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僕と彼女が助けたもの

 日はすでに沈み、夜になっていた。


 魔術の酷使でふらつく僕を抱え上げたーーしかもお姫様抱っこでーーカイマンから、凄まじい速度で僕を奪い返したシャロンーーまたもお姫様抱っこで!ーーによって運ばれた僕は、村長の屋敷にお呼ばれしていた。

 もはや抵抗する元気すらなく、僕はわりとぐったりしていた。さすがに疲れた、疲れ果てた。


 村長の家は屋敷と呼称したものの、普通の家よりも2倍位大きいかな、という程度のものであり、内装も普通の家然としたものである。

 小さな村で、村長職のものにそれなりの屋敷があるだけ珍しいかもしれない。僕の故郷は村長も普通の家だったし。


 そのお屋敷の一室を僕らは割り当てられーー二室割り当てられるのをシャロンが拒んだためだーー、先ほどまでは広間で村長はじめ村人たちから、入れ替わり立ち代わり口々に感謝の念を伝えられていたのだった。


 なかでも妻子及び本人も助けられたアスガム家の面々の感謝ぶりは凄いものであった。家は燃えてしまったというのに、それでも家族が揃っていられるのはあなた方のお陰です、と涙すら見せた。感謝されたくて助けたわけではないのだけれど、それでもやはり悪い気分ではなかった。


 その娘であるエリナ嬢も、すっかりとはいかないまでも笑顔を覗かせるくらいには回復したらしく、熱っぽい視線をこちらに投げかけ、シャロンにそれとなく威嚇されるなどの一幕があったりもしたのだった。

 シャロンに助けられた恩義を感じているのだろう、楽しげにじゃれ合っている様は見ていて和んだ。シャロンは何故か定期的にこちらを振り返りやきもきしていた様子だったが、さすがに僕もシャロンを少女に取られるかも、なんて心配はしていない。存分にじゃれ合っていてくれて構わなかった。

 ……余談になるが、後で部屋に戻る際に僕はシャロンから『にぶちん』との謗りを受けた。解せぬ。いまや"全知"により、僕に察せないことなどほとんどないというのに。


 元よりこの村の者ではない僕らのほか、家を失った者達は、村長はじめヒンメル氏や、家が無事だった者のところに今日は身を寄せることとなっていた。

 村が落ち着きを取り戻すまで、僕はここで少しばかりの手伝いをするつもりであったし、僕の意思に対してシャロンは当然の如く同意した。急ぐ旅路でもないのだ。なに、2,3日もあれば新しい家の用意くらいできるであろう。

 僕の『新しい家が用意できて村が落ち着くまで』ということで考えていた期間と、それを聞いた村人たちが思い描いた期間が随分と異なる事は、この時点ではまだ誰もわかっていなかったのだった。


 村人たちは、広間でまだ歓談していたかった様子だったが、ふらふらな僕の様子をみてお開きとなった。さすがに今日は、もうくたくただったのだ。

 ガンガンという頭痛はある程度退いたものの、未だ鈍い痛みが頭を蝕んでいる。

 あとで夕飯の支度ができたら呼んでくれるというので、お言葉に甘えて僕とシャロンは部屋に一度引っ込んできていた。


 僕の疲労は魔力の使いすぎが直接原因であることは疑う余地がなかったが、それだけではあるまい。

 昨晩は洞窟の固い床だったため、安眠というには程遠い睡眠環境だったのも、体力を削った一因ではあるだろう。


 その点、今日は村長宅の、豪華とは言えないまでも丁寧に整えられたベッドが割り当てられている。問題は、それが1台しかないということだ。

 1人が寝る分には十分な大きさだが、2人で横になろうと思うと、わりとひっつく必要があるだろう。

 シャロンが二部屋割り当てを拒んだために、今夜も安眠できるかどうか微妙なところである。

 彼女の『私たちは一室で十分ですので、その分家を失った方を受け入れてあげてください』という言葉に感銘を受ける者がいたり、美しい彼女と同室である僕に対して羨ましがるような視線が寄せられたりしていたが、なんのことはない。僕と一緒に寝るためのシャロンの謀略であった。


「いやー、誤算でしたねー。

 ベッドがひとつしかないなんてー」


 僕がベッドを見つめていた様子から、考えていることを察したのかシャロンが言う。実に白々しい。間延びした調子が、誰かさんを思い起こさせるくらいには白々しい。

 研究所でもその威力を発揮していたとおり、家屋内のスキャンなどシャロンにとっては朝飯前であろう。あるべくして仕組まれていた状況に、遅ればせながら気づく僕。シャロン、恐ろしい子である。


 シャロンは本来、眠る必要はないらしい。眠っている間はエネルギー消費が抑えられるというが、彼女の持つ宝玉をもってすれば起きたままでもなんら不都合がないらしいのだ。

 それに床であれ、もしくは立ったままであっても彼女は不都合なく眠ることができるだろう。

 もっとも、そんなことをさせる気も僕にはない。たとえ一緒に寝ていても、周りの部屋に多くの人がいる状態ではシャロンも下手なことはすまい。しない、よな。しない、よね? たぶん。


