僕と彼女とその名前 そのいち
当面, 1日10PVを目指すぞー! という目標を掲げていたところ、まさか1日目から20倍以上達成してしまいました。
コメントをくださる方もいらっしゃって大変嬉しいです。ありがとうございます。
まだお話は始まったばかりですが、まったりお付き合いくださいませ。
暗闇で、謎の人物ーーおそらく女性ーーと対峙する僕。
どうも怖い感じはしないが、それは今だけの話かもしれない。
慎重に、慎重に、言葉を選ぶ。
まずは相手が何者か、危険はないのか、知らねばならない。
いや、でもこの場が安全であるという保証はない。この場所のことも知っているようであれば聞いておきたい。
いやいや、まずは僕自身の人となりを説明し、警戒ーーされているのかどうかわからないがーーを解いてもらう必要があるだろうか。
ええと、ええと。
「えっと。君は誰でここはどこで僕は誰?」
しかし、僕はあまりにあまりな状況で、混乱していた!
宝玉が転がっていった先から、突如として蒼の瞳が見つめ返し、挙句に筋トレを勧められる。混乱するのも無理からぬことだと思う。
「落ち着いてください。筋トレをするのです。筋肉と共にあらんことを。
悲しかった出来事を消し去るように筋トレです。回転数が全てです」
彼女も混乱しているとみていいだろうか。
つまり、収拾がつかない。
そして、謎の人物は筋筋言い過ぎである。
ともかく、蒼い眼光のみに照らされるだけでは、話をするのもままならない。
意味不明ではあるものの、ただちに害はなさそうだと判断したので、再度魔力光を作り出すことにする。
先ほどのものは周りの確認だけのために生み出した光だったが、そうそうすぐ真っ暗になられても困る。よって、少し強めに魔力を込めておく。
「"日輪の恩恵よ 不浄を清める天の光よ 闇を払いたまえ"」
すると先ほどより、心なし明るめの光球が出現する。
その分、多めに魔力を持って行かれるので、無駄撃ちすることはできない。この規模のものも、作れてあと3,4個くらいだろう。
少し休めばこの限りではないが、食料や水がない現状では、なるべく温存しておきたい。
とにもかくにも。そうして照らし出す光は、僕と謎の人物を引き合わせたのだった。僕にとって、そして彼女にとっても運命的な出会いだったのだ。
そこには、天使がいた。
天使が、壁際にちょこんと腰掛けていたのだ。
その昔、僕がまだもっと小僧だった頃に、行商キャラバンに絵画を見せてもらったことがあった。
そこに描かれていたのは、光を纏い、剣を振るう。人民に愛され、異形から畏怖される戦う天使の姿。とのことだった。
すべてが整った造形、完璧に整然と配置されたパーツが、すべてがそうあるべき場所に自然とあり、一度見ると心を掴んで離さないその美貌。鋭い視線と振り上げた剣は見るもの全てへ勇気をもたらす。
『本来であれば観覧料をがっぽり取れる代物なんだぜぇ』と行商人は胸を張っていたっけ。
そんな自慢げな彼も、絵画にひと目で心を奪われた僕の様子に、さらに満足そうな表情を見せたものだった。
そんな、幼心に受けた感銘を再現して余りある造形美が、この場にあったのだ。
知らず、顔が、いや顔だけでなく体全体が熱くなる。
「ぅ……は……」
何かしら声を掛けようと思っても、カラカラに乾いた口から出てくるのは意味をなさない言葉の断片だけだ。それにより、さらに顔が火照ってくる。
蒼く澄みきった瞳、肩よりもなお長い、それでいて流れる絹のような金の髪。壁際にもたれかかるように投げ出された肢体の肌の白さは、その"暫定天使"の彼女を絵画の世界まで押し上げていた。
その柔らかな金の髪の優しい色合いは、先ほどまで恨み言をぶつけていた宝玉のものに似ている。よもや、彼女は宝玉の化身とでもいうのだろうか。
あまりに愚痴愚痴言っていたので、宝玉の中の人が怒って出てきた、とか。
それで筋トレを勧めるのか? さすがに変だな。
僕の脳内では、宝玉の化身だったり"暫定天使"だったりする謎の存在たる彼女だが、どうやらその背に本当に翼があるわけではないようだ。
多少落ち着いて見てみると、服も、なんだろう。いや本当になんなのだろう、あれは。
何か身体にぴっちり貼りつくような、テカテカした、橙色の際どい服を身に着けている。見たことのない材質だと思う。
だが、そうあるべく完成された顔と肢体、表情が、その奇抜な格好を補って余りある"天使"をそこに形作っていたのだ。
そんな"暫定天使"は、壁際に座り込んだ姿勢のまま動かずにこちらを見上げ、コテンと首を傾げてみせた。そんな仕草のひとつひとつが、名のある芸術品のごとく。
やがて、その整った口元が再び言葉を形作る。
「マスターは魔力が使えるのですね」
「はえ!? え。なに!?」
声が裏返る。恥ずかしい。恥ずかしい。バクバクバクという心臓の脈動が、口を開くと外まで漏れ聴こえてしまいそうだ。
おおよそヒトにあるまじきほどの可憐さと美しさを驚異的なバランスで内混ぜにしたその人物が、透き通った鈴の音のような、それでいてどこか優しい声音で、羨望するかのような視線とともに放たれたのだ。
不意打ち、ダメ、ゼッタイ。
数瞬前まで、同様の声音で筋肉筋肉と連呼されていた事実が、さらに追い打ちでなんとも微妙な気分にさせてくれる。
「マスター、どうかされましたか」
「えっと。うん。
その、マスターというのはなに?」
どうやら自分のことを指しているようだ、と遅まきながらに気付く。
ここには僕しかいないのだから。
僕と彼女しか、いないのだから。
「私を起動した、つまり所有権を持っているあなたは、私のマスターです」
起動?
