僕は食材を集めたい
やることは至って単純だ。
目の粗い篩に麦穂を満載したものをリリィに持っていてもらい、篩の下に受け皿を用意しておく。”剥離”魔術で穂を剥がしてやると、内皮に守られた部分だけが皿に落ちてくるので、今度はカトレアが持つ目の細かな篩で内皮を”剥”がす。そうすれば麦粉だけが手に入るという寸法だ。
いい感じの策を閃いた! みたいな言い方をしておいてなんだが、ぶっちゃけ工程を分けただけだな。
臼がこれらを一工程でできるからと張り合う必要はない。ようは目的を果たせばいいのだから。
臼に負けたわけじゃない。言うなればそう、これは勝ちを譲ってやったというやつだ。臼だって挽いたあとに篩にかけないといけないことを考えれば、むしろ引き分けともいえるだろう。だからべつに悔しくなんてないからな。それはそれとして素材が手に入り次第、剥離式の製粉魔道具は作ろうと思う。引き分けてやるのも今だけだ。覚えてろよ。
「うまいもんだな。魔術師ってやつは皆こんなことができんのか?」
「わかんないけど、たぶんそうなんじゃないかな。”剥離”は初歩の魔術だし、少し練習したらできるようになるかも」
「ほぉー。俺にもできるか?」
「難しいかもしれないけど、無理とは言わないかな。でもそのために何年も魔術の修行を積むのは嫌だろ?」
「そりゃあさすがになぁ」
とくに期待していたわけでもないのだろう。さして残念でもなさそうにゴルドーは苦笑した。
魔術の素養は家系に依るところが大きい。
魔力の量も親から受け継ぐというし、幼い頃から魔術の手ほどきを受けられるという意味でも、魔術師の家系とそうでない家で差が出る。
もし仮に本人に才があっても、それを使わぬまま大人になってから魔術の道に進むのは大変に困難だとされているのだ。
魔力を使う感覚は体で覚えるしかなく、そういうのは変に先入観のない幼年期のほうが向いているのだという。
幼い頃には自然に妖精なんかの”魔”に属する存在を周囲に感じられる子がいたりするのも、これと似たような理由なんだとか。
「にしても、早いな」
ゴルドーは何度も目を瞬かせた。
話している間にも、真っ白な麦粉が皿の上に着々と小山を形成している。その数倍以上の籾殻をざらぁっと背負子に落とし、リリィの持つ篩にカトレアが新しい麦穂をセットする。
「僕は単に”剥離”魔術をやってるだけだよ。製粉の早さはリリィとカトレアの手際がいいからだな」
「主命でありますれば。我が命に代えても全ういたします」
「同意。身命に賭して」
「やたらと覚悟が重い」
無表情で言われると冗談だとわかりにくい。……冗談、だよな?
リリィとカトレアの一糸乱れぬ連携のおかげで麦は着々と製粉されていく。
それにしても、かなりの量があると思っていた麦だけど、取れる粉の量は存外に少ない。殻を外し、内皮を剥がしたら驚くほど嵩が減ってしまう。
炎天下で汗水たらし、丹精込めて育てた麦が、粉になったときにこれっぽっちになってしまうのだ。粉挽きを生業とする者が嫌われがちな理由を垣間見てしまった気分だ。
「あとどのくらいあればいい? こんなもんか?」
「そうさなぁ、もうちっとばかしほしいとこだな」
やはりまだ足りないらしい。人数多いもんな。
今日は盛大にやると決めたのだし、こんなところでケチっても仕方がない。
とはいえ毎日これだけの麦を消費していては、カトレアが仕入れてきた分などすぐに底をつくだろう。食料の確保はこれからもしばらく課題になりそうだ。
「わかった。好きなだけ使って存分に腕をふるってくれ」
「ああ。楽しみにしといてくれよな。俺もこんな上等の麦で料理するのは楽しみだ。まずはパンだろ、肉包みに、あとはそうだな、坊っちゃんの好きなタルトでも拵えるか。腕が鳴る!」
「あー。それなんだけどな……カイマンにはまだ固形物は無理だ」
腕まくりをしてやる気を見せるゴルドーに水を差すようで少し気が引けるが、伝えておかねばなるまい。
半死半生の境はすでに脱したけれど、カイマンの体は全快にはほど遠い。一度に治すには傷付きすぎていたし、血も足りなかった。
毎日少しずつ治癒している最中だが、あいつはまだパンなどの固形物を与えられるような状態ではなく、水か回復薬茶しか摂っていない。臭蕪のみの食卓よりマシかどうかは正直微妙なところだ。
「そう、か。それは、残念でならないな……パンでなくてもせめて何か召し上がってもらえんだろうか」
