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僕と黒髪少女と学術都市 そのいち

 馬車から先行し、シヴールにたどり着いた僕とリジット。

 出迎えたのは、石造りの頑丈な門だ。僕はここまで乗ってきたダビッドソンを仕舞って、周囲を見渡した。


 門の内側には、こちらも頑丈そうな鉄製の柵が嵌っており、来訪者を拒んでいる。この場合、拒まれているのは僕らということになる。


「門番がいないな?」

「うーん。いないわけじゃないわ。ほら、門の上」

「うわ、あれ装飾じゃなくてゴーレムか」

「ええ、ご明察。ここ、シヴールではいろんなゴーレムが稼働してるの」


 門の前にも、鉄柵の奥側にも人影らしいものは見えない。しかし人っ子一人いないと思われた大きな石造りの門の上部には、四足獣を(かたど)った2体の石像が門前を見下ろす形で鎮座している。魔術による操り人形である、石のゴーレムだ。


 門のすぐ近くにまで近づいた僕らのことを把握しているのかいないのか、ゴーレムは微動だにしない。


「でも確かに、ゴーレムだけで人が誰も見張っていないのはおかしいわね。いつもなら、日中は少なくとも一人はいるはずなのに。何かあった、とは思いたくないけれど」

「どうする? これ入って大丈夫か? あのゴーレムがいきなり襲いかかって来たら壊すしかないと思うぞ」

「……」

「……」


 実際のところ、襲われたら壊すしかないのだけれど、シヴール側の戦力をみすみす破壊してしまうというのも考えものだった。リジットも「壊して良い」とは言い難いらしい。当たり前だ。

 ゴーレム自体は僕でも作れるかもしれないけど、門の上のこいつとそっくりそのまま同じものが作れるかどうかは定かではないし、手間もかかれば魔力も使う。壊さずに済むならば、それにこしたことはない。


 それに"剥離"も効きにくそうだ。継ぎ目があれば剥がせるだろうか。僕が相手をするのは面倒くさそうだった。もし相手をするにしても、僕がやるよりも速さと力で粉砕できるシャロンのほうが相性の良い手合いだろう。


 門の上に座するゴーレムは、まるで装飾品であるかのように、ぴくりとも動かない。動く気配もない。しかし、


「――見られてるな」


 赤い結晶体が嵌め込まれたゴーレムの眼球を通して、"遠見"の術式で誰かがこちらの様子を窺っているのが感じ取れた。様子を見ている側も"全知"で術式が辿られているなどとは思ってもみないだろうけれど。それでもしっかりと、2体の四足獣型ゴーレムを通して、今も僕らの姿は観察され続けている。


 感じられる魔力の経路(パス)は門の内側、すなわちシヴール内部へと続いている。魔力も大した強度ではないし、術者は少なくとも都市内に居るものと思われる。


 しばらく門や石像を見つめてみたものの、誰かが出てきたり、ゴーレムが動き出したりする気配もない。


「ここで悩んでても仕方ない、とりあえず入ってみるか」

「そうしましょう。このまま帰るわけにもいかないんだし」


 鉄柵には内側からさぞ重そうな(かんぬき)が掛けられていたものの、それ以外に鍵のようなものは見当たらない。まあ鍵があったとしても僕と"全知"の敵ではないのだが、面倒が少ないのは良いことだ。

 "念動"で閂を外してやれば、鉄柵は耳障りに軋む音をあたり一帯に撒き散らしながら僕らを歓迎した。


 僕とリジットが門の内部へと身をくぐらせても、門の上のゴーレムは微動だにしなかった。そして、その代わりに別の洗礼がやってきた。


「妨害術式か。大した害はないけど、気持ち良いものじゃないな」

「大丈夫? そういえば、若い子たちが町中でドンパチ撃ち合わないように対魔術の術式が編まれているって聞いたことがある気がするわ。私は特に何も感じないから、今まで忘れていたけれど」

「魔力を練ろうとすると、それを散らしてくるような性質だな。散らした魔力を吸い上げて妨害術式を張り続けてるらしい。そんなに強力なわけでもないから問題ない」

「踏み入れた瞬間にそこまで看破されちゃうなんて、術を考えた人はさぞ嬉しいでしょうね。泣いちゃうんじゃないかしら」

「それほどでもないさ。せいぜい白目を剥くくらいだろ」


 ため息交じりにリジットが皮肉ってきたので、肩を竦めて応じてやった。


 似たような性質の術式は、ラインゴット研究所の地下ですでに"視"た。今はもう主なき"六層式神成陣"、その性質のひとつが魔力収集だったのだ。学術都市というだけあって、研究所の技術や赤い『勇者』とどこかしらで繋がりがあったのかもしれない。


