僕の身から錆が出る
『例の島』へ渡るために『らいぶ』をやるぞ! と意気込んだはいいものの、僕はその下準備に手間取っていた。
『例の島』と呼び続けるのもなんだか芸がないけど、僕に名付けのセンスはない。それは自分でよくわかっている。
かと言って仮名をつけたら、なし崩し的にそれが正式名になりそうで嫌なんだよな……。いっそ当の住人たちに決めさせたいくらいだけど、彼らに聞いたら僕に意見を求めてくるのが目に見えている。
名前はおいおい考えるとして。その島とガムレルとを繋ぐための転移魔道具を作ろうとしているわけだけど、これが中々大変だ。
理由は大きく分けてふたつある。
ひとつめは”全知”が長時間使えないこと。”転移”魔術は伝説レベルの大魔術であり、”全知”なしではとてもじゃないがどうにかできる難度の術式ではない。
ふたつめは、魔道具の核になり得る大きさと純度を持った魔石がないことだ。
魔石は、僕らの体の中とか草木とか、あるいはそこらへんに漂っていたりする魔力が寄り集まって固まったものだ。石の形をした魔力の塊と言ってもいい。
本来は、大型の魔物の体内に生成されていたり、洞窟の中なんかで長い年月をかけて少しずつ形成される。貴重品であり、滅多にお目にかかれるものではない。ちっちゃな魔石でもそれなりな値段がするし、当然、大きいものは馬鹿みたいな値がつくそうだ。
凄まじい魔力の塊だった『災厄の宝珠』など、それこそ村のひとつやふたつ焼いてでも手に入れたいと望む者がいたとしても、なんの不思議もない産物だったのだろう。いまさらながら、あんなのどこで手に入れてきたんだよ、父さん……。
で、あそこまでいかなくても魔石はかなりの運や冒険者としての実力、ないしは唸るような財力がないと手にできない貴重品である。
そんな貴重品である魔石を僕がほいほい使っているのは、水車を回したり馬車を引いたりする『力』を魔力に変換し、魔石を生成できるようになったからだ。この魔石からインクを作って呪文紙を描けば誰でも簡単に魔術が使える。呪文紙になっていれば魔力が極めて少ないアーニャたちでも使えるから、かなり重宝している。”全知”さまさまだな。
回転の『力』なら同じ変換術式が使えるから楽だけど、そうでなくとも何らかの力であれば魔力への変換はできる。とはいえ変換術式も万能じゃなく、けっこう『力』の減衰がある。たとえば10に相当する量の力を変換したとする。それを魔力変換して魔石を作ったとして、魔力として使えるのは2、いいとこ3ってとこだろう。変換を挟まずそのまま使ったほうが効率が良いのは間違いないので、あくまで余った力を便利に使うための技術といった感じだ。貯めておけるという利点もあるけどね。
ただ、問題は大きさと純度だ。変換術式で手に入る魔石の純度はぶっちゃけ高くなく、結晶というよりも砂より大きいかな、くらいの粒なんだよな。
『使い捨て呪文紙』用のインクを作ったり、魔石灯やダビッドソンの燃料に使うとかならこれで十分なんだけど、とてもじゃないけど転移魔道具の核にはできない。魔石をケチって術式が発動しないくらいならまだいいけど、地面の下だとか海の中に飛ばされでもしたら命を落とすし、暴走して空間断裂なんてことになったら周囲にどんな被害が出るかもわかったもんじゃない。
希望の轍はフリージアの閉じ込められていた大結界・六層式神成陣による魔力補助がある状態で仕上げた逸品だ。今同じものをもうひとつ作るのは難しい。千切れた僕の右腕とかも使ってるし、そういう意味でも同じものは作れないな。
…………。いや、待てよ?
「まだ腕あるし作れるな、なんて考えていませんよね」
「えっ。………………もちろんそんなこと考えるはずないよ、うん」
シャロンのにっこり笑顔の圧が強い。いつも通りの優しい笑顔のはずなのに、底冷えするような威圧感がそこにある。
たしかに僕の手足なら下手な魔石よりも融通が利くから転移魔道具の核になりそうだし、肉体の培養技術も手に入れたから使った腕は生やせるし、これアリじゃない? なんて少しも、微塵も、これっぽっちも考えてないよ。ないったらない。ほんとだよ。ほんと、だよ?