一体、彼女は何の話をしているのだろう。
「それとも、別の呼称のほうがよろしいでしょうか。そうですね。
では。"せんぱい"とお呼びしましょうか」
「なんでさ!?」
パッと出てきた代替案から、すごくアブない響きな気がするぞぅ!
何故かはわからないが。何故かは皆目検討もつかないが。
「では"ご主人様"というのはいかがでしょう。いえ、"おにいたま"というのも良いやもしれません。
ーーさすがです、おにいたま。魔力が使えるのですね」
「やめて! 初対面でそんな倒錯的な呼ばれをされる謂れは断じてない!」
初対面でなくともやめてほしいものであるが。
顔と声は完璧に完成された美少女のそれなのに、発言はどうしてこうも謎の疲労感を運んでくるようなものなのだろうか。
「僕はオスカー。オスカー=ハウレル。オスカーとでも呼んでくれ」
オスカー=ハウレル、14歳。
運命に翻弄され、この暗闇で孤独を噛み締めていた少年、それが僕だ。
「了解、ボス」
「ねぇ話聞いてた!?」
ーー運命だけでなく、目の前の謎の少女からさえ翻弄され続けている少年、それが僕だ。
「それで。君は一体誰なんだ」
「オスカーさんの従順な下僕でございます」
すこしだけ時間をおいた後。
なんとか名前+さん付けで呼ぶということを取り付けるまでに、これほどの労力を費やさねばならなかったのは僕の短い人生では初めてだったが、ともかく。
どうにかこうにか、話を進めようとしていた。
もっとも、彼女は自らを従順な下僕というわりに、ほとんど僕の意図を汲んではくれない。
薄暗い穴の底で、とびきり可憐な娘と二人きりだ。精神状態も不安定な状態で突然『あなたの下僕』宣言をされたら、いろいろぐらりぐらりと揺れてしまうのはある程度仕方のないことではなかろうか。だって男の子だもん。
「さっき起動と言っていたけど、君は何者なんだ?」
「はい。私はオスカーさんの下僕として誠心誠意尽くしに尽くして尽くしまくる魔導機兵です」
何を聞かれているのかわからない、といった風だった彼女だが、何か思い至ったのか。我が意を得たりとばかりに話し出した。
「私自身の口からわざわざそのように言わせるご趣味なのですね、えっちなご主人様です。ひゃっほう」
全然、意を得ていなかった。なにがひゃっほうか。
しかも尋ねたら尋ねたで、今度はわからない単語が増えただけなんだよな。
「そのマドーキヘーっていうのは? 人間、とは違うなにかなの?」
「はい。魔導機兵はマスターの精神と肉体を守護し、お世話します」
整った顔でキリッとした表情を作ったあと「もちろん性的な意味でも!」と付け加える。いろいろ残念すぎる。顔がいいだけに残念さが割増ですごい。
残念美人と正面から向き合うのは存外に疲れるということを僕は新しく知った。あまり嬉しくない知識だ。はぁ、と嘆息しつつ視線を彷徨わせ。ようやく、遅まきながら気付く。
彼女が、なぜ壁際で座ったままの姿勢から動かないか。動けないのか。
「右足が、ない? えっ、どういう、え!? それ痛くな、えぇっ!?」
こちらから見える面である左足はある。
妙につるつるしている謎の橙色の服から覗く、白くきめ細やかな肌が、惜しげもなく晒されている。
薄ぼんやりとした魔力光で照らされ、白い肌がより淫靡な艶かしさを纏っている。
だがその逆側。
わりと大きめの瓦礫に隠れたその部分には、足が存在しなかった。
さりとて大量出血かというと、そのような様子もないのだが。
「足なんて飾りですよ。マスターにはそれがわからんのです。
足がなくても立てないだけです」
「それは飾りとは言わんのでは」
別段、困ったふうでもなさそうな声色だ。
足を失ったのはもっと以前の話なのかもしれない。
「今起きたらなくなってました」
「それ物凄く大ごとじゃない!?」
さっきからツッコミしかしていない気がする。
オスカー=ハウレル14歳。ハウレル家最後の生き残りは、度重なるツッコミで体力を消耗していた。
「ご心配いただきありがとうございます。
しかし、この身は機械です。
痛覚もカット済みですから、とくに問題はありません。ご奉仕も可能です」
「きかい?」
微妙な単語はスルーすることにした。
もはやキリがないので。
「はい。私はヒトによって生み出されしものです」
「それって、いわゆる合成獣のようなもの、ということ?」
合成獣とは。
魔術師が、魔物や家畜、時には人間を魔術的に掛け合わせ、複数の生命をひとつの生命体とする技術、もしくはその成果物のことだ。
