僕と商売勘
ごとごとごと。
緩やかな揺れに身を任せながら、荷馬車に運ばれる僕ら。
ヒンメル氏は御者台におり、僕とシャロンを含めた5名は荷台に座っている。
もとより小型の馬車なので、5名も乗ると手狭ではある。
彼らは、誰がシャロンの隣かで再び大揉めに揉めていたが、シャロンの『5人だと狭いので、私はオスカーさんの膝の上に居ますね』という発言により意思の統一が計られたらしく、僕への非難の視線が集中することとなった。
なお、シャロンの提案は『足が痺れるからいやだ』という理由で速攻で却下済みである。
ーー現状では、それでもなお諦めなかったシャロンが『膝の上でなければ良い』と判断したのか、僕の足の間にすぽっと収まる形でちょこんと座っており、揺れに合わせて身体をぐいぐいと押し付けてきていた。
なので、矢のような視線は僕に向けて今尚降り注いでいたのだった。
シャロンも僕に向けられるその視線には気づいているようで、《オスカーさんは人気者ですね?》という思念とともにコテンと首をもたれかからせてきていた。さらりと流れる金の髪がくすぐったい。
その仕草により、矢のようだった視線がもはや槍のようになっているが、シャロンさんはどこ吹く風といったふうであり、むしろ見せつけているようですらある。
いちおう、当初持ち帰りたいと言われていた車輪も荷台に積み込んでいる。
幌以外はほぼ総取っ替えとなった新馬車があるため、何かに使えるのかというと微妙なところだった。
そして車輪の横には、解体された2体分のペイルベアの肉。内臓や骨はかさばるし臭いので捨ててきた。
道沿いに捨てると魔物や獣、虫などが集ってくる原因になる。そのため、少し離れた森の中に内臓の山が築かれるという、夜中に遭遇でもしたらものすごく怖い現場ができていた。
また、ここまでの道中で遭遇した魔物や獣ーーいずれも僕かシャロンが瞬殺しているーーも、ででんと積んである。
人目があるので"倉庫"に仕舞うこともできず、一応氷を定期的に作って冷やしたりしている。
生臭さも、後ろの幌を開け放ち、そちらに向けてゆるく魔術で風を起こしているため、さほど気にはならない。
そのへん一連の処置を見るにつけ、『魔術師とは、便利なものなのですね』という呆然とした、あるいは羨望を込めたヒンメル氏の呟きが、彼らの総意であることだろう。
現在、一行はゴコの村に取って返す最中であり、僕とシャロンはそれに同行している。
大したもてなしはできないが、命の恩人と、魔道具を作る魔術師として歓待とお礼を約束する、ということだったので。
人里に出て情報を入手等したかったこともあり、僕らは一も二もなく同意したのだった。
「ゴコの村っていうのは、どういうところなんだ?」
射殺すばかりの視線に耐えられず、僕は話を切り出す。
軽量化され、一頭建てでも十分な馬車に対して二頭が引いており、なおかつ僕とシャロンが居るために魔物への警戒もあまりせずに済むーー魔物接近の際には僕らのどちらかが合図をし、遭遇を避けたり、瞬殺したりしていたーーので、馬車の速度は相応に速い。
それでも、村につくのはあと一時間ほどは要するだろう。さすがにずっとこの空気のままで居るのはあまり歓迎できたものではない。
僕の質問を受けて答えを返したのは、大柄な男。ペイルベアとの戦闘で痛手を負っていた、メイソンである。
「俺たちの故郷の、小さな村さね。この森の端、ゴコディール山の麓。人口も50人と居ねぇ。
それでも俺らの大事な故郷さ。といっても、カイマンは隣町のボンボンだけどな」
「まったく、坊や扱いはいい加減やめてくれと言っているだろう」
そう返すカイマンも、本気で苦言をしているというわけではなく、苦笑いである。古くからの仲なのだろう。
そういう気心の知れた雰囲気が感じられた。
「ラルシュトームさんも、ゴコ村で唯一の商店をやってくれてるんだ。
もっと町のほうでも稼げる人なのに、小さな村で満足しちまって。俺たち村人にとってはありがたい話だけどなぁ」
「ヒンメル氏も村の人間なのか?
