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僕の車輪の再発明

 ででん! とばかりに、男たちの目の前に置かれたそれは、二対四輪の車輪であった。

 より正確に表現するならば、軸と車体の繋ぎ込みの機構だけに飽き足らず、荷台の床となるべき部分までが作られているため、もはや馬車本体と言っても過言ではないものであった。

 元の馬車は、軸受けの機構を僕が理解するために分解されたり、パーツ取りに使われたりで原型を留めてはいない。


「これは一体、どういうことだ?」


 男たちを代表して、カイマンが問うてくる。

 それは咎めるような声音ではなく、単に困惑の色が濃いのが"全知"を介さずともわかるだろう。


 時刻は太陽が少し頂点を過ぎた頃、大型の魔物の解体という重労働を終えた男たちが、少し遅めの昼食を摂り終え、一息ついたあたりである。

 その間に、あれよあれよという間に組み上げられた車体を前に、困惑するのも無理からぬことである。


 真新しい木材に、鈍い銀に輝く車輪。

 荷台には、各車輪の位置にそれぞれ紋様を引き込むような魔法陣がデカデカと描かれ、それもまた銀色である。

 実は車輪の内側にも細かに魔法陣は掘り込まれており、一見するとわからないまでも、その実態は魔具、あるいは宝具としての面を持っている。


 少し離れた位置で作業を見守っていたはずのヒンメル氏は、側に咲く野生の花に遠い目を投げかけるばかりであるし、車体の横では美女が腰に手を当ててなぜかドヤ顔しているし、彼らの困惑もわかろうというものだ。


「どういうこと、というと。

 えっと、新しい馬車を作った? よ?」


「何故疑問形なのだ……」


 何故って聞かれても、僕もいまいちわからない。


 最初は、馬車が村までの道程を走れるように、一時しのぎにでも新しい車輪をふたつ作るつもりであった。


 しかし、アルミニウム合金によって生成された車輪の軽さと強度に、前後の車輪でのバランスが気になりだし、また円環を用いて魔術として大きな意味を持つ"初めから終わりまでの螺旋構造"を描けることを思いつき、そうかと思えばそれを用いて回転する力を活かして車体全体に"軽量化"の魔術を掛け続ける仕組みを考案。そうなると、荷台自体も割れていたのでこれ幸いと新しく作り上げ、しかし魔法陣が消えてしまうと効力がなくなってしまうことを懸念して"風迅"と"剥離"で彫り込み、しかし床がデコボコしているのも座りが悪かろうと金属を流し込むことにし、どうせやるならと軽い魔除けの効果のある銀を流し入れーー。そんなこんなをしていて完成したのが、この物体である。


 有り体に言って。興が乗った、というやつである。いささか乗りすぎたというか、ノリノリであったことは否めない。


 なお、壊れていなかった車輪ふたつは使わなかったので、その辺に放置してある。


「この新しい車輪、鋼、ではないな。銀とも違う。しかしこの硬度……」


「こんな細さで車体を支えてびくともしてないな」


「これは魔法陣? 俺は魔術はわからんが、何の仕掛けだ?」


 男たちは、謎技術によりもたらされた馬車に興味津々の様子だ。


 僕としても、自信を持って作ったものなのだ、多少なりともちやほやされると気分が良かった。特に、初対面時にあからさまに警戒を浮かべていたカイマンまでもが目を真ん丸に見開いているのはある種の小気味よい感覚さえある。

 車体の隣でドヤ顔しているシャロンの気もわからんではないーーいやまて、何でシャロンがドヤ顔なんだ。


「その模様は魔除けを兼ねた、"軽量化"の魔法陣なんだ。

 外部から魔力を込める必要はなく、車輪が回転することで魔力が充填されるようになっている」


 外部からの魔力注入や、他のエネルギーからの魔力への変換は、フリージアの囚われた結界や、転移装置から発想を得たものだ。

 それぞれの知識や技術がカチッと嵌まり、ひとつのものを形作るさまには、わくわくするような、やみつきになるような、そんな不思議な感覚を覚えていた。


「体感してみるのがいいんじゃないか。

 2人くらい、荷台に乗ってみてくれる?」


「ほ、本当に安全なのか?」


 クレスが怯えたような声を出す。

 それも無理からぬことではある。彼から見れば、謎の魔法陣がでかでかと書かれた場所にいきなり乗ることになるのだ。

 冒険者でなくとも、警戒して当然である。


 今回の荷馬車の構造では、べつに魔法陣が表面に刻まれている必要はないので、あとでもう一枚表面に薄く板を被せて見えなくしておくことにしよう。

 そうすれば無駄な警戒も省けるはずだ。


「不安か? じゃあ、シャロン」


「はい。では、私が乗りますね」


 シャロンが荷台に、よいせ、と乗ると男たちの目の色が変わった。

 今までは目と目で「お前行けよ」「いやいやお前こそ」とやっていたのに、今は相手を押しのけんばかりに「じゃあ、俺も」「いやいやここは私が」とやっている。

 いいからさっさと乗ってくれ、というのが僕の正直な思いである。



 結局、メイソンとクレスが荷台に乗り込み、カイマンが引いてみることとなった。

 荷台の上では、どちらがシャロンの近くに座るかで大揉めしているが、当のシャロンは涼しい顔で、どこ吹く風といった様子だ。


「じゃあ、引くぞ」


 カイマンが荷台先に取り付けられた、馬を繋ぎこむ部分を引き始める。それに従い、3人の乗った荷台が、ぐぐぐっと緩やかに動き始める。


「多少……軽い……のか……?

