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僕とトモダチ そのいち

 シャロンたちがお風呂に入っている間に、僕はリリィとカトレアを伴って厨房を訪れていた。部屋と厨房とを行き来しての荷物の運搬だ。

 しばらく眠り続けて(なま)った体には少々(こた)える。階段の上り下りもあるし、ちょうどいい運動になるだろう。


 リーズナル邸で寝起きしている者は、領主様一家とその使用人たち、そして居候している僕らも合わせるとけっこうな人数になる。

 給金の関係で今は使用人が少ないという話だけれど、屋敷内を"探知"してみただけでも20人近い存在が知覚できる。現在外に出ている者を合わせたらもうちょっと増えるはずだ。


 リーズナル邸の厨房は、それだけの人数の食事を(まかな)うだけの広さを十分に備えている。僕が父さんや母さんと一緒に暮らしていた家をまるごと全部よりも、ここの厨房のほうが余裕で広い。


 厨房の隣には食料庫が併設されている。食料庫には裏口もある。食材を屋敷の外から直接搬入できるようになっていた。裏口まで馬車で乗り入れ、そこから荷降ろしをするのだろう。

 その食料庫を彩るのは、わずかながらの干し肉と、いくつもの棚に無造作に積み上げられた臭蕪(チュルズ)だけ――だったのは今日までの話だ。


 厨房と食料庫は人々の生み出す熱気に包まれていた。


「麦だぁ! (アワ)だぁ! えっ、なにこれは」

「キナじゃないかな、本で読んだ覚えがあるよ。わたしも実際に見るのははじめてだ」

「樽!」

「たーるっ」

「葡萄酒だね。こっちのは麦酒(エール)かな?」

麦酒(エール)はいいよな。人類の生み出した最高の飲み物だ。疲れた体を癒してくれる」

「はいはい、それじゃ癒しの(キュア)麦酒(エール)を楽しみにして、もうひと仕事頑張りましょうね」

「コケモモに、これは――干したシシ茸ですな」

「シシ茸? おいしいんです?」

「焼いて塩で食うのが美味いぞ、クセはあるがな。このあたりでは見ないものだな。儂がもっと若い頃、北の国を旅して――」

「見て見て! マータっぽいものの酢漬け!」

「塩漬けもあるわね」

「なんかよくわかんない(つる)! あっはは、食べられるのこれ?」

「こちらはチーズかな。ふむ、山羊の乳か。素晴らしい」

「わぁいチーズ! わたしチーズ大好き!」

「このでっかいの何だろうね、カシ瓜?」

「カシはもっと緑じゃないか?」

腸詰め(ヴルスト)もあるよー!」

「るるぅ〜。薬草(ハーブ)いっぱい入ってるやつだね、リュカちゃん喜びそうね〜」

「あの子、ハーブと名の付くものに目がないもんね。薬湯だって聞いてお風呂にすっ飛んで行ったもの。あれ、この壺はなにかしら?」

「気をつけろ、オーク脂(ラード)が詰まってた。開けると臭いぞ」


 わいわい、がやがや。

 様々な食材が食料庫に積み上げられるたび、リーズナル家に仕える使用人たちから喜びの声が上がった。各々(おのおの)、やけにテンションが高い。


「大盛況だなー」

「満員御礼」

「食の質は幸福度に直結します。これまでの困窮が(こた)えたのでしょう」


 リリィの言葉通り、臭蕪(チュルズ)で食い繋ぐ生活はよっぽどツラかったのだろう。『食べられる虚無』だもんな、あれ。中には手を取り合い涙している者さえいる。まるでお祭りのような騒ぎだった。

 カトレアとリリィの無表情な蒼い瞳は(まばた)きもせず、歓喜する彼らをじぃっと見つめていた。


 カトレアが村々を巡って交易してきた食料はかなりの量にのぼる。

 大部分はガムレルの町にある2つの商会へと(おろ)したが、自分たちで食べる分はもちろんしっかりと確保している。いま食料庫に積み上げられているのがそれだ。


 馬車の一台や二台どころか隊商を組織しないと運べないほどの交易品の山。それらの運搬を可能とした大きな要因には、ダビッドソンと倉庫改の存在、そしてカトレアが疲れ知らずの魔導機兵であることがあげられるだろう。