わりと小綺麗な身なりをしていたけど」
4人の男たちの中で、ラルシュトーム = ヒンメル氏だけは特に洗練された身なりをしていたように思う。
カイマンも、豪奢ではないまでも動きやすさと美麗さを兼ね備えた服を誂えてはいたが、そこはやはり冒険者。プレートメイルや革のポーチが取り付けられ、実用性とカッコよさをできる限り両立させるようにしているようだ。
キザったらしい動作によく調和がとれている。けっ。
そんなカイマンを除くと、メイソン、クレスも革と麻で作った服、プレートメイルというか鉄板、といった感じの装備なので如何せん見劣りする。
「ああ。それはヒンメル夫人の作ったモンだぜ。なかなかのもんだろ。いや俺が誇ることでもないんだが。
なんでも商人がみすぼらしい格好してるとナメられて仕入れでもふっかけられるっつってな。格好には気を使ってるんだと」
なるほど。商人には商人の、格付け基準といったものがあるのだろう。
てっきり行商か何かだと思っていたのだが、村の商店を営んでいると聞いて得心する。どうりで馬車内に積荷がないわけだ。
そういえば『仕入れに行く途中だ』と言っていたようにも思う。
「ラルシュトームさんはなぁ。村人皆に慕われる、すげぇ人なんだ。
もう何年も前、大雪だったときに立ち往生してたところを村のモンに拾われて以来、ゴコ村に店を開いてなぁ。
半日くらい掛けて森を抜けた先にガムレルの町があるだろ、このカイマンとこの町なんだけどな。あそこまで、5日に1度、仕入れに行ってくれてんだ」
「それを助けるために、皆さんは冒険者になって護衛をされているんですか?」
いちおう話は聞いていたらしいシャロンが口を挟んでくる。
それに答えるメイソンは明らかに嬉しげである。男とは現金な生き物なのだ……。
「そ、そういうことになる、かな! うん。わはは!
それまでは森を突っ切らずに迂回するルートで仕入れに行ってたみたいでなぁ。より安全なんだが、ちと遠い。
3日かけてようやく帰ってきて、2,3日でまた仕入れに行っちまうんだ。その間奥さんに店を任せてな」
それは、なかなか忙しい御仁のようである。
村のために尽くす様から村人から慕われている、というのはわかる。
これがヒンメル氏が言っていた『馬鹿だと言われますが』の由縁か。
「それだけじゃねぇんだ。
俺も護衛として町へ行くようになって、たまげたよ。
ラルシュトームさんは、町の商店が売ってる値段と同じような値段で、村でも売ってやがんだ。
もうね、駄目だねあれは。商人に向いちゃいない。お人好しがすぎるんだよ」
「少しでも助けになろうとした俺らに護衛の給金もきっちり払うんすよ」
「ああ。彼も凄い御仁だ。凄い馬鹿だとも言える」
クレス、カイマンもその言葉に続く。
男たちは皆、彼のお人好しさに思うところがあるようで。
僕でさえ話を聞くだにつけ、そりゃ馬鹿だと言われるよと思うのだった。
「お前ら、黙って聞いておればまた私のことを馬鹿にしとるな!」
御者台からヒンメル氏が憮然としてため息をつき、話に加わってきた。
どうやら聞いていたようだ。そりゃそうか、べつに距離が離れているわけではないしな。
「聞かせてるんですよ。
悔しかったらもっと賢く商売してくださいよ」
「そうすよ。町で売るための村の農作物ももっと買い叩けばいいし。
町での仕入れのときは容赦なく値切るじゃないすか」
ぶーぶー言う男たち。
慕われているのだな、というのがよくわかる。
「ラルシュトームさん。私も多少怒っているのだ。
今日だって、自分を犠牲にしてでも我々を逃がそうとしただろう。
そんなことをしなければ、馬車だって壊されたりはせずにラルシュトームさんは逃げられたものを。
我々は護衛としてあなたについてきているのだ。そこのところをよく考えてほしい」
何か知らんが、すごくどろくさい人間ドラマが繰り広げられている現場に、突如出現したシャロンが魔物を瞬殺したっぽいことはわかった。
そりゃ、そんな極限状態だったなら崇められるのもわからないではない。平常時であっても、ともすれば驚くほどの美貌なのだ。
