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僕と黒髪少女と学術都市 そのに

 見た目上はがちがちに緊張している、少し小柄な少年――その幻影を纏ったゴーレムは、歩み寄る僕らのほうへと向き直った。

 即座に仕掛けてくるような素振(そぶ)りはないものの、屋根の上から、柱の影から、そしてもちろん前方のゴーレムからも、複数の視線が僕らに浴びせかけられている。


「……」


 周囲に目を配っても、他に人の気配は感じられない。ゴーレムだけだ。


 内心で舌打ちをしながら、何があっても即座に反応できるよう、僕とリジットを守る"結界"の魔術を発動直前の状態で維持しておく。妨害術式の影響で魔力が散らされて多少なりとも鬱陶しいが、致し方ない。

 やや背の高い建物がまばらに並んでおり、その隙間からこぼれ落ちる光が石畳に模様をつける。逆光になっていてよく見えないということなのか、幻影を纏ったゴーレムが警戒も顕に携えた槍を掲げる。


「な、なななな、なんすか一体!? 敵襲っすか!? と、通さねっす、あっち行けっすよ……!」

「大丈夫。私よ、私」

「なんすか、新手の詐欺っすか!? 騙されねっす、オレっち騙されねぇっすよ!」

「私だって言ってんでしょうが!」


 わたわたと短い手足を動かしてゴーレムが動くと、それに追随するように"幻視"の像も動く。

 ゴーレムからは、"幻視"の見た目通りにやや幼さの残る少年の声が発せられている。怯えを含むその声は、ゴーレム自身から聞こえてきているようだ。


「ひさしぶりね、シャバダバドゥ」


 リジットが少年の影を纏ったゴーレムに話掛ける。困惑の表情を文字通りに『貼り付けて』相手は首を傾げた。


「もしかして、ランディルトンさん――っすか。そっちの人は誰っすか?」

「っ……!? ええと、旅の人よ。護衛を引き受けてくれたの」

「そうっすか。オレっちはドミニク = リーヨ = シャバダバドゥって言うっす。よろしくっす」

「ああ、よろしく」


 一瞬狼狽えたように見えたリジットだが、すぐ気を取り直したようで僕のことを簡潔に紹介する。家名を呼ばれたことによる動揺だろうか。決して視線を切らないように、僕の方も軽く会釈しておく。

 緊張の感じられる少年らしい表情の幻影に被さって”視”えるゴーレムの赤い目から、絡みつくようにべったりとした視線が感じられる。どうにも、気持ち悪い。


 見た目上は和やかながらその実殺伐とした挨拶を交わす僕らの視界の端で、リジットが小さくかぶりを振るのが見えた。一つ括りにされた肩にかかる繊細な黒髪がさらりと揺れる。


「それで、他の人はどこにいるの? ここまで、ゴーレムしか見てないのだけれど」

「みんな学院の地下に避難してるっす。見たことない魔物が攻めてきたんで、念のためっす。

 そっちこそ、姫様はどうしたっすか? 一緒に来るって聞いてたっすけど」

「安全を確認しに私たちだけで先に来たのよ。こちらも念のため、ね」

「そっすか。もう魔物も退治されて、町の中は安全っすよ」


 素知らぬ顔でリジットと問答するゴーレムだったが、幻影の下の赤い石の目はずっと僕へと向けられている。こちらを監視している術者のほうも、よもやそれが見て取られているとは思ってもみないのだろうが。


 眼前のゴーレムを操る魔力の糸も学院の方へと伸びているので、事態の全容を確かめるには学院へと向かうのが手っ取り早いだろう。しかしそれは、ほとんど敵の本拠地へ乗り込むことと同義だ。

 この段階でシヴールから撤退するのも手ではある。何か良からぬ状況に陥りつつある、もしくはすでに陥っているのはほぼ確実なのだ。撤退しますと言って「はいそうですか」と素直に逃してくれるかどうかはまた別としても、だ。


