僕と彼女が招かれざる招待客
このところほぼ自転車操業でしたが、ついに書き溜めが完全に尽きましたため1〜3日置き更新とかになるかもしれないです。
ただ、できる限りは毎日更新を目指します。
ガタガタゴトゴト。
仕入れに向かうヒンメル氏の馬車に同乗し、森の中の道を揺られること、半日。
途中で地震に見舞われたり、オークを瞬殺したりしただけで、特に問題なくーー荷台にオークがででんと積まれて残りの道中をともに過ごしたことが問題ないとすればーー僕とシャロンとカイマンの3人は森の出口にまで辿り着いていた。
そこではゴコ村を2日前に出発した、リーズナル家の家紋入りの豪華な馬車が待ってくれていた。
森の中を抜けるルートでない場合、森や川をぐるっと迂回して街道まで出て、3日ほど掛けてゴコ村とガムレルの町間を移動することになる。
そちらのルートでは魔物の出没はかなり少なく、また町からの警邏や、冒険者もよく使う道とあって蛮族もあまり寄り付かない。
そしてなにより、大きな馬車では森の中の細い道やでこぼこした路面は適していない。
なので、村人たちがあの手この手で僕とシャロンを引き止めてきたり、あんまり野営したくなかったりなどの理由から、せっかくゴコ村まで迎えに来てくれていたリーズナル家の馬車を街道沿いで先に出発させることにしたのだった。そして、僕らは片道の護衛と引き換えにヒンメル氏の馬車に乗せてもらうことにして、あとから森を突っ切るルートで村を出発することにしたのだった。
カイマンも街道沿いルートで行ってもらって構わなかったのだが、護衛としてついてきた手前、そうもいかないと食い下がられたため、家紋入りの馬車と雇われの護衛だけが街道を通ってガムレルまで向かうことになった。御者は涙目であった。なんかごめんな。
『私が旦那様にお叱りを受けます、後生ですから町に入る前に合流させてください』と半泣きで御者の人が頼み込んできたので、僕らの要望で先行してもらうこともあり、森を出たところで落ち合うことに決めたのだ。
馬車を乗り換えた僕とシャロン、およびカイマンは、特に問題なくガムレルの町の門を潜っていた。
門番たちは、カイマンが馬車内から手を振るだけで、リーズナル家の家紋入りの馬車を素通りさせた。
カイマンもそれを当然のことといったふうで見送り、豪華な馬車の座席に再び腰をおろしている。
何か大物感というか、余裕というか、そういうものを感じる態度。そりゃ坊ちゃんとか言われるよ、と思う。
なお、ヒンメル氏も顔なじみではあるようだがきっちりと門前で止められていた。通行税や関税の支払いが必要だからだ。
僕らが目指すのはリーズナル家のお屋敷なので、人の良い商人とはここでお別れだった。
「オスカーさん、あれなんでしょう、あれ。
あ。あっちには噴水がありますよ!」
町に入って以降、シャロンは馬車の側面にある窓にかじりつきっぱなしだ。
噴水など、物と名称が結びついていることからも、彼女がもとよりそれについての知識を有していることは見て取れる。しかし、実際に初めて見るものというのは、知識があるだけではわからない感動みたいなものがあるらしかった。
ゴコ村で水路が開通して初めて水が流れ込んできたときなんかも、シャロンは村人に混じって大喝采をあげていたくらいだ。天使のような、妖精のような彼女が水しぶきではしゃぎ回る姿は、僕はもとより、村中の老若男女を骨抜きにするには十分すぎる威力を持っていたのだった。
シャロンは窓の外から見える景色を逐一僕に教えてくれ、それと同時に握った僕の手をぶんぶんと振ってとても楽しそうにしている。
向かい合うように座っているカイマンの表情は、口の中に煮詰めた蜂蜜を突っ込まれ続けているかのような感じの、胸焼けしたかのような、もんにゅりとしたものである。
最初こそ、はしゃぐシャロンの様子を僕と共に微笑ましげに見ていたのだがーーイケメンにとっては完全に眼中にない反応をされる耐性があまりないのかもしれない。
そんなこんなやりとりをしつつ、馬車は町の中でも少し小高い丘の、馬鹿でかいお屋敷の前で停まった。
カシャカシャと軽快な音を立てながら、綺麗な紋様の施された金属製の門が左右に引かれて開いていく。
門の内側には、ゴコ村全体の半分の広さくらいの庭園が広がっていた。
冬前だというのに、あちらこちらに青々とした植物がきっちりと整えられて植わっており、きっと春にここを訪れると素晴らしい色とりどりの花で埋められるのだろうなということが見て取れる。
あまりの光景に僕が言葉を失っていると、カイマンが自慢げにフッとキザったらしく笑みを投げつけてくる。
「なかなかのものだろう。
とはいえ私の手柄ではないのだけれどね」
庭の中の舗装された広い道をゆっくりと進む馬車から眺めた限りでも素晴らしい景色だ。
しかし、きっとお屋敷の上のほうに見えているバルコニーからなら、庭から丘の下の町の様子まで、余すところなく一望できるように設計されているのだろう。
