僕とトモダチ そのに
エイプリルフール短編のひとつ前の話からの続きです。
順序がややこしくなっててすみません。4/1の到来を抑えきるにはちょっと力が足りなくてですね。
前に出たリリィに追随してカトレアも横並びになる。
そうそう、居候させてもらうにあたり、リリィやカトレアのことは『シャロンの姉』と説明している。魔導機兵の中ではシャロンが末っ子だそうなので、あながち間違いでもあるまい。
それを見つめてリーズナル卿はやや目を細めた。その表情にはわずかな困惑の色が混じっている。
魔導機兵らの方から誰かに話し掛けるのはかなり珍しい。僕だってちょっと意外なくらいだ。と思っていたら。
「主は誰かの役に立ちたいだけです」
「肯定。喜ばれたいだけ」
「主は借りとか貸しとかにはこだわりません」
「補足。そもそも興味がない」
「おい!」
なんか知らんがいきなりぶっちゃけられた! いやまあ間違ってはないんだけどさ。
魔道具だって作りたいから作ってるだけだし、今回の食料調達だって僕の手柄というよりはカトレアの頑張りだ。
リーズナル卿にしてみたら全部まとめて僕らへの借りってことになるのかもしれないけど、貸しつけようとも恩に着せようとも思っちゃいない。これっぽっちも。
僕自身、いろんな人に借りを作りっぱなしだ。
蛮族の襲撃から庇って僕を逃してくれた父さん母さんをはじめ、僕が弱っちいときからずっと変わらず側にいてくれるシャロンもそうだし、"全知"の眼鏡を託してくれたフリージアにも。大激震のとき、魂だけになってさえ協力してくれた無数の命にしたってそうだ。
僕はいつだって借り物の力を使って、返しようのない借りを、周りの人たちに還元しているに過ぎないのだ。
あなたたちの助けてくれた『僕』という人間が、誰かの役に立てたのならば、それはきっとあなたたちの正しさを証明してくれる。心の奥底でそう願っているから。
「リリィたちの言い方はあれだけど。『借り』とかで畏まられるのは、たしかに僕の望むところじゃないんだ。貴族としてはそういうわけにいかないのかもしれないけどさ」
領主でもあるリーズナル卿は貴族だ。偉い人だ。
彼がどのくらい偉い人物なのかも実はあまりピンときていない。
シャロンが『卿』って付けて呼んでいたのでそれに倣っているけれど、『卿』が付いてるってことは偉い人なんだろうな、くらいのフワっとした理解だったりする。
この厨房の広さを見るだけでもわかる通りに、僕みたいな平民とは住む世界が違う。
本来なら僕みたいなただの子供が直接口をきけるような相手じゃないんだと思う。リーズナル卿は気にしないというが、小さな村で生まれ育った僕には『貴族への正しい口のきき方』すら知らない。魔道具をいじっている方が楽しいので、ことさらに学ぶ気もないのだが。
かつて蛮族集団の元締めをしてた関係で敵対したロンデウッドも貴族というやつだったが、奴は『口のきき方』を理由に僕を斬り捨てるとか言っていたような気がする。うろ覚えだけどな。
あれが貴族の普通とは思いたくないけど、リーズナル卿はかなり寛大なほうなのだろうなぁとは思う。
カイマンが言うには、貴族という生き方は面子や貸し借り、駆け引き、根回し、地下工作が蔓延る、実に面倒くさい世界だそうだ。
そんな世界に身を置いていたら、『借り』がどんどこ積み上がっていくのは気が気じゃない、のかもしれない。何を要求されるかわかったもんじゃないしな。
『今回の功績できみも爵位を与えられるんじゃないか』だなんてカイマンのやつは笑っていやがったが、冗談じゃない。激しく面倒ごとの予感しかしないので絶対に御免被る。
「それに『借り』って言えば僕の方にだってある」
「というと?」
「僕が工房を持てたのは領主様が後見人をしてくれたからだし」
「あれは蛮族集団討滅ならびに逆賊を討った功績だったろう。君への正当な対価だよ」
「でも工房があったからアーニャたちの居場所ができたんだ。工房を開いた当初から領主様やカイマン、憲兵なんかが入れ替わり立ち代わり来てくれたのも、今思えばかなり気を配ってもらってたんだろうし」
当時はわかっていなかったが、領主様御用達という看板は、町という共同体においてかなり大きな意味を持つ。
たとえばそこで世間的には疎まれる獣人が楽しそうに働いていたとして、面と向かって文句をつけられるものがどれだけいる? 領主の顔に泥を塗り、睨まれる危険性を負ってまで嫌味を言いに来る奴なんてそうそういない。
後先考えない粗暴な輩も居ないではなかったが、憲兵が駄弁っていたりする店内でいきなり荒事に及ぶほどの馬鹿なんて滅多に居ない。
僕やシャロンはともかく、アーニャたち姉弟がそれなりに楽しく暮らせていたのは、そういった計らいによる割合もけして小さくないはずなのだ。
もちろん、それは僕らを害する相手が来にくくなるという話なので、固定客を掴んでたのは特にアーシャの頑張りによるところも大きいけどな。今じゃ《子猫親衛隊》とかいう妙な集団までできてるし。しかも僕はなぜかその妙な集団の名誉幹部だとかいうことになっていたりするし。
「そのあたりは単一の商会と結びついて物流のバランスが崩れたり、他の権力者からの引き抜きへの牽制という意味合いがある」
「仮にそうだとしても。僕らが助かったのは事実だよ」
「しかし……」
『借り』なんて気にしてない、とこちらが言ってもリーズナル卿は『はいそうですか』とはいかないらしい。なおも釈然としない様子で唸る。
大変だなぁ貴族。やっぱり絶対なりたくない。
「古い言葉に『持ちつ持たれつ』というものがあります」
シャロンと同じ声で、しかし全くの無感情な声音でリリィが言う。
食料庫は依然がやがやと騒がしいが、凛と透き通った声は、大きくもないのによく響いた。
「……ふむ。それは?」
「お互いに助け合うことを意味する言葉です」
「助け、合う」
「人により、できることやできないこと、得意、不得意があります。互いの『できること』で互いの『できないこと』を埋め合い、対等に支え合う関係を言います」
貸し借りでも損得でもない、対等な関係。
平民と貴族という立場の差はすなわち、支配者と被支配者を別かつもの。
けれど、ああ。ようやくわかった。
立場が違ったって支え合う関係をなんて呼ぶか、なんて。ずっと前から僕は知っていた。
「あなたの息子の言葉を借りるなら、『友』とはそういうものだ。僕もそう思うよ」
眉根に寄せていた皺を消し去り、虚を突かれたようにリーズナル卿は目を見開いて、そして笑った。口の端を上げて。くつくつと、実に楽しそうに。
「そう、か。友か。学ばせてもらった」
「そりゃあ何よりだ」
僕が差し出した手を、リーズナル卿はしっかりと握る。
皺の刻まれた、固い大人の手だ。面倒くさそうな貴族の世界で生きている、一回り以上も歳の離れた友の。
「友の馳走を固辞するのも無粋極まるな。ありがたくいただくとしよう」
「そうしてくれ。後付けで悪いけど、僕の言葉遣いは友達のよしみで見逃してほしいな」
「もちろんだとも、友よ。はっは、この歳になって新たな友を得るとはな。存外長生きも悪くない」
声をあげて笑う領主様は珍しいのだろう。
ある者は驚き、ある者は優しい目で僕らを見つめ。またある者たちはいつもの無表情を保ったままハイタッチを交わすなどするのだった。