閑話 - 私と水遊び そのに
本編書く時間が無いのに閑話が書けるとは……?
とつっこみをいただいたのですが、シャロンちゃん視点はオスカーくんに比べて書きやすかったりします。
そんなに面倒くさいこと考えていないので。シャロンちゃんは。
お昼ご飯は穀物の粉を焼き固めたパンのようなものと、ペイルベアの肉をよく煮込んだスープでした。
ちぎったパンをオスカーさんにあーんしつつ(避けられつつ)、お互いの進捗を報告しました。
「水車はある程度出来たんで、水を引き上げて堀を作ろうと思うんだ」
「堀、ですか?」
「うん。またいつ蛮族が来るかわからないなら、それに対する備えは要るだろう」
オスカーさんは、私たちがこの村から去ったあとのことも考えているようでした。
大変お優しいです。蛮族相手にギラギラしていたオスカーさんも、私が支えなきゃ! みたいな感じで凄く魅力的ですが、こういう優しいオスカーさんもとても良いと思います。オスカーさんらぶ。
「それでしたら、村に水路も引けると良いかもしれませんね。
エリナさんたち、毎朝あの川まで水汲みに行くのが大変だと仰っていましたから」
「毎朝あの岩場を上り下りするのは、そりゃ大変だろうな。危ないし。
水路、水路ね。ありがとう、シャロン。ちょっと考えてみるよ」
お昼ご飯中ですが、オスカーさんは考えに没頭しはじめました。
これ幸いとばかりに、私はオスカーさんのお口にパンを持って行きます。こういうときのオスカーさんは身の回りがおろそかになりがちなので、いつもより隙があるのです。あ、食べてくれました!
今日この日を、オスカーさんが私の手からパンを食べてくれた日として記念日にしましょう。
とんてんかん とんてんかん
規則正しいリズムで板を打ち付け、固定していきます。
お昼休憩を終えてからも、私は村の人たちのおうちを作っています。
村長さんの家を参考に強度計算を行い、それっぽい形に組み上げて行くだけでおうちが出来上がっていきます。
今回は間取りなどの相談を受けていては完成までの時間が掛かってしまうので、ぜんぶ同じ間取りで建設しています。
村の人たちはぽかーんとした感じで完成していくおうちを眺めています。あんまり好みの間取りじゃなかったのかなぁ。
オスカーさんと私のおうちを作るときには、吟味に吟味を重ねてすごーいやつを作ろうと思います。子ども部屋は別棟として集合住宅のように建てるのがいいかしら。
屋根に登って村を見渡してみますと、そろそろ夕日が傾き始める時間となっておりました。
西日が紅く周囲を照らし始めています。
その中で、私の視覚センサーはいまも頑張っているオスカーさんの姿を捉えます。
いえ、ずっと他のセンサー類でオスカーさんを追い続けてはいますので、どこにいらっしゃるかは姿を見るまでもなく知ってはいるのです。でも、やっぱり直に見えると安心感が違います。
そんなオスカーさんは、今は粘土細工をこしらえているようです。ーーあれはレンガを作っていらっしゃるようですね。はぁ。いいなぁ、私もオスカーさんに優しく捏ねられる粘土になりたいです。
お昼過ぎから、オスカーさんは村の端から中心に向けて、村長さんたちと相談しながらお絵描きをしていました。
子どもたちも真似をしはじめたため、村中一帯がいろんな線で埋め尽くされているように見えます。
そんなお絵描き跡だったのですが、オスカーさんが描いていた線の部分が凹んでいます。
きっと、あれが水路になるのでしょう。土を掘ってそのままでは強度に不安があるため、レンガで舗装しようというのでしょう。
何もなかったはずの辺境の村が、堀に水路に、一気に近代化をはたしていきます。
と、そんなときです。
オスカーさんがきょろきょろとし始めたかと思うと、こちらを振り向いたではありませんか。
それと時を同じくして、魔力探知にオスカーさんの魔力が引っかかります。おそらく探索系の魔術で私の居場所を察知したのでしょう。
私だけではなく、オスカーさんのほうからも気にしてもらえているというのは嬉しいものです。これは相思相愛と言っても過言ではないのではないでしょうか。いえ、きっとそうに違いありません。
