僕とメイド隊とカイゼン計画 そのいち
働かない者に与えられるパンは、別の誰かの労働によって賄われている。
無からパンが生まれるわけがないのは、子供だって知っている。
僕らは客分なので、好きなだけのんびりしてくれ、とは言われている。
ただまあ、リーズナル卿を含めて屋敷の人間は皆忙しそうにしている中、「はいそうですか」と寛いでばかりいるのも、こう、気が咎めるところがあるのだ。
僕の生まれ育ったような小さな村では、子供でもひとりの労働力として数えられていた。健康なら働くのが当たり前だったので、もてなされてばかりいるというのも落ち着かないんだよな。
そんなわけで手伝いを申し出たら「むしろ君たちは働きすぎなのだが」と困惑されたものの、いちおう許可はもらえたので、いちばん人手不足が深刻だというメイド隊の様子を覗きにいくことにした。
シャロンが「つまり内政編ですね! テクノロジー無双ですね!」とウキウキしながらついてくる。内政とか言われても僕に政治はわかんないぞ。邪悪に対しては人一倍に敏感かもしれないが。
メイド隊の人手不足はリーズナル家の財政状況の悪化に端を発するそうだ。
財政状況が思わしくないために給金を削らざるを得ず、社交に割ける費用も少ないことから良い縁談を取りまとめるだけの余力もない。となると、他家にコネのある者は他の有力貴族の元へと去っていく。
嫁入り前の子女の若い時間は有限の資産であり、それを使い潰してしまうのはリーズナル家としても本意ではない。地方の貴族令嬢がメイドとして従事していたりもするので、そんな相手に無理を言って残留させても家門同士の関係悪化を招きかねない。
使用人を満足に食わせてもやれない日々が続いた段階で、メイドたちをむしろ積極的に親元に返そうとまでしたものの、それでも残る意思を示した10名が現在のメイド隊の構成員であり、ほとんどがリーズナル家に特に恩義を感じている者だったり、帰る親元のない者だったりする。
人が減っても、残念ながら仕事の総量が減りはしない。たとえば、メイドが減ったところで屋敷が小さくなるわけでもないので掃除の手間は変わらず、仕事の全体量が減らないということは、ひとりあたりの仕事は増えるありさまだ。今では休日すらまともに取れない状態が続いているとか。
そういった内情をリーズナル卿にはあらかじめ教わった。どうにかしたいとは思いつつ、現状どうにもできていないので心苦しく思っていたらしい。
というわけで。
「何日か、仕事の様子を見させてもらいたい」
「はぁ……あの、見てもとくに面白いものではないと思いますが」
僕の申し出は、残念ながらあまり好意的に受け取ってはもらえなかった。
客人扱いなので無下にはされないけれど、メイド隊の面々は微妙な表情だ。
そりゃまあ仕事ぶりを観察されるのは緊張するだろうし、手を抜くわけにもいかず余計な気疲れもあるだろう。
僕だって、断れない相手が突然「魔道具作りを付きっきりで見させてくれ」とか言ってきたら良い気はしない。
とはいえ、普段メイド隊がどういう働きをしているかを知らずして、彼女らの助けになる道具は作れないとも思う。
僕が良かれと思って作ったものが、かえって仕事の邪魔になっては意味がない。それでは単なる押し付けだ。どういう仕事をしていて、どういう部分で困っているかを知ることで、より役立つものが作れるはずだ。
そんなわけで、まずは買い物に出るというメイドさんについていくことにしたよ。
「すみませんね〜、荷物まで持ってもらってしまって」
「無駄についていくだけというのもあれだし、気にしないでほしい。なんならまだ持てるし、他に要り用なものがあれば買いに行こう」
「お気遣い痛み入ります。奥様も大丈夫でしょうか?」
「はい。このくらいならへっちゃらです」
その言葉には微塵の嘘も偽りもないけれど、客分に荷物を持たせること自体に恐縮しているのだろう、僕らは先導している小柄なメイドさんは落ち着かない様子で何度もこちらを振り向いた。
シャロンは僕よりも少ない荷物をひと抱えしている。これは僕をたてるためにそうしてくれているだけで、その気になったらでっかい岩の塊でさえひょいと持ち上げてしまう彼女にとっては言葉通りに何の苦でもなさそうだ。
今日の買い物は雑貨類が主だった。
墨汁や羊皮紙、磨き粉、蝋、あとは炭だったり麻布だったり。重さはたいしたことがないけど、けっこう嵩張るな。食料はカトレアが確保してきてくれた分がまだあるので、しばらくは買わないでいいとか。
「水は水売りが屋敷まで運んできたのを買いますし、薪は『お姉様』が集めてくださるので」
屋敷へと帰る道すがら、普段は他にどういうものを買うのかを交えて説明してくれた。
僕がメイド隊の人手不足を解消しようとしているのと同様、アーシャは厨房の手伝いをし、アーニャは薪拾いをしたりエムハオなんかを仕留めてきたりと独自に動いている。
