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騒乱、決着

「もう、無理……ほんとに無理……」

「母ちゃんたすけて」

「きれいな花畑が見える、はは、あはははは」


 男たちは(うめ)き声を上げ、口々にうわごとを呟いて倒れ込んでいた。

 防壁の外側からゴコ村を取り囲んでいたはずの彼らは『無尽』配下の魔術師部隊であり、その誰もが魔力欠乏症で指一本動かせないまでに消耗し、こうして醜態(しゅうたい)を晒している。


 11回。

 それが、『無尽』の駆る超硬岩(ヴァルマイト)石兵(ゴーレム)が再生できた回数だった。より正確に言えば――


 自発的に再生してきたのが5回。

 再生を諦めたようだったので、剥き出しになっていた術式に干渉したオスカーが再生を促して、強制的に魔力を吸い上げさせたのが3回。

 ついでに、再生を待っている間に制御術式の余分な部分をばっさり無効化し、非効率な部分に経路(パス)を繋いで上書き、無駄を省いてなるべく少ない魔力で再生機構が働くよう改造を施してから3回。

 再生以外のすべての動作を封じられ、その再生した腕すら即座に"剥離"で()()されていく様は、(あわ)れとしか言いようがないものだった。


 もちろん、ゼバイルをはじめとする非魔術師からなる護衛部隊は、魔術師部隊が蹂躙され続けるのをただ座して傍観していたわけではない。

 3度目の再生あたりでようやく現実が飲み込めて、事態のまずさに気付いた彼らは剣を抜いた。一斉に襲撃を掛けようとしたのだ。


 『無尽』と『紫輪』の魔術対決では『紫輪』に軍配が上がったかもしれないが、最終的な勝敗の行方はそれだけでは決まらない。

 白兵戦に持ち込みさえすれば、『紫輪』の直掩(ちょくえん)は『黒剣』ただひとり。

 音に聞こえし『黒剣』がいかに猛者であろうとも、ゼバイルら騎士10名と、暗殺術の心得もある斥候2名の連携攻撃をいなし切れるはずもなし。

 飛び去って行った女神は気掛かりではあるものの、戻ってくる間を与えず速攻でカタをつければ、十分にこの盤面を覆し得る、と。


 しかし彼らは未だ見誤っていたのだ。

 自分たちが理不尽に刃を振るおうとした相手が、自分たちの想像も及ばぬほどの理不尽の塊であったことを。


 非魔術師である計12名は、剣を、あるいはナイフを手に走り出したところを、全員が盛大にすっ転ぶことになる。

 予測外の痛みに呻くことになった彼らは、けれど何が起きたのかを理解し得ない。

 (すね)に生じた痛みから、足に何かを引っ掛けて転んだことくらいは理解できても、それがオスカーの仕掛けた不可視の"結界"に(つまず)いて転ばされた、などとは思いも寄らないのだ。

 それこそ、長年魔術の研鑽を積み、魔力視の技能を身につけるまでに至った『無尽』のグリスリディア並みの使い手でなければ、気付くことさえできない一手。


 そして、すっ転んだ時点で終わりだった。

 彼らは起き上がることすら許されなかったのだ。


 転んだ体のすぐ真上、数センチの隙間もない位置に"結界"を展開されては、肘や膝を曲げることすら適わない。

 どんな力自慢も、大地を踏みしめ、ただしく体のバネが機能することによって本領を発揮できる。逆に言えば、予備動作すら潰されては力を発揮する機会さえない。


 せいぜいが、呻き、(わめ)き、かろうじて動く指先だけで藻掻(もが)くしか許されなかった彼らは、地に伏せたまま()()風景を眺めるか、地響きのたび迷惑そうに飛び跳ねる何かの昆虫を目で追うくらいの自由しか与えられなかったのである。


「……君が敵でなくて良かったと、心からそう思うよ」


 肩をすくめてしみじみとこぼすカイマンに、応じるオスカーはジト目を向ける。


「とか言って、僕が間違ってたら迷わず敵対するだろ。そういうやつだよ、お前は」

「それは私を買いかぶりすぎというものだ、友よ。迷って、悩んで、他にどうしようもない場合だけだとも」

「ほらみろ、結局敵対するんじゃねえか! ――まあ、そんなことにならないように、これからも清く正しく自重して細々と暮らしていこうと思うよ」

「ぜひそうしてほしいところだが。自重……自重してこれなのか? ほら見たまえよ、絞りカスみたいになってる男たちを、村人たちが相当気味悪がっているようだが」

「全部生きてるし、十分だろ。もしエリナが生きてなかったら絞りカスも残してないからな」


 その点では、エタリウムからの侵略者たちは幸運だったと言えるかもしれない。

 エリナが大立ち回りをしてシャロンたちが到着するまで粘っていなければ、今以上に(むご)い惨状になっていたであろうことは想像に難くないからだ。

 カイマンは、この歳若い友人の苛烈な一面をよく知っている。近くの山を切り飛ばし、蛮族のアジトを埋め立てた前科があるゆえに。


「とはいえ、だ。全員生かして返すってのも考えものだよな。甘い対応に味をしめて、また攻めて来られても困るし」

「甘い対応……?」


 ぐるりと見渡して目に入るのは、オスカーのいう『甘い対応』をされて微塵も活躍することなく地面に縫い付けられる騎士たちと、質の良い圧縮砂岩が収穫できるばかりに度重なる『おかわり』を要求され、干からびる寸前になっている魔術師たち。

