表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
335/445

僕と黒髪少女とある日の森の中 そのいち

 その後、リーズナル卿から無事に庭園の地下壕をらいぶ会場に改修する許可はもらえた。

 大激震以降地揺れは起こっていないし、地下壕のまま残しておいてもしょうがないもんな。存分に有効活用させてもらうとしよう。ってなわけで、お次は建材の調達だ。


「今日はどこに行くの?」

「まずは町の材木屋かな。そこで全部揃えばよし、揃わなければ良さげな木を伐採に行く」

「わかったわ」


 ちょっと離れた位置をついてくるリジットに答えながら、僕は宣言通りに足を材木屋に向ける。


「べつに無理についてこなくたっていいんだぞ、ただ材木を買ってくるだけだし」

「いい加減諦めなさい、オスカーはその『ただ買ってくるだけ』の間に面倒ごとに巻き込まれるんだから」

「幼児か僕は。お使いすら満足にできないと思われてるのはちょっとへこむぞ」

「日頃の行いの賜物(たまもの)じゃないかしら」

「事実の指摘は時に人を傷つけるんだぞ……」


 僕はどうも『ちょっと目を離すと何をするかわからない』みたいな不名誉な信頼を得てしまっているようで、近頃は誰かしらが持ち回りでついてくる体制が構築されている。今日はリジットがお目付役ってことらしい。

 セルシラーナについてなくていいのかとも思うんだけど、お屋敷にはシャロンたちがいるから大丈夫なんだってさ。確かに、シャロンとリリィとカトレアが揃って警備していればそこが世界で一番安全な場所かもしれない。


 そんなこんなでやって来たのは材木屋。

 ガムレルにいくつかあるうちの、一番大きい店だ。


「こんちわー」

「お邪魔します」


 材木の出し入れがしやすいようにかなり大きく作られた扉を押し開けて店内へ。

 うーん、どうにもがらんとしているというか、ぶっちゃけ品揃えが少ないな。

 薄暗い店内には他に人がいない。なんなら店の人もいない。


「お休みかしら?」

「どうだろ、外には特に何も掲示がなかったようだけど」


 リジットと顔を見合わせていると、奥からのっそりと面倒くさそうに髭もじゃの大柄な男性が出てきた。木屑のついた前掛けをしているし、たぶん店の人なんだろう。

 

「おいおい、逢引きなら他所(よそ)へ行きな」

「あいっ……!?」

「そういうのじゃない。一応、客なんだけど」

「客ぅ?」


 店員っぽい男は胡乱げに僕と「そんなはっきり否定しなくたって……」とかもにょもにょ言ってるリジットを一瞥し、フン、と鼻を鳴らした。どうにも感じが悪いけど、ただの冷やかしだと思われているんだろうな。もともと女子供が好んで来るような店ではないのだし、下手に触って怪我でもされたら余計に面倒なのだろう。


「悪りぃが、見ての通り開店休業ってやつだ」

「そうか。邪魔したな」


 男は不機嫌さを隠すこともない。あー、暗くてわかりづらいけど朝っぱらから酒飲んでるっぽいな、あいつ。

 長居は無用だと判断して、僕とリジットは材木屋からそそくさと退散した。


 その後ふたつほど材木屋を回ったものの品揃えは最初の店と似たり寄ったりか、それ以下という有様だった。さすがに店員が飲んだくれてはいなかったけれど、どの店の雰囲気も暗い。

 わけを聞けば、森に魔物が増えているせいで木こりが満足に仕事ができないこと、また数人の木こりが行方不明になってしまい、怖がった林業従事者は森へ入るのを拒否。その結果、商売あがったりだとか。飲まなきゃやってられないというか、他にやることがない状態らしい。


「増えた魔物、って」

「たぶん『大激震』での討ち漏らしだろうな」

「やっぱり……」


 ガムレルに攻めてきた魔物の軍勢は3万だとか4万だとか、なんか聞くたびに数が増えてる気がするんだけど、こういうのは尾ひれがつくものだからまあそのあたりはいいとして、どれだけ奮闘しようとも全滅させるのはまず無理だろう。シャロンのように広範囲の索敵・殲滅力があればいざ知らず、矢面に立って戦ったカイマンの武器は剣一振りだ。倒しきれなかった魔物は逃げ、そこいらの森に潜んでいたとしても何らおかしいことはない。


