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僕と彼女と彼の傷

 ざりっという足音とともにそばに寄ってくるシャロンに、僕は向き直る。

 先ほどまでのズキズキという頭痛は、今ではガンガンと頭の中を反響している。まるで頭の中で、鍋を棍棒で殴り続けられているようだ。


 彼女はずぶ濡れであり、それは先ほど僕が振らせた雨を浴びたというよりも、川でも泳いできたかのようであった。

 美しい金の髪は貼り付き、シャツも同様に素肌に張り付いてしまっている。

 左脚には痛々しい裂傷が刻まれており、少し足を引き摺っているようだ。これが先ほどの足音の元だろう。

 彼女をそんなにした者に対し、再び怒りがこみ上げてくる。


 そして、腕には彼女がそれまで身に着けていたカーディガンに包まれた、大きな物体を抱いていた。

 その包みは、どうやら人間で、《エリナ = アスガム》、あー。倒れてた村人の娘か。まだ息があるようだ。


 シャロンがそのカーディガンの上に羽織っていた白衣は見当たらない。なくしてしまったのだろうか。

 彼女のその表情からはいつもの優しさは鳴りを潜め、厳しい視線をたたえた蒼の瞳が覗いている。


 その視線の先には、僕と、おそらくその後ろの肉袋があるのだろう。

 僕は遅ればせながら、先ほどの戦闘ーーと呼べる代物かどうかは怪しいがーーを、客観的に彼女が見た場合、どう感じるかという部分に思い至った。


 幻滅、されただろうか。


 僕は、シャロンに話しかけられ若干冷静さを取り戻した今でも、自分の行動に後悔はしていなかった。

 おそらく再度同じ状況になったとしても、同じように蛮族を追いつめるだろう。

 しかし、それによってシャロンから幻滅されたり、軽蔑されてしまっていたらどうしよう、という恐れもまた、同時にあるのだった。


 依然険しい表情のシャロン。

 なんとなく。パートナーであるシャロンから一方的に思考を読み取るのは後ろめたいような、そんな気がしている。そのため、彼女に対してはなるべく使うのを避けるようにしていた"全知"による思考の読み取り。