死地を救われたとあっては、その感動はいかように推し量れるものだろうか。
なでりなでり。
目の前でくつろいでいるシャロンの頭を優しく撫でてやる。何か凄いところを助けたみたいだぞ、君は。
「? えへへ〜」
シャロンの甘え声に合わせて、ヒンメル氏にやいのやいのと言っていた男たちがひゅばっと皆こちらを振り向く。こわい。
魔力を乗せて挑発を行い、相手の注意を一身に惹きつける使い手がいるというが、まさにこんな感じなのではなかろうか。
一瞬のうちに構われなくなってしまったヒンメル氏もまた、哀れといえば哀れである。
「ええと、その。まあメイソンはわりと重傷だったけど、他は概ね無事で何よりだったね」
「あー。まあ、そうな。馬車もお前さんのおかげで、なんか凄ぇことになったし」
合計6人に車輪2つに巨大な肉の塊を乗せ、軽快にすいすいと走る荷馬車。その車輪は傾きかけた日の光を受けて鈍く輝いている。
まあ確かに。"倉庫"ほどではないが、なんか凄いことになってしまったという感想は間違いではあるまい。
「車輪を持ち帰るという依頼も確かに果たしてもらっていますし、ペイルベアの肉まで手に入っています。
これ以上を望むのはなかなか業が深いとは思いますが……オスカーさん。この荷馬車を売っていただこうと思うと、一体おいくらほどになるのですか?」
「は?」
ヒンメル氏の問いかけに、僕は素っ頓狂な声で返してしまう。ちょっと恥ずかしい。
「いえ、いえ。そうそうお譲りいただけるものでないことはわかっております。
しかし、これはカイマンも言っていたように運搬の歴史を塗り替えかねないほどのものです。
私も商人のはしくれ。やはりどうしても手に入れたいものでしてな」
大きな評価をしてもらえて、やはり僕としては嬉しいものだ。
それにしても。やはり、"倉庫"を見せてしまったとしたら、これの非ではなく、どえらいことになりそうである。
カイマンやメイソン、クレスも僕の返答を固唾を飲んで見守っているようだ。
僕としてはそんな反応をされるのが不思議でならないが。なので、
「何言ってるんですか、ヒンメルさん。
いくらも何も、これは元からあなたの馬車でしょう。
修理代とかもらえれば、そりゃあ嬉しいですけど」
流用しているのは御者台や幌、車軸の一部などであるので、たしかにヒンメル氏の馬車である要素は少ない。
しかし、僕としては単に修理を行い、その途上でちょっといい感じの機能を付け足したにすぎないのだ。
持ち出し品としては、アルミニウム合金を生成するための各種金属や、魔法陣用の銀。
あとはそこいらに生えていた木を使っているし、それ以上だと技術料のようなものでももらえたらしめたもの、くらいだ。
「は?」「え?」「うん?」
対する男たちの返答が、これである。
先ほどの僕の素っ頓狂な声に勝るとも劣らない呆けた具合である。
「なるほど、そうかー。私が馬鹿だと罵られているのを傍から聞くとこうなるのかー、ハハハ」
御者台からも、乾いた笑い声が聞こえてくる。
シャロンは、座っている僕の足の間で胸を張りつつ《どうです、私のオスカーさんは素敵でしょう》とか考えているようだ。
こちらからは綺麗なうなじしか見えないが、断言してもいい。きっとドヤ顔をしている。
ヒンメル氏は「いいですか」と前置きした上で、やれやれといった調子を隠そうともせず続ける。
「ゴコ村どころか、ガムレルでさえ、これと引き換えなら家さえ手に入るような代物ですよ。それを、そんな簡単にほいっと渡して良いものではないのです」
本気で心配してくれている様子である。商人としては本当に向いていない気がする。
他の男たちも口々にそれに追随する。
「というかゴコ村なら無償で家でも何でも提供させてもらいたいくらいだろう」「違いないすね」「村に凄い魔術師と美人な剣士が居着いてくれることの有益性は計り知れん」
やいのやいのと槍玉に上げられるうちに、やれ家を作ろう屋敷を作ろうなどとまで言い出されてしまい、さすがにそこらへんで止めておく。
もっとも、彼らも本気で僕らが居着くことを期待しているわけではないだろう。ない、よね?