 ……なんか、らいぶ会場作ろう、とか言ってる場合じゃない気がしてきたな。


「ほら、やっぱり面倒ごとに巻き込まれるじゃない」

「ぐぅっ……いや、でも僕のせいじゃなくない? それに材木が手に入らなければもともと森に行くつもりだったし!」

「そうね、それでどのみち巻き込まれていたわけね」


 そうだけどさ! そうだけどさぁ! 好きで首を突っ込んでるわけじゃないんだよ。僕だって平和にのんびり暮らしたいんだ。『平和にのんびり』をやるのに障害になるものは粉砕するけどさ。今回の場合、森に潜む魔物だな。

 森を抜けてガムレルとゴコ村を何往復もしているヒンメル商人は無事なので、危ないのは道を逸れて森の奥へ向かった場合だろうか。


「どうする? シャロンやアーニャを呼びに戻る?」

「……いや。一旦、森の様子を見にいこう。”念話”も使えるし、いざとなったら助けは呼べる。それに、僕とリジットがいれば戦力的には十分だろ」

「そ、そう。そうね。私たちふたりで、うん。ふふ、任せなさい。シンドリヒト騎士の力、見せてあげるわ!」


 リジットのやつ、なんか急に上機嫌になったな。ずっとお屋敷に閉じこもっていたし、ひさしぶりに魔物が斬れそうだってことで喜んでるのかもしれない。こわ……。


 ガムレル北門からゴコティール山方面に広がる森へ。

 倉庫改から通行証を取り出すまでもなく、門番はにこやかに僕らを送り出してくれた。ちょくちょく素材収集に出かけたりするので、憲兵や門番の中には顔馴染みも多いのだ。「また違う可愛い嬢ちゃん連れやがって、カー坊め」と冷やかされもしたけど、いや、こいつ魔物斬れるからって上機嫌になるやばいやつだよ。見た目で判断しないほうがいい。


 さて。町のすぐ近くにはそう危険な魔物はいないと思うけど、異変が起きてるのは確かだし警戒していこう。


 ――いくぞ、”全知”。


 ほとんど見えてない右眼に魔力を集中し、その神名()を呼び覚ます。

 すぐに熱を帯びて痛み出すけれど、今のこの眼には全てが()える。


「”広域探知”」


 目に視える世界の”全”てを”知”る権能によって詠唱をすっとばして編まれた術式が、森の中に潜む魔力を持った存在を感知していく。

 勢いよくこちらを振り向いたリジットが息を飲んだ。わかってる、そんなに長くこの眼を使うつもりはないよ。僕だって怒られたくはないんだ。


「たしかに、いるな。ここから北のほうに固まって何匹か。このへんは雑魚(ザコ)っぽい。もうちょっと西にバラけて多少強そうなのが3体ほど。少し東にいるのは5人組の人間だな、冒険者かな」


 他にも3組くらい冒険者がいて、魔物を追いかけ回しているようだ。

 とりあえず、本来の目的だった材木に良さげな木を探しながら、見つけた魔物の反応を目指して進むかな。

 魔物と戦うとなると厄神龍以来だな。(なま)ってるだろうし、気合い入れていこう。


 警戒しながら進むこと、しばし。

 なんかたまにちらちらとリジットが僕の顔を窺ってくる視線を感じるけど、もう”全知”は使ってないよ。お目付役も大変だな。主に僕のせいなんだろうけどさ。


 木々の隙間から見える青空にはまばらに雲が浮かび、緩やかな風が木の葉を揺らす。差し込んだ木漏れ日はほどよく暖かく、静かな森は平和そのものだ。魔物どころか野鼠すら出ない。

 (ヒル)とか羽虫はちらほらいるけど、ゆるめの”結界”で弾いているからとくに害もない。全力全開の”結界”を張ると魔力消費で疲れるってのもあるけど、周りの木とか岩とかを粉砕しながら歩くことになっちゃうので、奇襲は警戒しつつ”結界”はゆるめをキープしている。森の生き物の住処を無意味に脅かすべきじゃないしな。