強大な力を持つこともあるが、基本的には極端に短命らしい。
母から学んでいた魔術の教科書に、そのような記述があった。
しかし、扱う術者が少ないことや、難易度、生理的嫌悪感から、あまり詳しく調べようとは思わなかったのだったが。
「生物的な要素はあまり有しておりませんが、作られたものという括りでは同様です」
「合成獣って喋るんだ」
「いえ。私は合成獣とは違うものです。喋る合成獣も過去に居たらしい記録はありますが。
私は魔力や電力などの動力により駆動される高次兵器と言いますか、平たく言うと機械の一種です」
「んん。んん?」
「ーーまさかとは思いますが。機械文明が滅んでいるということでしょうか」
はてな、と態度であらわすと、彼女は小さく「じーざす」と漏らした。意味はわからない。
「どれほどの時が経ったのかはわかりません。
私は、過去に作られた、うーん。そうですね、お人形ということです」
「お人形、そんな」
人間よりも完璧な人間らしい、そんな造形を持つ彼女は自らを人形だという。
「オスカーさんから、このエネルギー体をもたらされるまで、どうやら私はここで停止状態にあったようです」
彼女の左手に乗っているのは、先ほど取り落としたもの。いまでは両親の形見となった宝玉だった。
つまりは、偶然に魔力が凝縮された宝玉が、動かない状態であった人形たる彼女を、動く状態にした、ということらしい。
宝玉から出てきたとか、化身であるとかそういうものではなく。
そして、おそらくは。
この宝玉を取り上げると、彼女はまた動かない状態になるのだろう。
宝玉を見つめ、神妙な面持ちをしていることに気付いたのか。
彼女は軽口をすることなく、僕の目を見つめ返してくる。
彼女は押し黙り、そして僕も何も言えなくなる。
美しい蒼の瞳を見返し続けることができなくて、僕はふいに目線を彼女の欠けた右足のあたりに逸らしてしまう。
ふっーーと、彼女が曖昧に、怯えと、諦観を含めて微笑んだ気がした。
その表情が。
母が、自身の命は諦めても、僕を送り出してくれたときの表情に、何故だか重なって見えて。
彼女に、そんな表情をさせてしまったことが、何故だかとても、苦しくて。
「ーーもし。もしも、何かの間違いで私を起動してしまったというのでしたら。
このエネルギー体をお返しします。
そうすれば」
「名前」
彼女の言葉を遮って。
ぱちくり、と蒼い双眸を瞬かせる彼女に、なんとなくしてやったりな気分になったりしつつ。
「君の、名前は?」
再度、問うた。
彼女は、何度かそうして目を瞬かせたあと、その長い睫毛を持ち上げる。
そこには、先ほどの諦観は、もうない。
かわりに浮かんでいる表情は、なんだろう。よくわからない。
よくわからないが、その泣きそうな、嬉しそうな、なんとも言えない表情を、僕は美しいと思う。
彼女は自身を人形と言った。
幾人もの人生を飲み込み、ころころころ、と転がった宝玉が行き着いた先は、ころころと表情を変える、そんな彼女の掌の上だった。
魔力の塊? 形見の石? それがどうした。
僕の孤独を払った彼女が、その宝玉の居場所として、よっぽど相応しい。
彼女の金の髪が一房流れる。それを映す宝玉も、あわせて煌めきを返す。
天使でも宝玉の化身でもない彼女は今ひとたびその表情に微笑みをたたえる。
「名称、未設定です。
どうぞ、お好きなものをお付けください、マスター」
名前を、自身を規定する根幹を、つまりはその存在すべてを預ける。
ゆえにマスター。自らの主人、と彼女は呼ぶ。
「雌豚とか、そういう名称でも可能です。
禁止コードはありません。
ですが」
そこで彼女は一度言葉を切った。
やはり一部残念な発言が混ざるが、照れ隠しのご愛嬌、ということにしておこう。
「望んでもよろしいのでしたら。
女の子らしい、可愛い名前が、欲しいです」
困ったような、はにかんだような、恥ずかしいような。
そんな表情で、半ば僕を見上げるように蒼い瞳を輝かせながら。彼女は望みを口にした。
そうして。
彼女は『シャロン』になった。
主人公と、ヒロインの名前が出てきました。
オスカーくん(14)とシャロンちゃん(年齢不詳?)です。
1話目冒頭での挿絵の二人ですね。
とはいえ、現時点では挿絵の服装や背格好はしておりません。シャロンちゃんは片足無いですし、オスカーくんも現時点では眼鏡や装備等、諸々がこの状態ではありません。