 しかし『都市』という形容に対して、実際のシヴールはややこぢんまりとしているように見受けられる。谷間に存在し、さらに切り立った山に囲まれているのだ。シヴールの端から端まで徒歩で横断しても半日も掛かるまい。


「都市といっても王国随一の学術機関が揃っているからという意味合いが強くて、人口は3000人を少し超えるくらいよ。もちろん私が通っていたころの話だから、少しくらい増減してるかもしれないけれど。足りない人手はゴーレムが都市の機能を維持してくれているわ。ゴーレムの維持は、魔術科の子たちの仕事のひとつなの」


 門の上に鎮座していたゴーレムも、そのうちの2体なのだろう。


 疎らに存在する建物の傍らや、遠目に見える畑に、子どもほどの大きさの石の塊――ゴーレムが点在している光景は、いままで立ち寄ったどの町とも違う異彩を放っていた。石のゴーレムしかいないのは、内部に魔力を溜めやすく、妨害術式の効果を受けづらい等の理由もありそうだ。


 あるものはのっそりのっそりと動きながら作物を収穫し、あるものは瓦礫をいずこかへと運んでいく。そのいずれからも『見られている』気配があり、どうにも気持ちが悪い。


 リジットの先導に従って、微妙に揺れ続けるシヴールの石畳をいくら踏みしめても、未だに誰にも出会わない。その事実がまた気持ち悪さに拍車をかける。町中で殺戮が繰り広げられたような跡があるわけでもないので、ただ気持ち悪いというだけではあるのだが。


 前をゆくリジットも、焦燥感を孕んだどこか険しい表情を貼り付けて、時折こちらを振り向いた。


「なあ、どこに向かってるんだ?」

「学院よ。ほら、山の手前に大きな建物がいくつか見えるでしょう?

 あそこにはこの町の要の学院、それと学徒たちの寮と、研究塔があるの。何かあったときの避難所にもなってるから、そこにも誰もいないなんてことはないわ。ないはずよ」


 まるで自分に言い聞かせるように、リジットは固い声を返す。かつてシヴールにいたリジットにしても、この状態は異様なのだろう。

 いくら町を突っ切って歩けども、見かけるのは石で出来たゴーレムばかり。曇り空の下で蠢くやつらは、まるで動く墓標のようだった。


 リジットの言う学院とやらはすでに"探知"術式の範囲内に収まっている。しかしシヴールに入ってからというもの、対魔術の妨害術式が張り巡らされているため、常に微弱な魔力が干渉してきて魔術の効果を減衰させてくる。騒音の中でまともに話すのが困難なように、意図的に乱された魔力での魔術は信頼性が乏しい。攻撃魔術と違い、薄くばらまいた魔力での"探知"魔術は妨害の影響を受けやすいのだろう。"全知"で見えている範囲内のゴーレムすら取りこぼしがあるのだから、その信頼性は推して知るべしだ。たとえ目指す学院方面に、人のような反応が数えるほどしかなくたって、きっとうまく反応が拾えていないだけだ。


 そう思いたいところだが、嫌な予感は足を一歩すすめるごとに膨れ上がっていく。予感を振り払うように、僕もリジットも少し早足となって学院への道を辿った。


 この時点で、馬車まで引き返して作戦を練り直すべきだろうか。"探知"魔術がうまく働かない以上、シャロンのほうが得られる情報が多いかもしれない。僕が判断を迷っているちょうどその時、曲がった角の先で、僕らはその人影に出くわした。


 見張りの任を与えられたものの、実に暇そうに、手にした小振りな槍を弄んでいる。そんなふうに()()()だろう。"全知"がなければ、僕にもそう見えていたはずだ。


 ぞわり。


 総毛立つ僕。

 そんな僕の反応も知らず少し前を歩いていたリジットは、ようやく見つけた人影に、これまで張り詰めていた警戒を薄れさせてしまったらしい。


「あ、おい! リジット!?」

「大丈夫、知ってる子だわ!」


 リジットへと伸ばした僕の腕はすんでのところで空をきった。ようやく見知った顔を見つけて安心したらしいリジットはそいつに半ば駆け出すように近寄っていく。

 そもそも、リジットたちにとってここは敵地ではなく、ようやくたどり着いた目的地にして安住の地のはずなのだ。顔見知りが現れたことで緊張が途切れてしまったとしても、致し方ないのかもしれない。

 その一瞬の油断が命取りにならないように、僕も急ぎ少女のあとを追う。


 リジットが歩み寄ったことで、相手も、さも今こちらに気づいたかのように驚いた顔を見せた。槍を持ち直し、姿勢を正す。僕より一回りほど低い身長の男の子――その幻影を纏った、石のゴーレムが。

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