 べつにシャロンがそれを嫌がったことはない。むしろ読まれていると判断した上で常時好き好きと思考するくらいの応用をしてくる。

 だから、ほんとうになんとなく。僕が単に後ろめたいというだけの制約である。

 しかし、滅多に険しい表情をしないシャロンが、しかもそれを僕の方に向けるというのは、そんななんとなくな制約を簡単に破らせるだけの不安さを秘めているのだった。


 だから、僕はこっそりと。彼女の思考を覗き視る。

 そうして知り得た彼女の思考がこれである。


《オスカーさん強い! 容赦のないオスカーさんも素敵だなぁ》

《うう。でも私は蛮族に逃げられちゃったし、怒られるかな》

《ああ、でも早くこの娘を治してもらわないと》

《あぅぅ。おしおきはむしろ望むところだけど、もし嫌われちゃったらどうしよう》


 自分の考えが杞憂すぎて、思わずがっくりと力が抜けた。


「だ、大丈夫ですか、オスカーさん!?」


 自身の怪我を庇う様子もなく、ふらつきかけた僕を支えに、シャロンが駆け寄ってくる。

 なんだかんだ、僕らは似ているのかもしれなかった。自分に自信を持てないところとか。


「ああ。大丈夫。ちょっと力が抜けただけだ。

 その子と、シャロンも傷をみせて」


「あっ。は、はい! いますぐに!」


 険しい表情も、いつのまにか僕を心配する、わたわたとした感じに変わっていた。

 そんな彼女の様子に、なんとなく僕は安堵してしまうのだった。




 シャロンが抱えてきた少女、エリナ = アスガムは12歳の小柄な少女であった。

 運ばれてきたときには意識もなく、左腕の骨は体の外にまで飛び出し、さらに折れた肋骨が肺にまで傷を付けていた。

 シャロンによって僕のもとまで運ばれていなければ、10分と保たずにそのまま命を落としたことだろう。


 この子は蛮族によって、まさに攫われそうになっていた最中であった。

 縛り上げられた上で蛮族に抱えられ、馬で連れ去られる途上であったとのことだ。

 しかし、走って馬にぐんぐんと追いついてくるシャロンを振り切れないと察した蛮族が、なんと横を流れていた川にこの子を投げ捨てたのだという。

 このあたりの川は、山から流れ落ちてすぐであり、その流れは激しい。岩場もあり、すぐに助ける必要があった。


 蛮族を逃がしてしまうことになるが、シャロンは僕の『村人を助けろ』という指示に従い、躊躇わずに飛び込んだのだそうだ。

 シャロンの足の怪我は、流されるこの子を庇って負ったものだったという。


 エリナ嬢を治療する傍らで、僕はそのような報告を受けたのだった。


「なるほど。状況はわかった。

 よくやってくれた。ありがとう、シャロン」


 額の汗を拭い、少女の治療を続行しつつ応じる。

 この子が終われば、はやくシャロンの脚を治してやらねばならない。

 少女の治療を優先させるよう、シャロンが譲らなかったのである。無論、少女の方が生命の危機だというのもあったのだが。


「いえ。もっと完璧にこなせていれば、蛮族の掃討もできたはずでした。申し訳ないです」


「いや。今回はこれで十分だよ。

 それよりも、シャロンが怪我をするようなことになってしまって、すまない」


「どうしてオスカーさんが謝るのですかっ。

 良いのです、私はオスカーさんのお役に立てれば、それで。

 幸い、損傷したのはオスカーさんにいただいた方の足ではありませんし」


 彼女はそう呟き、自らの右脚を優しく撫でている。

 それは確かに、ごみ捨て場ーーシャロンいわく"出会いの間"ーーにて彼女の同型機から、ふたりで頑張って入手した足に違いはなかった。そう言われれば、たしかに思い出深いものではある。