「なんなら皆のところに案内させるっすよ」

「あら。あなたが案内してくれるわけじゃないの?」

「すまねっすが、オレっちこれでも見張りっす。まだ戻るわけにいかねぇっす。ほんとは門に居なきゃなのに、サボってたのがバレるのもまずいっす」


 バツの悪そうな顔で頭をポリポリと掻く仕草をする幻影が空虚な文言を発する。その幻影を生み出しているのは、ゴーレムの陰に隠れるように配置された箱状の魔道具だ。シャバダバドゥと名乗ったゴーレムがこの場から動きたくない理由はそれだろう。場所を移しては”幻視”の術式を維持できないのだ。

 箱状の"幻視"魔道具の基本骨子は、セルシラーナ姫に扮するためにリジットが使っていたものと同様のもののようだ。リジットの使っていた魔道具も、彼女らから明言はされていないものの、王国を崩壊に追いやったランディルトン家の作だったのだろう。


 それと同様の魔道具が運用されているということは、この都市は『敵』と繋がっているかもしれない。もしくはすでに『敵』の手に落ちているのかもしれない。

 この魔道具がランディルトン家の裏切りの前から活用されているもので、本当にシヴールの住民は地下に避難しており、来訪した僕らを警戒してゴーレムで様子見をしているというならば単なる僕の取り越し苦労で済む。

 けれど、そうでない場合――セルシラーナ姫陣営にとって、すでにここは敵地とみていい。まさかリジットまで敵側とグルだとは思いたくないが。


「案内はなくて結構よ。これでも数年前までここの生徒だったんだから。学院に地下があるなんて初耳だけれど、行ってみればわかるわよね。

 行きましょう、オスカー。あなたに見せたい場所もあるし、姫様に安全を伝えたりもしたいもの」

「そっすか。揺れで脆くなってる建物も多いっすから、あんまり変なところに入りこまないほうがいいっすよ」


 リジットはゴーレム少年にひらひらと手を振りつつ、その横合いを通り抜ける。

 その後を追うように、僕もそそくさとその場をあとにした。こちらを見つめる視線が、いつまでも貼り付いていた。


「なあ、おいリジット」

()()()()()。――ええ、わかってるわ、オスカー」


 一つ括りにされた黒髪を揺らし、しかし少女はこちらに振り向かない。


 角を曲がり、通りを抜け、こちらを凝視してくるゴーレムたちを無視して、リジットはつかつかと歩を進める。

 学院から少し逸れたところの小高い丘の上に辿り着いて、ようやくリジットは足を止めた。


 ほど高いこの場所からは、シヴールの町に蠢くゴーレムたちの様子がよく見えた。おそらく、ゴーレムたちのほうからも僕らがよく見えていることだろう。


「揺れで崩れたのかしら。建物が随分少なくなってる。もう、私の知ってるシヴールじゃないのね」


 吹き抜ける風に寄る辺なく目を細める少女は、ただ寂しそうに呟きを落とした。

 小さなはずの言葉が、荒涼とした丘に染み渡る。


 さきほど『わかってる』と言った通りに、リジットは先のゴーレム少年とのやりとりに決定的な違和感を持っていたのだろう。

 シャロンに諭され、またシヴール内のゴーレムしか居ないという異質な様子からも、思うところがあったに違いない。リジットの瞳には、諦観と覚悟が宿っていた。


「なぁ。リジットたちは、シヴールに籠もって、その後はどうするつもりだったんだ? 生きていくことは出来るにしても、事態は好転しないだろ。そりゃ、もしかしたら帝国(てき)が内部崩壊する可能性もあるんだろうが」

「玉柩や姫様自身の身柄と引き替えに、帝国側に譲歩を求めるおつもりだったんだと思うわ。そういうのは姫様とローレンが決めていたから、推測になるけれど。

 旅の最中なら、奪われた段階でおしまいだったけれど、シヴールで籠城してしまえば簡単には手出しができなくなるもの。民の救済や停戦の要求のためにも、拮抗しうる場所が必要だったのよ。たとえ好転できなくたって、現状を維持できる場所が、ね」

「『国家は誰のためのものか』ってか」


 僕はつい昨日の、ローレン氏との問答を思い返していた。彼はこの国に生きる民のためのもだと考えていると言い、より多くの犠牲を食い止めるために力を尽くす、そういう覚悟を滲ませていた。