 平和に見えて平和ではない森を進む。進む。ずんずん進む。なんも出ねぇ。

 さっき”広域探知”で魔物が群れていた辺りまで来ても、そこには何も居なかった。居た形跡はあるんだけどな、おかしいな。

 警戒を続けていたリジットも張り詰めていた息を吐き出す。


「近くには何もいなさそうね」

「やっぱり? うーん。さっきの開けた辺りまで戻って休憩にするか」


 魔物と遭遇しないので、やってることは実質のところ散策(ピクニック)みたいなもんだ。それでも木の根が蔓延(はびこ)り、ツルや(やぶ)で見通しの悪い森を警戒しながら進めばそれなりに疲れる。


 ”大切断”で手頃な木を根本付近から数本切り飛ばし、雑に倉庫改に放り込んでおく。

 伐採したばかりの木をそのまま使うことはできない。幹の中に水分を溜め込んでいるためだ。葉っぱを付けたままじっくり乾燥させることで、軽くて柔軟な木材に仕上がる。急ぐときは”剥離”やら”抽出”で水気を取るけど、そうでないなら時間をかけてやったほうが割れにくく、品質も良くなりやすい。

 そういうわけで、あとでお屋敷の裏庭を借りて乾燥させようと思う。

 魔道具をいくつか作ってからというもの、メイド隊からは全面協力というか様々な便宜を計ってもらっている。たぶん、丸太を転がしておくのに良い場所も教えてもらえるだろう。

 いやぁ、日頃の行いって大事だな。


「よし、じゃあ休憩にしよう」


 できたばかりの切り株に腰掛けて、少し早めの昼食を摂ることにした。

 喉を鳴らして冷えた疲労回復茶を飲み、保存用のスープを温めパンを軽く炙る。魔道具『素炉缶(そろかん)』。これひとつで冷やすも温めるもお手の物だ。

 砂粒サイズの魔石を『まとめるくん』で小石サイズに精製可能になったので、これからはこの手の便利魔道具も量産できる。そこらの冒険者が手を出すにはちょっと値が張るかもしれないけど、どこぞの金持ちが買ってくれないかな。隊商を率いてるような大商人とかさ。


 香ばしいパンの匂いに誘われてリジットのお腹がくぅと鳴く。彼女は素知らぬ顔でそっぽを向きながらも頬はほのかに朱がさしていた。

 魔物と遭遇(エンカウント)できてないのでリジットが不機嫌になったらどうしようかと思ったけど杞憂だったな。さすがはアーシャの保存食、血に飢えた騎士も黙る美味さとはまったく恐れ入る。


「……なにか失礼なこと考えてるでしょ」

「気のせい気のせい」


 黒髪少女のジト目から慌てて目を逸らした。うーん側頭部に突き刺さる視線を感じるぞぅ。

 さすがは優秀な騎士様というべきか、リジットはたまに鋭い洞察力を発揮する。いやまあ、シャロンやアーニャ、アーシャからも考えを見透かされることはけっこうあるので、単に僕がわかりやすいだけなのかもしれないけどさ。

 そんなに僕を見てても面白いことなんて何もないと思うんだけどな。お目付役は大変だな……。


 そのままのんびりと会話しながら、僕らは昼食を楽しんだ。

 静かな森は平和そのものに見える。いい具合に腹も膨れた満足感から眠気が忍び寄ってくる。のどかな日差しを浴びながら軽く昼寝したいくらいだけど、そうも言ってられないか。

 少し食休みをしたら探索再開としよう。まだまだ木材も足りないしな。

JK(女性騎士)お散歩回。


オスカーは単なるお目付役だと解釈していますが、その日の同行者は日替わりで、オスカーへの優先権を行使するハウレル家嫁陣営の淑女協定に基づいていたりします。

シャロン -> アーニャ -> アーシャ -> リジット -> リリィ -> カトレア の順で持ち回りシステムです。

アーシャは家事のために邸内を駆け回っていることも多いので、優先権を適宜リリィたちと半日融通したりもしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] オスカーさんたら相変わらずの、ほどよい鈍さ。笑 しかしリジットさんも、オスカーさんじゃなかったら好意バレバレでかわいいですな!!
[良い点] なんだ、ただのデート回か……ふぅ、致命傷で済んだぜ! リジットさん、なんていうかリジットさんって感じで良いなぁ……(?) [一言] 素炉缶、一つくださいな! これでいつどこで野営してもお手…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