 これで『よし、また攻めよう!』と思える奴は、おめでたいを通り越して怖い。


「ま、まあ、次に仕掛けてくるようなことがあれば、もっと狡猾(こうかつ)な手を打つだろうね」

「面倒なことこの上ないな。先に国を落としちゃえばいいかな?」

「ふつう、国家の存亡は『ブォムの巣穴を潰しちゃおうか』くらいの気軽さで決めるものではないと思うよ」

「王様とかそこらへんの偉いやつらの住んでる所は、きっとブォムの巣穴よりはわかりやすい場所にあるだろうし、むしろ潰しやすいんじゃないか?」

「そういう問題では……いや、そういう問題なのだろうか? んんん???」


 カイマンは混乱している!

 『いやその理屈はおかしい』という気持ちと『たしかに王宮は隠されてないしな』という微妙に納得できる部分、なにより『ハウレル家ならやりかねない』という信頼と実績がある。


 今回の騒乱にしたってそうだ。

 まず先行したシャロンが、矢でも狙えるか怪しいような上空から一方的にゴーレムを瞬殺している。

 彼らが()()()になれば王宮のひとつやふたつを陥落させるのも、そう難しいことではないだろう。


「王様とかお偉いさんが愚かでも、その子どもに罪はないかもしれないけどな。……ただ、先に仕掛けてきたのはあちらで、そのやり方が無関係な村だろうが子どもだろうが知ったことじゃないっていうんだから、やり返される覚悟はあるだろうさ。まあもし覚悟がなくたって、代償を支払ってもらう分には問題ないしな」


 少年は淡々としていた。

 憎むべき敵をなぶり、嗜虐的な愉しみを見出すでもなく。

 この場を支配している圧倒的優位な立場からの傲慢でもなく。


 気負いもなく。

 苛立ちもなく。

 ただ、淡々と。雑談の延長線上のように、王家の滅亡を予言した。


 事ここに至って、ようやくゼバイルは悟る。

 自分たちが化け物の尾を土足で踏み付けていたことを。


「ま、待て、待ってくれ!」

「ん?」

「く、国は! 祖国は関係ない……!」


 地面にへばりついたまま、ゼバイルは声を震わせる。

 少年(化け物)の注目が向けられる気配。


「我らは祖国を離反した身の上……すでに祖国や王家とは一切、一切の関係がないと言っている!」

「ふうん」


 地に伏せたゼバイルからは、少年の表情を窺い知るすべがない。

 いかにも興味なさげな反応に、じっとりと嫌な汗が吹き出る。

 こうなれば恥も外聞もない。湿った土の味がするのも構わず、声を張り上げ続ける。


「無関係な祖国でなく、(とが)は指揮官である我が負うのが筋というものであろう!?」

「無関係な村を襲ったお前らが、それを言うのか?」

「ッ……! だから、その咎は我が……」

「ていうかな、お前らが国と切れてようが切れてなかろうが、僕にはそんなの()()()()んだよな。興味もない」


 問答する価値もないと判断したオスカーは、事態の終息に伴い走り寄ってきたエリナの方へと歩み去っていく。


「待て、待ってくれッ! ……クソがッ! どうして、どうしてこんなことに……」


 足音とともに少年の気配が遠ざかっていき、けれどゼバイルらを地面へと縫い付ける重圧は緩まない。

 矜持も捨て去り、死を覚悟してすら一顧だにされなかった事実に、ゼバイルは呆然とした。


 力の差を見せつけ服従させる?

 それが適わなければ無き者にする?

 馬鹿な。アレを!? できるわけがない!

 これでは、平和ボケして、まどろんでいた化け物を、わざわざ蹴り起こしにきたようなものではないか!


()()()の口車に乗ったのが……否、そもそも帝国を僭称する胡散臭い輩を招き入れたことからして間違いであった、か……」


 敗将の独白は、湿った土の味がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オスカーくんのわるい所がでてきてる……! こういう側面が「ハウレル家」のあれこれに繋がってくるんでしょうねー。家族や仲間うちには無償の愛を発揮できる一方、その他大勢にはさしたる情も湧かない…
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