「考えてないから。リリィ、カトレアもじりじり包囲網を狭めないでくれ」
「拒否。信憑性が極めて低い」
「弁明は拘束してから聞きます」
「いやほんとに! やらないから! あとで滅茶苦茶アーシャに泣かれながら怒られるのが目に見えてるし、実行するわけないだろ!」
え? 怒られなかったらやるのか、って? それは………………うーん。や、やらない、やらないからアーシャを呼びにいかないで! 戻ってこい、リリィ! え、『もう遅い』って? そんなー。
なんて一悶着も交えつつ(呆れ顔 + じと目のアーシャに軽ぅくお小言をもらいつつ)、でも僕の求める水準の魔石を買うのにかかるお金は『この屋敷が5つは建てられるだろう』というのが遠い目をした領主様の見立てだったし、そもそもそんな魔石は売ってるもんじゃないし……ということで、無いものをねだったところでしょうがない。
しょうがないので、作ることにした。諦めるという選択肢はないよ。……大丈夫、腕は使わない、使わないからステイ、リリィ、ステイ。
こまかい魔石はすでに魔力からの変換術式で作れるので、あとはこれを凝縮できれば純度が高くて大きい魔石が作れるよね、ってことで新しく開発したのが凝縮スライム『まとめるくん』だ。つやっと輝く黄緑ボディの中で、取り込んだいくつもの小さな魔石を凝縮して、ひとつの魔石に再結晶させる。ちなみにこれに命名したのはシャロンだけど、なぜか今回は僕が付けた名前並に単純だ。べつにいいけどさ。わかりやすいし。
ただ、残念ながら『まとめるくん』ひとつで万事解決、とはいかなかった。砂粒のような魔石が小石くらいの大きさにまで育ったあたりで、内圧に耐えられずに『まとめるくん』が破裂してしまうのだ。適当な液体と適当な核で作ったスライムだと、あまり大きな魔力に耐えられないみたいだった。
仕方がないので、砂粒サイズの魔石を小石サイズにまで凝縮する『まとめるくん(小)』を作り直し、できた小石サイズの魔石を核に、中くらいの魔石にまで凝縮できる『まとめるくん(中)』を作り、今度はその中くらいの魔石を核にして大きな魔石を生成できる『まとめるくん(大)』を作った。
『まとめるくん』が魔石を形成するのにも時間がかかるので、『まとめるくん(大)』ができあがるまでにもそれなりの日数を要している。こんなところで手を抜いて危険な魔道具を仕上げるわけにいかないから仕方ないけどな。いや、『手を抜く』ってそいういう意味じゃないから。ステイ、リリィ、ステイ!
屋根にひろげた『クロイム』で太陽の力を集めて湯を沸かす傍で、余った力を魔石に変える。できた砂粒ほどの魔石は『まとめるくん(小)』に集められ、ある程度の大きさになったらさらに下層の『まとめるくん(中)』にぽとんと落ちる。もちろんそのさらに下には『まとめるくん(大)』が待ち構えている構造だ。それで、
「なにゆえここに置くんじゃソレ」
魔石凝集器を屋根裏部屋に設置したところ、こちらの様子を窺っていたルナールにものすごぉく迷惑そうな顔をされた。
ルナールは相変わらずいつも不機嫌そうだけど、今みたいにラシュが自分の尻尾の上で昼寝をしていて身動きが取れず、逃げられない時なんかは話しかけてくるようになっていた。まあ、ごくたまーにだけどな。たぶん沈黙に耐えられないだけなんだろうけど、少しでも態度が軟化してきたのは喜ばしいことだ。
それにしても、今日のルナールはやたらとこっちをじぃっと見てくるな。なんでだろう。退屈しのぎ、って感じじゃない。まるで僕の一挙手一投足を見逃すまいとする感じだ。そのわりに、声は最初の頃のような警戒している刺々しい感じではないんだけど。
「ここなら『クロイム』で作った魔石を運ばなくてすむし。大丈夫、とくに害はないから」
「あの黒いやつじゃな。あれは好かん。毎日風呂に放り込まれるようになったのはあの黒いののせいじゃと聞いた」
どうも僕の返事はあまり彼女のお気に召すものではなかったらしい。ルナールはむすぅっと口を尖らせる。
ただ、放り込まれると口では悪様に言っているものの、近頃ではなんだかんだと自分から風呂に入りに行っているのを僕はシャロンから聞いて知っている。
薬湯を続けていた甲斐もあったようで、ルナールの首に刻まれていた痛々しい絞痕もほとんどわからないくらいに薄くなっている。完全に消えるのも時間の問題だろう。
もっとも、本人の目当ては傷跡よりも自慢の尻尾がつやつやのモフモフになることのようで、その効力は彼女の尻尾ですやぁ……と幸せそうに寝息をたてているラシュを見れば明らかだ。