 魔石を動力として車輪を回転させるダビッドソンは、魔術で再現した馬とでも言うべきものだ。普通の馬はある程度の距離を歩けば疲れるし、速度を出せばより顕著となる。人間同様、馬も休憩や睡眠、食事を必要とする。

 その点、ダビッドソンは魔石のある限り休憩なしで進むことが可能だ。宙靴(エアロブーツ)と同じ仕組みで川くらいなら難なく横断できる。木々の生い茂る山や森を突っ切るにはさすがに不向きだが、それは馬でも同じことだし、街道を辿る分には何の問題もない。


 馬は賢いので、ある程度放っておいても道に沿って進んでくれるという利点はある。乗り手が人の場合は馬に任せて休憩を取ることもできる。けれど休憩が不要なダビッドソン同様、乗り手のカトレアもほとんど休憩を必要としない魔導機兵だ。


 魔導機兵(かのじょ)らは夜間でも昼とあまり変わらない精度で周囲の状況が把握できるらしい。なんと村に立ち寄っている時間以外のほぼ全てを移動に費やし、そのぶん多くの町や村を(まわ)ったのだという。


 カトレアが言うには、女の行商人はそう多くないらしい。言われてみれば僕も見た覚えがない。

 考えてみれば当然の話だ。町と町の行き来には人目につかない場所なんていくらでもあり、男以上に危険が多い。

 ツテがあるとかよほど()り手だというわけでもなければ商会に属するのさえ難しく、となると後ろ盾のない個人の資金力で儲けを出すのもまた難しい。危険(リスク)に対して儲けのつり合いが取れず、女の行商人はほとんどいないのだという。そのへんは女の冒険者も同じ感じらしいな。


 そんなこんなで数少ない女の行商人は、儲けも出ないのに道楽でやっている、なんて揶揄されることもあるそうだ。辺鄙な村は町に比べてより一層男社会としての性質が強いので、余計にそういう偏見が強かったりする。

 カトレアは『女だから』と(あなど)って、ふっかけてくる手合いとは取引しなかったという話だけれど、それでもこれだけの量を確保したのだから、実はかなり遠くまで足を運んでくれたのだろう。


「ふはぁぁあ。夕食が楽しみすぎるぅ、楽しみすぎるぅ! ぅあっ、よだれでてきた」

「でてきたどころか垂れてるわよ!? いくらなんでも気が早すぎるよ、エディト。ほらこっち来なさい。拭いたげるから。落ち着いてよね、もう」

「んぅー。……っぷあ! なによぅ、そういうフランだってニマニマしっぱなしだし! それにバカって言うほうがバカなんですぅ!」

「……言ってないけど?」

「あれっ!? じゃああたしがバカだ?」

「そうなんじゃない?」

「むきーっ、なんだとぅー!」


 人々の興奮っぷりに、いつも無表情なカトレアも心なしかドヤ顔っぽく見える。

 シャロンのそれをドヤレベル10とするなら、カトレアのそれはレベル1くらいのささやかなものだが、魔導機兵(かのじょ)らの生まれを思えば、人の役に立つのは嬉しいのかもしれないな。


 こことは異なる空間に荷物を保管しておく魔道具、『倉庫改』の存在は今のところ秘密にしている。商人たちの耳に入ればとてつもなく面倒くさいことになるのは明らかだろう。重量による制限がほとんどなくなるし、馬車すら引く必要がなくなるかもしれない。関税だってごまかし放題だ。


 市壁のあるような大きな町に出入りするには検問を通らねばならないことが多い。そこで密輸やご禁制品の持ち込みを摘発したり、積み荷に応じた通行税を徴収するのだ。

 通行税にはだいたい積荷の一割くらいを取られることが多いとかヒンメル商人から聞いた覚えがある。税の重い町ではそれが二割になったりするのだろう。

 『倉庫改』があればそのあたりの警戒網を潜り抜けるのは簡単に違いない。少々荒ごとに手を染めてでも欲しがる者が出てきても、何の不思議もないのだ。


 カトレアの仕入れてきた荷物の出し入れ作業は、僕らに割り当てられているやたらと大きな部屋で行った。そこから食料庫まで運んでいる間に、手伝いを買って出た使用人たちがどんどん集まり、最終的に今の熱気を形成していた。