「今日”視”た感じだと、そうだな。そろそろ粥なら大丈夫だろ」
「ではとびきり旨い麦粥を拵えてみせよう」
「じゃあ僕はとびきり滋養のあるものを取ってくるかな。カトレア、ここは任せる。リリィ、アーシャが風呂からあがったらここに案内して」
そろそろ麦粉も十分な量があるだろう。
これから取りに行こうとしている食材について、アーシャは美味しい食べ方をいろいろと研究していたし、いてもらえると心強い。
手早く指示を出して立ち去ろうとする僕を、機敏に向き直った輝く蒼い二対の瞳が見返し、小さく頷く。
「御意。主の帰りを待ち続ける。いつまでも」
「承知しました。万難を排して必ずや主のご期待に応えてみせましょう」
「だから覚悟が重いってば」
食料庫はリーズナル邸一階の西の端にある。厨房はそのひとつ隣だ。
”探知”してみると、目的となる人物と目的の鳥は屋根裏にいるようだった。
階段を登り、二階へ。廊下の窓は、ほぼ全ての硝子が、泥の巨人の砲撃が掠めた衝撃で失われており、いまは代わりに申し訳程度に板が嵌め込まれている。もちろんぴっちり閉まっているわけでもないので、隙間風や落ち葉、虫なんかも入り放題だ。
「……ふぅ」
思わず、息をついた。
屋根裏部屋には、二階の東端にある物置から上がれるようになっている。つまり屋敷の端から端まで歩く羽目になっているわけだ。階段を登りきったあたりから思っていたけれど、体力の衰えを感じる。
おそらくは大激震の決戦後に眠り続けていたせいだろうけれど、自分で思う以上に鈍っているものだな。無理をするなと窘められるのも納得の有様だった。
案外、まわりにいる皆のほうが、僕自身よりも僕のことに詳しいのかもしれない。
物置には掃除用具や縄、庭具なんかが雑然と並んでおり、奥の梯子に至るまでの道だけ物が除けられている。よし、あれだな。
「よっ……と」
ぎしぎしと軋む梯子を踏み外さないように一段、一段と登り屋根裏部屋に到達する。
「ぴ」
「図体はでかくなっても鳴き声が変わらないな、お前は」
「ぴぇーぃ」
薄暗い屋根裏部屋に上がった僕を鳴き声で出迎えたのは、若草色の大きな鳥。らっぴーだ。
成鳥となったラピッドクルスのらっぴーは、幼鳥時代のまるっこさと比べ、首はすらりと長く、色鮮やかで美しい尾羽根も長く伸びている。
『その姿を目にした者には幸福が訪れる』とまで言われる伝説の霊鳥で、数が極めて少ない。敵意を敏感に感じ取り、そのうえ警戒心が強いため、滅多に人前に姿を表さない――とされているが、うちのらっぴーは成鳥になってからも日向で昼寝するのが大好きなので、簡単に見つけられる。
もっとも、らっぴーが本気で飛んで逃げたら僕では捕まえられない。たぶんシャロンかアーニャくらいしかついていけないくらいには素早いので、狩人にやられたりする心配はいらないだろう。抗魔の足輪も付けているし。
らっぴーは雌だ。成鳥になってからは毎朝卵を産むようになった。幼鳥のときもたまにころんと産んでいたが、今はそのときよりも大きな卵だ。
ラピッドクルスの卵は滋養の塊。麦粥に投入するために手に入れようとしていた食材である。らっぴーが産んだ卵はラシュがいくつか持っていたはずなので、1つ譲ってもらおうと思ったわけだ。が。
「あれ、ラシュは?」
目当ての少年の姿がない。
屋根の明かり取り窓には最初から硝子が嵌っていなかったらしく、そこから注ぐ陽光だけがこの屋根裏部屋における唯一の光源だ。それなりに薄暗いが、目が馴れてくると見渡せないこともない。
けれど、僕が厨房を出たときには確かにここに居たはずのラシュの姿は、どうにも見当たらなかった。柱や梁の陰で寝ているのか、はたまた入れ違いになったのか。
「ぴぴぃ」
「ん?」
僕が首を傾げていると、らっぴーが小さく鳴いて、側にある樽に嘴を乗せた。
なんとも手頃な善い樽である。
「んん……」
樽の中から声がした。
まどろむような少年の声だった。
覗き込むと。
樽の中にはラシュがぴったり入ってゐた。
2021/4/16時点で【オスシャロ】は連載開始から四周年を迎えました!
ここまで続けて来られたのも読者のみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。
本編が終了してしばらくのんびりゆったりスローライフな進行ですが、これからもいろいろと書いていきたいと思っております。
引き続きのご愛顧を、どうぞよろしくお願いいたします!