 セルシラーナ姫も、きっとそうなのだろう。口では自分を旗頭に復興を、だなんて嘯いていたけれど、自分を犠牲に混乱が終息に向かうのであれば躊躇いなくそれを選びそうだった。


 リジットはそれでいいのか、なんて問いかけることは僕にはできない。それでいいと思っているはずがないのは、憂いをたたえた横顔からも明らかにすぎる。


「チッ――」


 気に食わない。


 何かを犠牲に、多くを救おうという考え自体はきっと、間違っちゃいない。どこか僕自身を見ているようで、少しばかり決まりが悪くはあるものの。

 数々のものを犠牲にして、シヴール(ここ)までなんとか辿り着いて、それがどうやら徒労に終わりそうなことも、敵のほうが一枚上手だっただけだ。


 彼女らにとって、僕は単なる護衛だ。任務もきっちり果たしたし、報酬だって受け取り済みだ。もう後のことなんて知ったこっちゃない、と出発してしまったって咎められる謂れはない。

 むしろ、シャロンのことを思えばすぐにでも立ち去るべきだ。理性でも、合理的判断でも、そうするべきだと思う。"全知"すら、それを支持している。

 シャロンに言わせれば、すでに戦略上シンドリヒト王国は敗北し、死んでいるのだそうだ。小手先の戦術的対応をこなしたところで、事態を快方へと持っていくのは至難。あとはどのように負けるか、というところにまで来ている。それがより悪い方向へと転がっただけのこと。誰だって巻き込まれたくはないのだから、とっとと逃げ出すに限る。だというのに。


 微振動する地面を踏みしめるリジットの靴が、小さな音を立てる。彼女が所在なさげに砂の塊をつま先で突くたび、塊は呆気なく砂に還った。


 気に食わない。


 何が気に食わないって? 決まってる。

 ここまで状況を仕組んだ奴も気に食わなければ、諦観を滲ませた態度でいながらも死ぬまで逃げずに抗い続けるであろう目の前の少女の悲痛な覚悟も気に食わない。そして合理的判断だとか何とかいったところで、どのみちこのまま彼女らを見捨てることができない自分のどっちつかずさも気に食わなかった。もちろん、今この時も貼り付いている、ねばついた監視の眼が気に食わないのは言わずもがなだ。


 適切な状況判断というやつが飾りに成り下がったことを確認しつつ、ため息ひとつを零して、僕は虚空から筒を取り出した。パッと散った魔力光に反応して振り向いたリジットの黒い瞳と目が合う。


 魔力を使ったためだろう、ゴーレムたちから感じる監視の目がたちどころに強まった。それまで持っていなかった道具を取り出したのだから警戒を強めるのは当然だろうけれど、それを気取られてしまっていては監視していることがバレバレである。


「それは?」

信号炸弾(グリムスフュエル)。使い捨ての魔道具だよ。姫様たちに、ここの()()を伝えないといけないだろ。門の外くらいからなら、問題なく伝わると思うぞ」


 信号炸弾(グリムスフュエル)は筒の形をしており、片側を地面に突き刺して使う。発動させると内部で魔硝石を主とした火薬が炸裂し、程よい高さに球状の部品を打ち上げる。上昇が止まって落下が始まる瞬間に、内部機構の水の動きが止まることを利用して、臨界寸前のヒュエル鉱石が爆発。それに伴い、周囲に音と閃光をばら撒く代物だ。当然の如く命名者はシャロンである。


「なんで私にこれを? オスカーはどうするの?」


 筒をリジットに手渡すと、彼女は虚を突かれた顔を僕に向ける。


「なに、せっかく遠くまで来たもんだからさ。安全な学院地下で、お茶でも振る舞ってもらおうかなって」


 驚いたような、呆れたようなリジットの視線と、警戒を越えて明確な殺意を感じるほどにまで達した粘着く監視の眼を感じながら、僕はただ淡々と、買い物ついでくらいの気安さで肩を竦めた。

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