 あまり……わからない……が……」


「黙って引くほうがいい、舌噛むぞ。

 車輪が回転していることが魔術発動条件だ。せめて2,3回転しないと効果は出ない」


 いま多少なりと軽く感じるのは、車輪が軽量化されているだけの話であろう。

 それだけでも重量の差としてはけっこう大きいものだし、木製の車輪と違ってたわみにくい。

 そのため新しい車輪は常にほぼ真円の形を保っており、それは地面との抵抗を少なくするという意味で大きな効力を持つ。


「そう……なの……か……あ、え!? うおぉあああ!!?」


 そして、その変化は唐突であった。


 それまで、ゆっくり、ゆっくりと進んでいた荷台だったが、ちょうど車輪が2回転をしたところで。

 まるで急にすっぽ抜けたかのように、あるいはまるで突然荷台が羽に変わったかのように、急激に加速。


 引いていたカイマンは勢いをそのまま荷台に追突され、撥ね飛ばされてしまってしまっていた。

 荷台の上でも、大揉めしていた二人はシャロンの方に倒れ込み、しかしシャロンは足場が急加速したことにも動じずに、ひらりヒラリと器用に身を躱している。男たちはシャロンに指一本触れることすら叶わない。



「あー。大丈夫か?」


「……」


 跳ね飛ばされたカイマンは、とくに怪我など無いようである。

 しかし無言で、むくりと起き上がったカイマンの様子に、僕は後ずさる。


 その目は爛々と輝いており、バッと延びた腕が、僕の手を取った。

 シャロンが身を沈め、踏み込む姿勢を取るのを視界の端で捉える。


 だが、しかし。続いた言葉は剣呑なものではなくーーむしろ興奮気味ですらあった。


「これは、すごいものだな!

 運搬の歴史が塗り替えられるんじゃないだろうか。いや、けして大袈裟ではないとも。

 君も、彼女と同様に凄い奴だったんだな!」


 イケメンの、満面のスマイルであった。白い歯がきらりんと光り掛けてくる。

 なんだ、そのきらりんは何かのスキルなのか。イケメン限定のスキルなのか。


 危険はなさそうだと判断したのか、飛び掛かるのをやめたシャロンは胸を張り『ようやくわかりましたか!』みたいな表情をしている。

 僕が認められることも、我が事のように嬉しいらしい。


 そう臆面もなく褒められると、僕だって照れ臭い。

 ああ、とか、いや、とか何かよくわからない反応を返したような気がする。


 正直なところ、カイマンのことは僕にとってそれほど好ましいタイプの人間だとは思っていなかった。

 初対面の対応がひどかったためというのもあるし、お金を持っていそうな風貌であったり、イケメンであったりする部分への僻みのようなものもある。


 また、彼らはシャロンが目にした僕以外では初めての人間となる。

 あまり自分に自信を持てていない僕としては、シャロンが彼らのほうに興味を惹かれてはどうしよう、と益体のない考えにもなってしまうのだ。イケメンだし。イケメンだし。

 これはシャロンのことを信じていないわけではなく、僕の自己肯定感の低さが主な原因である。実際のところはシャロンの反応を見るに、杞憂すぎて笑えてくるくらいであったが。


 そのため、僕は多少なりとカイマンを苦手にしていた。

 しかし屈託無く、手放しに僕とシャロンを褒めそやすその姿勢は、嫌いになれなかった。

 きっと、両親の愛情を受けて幸せにまっすぐに育ったのだろう。両親のことを思うと、ちくりと胸が傷んだ。

 信念のために人とぶつかることもあるし、その相手にもすごいところがあればちゃんと認める。なんだよイケメンかよ。


 そんな僕らを尻目に、他の男たちの興味は荷馬車に引きつけられっぱなしであった。

 俺も俺も、と荷台を動かしてみているメイソンとクレスからも、同様に感嘆の叫びが上がり、我を取り戻したらしいヒンメル氏もやってきた。

 反応は上々ーーいささか上々すぎる気もするがーーであり、僕としても嬉しい。


 そうやって照れ隠しなどしつつ、幌用の支柱を取り付けたり、馬との繋ぎ込み部分を作ったりしながら、その馬車は生まれ変わったのだった。

 これが、のちに数百年に渡ってその基本骨子が使われることとなる『偉大なる車輪の再発明』『ハウレル式』の馬車、その第1号が出来た瞬間なのだった。

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