祝勝会以降、〝魂の妹〟とやらが増殖してるとアーニャが微妙な顔で嘆いていたけれど、どうやらメイド隊にも発症者がいたらしい。
「薪はあるのに炭を買ったの?」
「長時間煮込む料理には、薪よりも炭のほうが長持ちして良い、と聞いています。暖炉も薪と炭を混ぜたほうがずっと長い間暖かいんですよ。あとは水を綺麗にするのにも使うとかなんとか。詳しくは知りませんが」
「へぇ。あとで試してみよう」
説明を受けたり雑談を交わしながら、大通りから北区の住宅街を抜け、お屋敷へ。
たいした距離があるわけでもないけれど、メイドさんのひとりかふたりでこの荷物を運ぼうと思ったら、2往復か3往復くらいはする必要があるだろう。この程度の買い物では馬車を使うわけにもいかないらしいし、地味に大変だ。
僕やシャロンなら、いざとなったら『倉庫改』に入れてしまえば、いくらでも一度に運搬できる。けど、この魔道具を広めてしまうと流通事情が大きく変わる懸念がある。
関税のあり方も今のままでは立ち行かなくなる。そこらへんまで考えずに安易にバラ撒けば経済が麻痺してしまいかねないし、そもそも材料がそれなりに希少なので、そう量産もできない。
僕が全力で対策に動けるのはせいぜい家族まで。
たしかに物凄く便利な道具だけど、手に負えない範囲にまで持たせるのは無責任な代物だろう。商人にとっては文字通りに『殺してでも手に入れたい魔道具』だろうからな。
そう考えると、作れる物の幅は狭まってくる。
有用で、けれど奪い取るほどではないもの。ううん、難しいな。
「買い込んできたものは、それぞれ備蓄する場所が違います。今は領主様が執務中のお時間ですので墨汁の補充は後回しにしますが、放置しては事故の元なので一旦2階の倉庫へと運び入れます。また、補充時に次回の買い出しが必要そうなものの目星をつけておくのも仕事のうちですね」
買い出しと言っても、ただ買い物をするだけでなく、屋敷で働いている他の者の仕事を妨げない配慮も重要なのか。このあたりは大人数が従事している職場ならではの気遣いだな。やっぱり、実際にやってみないとわからないことは多い。
「けっこう大変なもんだなぁ……」
「えへへ、これでも洗濯当番よりは全然マシですよ〜」
しみじみ呟いた僕に、小柄なメイドさんは朗らかに笑いかけた。
お次は屋敷の掃除だ。
箒を片手にさっきとは別のメイドさんについて周る。
「掃き掃除は日に2回は必ず行います。人通りの多い箇所はもっとですね。とくに玄関広間は常に清潔に保つ必要があります。お屋敷の顔となる場所ですから」
廊下は一見綺麗に見えるけれど、説明しながらも澱みなく手を動かすメイドさんが掃いたあとには細かな砂が集められていた。
これも買い出しと同じく、使用人以外の誰かがうろつく時にはなるべく行き当たらないよう、行動予定や普段の動きから掃除できるタイミングを見極める必要があるらしい。
僕らの行動がそんな観察をされてるなんて思ってなかったけれど、思い返してみれば、たしかにこれまで屋敷内を歩いていても掃除しているメイドさんに行きあった覚えがないことに気付く。
「使用人は、いわば影です。主人やお客人の目に長く留まっているようでは、影としての本分を果たせません」
廊下を綺麗に掃き清めたと思ったら、玄関広間をスルーして次は厨房で食器磨き。
微かな物音がふと気になって”探知”をしてみると、セルシラーナとリジットが客室から廊下を渡り、玄関広間を経て庭園へと出ていったところだった。その間にメイド隊の誰とも出会わない。
偶然、だろうか? 食器を磨くメイドさんに思わず目がいってしまう。
「ご両名は3日に1回ほど、このくらいのお時間に庭園を散歩されますので」
彼女らがこのタイミングで外に出る可能性を考慮し、意図的に玄関広間の清掃を後回しにしたのだ。
口元をわずかに緩め、事もなげにそう言われてしまっては、僕としては舌を巻くしかない。
”探知”術式に準ずる魔道具を拵えたら、屋敷内の人物の動きがわかって仕事が楽になるだろうか? いや、現時点でそこには不便を感じていない気もする。
掃除が少しでも早く終えられるよう、箒のほうを改良すべきだろうか。うーん、こっちも難しい。
「あとはベッドシーツの交換や客室内の掃除ですが、こちらは皆様がご昼食の間に済ませます」
……。もしかして、いや、もしかしなくとも、昼食の用意ができているのに魔道具作りに没頭して後回しにしてる奴とかがいたら、メイドさんは困るんじゃなかろうか。なんてこった。メイド隊の助けになるどころか、僕が迷惑をかけてるじゃないか。正直すまんかった。
「えっと……なんというか、大変な仕事なんだな」
「滅相もございません。それに、これでも洗濯当番よりは随分マシです」
さっきの小柄メイドさんも言ってたけど、そんなに大変なのか、洗濯当番。
そして迎えた翌日。
メイドさんたちの恐れる洗濯当番に同行を申し出ると。
「洗濯当番に〜ようこそ〜るぅるる〜……」
迎えてくれたメイドさんの目が、死んだ魚のそれだった。