いろいろとモノを作るようになったから、作れるようになったからこそ、よくわかる。この庭の美しさは計算し尽くされた、職人の手によるものだ。そういう、職人の技や、美学といったものを、僕はもっと知りたかった。もちろん、今後自分で作るものに活かすためだ。
「リーズナルさん。あれなんですか、あれ」
「ど、あ、どれのことかな?」
今まで完全に無視ーーどころか気にすらされていなかったシャロンから突然呼びかけられ、声を上擦らせてしまっているカイマン。イケメンも形無しであった。
「ああ。あの屋根のあるところはね、庭の中でお茶やお菓子を楽しみたいときに使うんだ。
今の季節だと少し寒いけれど、暖かくなったら是非ともまたご招待しよう。薔薇が咲き乱れて、実に美しい光景になるんだ」
「わぁ。それは楽しみです。
ね、オスカーさん!」
「そうだね、楽しみだ」
にぱっと微笑むシャロンとそんな言葉をかわしたりしたところで、いよいよリーズナル邸の前で馬車が停まった。
恭しく御者の男が出迎えるなか、そっとシャロンを伴って外に出てみると、使用人と思しき人たちがズラッと列を作って一糸乱れぬお辞儀をしていた。壮観ではあるけれど、ちょっとこわい。
ーーそして。
慌ただしく出て来た8人の衛兵に、僕らは取り囲まれた。
ーー
数分後。
見事な調度品や、ふかふかのソファが据えられた応接用の部屋と思しき場所で、湯気の立つカップを前にして。
僕らは壮年の男性から物凄く、ものすごーく頭を下げられていた。
「こちらからお招きしてご足労いただいたにも関わらず、大変なーー大変なご無礼をいたしました。
すべて私の不徳の致すところです。申し訳のしようもない。
どうか、どうかお怒りを鎮めてはいただけないでしょうか」
憔悴した様子で必死に頭を下げているのは、この屋敷の主でありリーズナル家頭首にして、カイマンの実の父親である、ここら一帯の領主。
セルソン = アス = リーズナル男爵その人である。
「べつに僕は怒っていませんよ。
男爵様のお屋敷なんですから、防衛機構はあって然るべきでしょう。
シャロンも、怒ってないよな」
「はい。これっぽっちも」
そうやって、明らかに滅茶苦茶怒っているシャロンに話を振ると、彼女はスッと怒気のようなものを薄れさせる。
しかしその目線は冷たく、いつも通りの人懐っこさはなかった。
先ほど僕らの元におっかなびっくりお茶を運んで来た執事風の使用人のおじさんも、普段であれば一瞬で見惚れるであろうほどの美人から叩きつけられる未だ嘗てないほどのプレッシャーに、悲鳴まではあげないまでも指先をカタカタと震わせていたし、部屋から出てしばらくした先で倒れこむ音が聞こえたくらいだ。
"全知"で見てみたところ、なんら魔術的なものでも得意なスキルでもない、シャロンの威圧という技術の賜物であるらしい。
普段見せるであろう威厳がまったく感じられないリーズナル男爵も、多少雰囲気の和らいだシャロンに、やや安堵したようだ。
なので、僕のほうから話を促すことにする。
「ただ、事情説明を求めてもかまわないですよね?」
「ええ、ええ。それはもう。
こちらをご覧いただけますか」
そう言ってリーズナル男爵が、扉付近で控えていた別の執事風のおじさんに合図を送ると、ほどなくして何か大きなものが運ばれて来た。
大ぶりな鍋を、もう一回り大きくしたようなものをひっくり返したような形状の、半球場の物体だ。何らかの魔道具のようだが、"全知"のお墨付きもあるし、間違いない。
「壊れてますね、これ」
「ええ。
これは邸内への侵入者を察知する目的の魔道具です。
魔術の心得があるものが1日置きに魔力を注入して運用しておりました」
あ、何か嫌な予感がするぞ。
きっとリーズナル男爵の顔を見れば、その考えを肯定する情報を"全知"がもたらすだろう。
そしてそれは、やはり想像通りなのだった。
「あなた方が庭園半ほどに到達したときーーつまりこの魔道具の効力圏内ですが、ええと。
爆発した、と。そう報告を受けております」
なるほど。端的で大変わかりやすい。
「魔力の多寡をある程度探知するモノだったんですね」
「その通りです。
ちょうど控えていた魔術師が、慌てて"魔力探知"を行いましたが、泡を吹いて倒れる始末ーー。
気を失う前に、その。なんと言いますか」
「屋敷ごとでも殲滅できる魔力源がある、とでも言いましたか」
「ええとーー『町ごと滅ぶ』、と」
決まり悪そうにリーズナル男爵が、その者の伝えた情報を教えてくれる。
"全知"によると、嘘を言っているわけでもないらしい。
さすがに僕もシャロンも、町をまるまる滅ぼすほどの力はない。たぶん。おそらく。
何かしらの魔術で町を潰すよりも、それこそ蛮族のようにあちこちに火でも放ったほうが迅速簡単である。もちろんやらないけれど。
いや、あるいはーー