「剣をチラつかせて脅しをかけられるのに比べたら、歓待されるほうが嬉しいけどな」
ちくっと皮肉ってやると、カイマンはなんともバツの悪そうな顔をする。降参だ、というようにヒラヒラと両手を上げつつ、
「いや。違いない。
その節は済まなかった。
これはただの言い訳だが、近年人攫い集団が暴れていてな」
「さっきもそんなようなことを言ってたよな。
それは一体、」
「オスカーさん」
カイマンに問い返そうとした僕を制し、シャロンが声を掛けてくる。
基本的に、シャロンは僕の言葉を遮ったりすることはない。そう、何らかの緊急事態でもない限りは。
なので、すわ魔物か、と周囲に"索敵"を行う。
さらにもう一重、中距離探索も同時に行う。
しかし、付近にも2kmほどの範囲にも、危険な魔物の反応は感じられずーー
「山のふもと。森の途切れる辺り、ここから4km程度の地点。
推定、ゴコ村において、火の手が上がっています」
僕の足の間に座り込んだままではあるが、その視線は進行方向を見据えている。真剣な眼差しで確定的に告げるシャロンのその様に、男たちの間にもにわかに緊張が走る。
ペイルベアとの戦いに颯爽と乱入したことが、たまたま遭遇したわけではないことは、道中何度かの魔物たちを探知、その後の遭遇戦で男たちにも知るところとなっている。
「この位置からはまだ何も見えないですが、出来る限り飛ばします。しっかりとお掴まりください」
緊迫したヒンメル氏の言葉に合わせ、馬車の速度がグンと上がる。
男たちは思い思いに荷台にしがみついたり、肉類が落ちないように支えたり。
「では、オスカーさん」
「ああ。ヒンメルさん、僕らは現場に先行する」
僕の足の間にいたシャロンは、そのまま僕を背負う姿勢に移行する。酔うとか言っている場合でもあるまい。
「え? ええ。ええと、先行?」
戸惑うヒンメル氏の声を尻目に、男たちが止めるよりもなお早く、僕を背負ったシャロンは走ったままの馬車の荷台から空中にその身を踊らせた。
男たちのうちの誰かーークレスだろうかーーが声ならぬ悲鳴を上げる中、シャロンは慌てず、騒がず。
力強く地面を一歩踏みしめると、馬車と相対速度を合わせて二歩目、三歩目と踏み出し、さしたる衝撃も与えずそのまま走りはじめる。
僕は"肉体強化"をシャロンに掛け、薄紫の燐光がシャロンを包むのを確認する。
こちらを指差しポカンと大口を開けているカイマンーーイケメンが台無しであるーーや、荷台から落ちる僕らを止めようとその手をのばしていたメイソンに、シャロンの上からひらひらと手を振って応じてやる。
シャロンはさらに大きく一歩を踏み出すと、平時よりも速度を上げていた馬車にぐんぐんと追いつき、追い抜き、引き離していく。
もはや驚き慣れたという風であったヒンメル氏や、荷馬車を引いている馬たちさえ凝視してくるなか、どんどん速度を上げていくシャロン。
馬車道を逸れ、直線距離で騒動の場所を目指すため、後方の馬車はどんどん小さくなり、やがて見えなくなる。あ、だめだこれ後ろ見るのやめよう。酔う。
一陣の風となって、森を駆け抜けるシャロン。
その障害となるものは、背負われた僕が"風迅"で遠隔から切り払っていく。
シャロンが走り始めて1分と掛からず、その喧騒は僕にも感知できるところとなっていた。
山の麓、こじんまりとした集落から、黒々とした煙が上がっている。
これは、単なる火事ではあるまい。
なぜなら人間同士の、諍い会う叫びや剣を打ち鳴らす音が響いてくるのだからーー!
ハウレル式の荷馬車は、技術的にはオスカーくんしか作れないようなものではありません。
手法や理論が理解できれば、付加に適正のある魔術師の誰にでも再現できるものです。
それゆえの発明、それゆえの価値も込みでの評価を上乗せすると、その価格は辺境の町での家一軒では足りません。