私が作業中なのを察してか、オスカーさんはそのままふいっとレンガのほうに向き直ってしまいました。
こうなっては私も素知らぬ顔で作業を続けるわけには参りません。
屋根から飛び降りるのは良くない、と教わったため、いそいそと壁を伝って下に降ります。私の腕力をもってすれば、柱にしがみついて体重を支えるなど雑作も無いことなのです。
村の子どもたちが、そんな私の様子を呆然と見ていたので、にこりと笑って手を振っておきます。
私がその場をあとにし、オスカーさんの元へ向かうあいだに、子どもたちは私の真似をして柱にしがみつこうとして失敗し、ぽてりと尻餅をついたりしています。子どもは可愛いです。
「ああ、シャロン。いいところに来てくれた」
「あら、オスカーさん。どうされましたか?」
なんて。ずっとオスカーさんの様子を伺いつつ仕事をしていたのですから、求められるタイミングで登場できるのは当たり前なのです。
しかしそれは内助の功というもの。私は素知らぬ顔で、偶然オスカーさんのそばを通ったんだよ、というふうを装います。
「シャロンにもらった案を元に、水路の設計をしていたんだ。
それで、補強に使うレンガの色をどうしようかと思ってさ。赤とか白とか。
粘土中の鉄分を取り除けばある程度の色の調整ができそうだから。
今日はシャロンが村中を見渡せる場所に長い間いたみたいだったから、どっちが合うと思うか聞きたくてさ」
「なるほど、そうですね。白っぽいほうが、ゴコ村には合うのではないでしょうか」
「白ね、ありがとう。
僕と同意見だったよ」
そういって、オスカーさんは笑います。
わざわざ私の意見を頼りにしてくださったというのが、とても嬉しいです。
「今日で、だいたい家屋の基礎は終わりました。明日で全棟完成できるでしょう。
それにしても、オスカーさんも、私の居場所をずっと把握されていたのですね。なんだか嬉しいです」
言ってから、しまった! と思いました。
オスカーさんも、ということは私がずっとオスカーさんを気にしながら仕事をしていたことがつまびらかになってしまいます。
まじめにお仕事している様を褒めていただく予定でありましたのに!
そんな私の思いを知ってか知らずか、オスカーさんはぽりぽりと頬を掻きます。
あれはオスカーさんが何かしら照れているときの癖で、いつも左手です。
「うん。村人と上手くやれてるかな、とか。
あとは、変なちょっかい掛けられてないかな、とか。
気になっちゃうとどうにも集中できなくてさ」
オスカーさん素敵語録No.152 カテゴリ: かわいい に新規語録が追加された瞬間でありました。
これは来ているのでは! デレ期というものが来ているのでは!! という推論に基づき、その日の就寝体勢に移行されたオスカーさんに、昨日より15cm近づいて私も横になりましたが、何も言われませんでした。
これはいける! この期を逃してはいけない! と、そのままこう溢れ出る衝動のまま襲い掛かろうとしましたところ、結界を展開されてしまいました。結果的に昨日よりも8cm遠くで横にならざるを得なくなってしまった私なのでした。しくしく。
過ぎては身を滅ぼすと言います。なかなか上手くはいかないものです。
おやすみなさい、オスカーさん。今日も大好きです。
ーー
夢を見ました。
私には本来、眠る必要がありません。
しかし、魔導機兵のマスターとなるのはヒトであり、ヒトは眠る必要があります。
そのため、私たちにも眠る機能があります。
出来るだけヒトらしく有れるようにと。それが私たちを設計したヒトの願いだったのです。
私にも、感情と呼べるものがあります。
同じ入力があった場合でも、出力が同じとは限らない揺らぎがあります。
これは、私の頭にある生体ユニットで演算された結果による揺らぎです。いわゆる、個性というものがそこにはあります。
その個性というものは、生体ユニットを破壊されれば喪われます。
私が私であるためには、あり続けるためには、必要不可欠な部位なのです。
そしてその生体ユニットは、夢を見ることがあります。
主演算装置はそれを夢と認識できます。