 ぽすっ、とベッドに腰を降ろすとそこそこ柔らかい布地がしっかりと僕を押し返してくれる。寝床としては十分だ。残る問題は、シャロンが安眠させてくれるかどうかだ。


 しかし、そのままいつものアレな感じの言動になだれ込むのかと思われたシャロンが、何故か今日に限っては大人しい。

 ちらちらと僕の様子を伺いつつ、言葉を選んでいる様子なのだ。

 一体どうしたというのだろう。怪我はちゃんと治せていると思っていたのだけれど、もしかしたらどこかまだ具合が悪いのだろうか。

 シャロンにもしものことがあってはいけない、たとえ疲れているからといって後回しにして、何かが手遅れになどなろうものなら。僕はきっと自分が生涯許せない。なんてことをぐるぐると考えていると。


「ーーあの。えっと。

 ずっと持っていらっしゃるその剣についてお聞きしても良いですか」


 僕と並んでベッドにぽすっと腰掛けたシャロンが、いつになく気を使った感じで声を掛けてきた。

 え? なにが? シャロンの具合は大丈夫なのだろうか? えっと。……剣?


 シャロンの目線に合わせ、僕の腕のなかに視線を降ろす、と。たしかに、そこには抜き身の剣の姿。

 ーー指摘されてようやく気付いたが、僕は『おずわるど』の剣をずっと抱えたままだったのだ。

 蛮族が落としたままの状態のため、鞘などはなく抜き身であり、そのうえ血濡れである。


 軽傷な人を"治癒"している間も、カイマンと話していた間も、村長ならびに村人たちの感謝を受けていたときにも。

 完全に意識の外だったのだが、ずっと剣を抱えっぱなしであったのだろう。

 そういえばカイマンや村長が若干引きつった笑みだったような気がせんでもない。

 頭が痛かったためにあまり何も考えてはいなかったのだが、わりとひどい図柄な気がする。


 冷や汗がたらりと頬を伝うが、今更考えてももう遅い。

 なんで誰も今まで指摘してくれなかったのだろう。

 普通、血塗れの剣を抱いたままだったら誰かしら何か言ってくれてもいいのではないだろうか。

 僕だって、見ず知らずの男が血まみれの剣を抱きかかえたまま普通に会話をしていたら、それはーーああ、そりゃ指摘できないわ。怖いわ。


 よし。決めた。

 ここは、不安そうなシャロンの目線に気付かないふりをしつつ、この剣の説明をすることでごまかすことにする。


「これはね。僕の父の剣、だったものだよ。

 今日の蛮族ーー"紅き鉄の団"っていうらしいんだけど、そいつらのひとりが持ってた」


 おそらくシャロンが聞きたかったのは、『なんでそれをずっと抱いているのか』ということだったのだろう。しかし、聡い彼女のことだ。僕がなんとなく話にくいことも、その理由も、おそらく察してくれることだろう。


 ところどころが欠けていたり、刃こぼれしていたりはあるものの、ごく一般的な騎士剣である。

 長さは1.6m、重さは2kgを超える。

 以前の僕でも振ることはできたが、戦闘に使うのはかなり厳しいものだった。

 しかし、僕の今の体格なら普通に扱うことができるし、持つだけならば片手でも問題はない。


「"紅き鉄の団"とやらが、オスカーさんの仇ということですね。潰しましょう」


 即断即決で殲滅を示唆するシャロン。僕も考えは同じだ。

 しかし頼もしすぎる。シャロンが言い切るのなら、何も困難なことはないような気さえする。


「ああ。もちろん潰そう。

 母さんの遺品も、あればこの剣とあわせて葬ってあげたい。

 シャロン、力を貸してくれる?」


「はい。もちろんです。

 あのですね。たとえオスカーさんが外道になろうとも、私だけはいつまでもあなたの味方ですよ?」


 なに当然のことを聞いているのですか、とでも言わんばかりの表情で、隣に腰掛けるシャロンはコテンとこちらに首をもたせ掛けてくる。

 照れ臭いならなんやらは、血塗れの剣に"剥離"や"浄化"を掛けて綺麗にすることで誤魔化すのだった。


 僕と蛮族の戦いにおいて、シャロンに幻滅されただろうかと一瞬であれ心配に思ったことは、秘密にしておこう。

 鋭いシャロンのことだから、ばっちりバレているかもしれないけれど。


 僕がようやく"倉庫"に剣を仕舞うのを確認すると、シャロンは一度、ふんっと気合いを入れるかのように頷いた。かと思うと、いそいそとベッドの真ん中あたりまで登って、ちょこんと座る。そうして、自らの太ももをぽんぽんと示しながら僕を呼ぶ。いつもの、優しい奇麗な鈴の鳴るような声で。