 なんなら、いつのまにか領主様までもが見に来ていた。壁際で腕を組んで随分とにこやかな様子だ。仕事はいいんだろうか? と見ていたら目があった。


「君たちには驚かされてばかりいるような気がするよ」


 と、言われても。


「そんな変なことばかりしてるつもりはないんだけどな」

「腕を4本にしようとする時点で、十分に変わっていると思うけれどね」


 リーズナル卿は嫌味で言っているわけではなく、カイマンの腕の本数にまつわる話は、むしろ彼の中で最近のお気に入りの話題だったりする。こういうやりとりも初めてではない。


 大激震でのガムレル攻防戦で類稀なる大活躍を見せたカイマンは、生きるか死ぬかの瀬戸際の損傷(ダメージ)を受けていた。

 町を守った息子の勇姿はもちろん誇らしい。誰よりも先頭に立って戦う姿は貴族としての誇るべき姿だ。けれど息子の身を案じるのもまた、父として自然なことだろう。


 生きられるにしてもこれまでの生活は絶望的で……と思い詰めていた矢先、『腕が無くなるどころか増やされそうだったけど、なんとか阻止したよ』みたいな話を当人から聞かされたらしい。なんだか色々と肩の荷が降りたばかりか、あれこれ悩むのがいっそ馬鹿らしくなったとか。


 リーズナル卿はわいわいがやがやと賑やかな使用人たちを眺め、どこか眩しそうに目を細めた。


「助けられてばかりいるな」


 呟かれた声に自嘲気味な響きを感じて、僕はちょっと目を逸らした。


「食料のこともそうだが、息子のことも。いや、それ以前から君たちへの借りが(かさ)む一方だ。正直なところ、返せるあてが思いつかない」

「宿なしの僕らに部屋を貸してくれてるじゃないか」


 『僕ら』の中にはルナールやセルシラーナ、リジットも含まれる。

 『素性の知れない獣人に、亡命してきた姫と騎士なんて厄ネタ以外の何ものでもないでしょうからね』とはシャロンの言だが、僕も同感だ。


 かなり強引に軍事クーデターを起こしたカイラム帝国にとって、セルシラーナ姫は生きていてもらっては困る人物であろう。正統な王家の血筋を旗頭にして反乱分子が蜂起し、泥沼の内戦状態に突入、だなんて事態は避けるに越したことがない。


 セルシラーナ姫にそういう意図が実際にあるかどうかが問題ではない。『そう思われかねない』時点で彼女らは厄介事を招き寄せる存在であり、腹芸が真骨頂の貴族様にそれがわからないなんてことはないだろう。

 だというのに、リーズナル卿はセルシラーナ姫たちがハウレル家(ぼくら)の関係者だと知るやいなや、ふたつ返事で屋敷に迎え入れたという。


 僕が眠り続けている間からずっと、彼女らはとくに行動に制限をかけられるでもなく自由にのんびりと日々を過ごしている。おそらく今は風呂を満喫しているだろう。


 この食材の融通にしたって、大激震でカイマンが討伐した魔物の素材と交換、ということになっている。ことさらに『借り』と考える必要はないものなのだけれど、しかし。リーズナル卿はそうは思っていないらしい。カイマンもだけど、リーズナル家の人間というのは律儀な性格をしているものだ。お人好しってやつかもしれん。


 うーん。どうしたものかな、と僕が思っていると、ずい、とリリィが一歩踏み出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] きっとものすごく久しぶりのまともなご飯の気配ですよね…そりゃよだれもたれます。 しかし、カトレアさんとリリィさん、めっちゃ頑張ってますねえ!結構、というかめちゃくちゃ重労働……!これはいっぱ…
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