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それぞれの戦い - いま、ここにいる意味 そのさん

『”みんなの力を、貸してくれ!”』


 その声は、ヒトの存亡を賭けた戦いのさなか発せられた、最後の反撃の合図。

 ひとりで足りないならふたりで。ふたりでなお届かないのなら、みんなで。

 手と手をつなぐ、心をつなぐヒトが、滅びの神へと否を突きつける決戦の嚆矢(こうし)


 工房主(オスカー)の大号令を受け、ラシュとルナールの両名は――とくにできることがなかった。

 もともと魔力をほとんど持たない獣人のなかでもルナールは特に筋金入りだ。無いものはどう頑張ったところで渡しようがない。

 幾多のヒトから魔力を束ねて敵へぶつける作戦も、残念ながら協力の余地がないのだ。


「ぴぇっぴぇぴぇぴぇ」

「のぅ、ぬしよ。トリが得意げというか、なんかちょっと腹立つんじゃが」

「ん。らっぴー、どやがおだね」

「ぴぇっぴぇっぴぇ!」


 ふんぞり返る勢いで胸を張るらっぴーからは、鮮やかな緑の魔力が湧き出てはラシュの首輪(チョーカー)へと吸い込まれていく。

 涼やかな草原を思わせるその色を目で追いながら、ルナールはこびりつく言い知れぬ不安を拭い去れずにいた。


 人間のことなどこれっぽっちも信じてなどいない。信じるたびに裏切られてきたのだから当然だ。

 が、その力を束ねられれば、たしかに想像もできないほど途方もないことを成し遂げられるかもしれないとも思う。業腹なことだが。


 しかし、それでも。あの祭壇から感じたのは、その程度では埋まりようのない、存在としての格の違いだった。

 生命の位階(レベル)が違いすぎる。在り方が隔絶している。

 人間がどれほど寄り集まろうとも、海の水すべてを掻き出すことなど到底できはしないように。

 あれを殺すなんて、できっこない。きっと、誰にも。


 ルナールの本能的な予感を肯定するように、破滅は呆気なく訪れた。

『ふたりで最強』と(うそぶ)いた機械仕掛けの女神が、(おの)が半身たる存在をえぐり取られ叫哭(きょうこく)するという形で伝えられたその終焉(おわり)を、だからルナールは驚きをもって迎えたわけではなかった。

 どちらかというとそれは『ああ。やっぱり』という諦観にも似ていた。最初から、ちっぽけな人間が立ち向かえる相手ではなかったのだから。


 ラシュの首輪(チョーカー)は、シャロンの痛哭を最後に雑音(ノイズ)を振りまくだけになり、それもさして間を置かず途絶える。

 それを皮切りにすっと立ち上がったラシュのほうを見ることが(はばか)られて、ルナールは横穴のごつごつした壁面に視線を彷徨(さまよ)わせた。


「ぴぇ……」


 らっぴーがどこか不安げにラシュを見上げても、彼は一言も言葉を発さなかった。


 慕った相手を失う痛みを、今のルナールは身に沁みて知っている。心がばらばらに砕け散る苦しみを知っている。胸の内にぽっかりと穿たれた喪失感を。考えるたびに吐き気がこみ上げるほどの悲しみを、知っている。