アーニャやアーシャも夜になったらふかふかになった耳の裏側を撫でろ撫でろと僕の脇腹に頭をぐりぐりと押し付けてくるし、僕にはわからない感覚だけど、耳や尻尾がふかふかになるのは彼女らにとって重大な意味があるんだろう。あ、いや、リジットも「撫でても、いいのよ……?」とか言いながら頭突きをカマしてきたことがあったし、猫人族や狐人族というよりも女の子あるあるなのかもしれないが。少なくとも僕にはわからない機微だ。
「でもソレ、大事なものなんじゃろ? ここに置いて、わらわが持ち逃げするとは思わぬのか?」
「え、なんで? ほしいの? 魔石凝集器」
「いや要らぬが」
じゃあなぜ聞く。
あと、持ち逃げするにはでかいぞ。『倉庫改』がなければ僕だって持ち運べない。持ち運んで使うものじゃないしな。
「ええい、そういう意味ではないわ。言い換えると、そうじゃな……わらわがそれを壊したりするとは思わぬのか、ぬしは」
「あー、そっか……ルナールって寝相悪いのか?」
「どぉしてそうなるんじゃ……」
ルナールの狐耳がへにょりと力なく垂れる。言い方が悪かったかな。配慮に欠けるってやつか。女の子って難しい。
まあ、ルナールの指摘もわからないではない。
魔道具とはいえ、『まとめるくん』をまとめている外装は木製だ。思いっきりダイナミックな寝相なら、あるいは壊すこともある……のか? 軽く当たった程度で壊れるような作りにはなっていないが、たとえばアーニャの全力蹴りを受ければ一瞬で粉々になるだろう。しまったな、金属製にすべきだったか。
まとめるくんたちは、べつにレッドスライムみたいに人体を溶かしたりする危険はないけど、スライムであることには変わりないので頭が埋まったままでいると窒息する。そこまでルナールの寝相が悪いとは思わなかった僕の落ち度だな、これは。
「どうにも失礼な誤解をされとる気がするんじゃが……わらわの寝相はそんなに悪くないわ。たぶん。え、どうじゃろ。大丈夫じゃよな? ……ちょっと不安になってきたんじゃが。どうしてくれるんじゃ」
「えー。僕に聞かれても困るんだけど」
「もうよい。好きにするがいいわ。はぁ、まったく。……のぅ、ぬしのお人好しは貴様譲りじゃな、認めたくはないが」
僕らが話していても微塵も気にせず尻尾の上で寝こけるラシュの髪をぺしぺしと軽く撫で付けて、ルナールは嘆息した。今の会話のどこにお人好し要素があったのかはわからないけど、知らん間に納得されたので、まあいいか。
「べつに壊しも盗みもせぬ。さして興味もないわ。ただ、わらわの元いたところでは魔道具は、もっと……いや、わらわが信用されておらなんだだけ、か。今になってわかってもあれじゃな……」
片時も、それこそ風呂に入る時さえ離そうとしないという赤と青のリボンが揺れる。ふい、と視線を切ったルナールの横顔はどこか遠くを見つめるようでいて、なにか痛みを堪えるようでもある。
下手に声をかけるのをためらっていると、そんな空気に同じく耐えられなくなったと思しきルナールが「そういえば」と口を開く。
「いまさらじゃが、貴様ひとりというのも珍しい。片割れはどうしたんじゃ」
「片割れて」
どうにもルナールはシャロンを――というよりも魔導機兵3人娘を苦手としているらしいんだよな。カイラム帝国陣営にいたときにリリィやカトレアと何か確執があったのかもしれないけど、本人たちは当時の記録が軒並み封印されていてわからない、という。彼女らとも徐々に付き合えるようになってくればいいんだけど。
「シャロンなら、今は領主様のところにいるよ。リリィとカトレアも」
税収の計算やら復興費用の捻出やらで領主様は連日へろへろになっており(ついでにメイド隊管理の保衣眠を滅茶苦茶羨ましがっていた。そのうち専用のを作ってあげようと思う)、ついには療養中のカイマンまで駆り出されているようだったので、そういうことならとシャロンたちを助力に推薦したのだ。こっちは『まとめるくん』がひと段落したしな。
計算能力ということなら、ガムレルと言わず全世界で、シャロンたち以上の適任もそう居ないに違いない。
「なんか張り切ってたよ。財政再建の根回し? とやらをするんだってさ」
ちなみに『他の仕事中でもオスカーさんの心拍や魔力波形は常に監視しているので、ご安心ください(にっこり)』と釘を刺されてもいる。愛が重い。『まとめるくん』をまとめたやつよりも重い。目を離すとすぐに何かやらかすと思われているんじゃなかろうか。
僕だってそこまでじゃないよ。よちよち歩きの幼な子じゃあるまいし、危ないことはほとんど、そんなに、たまにしかしないし、何かを壊すほど寝相だって悪くない。たぶん。え、どうだろ。……大丈夫だよな? ちょっと不安になってきた。
「安心せよ、貴様がひとりのときは変なことをせぬよう見ていてくれ、といろんな者から頼まれておるしの。養われておる身じゃ、そのくらいはこなしてみせよう」
「皆からの揺るぎない信用で泣きそうだよ」
本日の教訓。日頃の行いって大事だな……。