
「う、ぅ、動くなッ! それ以上動くと女の、い、命はないぞ!」
背中に投げかけられた大声に振り向いた僕は、目を疑う光景にしばし固まった。
馬車についていた護衛の冒険者に『どういうこと?』と目で問いかけてみたものの、彼らもわからないらしい。無関係だと主張するように首をぶんぶんと左右に振る。
「この女の命が惜しいなら動くなよ! いいか、ほ、本気だからな!」
シャロンの首にナイフを突きつけて喚いている男は、馬車の御者だったはずだ。
「えっと。これ、どういう状況?」
「オスカーさん、人質ですよ、人質!」
シャロンさんや。人質にされてる人は普通、そんなにわくわくきらっきらした目をしないよ。たぶん。