現実ではないことが、見ながらにしてわかるのです。
だから、これは夢だとわかっているのです。
あのヒトの横でにこりと笑う、私と同じ顔をした誰かがいます。
私は瓦礫に埋まり、それをそれと認識すらできません。
認識できないのに状況がわかっているという、支離滅裂さも夢ならではといった感じです。
あのヒトが瓦礫の山を崩し、この私を引き抜きに掛かります。
私のありさまを見て、あのヒトはショックを受けたようでした。
それもそのはずです。
この私の身体は割け、無事なパーツのほうが少なかったのですから。
でも、私は安堵します。
それくらいで、あのヒトは私を嫌いません。
しかし。
あのヒトの後ろのほうから、声が投げかけられます。
『それは同型の魔導機兵です。でも、シャロンは私だけです』
ちがう、ちがうよ。
やめて、とらないで。
それは、私の、私だけの大事な名前なんです。
やめて、やめてよ。
あのヒトがくれた、大事なものなんです。
これは、夢なんです。
私は知っています。
だから、返して。
私の大事な名前、返してよーー
ーー
私が目を覚ましたとき、身体が動きませんでした。
まだ夢の続きで、私は瓦礫に埋まったままなんじゃないか、なんて考えが頭をよぎります。
でも私の主演算装置は、これが夢ではないと断じています。
身体が動かない理由は、すぐにわかりました。
あたたかい温もりに、後ろから抱きすくめられていたからです。
間違ようはずもありません。オスカーさんです。
力づくで抜け出そうとしなくて良かったです、本当に。
「ん。おはよう。落ち着いたか?」
「ーーはい。あの、ご迷惑をおかけしてしまいましたでしょうか」
「いや、そうでもない。
すごく悲しそうな顔をして寝ていたから、ちょっと気になっただけだよ」
まさか。オスカーさんが私の寝顔をご覧になっていたというのですか。
なんで寝ていたのでしょう、私は馬鹿なのでしょうか。
そのまま、オスカーさんはもぞもぞと身体を引き離しに掛かります。
「あ、あの。えっとーーもう少しだけ、このままでいさせてください」
朝方ではあるようですが、まだあたりは薄暗いです。
私の眼は暗くとも活動に支障はありませんが、もう少しだけでも、オスカーさんのぬくもりを感じていたくって。
「しょうがないな。
寝る前に僕が結界張ったから、嫌な記憶を思い出させちゃったのかもしれないし」
そうして、オスカーさんはそのままおっかなびっくりといった力加減で、再び後ろから私を抱きすくめます。
きっと結界とは無関係なのですが、そういうことにしておきましょう。役得です。
「あの」
なんとなく、なんとなくです。
夢から覚めて、まだ私の名前を読んでもらっていないことが、少しだけ、不安で。
まだ眠そうなオスカーさんに、再度呼びかけてしまいます。
「ん。どうした、シャロン」
「ーーいえ、なんでもないです」
オスカーさんから名前を呼ばれるだけで、不安はどこかへ行ってしまいました。
おそらくオスカーさんも明け方でまだ寝ぼけていらっしゃったのでしょう。
普段であればきっとこんな素敵な対応にはならないと思います。
その寝ぼけっぷりを肯定するかのように、すぐに背後からかわいい寝息が聞こえ始めました。
おやすみなさい、オスカーさん。今日も、明日も大好きです。
そうして。
次は変な夢に苛まれることもなく、私は朝を迎えたのでした。
そうです。朝です。
オスカーさんが無惨な姿で発見されました。
第一発見者は私です。
起きた段階で、私を抱きすくめたままであることに気付いたオスカーさんは、私を離すと再びベッドに丸くなってうずくまってしまったのでした。お顔だけにとどまらず、耳まで真っ赤になっています。
オスカーさんはにぶちんなのではなく、単にへたれているだけなのでは、という推測が確信に変わりつつあります。
もうお嫁にいけない、みたいなポーズでうずくまるオスカーさんの髪を撫でつつ、私はそんなことを考えます。
とにかく少しでも成功率をあげるためには、アプローチをかけるのは朝方が狙い目、というのを私は覚えたのでした。