「オスカーさん」


 ぽんぽん。


 怪我が完全に治った彼女の、白く柔らかな太ももに目が吸い寄せられる。

 柔らかな手つきでぽんぽんと太ももを示すシャロンは、期待したような、しかしどこか優しい表情で、何かを待っているようである。


 僕は、ベッドに腰掛けていた腰を浮かせ、部屋の入り口側へと一歩後ずさる。


「なんでですかっ。なんで退がるんですかっ。

 どう考えても私の太ももめがけてダイブするところでしょう今のは!」


「ええ……」


 意図するところは察していたさ、でもそこで飛び込むようでは何か僕のキャラが崩壊していないだろうか。


「やりなおしを要求します。

 さあ、さあ!」


 もう、仕方ない人ですね! といった風情でシャロンは自分の太ももをぺしぺしし続けている。

 あまりのシャロンの剣幕に、僕もよくわからないままおずおずと従うのだった。


 ベッドの脇で靴を脱ぎ、きちんと揃え(「几帳面ですか!」というつっこみをうけた)、シャロンに近いところで向かい合って座る。


「いやいや。なんで向かい合ってるんですか。

 いい加減私も恥ずかしいので、さあ、さあ!」


 若干勢いを増してぺしぺしされている太ももは、変わらずきめの細かい白い肌を晒している。柔らかくて、温かそうだ。

 シャロンが何か暴走しだすのは今に始まったことではないが、今回はへんに唐突だなとか、シャロンにも恥ずかしいとかいう概念があったんだなとか、若干ひどいことを考えつつも、なおも「ん!」と示され続けているその太ももに、恐る恐る頭を乗せる。

 恐々と頭を乗せた僕に対して、シャロンの太ももはふにふにとした柔らかさと温かみで応えてくれる。

 なんで突然、とか恥ずかしいんだけど、とか、そういったつっこみが喉まで出掛かっていたはずなのに、その温もりに包まれた途端、どこかに霧散してしまった。


 彼女は、僕の掛けている眼鏡を優しい手つきで外すと、そのままふわりと僕の頭を撫でだした。

 僕がたまにシャロンに対してやるような、わしわしとした撫で方ではなく、ふわふわと、あくまでも優しく。

 ずっと鈍く感じていた頭痛が、すぅっと溶けて消えていくかのようなーーそんな安らぎ。おかしいな、シャロンは"治癒"とか使えないと思うんだけど。


「オスカーさんは、頑張りました。

 とってもとっても、頑張りました。

 もう、ゆっくり休んでも大丈夫ですよ」


「それだとなんか僕、死ぬみたいじゃない?」


 いつものように軽快につっこみを入れたつもりだったのに、何故だか僕は鼻声になっていた。


 なにもつらいことなんてなかったはずなのに。

 がんばったけど、それだけのはずなのに。


 ゆっくり、ゆっくりとなでなでされる。

 ふいに、何故だか涙が堪えられなさそうな気配を感じて。それを誤魔化すように、シャロンのおなかのあたりに顔を押し付ける。


「ふふ。大丈夫、大丈夫ですよ。

 オスカーさんは、もう一人ではないですから。

 今日は、たくさんのことがありましたね。

 私とあなたで、人を助けました。いっぱい助けました」


 なでなで。

 手つきだけでなく、その口調も慈愛に満ちた、柔らかなものだ。

 時折首筋あたりに触れる、彼女の絹のような髪の束が少しくすぐったい。


 今日は4人組を助けたり、車輪をつくったり、村中駆け回ったり……。

 いろいろめまぐるしく、動き回った。

 そうだ、ぼくは、シャロンは、がんばったんだ。


「誰かを遺して無念の中死んでしまうはずだった人を助けました。

 あなたのように、独り遺されてしまうところだった人を助けました。

 仇をやっつけただけじゃ、ないんです。あなたはたくさんの人を助けたんですよ」


 かなしくなんてないはずだったのに。限界だった。

 目を固く閉じていても、ぽろぽろと流れ出ていく雫は止められない。

 頬を伝い、シャロンの太ももまで濡らしていっているはずだが、彼女は優しく撫でる手を止めることはしない。


 僕は彼女に撫でられるまま、子どものように涙を零し続けた。

 変な意地で声だけは決して漏らさないようにしていたが、そこにとくに意味はない。


 一度切れてしまった緊張の糸は、もうぐにゃぐにゃになってしまっていた。

 ずっとずっと、僕は彼女にしがみついていた。



 やがて。気分が落ち着いてくるとともに、今までの疲れが一気に押し寄せてきて、そのまま強烈な眠気が大股で忍び寄ってきた。

 膝の上で泣きじゃくり、そのまま寝てしまいそうな現状に、若干の恥ずかしさを感じるような気がするが、今更である。


「ーーがとう、シャロン」


 なんとか感謝を伝えようと思ったのだけれどまだ若干鼻声であったし、しかも掠れてしまった。

 それでも、きっと彼女には伝わったし、にっこり微笑んでくれた気がする。

 瞼を閉じていても、そんな気がするんだ。


 ふわりふわりと彼女の手のひらの柔らかさを感じながら、僕は温かいまどろみへと落ちていく。

 意識を失うときも、それは決して以前のような暗闇ではなかった。

 ただ温かな、安心できる静かな鼓動が、ぼくをつつんでいた。

血濡れ、かつ抜き身の剣をずっと持ってたことに関しては、実はカイマンも前回ちょっと引いてたりしました。

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