 だが、僕が気にしているのはそんなことではないんだ。


「足のどちらが、という問題じゃないんだ。

 前にも言ったけど、僕はシャロン自身を大事に思っているんだ。

 だから、役目を果たしてくれたことはありがたいけど、同時に怪我をさせてしまったのは、僕の落ち度なんだよ」


 シャロンがあまりに強いので、彼女がただの人間を相手に傷を負うというイメージを抱いていなかったが故の、単独行動の指示だった。


 オークやペイルベアといった手合をも瞬殺してきた彼女である。

 思えば、ペイルベアに対してシャロンを一人で先行させたあたりから、敵の強さを過小評価していたのかもしれない。

 とくに、相手が今回のように人間であれば、追い詰められれば汚い手をも簡単に使うのだ。そう、子どもを川に投げ捨てたりだとか。


「うう。オスカーさんは、ずるいです。

 これ以上私のフラグを立てられましても、対応に困るのですが」


 ぽつりと独り言のように、つぶやくシャロン。

 僕はエリナ嬢の治療中なので目を離すことができない。"全知"は視ているものにしか効力を発揮できないためだ。

 もし今、シャロンのほうに目を向けることができたなら、うっとりした目で優しく僕を見つめる彼女と目があったことだろう。


「オスカーさんに心配してもらえるのは、これはこれで役得なのかもしれません」


 あちらこちらが焼け落ちた村の中で、今なお大怪我をしている少女を前にしているというのに、どこかほんわかした空間が広がっていた。

 そしてこの場にはツッコミを担当するものの姿はないのだった。





 ーー





 馬車を飛ばしてようやくゴコ村へと到着したヒンメル氏以下3名は、変わり果てた村の姿、そして列を成して治療を受ける村人たちを見て狼狽した。

 すでに蛮族の残党も撤退しており、そこここに怪我人や、家を失って呆然としている村人たちの姿があった。

 最初に僕が打ち据えてやっつけた蛮族も、その仲間に回収されてしまったらしい。生きた状態で拷問ーーもとい、事情聴取(おはなし)ができる相手は残っていないことになる。


「これは。そんな。ひどい」


 焼け落ちた家々が軒を連ねている、村の入り口付近の惨状を前に、ヒンメル氏が苦悩の声を絞り出した。


 彼の家を兼ねた商店は、村の奥のほうに位置しており、幸運にも無事である。

 村長宅など、村の中での有力者たちの家々も、また無事であった。


 しかし、村の入り口に居を構えていた者たちや、納屋、併設されていた穀物庫など多くの建物が被害を受けているのだ。

 あまりにもひどい、という嘆きは村人の総意であろう。


 そんな理不尽に襲われた悲劇の村にあっても、活力を失っていない村人たちもいた。


 それも1人や2人ではない。家を失った、比較的若い村人たちのほうが、今もせっせと使える家具を運び出したり、怪我人を運んだりと忙しく動いている。

 その村人たちは、たとえば妻子を救われた者であったり、死の縁から一命を取り留めたものであったり、燃え盛る家屋で一人震えて助けを待っていた者だったりする。


 そんな彼らは、復興にむけてくるくると忙しなく働き続ける蒼の瞳を持つ彼女のもと、一丸となって取り組んでいるのだった。


「オスカー。また君に助けられてしまったようだな」


 そんな村の状態を見渡しながら、ゆっくりと歩み寄ってきたのはカイマンである。

 いつのまに名前で呼びあうような仲になったのかは全くわからないが、彼はあくまで自然に僕に話しかけてきた。

 イケメンの成せる技ということだろうか。けっ。


 僕は、いまは怪我をしたものの比較的軽度な人たちの治療をしている。

 そんな僕に近づいて来たカイマンは、なぜか一瞬若干引きつった笑顔をしたが、すぐにイケメン然とした余裕のある表情に戻った。


「幸い、村人側に死傷者は一人も出してない。

 家屋は6棟が焼けた。納屋と穀物庫、家畜小屋あたりは補修が必要だろうな」


「そうか。これから厳しい季節になるが、まだ乗り切れないことはないくらいの被害だったのは不幸中の幸いだ。

 家を失った者も、ガムレルで一時避難ができるよう取り計らうことを約束する」


「僕に約束されてもな。

 単なる行きずりだし。村人に伝えてやれば安心するんじゃないか」


 僕の返答に、カイマンはフッと瞑目し、苦笑を返す。

 いちいちサマになる動きをしてくるので、やはりイケメンはこれだから、という気がしてくる。

 僕のやる苦笑となんか違うもんな。キラキラした感じがするもんな。ちくしょうめ。


「違いないな。

 ひとまず君に感謝と、後の心配はいらない旨を伝えておきたくてね。

 それとーー君が相対したであろう者たちの話を聞きたかったのもある」


 ついでのように付け加えられた、後者が本命なのだろう。

 それは"全知"を用いずとも、彼のその油断のない鋭い目付きをした表情からありありと伺い知ることができた。ちなみに、その鋭い眼光も、それはそれはサマになっていらっしゃる。