 その悲しみに押しつぶされそうなときに、静かにそっとそばにいてくれた少年を、このまま放っておくことは、少女にはできなかった。


「ぬし、……」


 どう声を掛けるかも定まらぬまま、それでも意を決して言いさしたルナールは、けれど口を(つぐ)み、わずかに眉を寄せる。

 沈黙の向こう側で、見上げたラシュの瞳はまったく光を失ってなどいないことに気付いたからだ。


 何が起こったのかがわかっていないわけではあるまい。先ほどまでの少年の、どこかぼやっとした佇まいとは明らかに違う。

 けれど。彼には諦めの色も、自棄になる気配もない。ただ静謐な瞳を、横穴の出口――今も泥の溢れ出る祭壇へと向けている。


 全ての希望は潰えたのだ。

 それなのに。なぜ。


「なぜ、ぬしは諦めん」


 なぜ、まだ諦めずにいられるのか、と。

 当惑して小声で問うたルナールにゆっくりと向き直り、ラシュは小さく震える口の端に、微かに笑みを浮かべてみせる。ルナールが息を飲む気配。


「諦めるのは、いつだってできるから」


 平気なわけがない。平静でいられるわけがない。

 それでも気丈に兄貴分(オスカー)の受け売りを口にして、ラシュは己を叱咤し、奮い立たせる。


「ぼくはまだ、ここにいる。ここで、できることをするためなんだ、きっと」

「できる、こと」


 掠れた声で繰り返すルナールに、ラシュは小さく頷いた。

 その背中によじよじと登りながら、らっぴーも「ぴぇ!」と元気に(さえず)る。


「このままだと、おねーちゃんたちも、こまる。だから、あのべしょべしょ丸は、どうにかしないと」


 少年の決意を秘めた瞳を見返して、ルナールの胸中はじくりと傷んだ。

 ラシュには帰る場所がある。帰りを待っているひとがいる。そのために頑張るのが、彼の()()()()()なのだ。


 少年はひとりじゃない。だからまだ諦めない。その小さな足で何度だって立ち上がるのだ。それがたまらなく眩しくて――羨ましくて。

 それにひきかえ。ルナールはもう、ひとりぼっちだった。少女はもう、どこにもいけない。

 苦い気持ちを、ぶんぶんと頭を振って切り替えて、


「ぬし、名付けの感性はないんじゃな。べしょべしょ丸て」


 抱えていた膝を解き放ち、ルナールはラシュの隣に並んだ。

 ルナールよりも少しばかり目線の低いラシュが、すぐそばでぷぅと唇を突き出している。本人としてはなかなかイケている名前だと思っていたのかもしれない。まるっきり子供なその反応がおかしくって、ルナールの口許にも微笑みが宿る。


「それじゃ、いってくるね」

「ぴぇ!」


 ルナールにつられて笑ったラシュは、置いていた木剣を拾い上げた。

 泥の獣が雄叫びをあげる広間へと向かい、ルナールを助け出したとき同様、らっぴーに泥を浄化してもらいながら祭壇へと向かうつもりであるらしかった。


「ぬしよ。少し待て。あれをどうするつもりなんじゃ?」

「あれ? べしょべしょ丸?」

「む、その封印のことじゃ」

「べしょべしょ丸の?」

「ぬし、わりかし頑固じゃな!?」


 とぼけた風で、実はけっこう我が強いラシュにペースを乱されつつ、ルナールは今も(おぞ)ましい泥を吐き出し続ける祭壇へと視線を投げる。

 同じく視線を向けたラシュは、自身の手に握った木剣を見、小さく(うなず)いている。微妙な沈黙が落ちた。


「……まさか叩けばなんとかなる――などと思うてはおるまいな」

「……!」

「そんな『なんでわかったの』みたいな顔をされてものぅ……」


 すぐ近くでくるくると変わる少年の表情と、ぴこぴこ動く元気な耳を見て。

 はぁ。ルナールは諦めたように――否。()()()()()()()()ように深く嘆息する。


 ジレットの悲願が成就した以上、もうどうすることもできない。最後の希望だったものも、今しがた潰えた。

 ここでなにか頑張ったところで、死ぬのが早いか遅いかの差があるかもしれないくらいのもの。いや、頑張らないほうがまだしも生きていられる時間が長いかもしれない。


 それでも。やられっぱなしは癪だから。


「その役目、わらわに任せるがよい」


〝神の御使い〟だなんて言われて浮かれていたルナールは、封印解除の手順をあん(ジレット)ちくしょう( = ランディルトン)から教わっている。ならばその逆をやってやればいい。できないことは、ないはずだ。

 恐怖で声は震え、わずかにでも気を抜けば足まで震えてしまい、一歩も進めなくなりそう。だから、自分を奮い立たせるために、逃げ場をなくすために、畳み掛ける。


「ほら、わらわ、ぬしらの敵じゃし? それに帰りを待つ者もおらぬし。死を(いた)む者も、」

「ぼくが、いるよ」


 自らの傷を(さら)け出すルナールを(さえぎ)って、ラシュは端的に告げる。

 変わらぬ沈着で揺らがぬ(だいだい)の瞳。


「ぼくが、いる」

「あ……」


 繰り返し、優しく目を細めながらすっと伸ばした腕に抱きしめられて、ルナールは少年の胸で小さく声をあげた。手放された木剣がカランと軽い音を撒いた。

 抱かれた腕の温かさを感じて、体の震えが収まっていくのに従い、涙がひとしずく、溢れてラシュの胸を濡らす。

 広間からは遠雷のように泥の獣の咆哮が反響するが、ルナールの心は凪いだ海のように、静かな温かさで満たされていた。

 空気を読んだらしいらっぴーも「ぴ」と一声鳴いたきり、黙ってラシュの背中にしがみついている。


 ややあって。


「ならばなおのこと、わらわがやらねば」


 すすって赤くなった鼻なんて知らぬ、とばかりにツンとすましてラシュの腕の中から脱したルナールは、ふと思いついて、ごそごそと自分の服の内側を漁った。

 掴みだしたそれは、魔道具でもなんでもない、ただの綺麗な飾り布。セラフィが『旅立つ』夜に託された、青いリボン。

 自分の髪を結わえていた、揃いの赤いそれも外して二本ともラシュの手に押し付けて、ニッと笑った。


「そのリボンまでべしょべしょにされては、かなわんからの」

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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿お疲れ様です。 うーん、らっぴーは成鳥になってもやっぱりらっぴーだなあ。 チョーカーを通してシャロンちゃんの痛哭まで届いていたのならば、もしかしてアーシャちゃんたちガウレルの人々にも…
[一言] うわああああ!すごく大事なところでは?? 小さなお二人、すごく大事なことをするところでは?? なんというか、この二人が、ここにいて、これからを決める一大事に、誰にも気付かれずに立ち向かおうを…
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