かつてフリージアに止められはしたが、シャロンと協力して、何か大規模な魔術を行使するならば。シャロンを通して、僕が強力な魔術を発動すれば。
あの頃の比ではない熱量を持つ光源をいくつも放り投げたり、周囲を完全な闇で閉ざすことだって、たぶん、できる。おそらく、それ以上のことも。
これは、町、滅ぶわ。
「今回はたまたま衛兵たちが先走った形であったかもしれません。
しかし私でも、そのような危険な魔道具を所持しているものを敷地に入れるわけにはいかない、と判断したでしょう。魔道具ですらなく、ご本人方の持つ魔力だとは誰も考えていなかったのです。
責めるのであれば、雇用主である私の責任として、どうかことを収めていただきたい」
仮に魔道具でなく本人の魔力であったとしても、危険性については変わらない。
招待した相手が、そんな規格外のバケモノじみた魔力を内包していたという、彼らの純然たる不運である。
ゴコ村で騒動が起こらなかったのは、そういった探知術式や、"探知"の使い手が居なかったためだったのだろう。
リーズナル男爵自身にも魔術の素養があるらしいことが"全知"で見て取れるし、緊張の面持ちも、この腰の低さも納得のものだった。
もし機嫌を損ね、屋敷や町を破壊されてはたまったものではないのだから。
彼は僕らの人となりを知らないわけだし、それを信頼しろというのも無理な話だ。
今後、こういった騒動にならないよう、魔力探知を阻害する魔道具をこしらえるのもいいかもしれない。
なにかしら出来るだろう、たぶん。
「あー。まあ。確かに良い気分ではないです。
しかし先ほども申し上げましたように、男爵様のお屋敷なんですから、防衛機構はあって然るべきでしょう。
代償がないのが座りが悪いというのなら……そうですね。お屋敷にある魔道具をいろいろ見せてもらえませんか?」
「そのようなことで良いのであれば、如何様にでもとりはかりましょう。
ただ、その。屋敷の部屋自身が魔道具という、巨大なものもあります。全て差し上げるのは難しいこと、ご容赦いただければと思います」
どこまでも腰の低いリーズナル男爵である。
もう頭を下げ続けているわけではないが、かなりの緊張が続いているのだろう。
今日が終わったら少し老け込んでしまうかもしれない。カイマンにも若干悪いことをした気分にならなくもない。あいつイケメンだし、それでチャラにならないかな。ならないか、すまんな。
そのカイマンだが、僕らを取り囲んでいた衛兵たちを無理矢理に下がらせると、どこぞかへ引っ張っていったきりまだ戻って来てはいない。状況の把握やお説教をしていることだろう。
「ああ、べつに一つも貰って帰る気はないんです。
世の中にあるいろいろなものを見て回りたいんですよ、僕とシャロンは。
男爵様のお屋敷になら、何か珍しいものがあるかなと思っただけで、見せてもらえたらそれでいいんです」
今でこそむっすーっとして口を引き結んでいるシャロンだが、道中ではあんなに楽しそうにしていたのだ。
僕が彼らを許すことと、何か興味を引くものを見ているうちに、おそらく機嫌を直してくれることだろう。
「そういうことでしたら、家宝であるものなどもあります。魔道具ではないですが。
ご期待に添えるものと思います。
奥方様もそれでよろしいでしょうか」
リーズナル男爵にそう呼びかけられたシャロンは、一転、満面の笑顔になった。
ものすごくにこやかである。その直前までの光景を知るリーズナル男爵にとっては、何か失言したのではないかと再び恐慌に陥ってしまうほどの、笑顔である。
ただ、僕はなんで彼女が満面の笑顔なのかはわかっていた。奥方様と呼ばれたのが単に嬉しかったというだけだ。屋敷中を見てまわるまでもない、なんともチョロいシャロンさんであった。
「ええ、それはもう。亭主に付き従うのが良妻のつとめですもの!」
突如として人好きのするにっこにっこ状態に変貌したシャロンの様子に、やはりリーズナル男爵は狼狽していた。心労の絶えない御仁である。
さすがにこんな状態で僕らの相手をさせ続けるのも気が引ける。
かといって使用人のひとたちにその任を負わせるのもかわいそうな話だ。
仕方なしに、美青年に案内してもらうよう取り計らってもらい、屋敷をぷらぷらと廻るころにはシャロンの機嫌もすっかり元どおりとなり、僕もいろんな道具が見られて満足したのであった。
招かれた本来の目的など、誰も彼もが覚えてなどいなかった。
余談として。
行く先々で甘々な雰囲気を放つシャロンの様子に充てられ骨抜きになる、男女問わぬ使用人たちや、探知魔術に造詣のある魔術師の青褪めた顔であったりとかを見聞きしたりした。
そしてさらなる余談ではあるが、この日、リーズナル男爵の体重は2kg落ちたらしい。
そりゃ、爆発スキルを持つ熊を瞬殺するだけの強さを持つ個体が、それも2人もいれば騒ぎになりますよというお話でした。