「3人ほど仕留めたし、ソレはあっちに転がってるよ。あんまり見て気持ちの良いもんじゃないけど。

 遺留品は、これだ」


 3つの肉袋は、そばに家を構えている村人がそれはもう嫌がったために、村の入り口付近の草原あたりに捨て置くように移動させてある。

 そちらのほうを投げやりに示しつつ、カイマンへ向けて蛮族の男たちが身につけていた鉄の板をポイと投げて渡した。


「やはり……"紅き鉄の団"、か」


 パシッと片手で鉄片を受け取り、胡乱な目つきでそれを眺めていたカイマンが意味深に呟く。

 イケメンはそうやっていちいちサマになる動作をしないといけないしきたりでもあるのだろうか。

 よかった、僕はそういったしきたりと無縁で。決して僻みではない。ないったら。


「一人でわかった顔してないで、ちゃんと説明してくれるんだよな」


「ああ、もちろんだとも。

 むしろ君には聞いてもらいたいからね」


 僕の皮肉にも涼しい顔で、ウェーブがかった茶髪をかき上げつつカイマンは『紅き鉄の団について』話しだした。


「先ほど馬車の中で話しかけていた手合いが、やつらーー"紅き鉄の団"と呼称される蛮族だ。

 組織だった動きをし、放火、人攫い、隊商を襲ったりと大規模な荒事もやるよ。かなりやる。

 さらに、やつらに纏わることでは不可解なことも多い。あくまで噂の域を出ない話だがーー」


 ここでカイマンは一度瞑目し、声を一段落として続ける。

 噂話をどこまで語って良いかを逡巡している様子であったが、彼の中では確信に近いようだ。


「何者か、有力者からの後ろ盾がある、と言われている。

 だから、荒事をやっても討伐隊が組まれたりしない。

 もしくは、すぐに捜査が打ち切られる。

 やつらに攫われ、不当に奴隷として扱われている者も、それが表沙汰になりそうになったら口封じとして殺される」


 苦々しい表情を隠そうともしないカイマン。

 権力者との癒着が疑われており、断罪されないという噂は、権力者の側でもある彼にとっても、面白いものではないだろう。

 それに、きっとそれだけの理由ではあるまい。"全知"により齎された情報も、それを支持している。


「お前は、そうやって不当に奴隷扱いされた人が処刑されるのを、見たんだな」


 僕の言葉に図星を突かれた彼は、ビクリとその表情を強張らせ、そして次いで嘆息した。


「ああ。その通りだ。

 実は、この村がやつらに襲われたのはこれが二度目になる。

 初めて襲われたのは2年ほど前。その時攫われたのは私の2つ歳上のーー私の初恋の女性だったよ」


 自嘲気味に、その表情に陰を落として苦笑するカイマン。

 その感情は知っている。僕はなにより身に沁みて知っている。かつて身を焦がしたほどには知っている。

 それこそは、"己の無力さを呪う感情"ーー僕が苛まれていたものと同一の感情に、他ならない。


「彼女とカランザの町で再会したのは、本当に偶然だった。

 奴隷の首輪を着けられ、お腹は大きくなり、あろうことか彼女は舌を抜かれていた。もちろん余計なことを話せないように、だ。

 彼女を連れていた商人風の男に詰め寄ったよ。自分は小間使いだからわからないの一点張りだったがね」


 そうして彼は痛みに耐えるような、悲しみを湛えるような、そんな表情をする。

 イケメンだからどうとか、そういう考えがあまり浮かんでこないくらいには、悲痛な面持ちであった。いや多少は浮かんできたけれど。


「どういうことかと家の力まで使って調べさせようとした矢先、彼女が処刑されたと連絡を受けたよ。

 これは僕が伝手を使って調べさせた内容も全て一致していた。彼女が世を去ったのは偽りではない。

 理由は反逆を企てたため、だという。そんなこと、あるわけがない。

 あんな疲れ切った、それも身重の彼女が、反逆を企てるなどと」


 彼の言葉には、悔恨と、怒りと、無力な自分への憤りと、そういったものがどろどろと渦巻いている。

 自分があのときに守れていれば。もしくは、町で再会することがなければ。

 再会した時にもっと冷静に動けていれば。

 きっと自分と会ったがために、口封じをされたのだ。自分自身の行動が、囚われの、初恋の女性を殺す羽目になった。


 自身の行動と自身の思いが、また彼自身を苛み、いまなお傷つけ続けている。


「だから、僕とシャロンと初めて会ったとき、あんな反応だったんだな」


「その通りだ。君の見た目がいかに胡散臭いとはいえ、軽率であったよ」


「一言多いよ」


「はは。すまないな」


 彼は自らを苛むその傷を、軽口で覆い隠そうとする。

 その気持ちが僕にはよくわかるからこそ、その軽口に乗ってやるのだった。


 僕にはシャロンがいる。そして、フリージアの協力もありーー文字通り死ぬ思いをしたがーー悲願であった力を手に入れもした。

 しかし、世の多くの者はきっと違う。

 挫折をし、無力感を味わい、その身を焦がすことになったとしても。

 きっと"世界の意思"は残酷なまでに平等だ。そう、ほいほいと神名を授けたりはするまい。


 だから、力を得たものとして、不条理にけじめを付けるのは僕がやるべきことなのだ。

 いや。べき、というと違うかもしれない。

 べつに、世のため人のためなどという綺麗事だけで動くわけではない。


 カイマンの言ったカランザの町は、奇しくも僕らハウレル家が目指していた町である。

 かつて僕らが襲われたのも"紅き鉄の団"なら、関係者全てを白日のもとに晒し出し、断罪してくれる。


 そしてその暁には、傷心男(カイマン)にもやり遂げた旨を教えてやるのも、やぶさかではないのだった。

後半、ヒロインが全然出て来ず男とばかり話込んでいるオスカーさん。

おかしいな、ラブコメが書きたいのに。

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