その日は照れ隠しのためか、前日以上に熱心に取り組んでいたオスカーさんによって、お昼過ぎの早い段階で、すでに水路は完成を見たのでした。
昨日のうちに乾かしていたレンガが整然と敷き詰められたその様子を、村の人たちは興味深げに眺めています。
オスカーさんの合図に従い、私が水車の防護板を外すとゆっくりと水車は回り始めます。
それに伴い、回転によって高まった圧力によって細い管を伝って水が運ばれて行きます。
私が村のほうに急ぎ戻ったのと、村の人々の間で歓声がわき起こったのは同時でした。
村の真ん中を通って入り口のほうまで伸びている水路に、奇麗な水が後から後から流れ出てきています。
歓声をあげ、早くもお酒を飲み出す人や、踊り出す人なんかもいます。
そんな様子を満足そうに見つめているオスカーさんも、村長さんはじめいろんな人に口々に喜びを告げられ、肩をばしばしと叩かれています。
「シャロンちゃんも、ありがとう!」
「オスカーさんとシャロンさんのおかげで、村がどん底からどんどん素晴らしいものになっていくよ」
涙ぐんでいる人さえいます。
「おみず!」
「わー!」
はしゃぎまわる子どもたち。
水路に飛び込んじゃってる子もいます。
「シャロンさまも、ほら。
一緒に遊ぼう?」
「エリナさん。
でも私、まだ家の建設が途中で」
「シャロンさんにばっかり働かせてたんじゃあ、俺らも立つ瀬がねぇですわ。
さ、野郎ども! シャロンさんが存分に水遊びできるように、頑張るぞぉ!」
どうしたものかとおろおろしていましたら、びしゃっと水が飛んできました。
「ひゃっ!」
冷たいです!
左手を濡らした水の発生源はどこか、と振り向くと、ニッと笑うオスカーさんと目が合います。
その周囲には、魔術で操作されていると思われる水の球がふよふよと浮いているではありませんか。
水の球が飛んで来たかと思うと、今度はうしろの子どものお尻にぶつかって行きました。
「うわー!」「なんだこれ!!」「あ、魔術師のにーちゃんだ!!」
「妖精のおねーちゃんもやられてる!」「まもるぞー」「うおー!」
子どもたちは大はしゃぎです。
びっしゃああーっと子どもたちから浴びせかけられる水しぶきを、オスカーさんは風の魔術で跳ね返します。
「うわーっ」「にーちゃんずるいぞー!!」「えいせいへー!」
「ふははははは、その程度の水の量でこの僕が倒せるものか!
僕を濡らしたければ、その3倍は持ってこいっ!!」
大人げないオスカーさんもかわいくて素敵です。
「うおー!」「やるぞー!」「かくごー!!」「俺もいくぞ! クレス、お前は側面から畳み掛けろ!」「ええ……」
なんだか大人まで参戦してきて、しっちゃかめっちゃかです。
「ふふ」
なんだか、楽しくって。
自然と笑みがこぼれます。
オスカーさんと出会ってから、いろんなものを見聞きしました。
もう私は孤独ではありません。
これからも、もっともっと、たくさんのものを見せていただけるでしょう。
水が冷たくてこんなに気持ちいいということも、私は知りませんでした。
エリナさんを助けるために飛び込んだときの川は、力強く、荒々しくって。
この新しい水路の水は、冷たく清らかで。
同じ水源のはずなのに、こんなにも違いがあるなんて、私は知らなかったのです。
後ろから飛来する水しぶきを、見もせず回避します。
「ちょっ、シャロンさま今のどうやって避けーーへぶっ」
次いで飛来した水球ーーこれはオスカーさんのものですね。回避ついでに手で打ち返し、先ほどの襲撃者であるエリナさんへお返しします。
「ふふふふ、いいでしょう。この私も少し力をお見せするとしましょう!」
「妖精のおねーちゃんがやみおちした!」「にげろー!」「シャロンさんが水を掛けてくれると聞いて」「なにぃ!?」「いくぞお前ら! 我々の業界ではご褒美です!」「うぉおおおお」
もう、どんどん水遊びに興じる人は増えて、びっちゃびっちゃの滅茶苦茶でした。
でも、なぜだかとっても楽しいのでした。
そうしてそれは誰かがくしゃみをしてお開きになるまで続けられ、その頃には皆笑顔でずぶ濡れになっていたのでした。
そのいち、そのに合わせて100回以上オスカーのことを考えています。




