終結、なべて世はこともなし
『無尽』と『紫輪』の両陣営による激突は、『無尽』のグリスリディアの死亡によって幕引きとなった。
襲撃を受けたゴコ村は、防壁が壊されたり、数名怪我人が出たりしたものの、他には目立った被害らしい被害は出ていない。
超硬岩石兵を相手に大立ち回りを演じたエリナは『もっと強い武器がほしい!』と駄々をこねて着々と戦闘狂の道を歩まんとしていたり、魔道具技師たちが『ゴーレムごとき、何体来ようがぶち抜く魔重弩砲を作るぞ!』と気炎をあげていたりするが、元気があるのはいいことだ。
反対に、襲撃を仕掛けてきたエタリウム側は、グリスリディア以外の全員が虜囚となった。捕らわれたのは全部で50人ほど。
ことが普通の野盗であれば、隊長クラスは打ち首、残りは犯罪奴隷として炭鉱やら船漕ぎやらに従事することになるというが、今回は他国からの差し金なのもあって扱いが難しい。
ここいら一帯を取り仕切るリーズナル卿の手には余るとのことなので、その後のことは王都のダビッドに丸投げされることとなった。拘束して、3台の馬車に押し込まれた襲撃者たちは、すでに王都に向けて発送済みだ。
ダビッド = ローヴィスといえば知る人ぞ知るという、この国の暗部に精通するおっさんだ。放り投げておけば、なんかいい感じにしてくれるだろうとオスカーは思っている。ゼバイルに対しても言ったように、彼らの末路にもとくに興味はないのだ。
エタリウム諸島連合王国への反撃は、一旦保留になった。
襲撃の数日後、すっ飛んできたエタリウム諸島連合王国スパイのノーバが『ちょちょちょちょ待つっす、早まるなっすよ! わかったっす、担保に国宝の魔道具を貸し出すよう取り付けてくるっすから! 待っててくださいっすよ!? 絶対っすよ!?』と懇願してきたためだ。
なんでも、ノーバはノーバで過激派連中に捕まりかけ、身を潜めていたという。
『無尽』の失陥は国のパワーバランスにも大きな影響を与えるくらいに大変なことのようで、ことのあらましを聞いて青くなったり白くなったりしているノーバに『国宝3つ、待つのは最大20日です』とシャロンがにっこりと要求を吊り上げ、最終的に、『往復だけで18日掛かるんすよ!?』という必死な泣き落としによって保留期間は22日ということになり、ノーバは泣きながら去っていった。
要求が通るならそれでいいし、与えた期間で迎撃準備をしてくるなら、それならそれで後腐れなく叩き潰せばいい。
そして最後に。
ゴコ村に、新たな住民が加わった。
「いや無理じゃて。理論上は可能じゃろうが、実際に一度に魔力を流し込めば資材の耐久が足らぬ。暴走するのが関の山よ」
「そりゃ一度に込めたら暴走するけどさ、余分な魔力を迂回路に逃してやればいいだろ、ほらこっちの本筋術式の上に迂回術式を回遊させるとかさ」
村の中でもほど新しい家屋が立ち並ぶ一角。
主に新しく村へと越してきた魔道具技師たちが住まう区画の端に、その人物は居を構えることとなった。
「待つがよい、そのくらいのことはわしも検討済みよ。しかしそれでは時間稼ぎにしかならぬ。一定以上の魔力流入が捌けぬ以上、どのみち迂回路も焼き切れるわ」
「まあ待て、慌てんな爺さん。迂回させてる魔力をそのままにするなら時間稼ぎでしかないけどな、よく考えろよ勿体ないだろ。せっかく、こっからこう、上に引っ張ったんだから、本筋回路手前まで経路を引いてだな」
「おい馬鹿なにをする。わざわざ迂回路に逃した魔力を合流させるやつがあるか」
「合流じゃねぇよ、よく見てみろ。いいか? ここまで魔力が来てるってことは術式内には十分行き渡ってるってことなんだから、魔力源からの流入を切断するのに使えばいい。捌けてきたら迂回路の魔力もなくなるんだから、また流入できるようになるだろ」
「なんと!? いやしかし待たれよ、術式を切断などしてはゴーレム自体が止まってしまうではないか!?」
「そこはほら、魔力が切れそうになったら迂回路にある分が本流に戻ってだな……」
「ねえオスカー、ムー爺も。お昼だよってお母さんとアーシャが。ねえ聞いてる? ……聞いてないなこれ!」
まったくちんぷんかんぷんな魔法陣や文字の羅列に線を引き、声をかけてもまるで気付いてくれない男たちに、彼らを呼びに来たエリナはぷくぅと頬を膨らせた。
実際に『無尽』のグリスリディアと相対したエリナは、命のやりとりをする極限状態のなか、かの老人が襲撃に積極的でないこと、なるべく自分を殺さないようにしていたのを感じ取っていた。
考えてみれば当たり前の話だ。いくらエリナがちょこまか逃げ回ろうとも、超硬岩石兵を前進させるだけで生じる地響きを前にしたら動きは鈍るし、なんならエリナの時間稼ぎに付き合う必要もない。無視して村の中央へと進撃することだってできたのだ。
助け出されたあと、エリナはそのあたりの違和感をオスカーたちに伝えていた。
返ってきたこたえは『やっぱりな』であった。
『あいつらが兵器だなんだ言うたびに、爺さんムスっとしてたしなぁ……だってあれ、もともと兵器じゃなくて築城か何かを目的にしたやつだろ。コンセプトが違うんだよ』
魔道具技師どうし、モノを見るだけで通ずるところがあったらしい。
とはいえ。
「ほほう……そうしてやることで余計な圧が掛からぬから暴発もせぬ、というわけか!?」
「そういうわけだ、冴えてるな爺さん」
「なるほど、おぬしの目論見はわかった。理論上はな。しかし実際問題として切断する手段がのう……ええい、おい先短い老人を焦らすでないわ。そこのところを聞かせよ、何か考えがあるのじゃろ?」
「ふふふ、当たり前だろ。いいか、こうやって空間魔術でだな……」
「お昼だって言ってんでしょーがっ!!」
「うわっ、エリナか。びっくりした……ちょっと待ってくれ、今いいところで……」
「あんたたちが満足するまで待ってたら日が暮れるわよ! ほらもう! 立つ! 歩く!」
「はいはい……」
「『はい』は一回!」
「はぁーい……」
「もぉーーーー! アーシャ呼んでくるよ!?」
「待ってくれすぐ行く。ほら行くぞ爺さん」
「仕方ないのぅ……」
「まったくもう! まったくもうだよ、まったくもう!」
エリナはぷんすこと頬を膨らせ、まったくもうな男たちが揃って後ろをついていく。
恋する少女であるエリナとしては、想い人の時間を奪っていく思わぬ強敵の出現に、ちょっぴり微妙な気分になるのだった。
一連の騒動の結果報告でした。
あふたー完、ではないです。
ムー爺……いったい、誰スリディアなんだ……?