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僕と黒髪少女と別れの前に そのに

リアル日付で10/31にシャロンちゃんの2回目の誕生日を迎えました。


時系列が大変わかりづらいことになってしまうのを避けるため、誕生日特別編は現時点での150話(第4章開始直前)に差し込み投稿させていただいています。

毎週最新話を付近を追ってくださっている読者様におかれましては、目次から「誕生日のはなし - 幸せのピクニック」を探してくださいますよう、お願いいたします。本編の動向にはあんまり関係がありませんけれど!

「"閉ざされし(しろがね)の相剋"」


 リジットの緊張と隠しきれない期待を乗せて、詠唱が開始される。


 とくに外見的変化は見られないが、"全知"は髪留め(まどうぐ)がリジットの詠唱の起句で稼働開始したことを察知している。さぁ、ここからだ。


「"我が手に宿りて打ち払う力と成せ"!」


 パリッと散った真紫の閃光は、リジットが掲げる掌の少し手前から発生した。

 術式展開座標に多少の誤差があるか。あとで微調整が必要だ。


 リジットがわずかに息を飲むのが、すぐ傍に立つ僕にも伝わってくる。


 開かれた彼女の掌は、天幕や馬車を避けるように山側へと向けられていた。予め教えた詠唱内容から砲撃魔術の類と思っているのかもしれない。が、実際のところは髪留めを出したときと同様の、玉柩の術式を応用した()()だ。


 そして、少女の紡ぐ詠唱が完了する。


「"出でよ紫輪の(ともがら) 紅華(こうか)雪華(せっか)!"」


 カチャリ、と鍵が噛み合ったような小さな音を残して、少女の眼前に顕現したのは二振りの剣だ。


 鈍色(にびいろ)の刀身を持つ、片刃の夫婦剣。異空間が鞘のようなものなので、取り出した段階ですでに抜き身である。昨日の朝の訓練時に、リジットは本来二刀使いだと言っていたし、町で拾ってきた剣をいつまでも使うのもあまり気持ち良いものではなかろう、と昨晩のうちに仕上げたものだった。


 ちなみに鍵が開いたような音は、機構的に全くの不要だ。音が鳴るようにわざわざ異空間側に『鍵っぽい音が鳴るためだけ』の術式の魔法陣を刻んである。

 理由は『その方が格好いい気がした』という、ただそれだけに尽きる。だって、玉柩が開いた音が格好よかったような気がしたんだもの。いわゆる製作中の深夜テンションの賜物であり、仮眠を取ってから実際に目の当たりにすると、狙った格好良さと同時に若干の恥ずかしさが去来した。

 何食わぬ顔で平静を装ったので、リジットは気付いていないと思う――というよりも、それどころではないというのが正確なところか。


 リジットは驚愕に目を見開いて、自らの手にすっぽりと納まった二振りを見詰めていた。


「銘は、長い方が『紅華(こうか)』。短刀の方が『雪華(せっか)』だ。どうも花の名前らしい」

「紅華、雪華――」


 リジットは自らの手の中におさまった対となる二振りを、落とさないようにしっかりと握り込み、その名を呟いた。


 二振りの夫婦剣の名付けも髪留めと同じようにシャロンによるもので、格好いい名前をオーダーしたところ、ふたつの花の名をあげてくれた。

 夜の間も構ってもらえないとは思っていなかったようで、ぷぅとふてくされた、なんとも渋い顔ではあったけれど――。でも結局のところ『オスカーさんが人に贈るものなのですから、任された以上は良妻として最上の名前をつけてみせます。良妻として!』と良妻を強調しつつあれやこれやと協力してくれた。そのおかげで今回も良いものが仕上がったと自負している。


「メェルゼック鉱石とテンタラギウス鋼を主体にした合金製だ。頑丈さは心配しなくていい。これが折れる前に握ってる腕のほうが折れるくらいだ」

「それは頼もしいというべきなのか、末恐ろしいというべきなのか迷うところね」

「それと今度は賊に取り上げられても大丈夫なように、髪飾りからある程度離れても少ししたら勝手に異空間に帰るようになってる」


 こんなふうにな、とまじまじ見つめられている雪華をリジットの手から取り上げて、ぽいと放り投げる。と、僅かな時間の後、出てきたときと同じようにして紫の閃光と共に雪華は草原から消え失せた。


「あっ」

「一旦戻ったものは、また同じように喚び出してやればいい」


 わずかに断たれた状態で風にそよぐ草が、そこに確かに剣があったことを証明していた。


「紅華が攻撃用で、蓄積してある魔力を解放してやれば剣身に炎が付加される。少し射程が伸びるのと、その状態での切れ味は、適当に振っても鉄の鎧くらいならバターみたいに斬り裂けるほどだから、単に相手を無力化したいだけのときは気をつけてくれ。防御の上からでも真っ二つになりかねない」


 リジットの手の中に未だ残る片方の剣、紅華。

 すぐに試し斬りがしたいかとも思ったが、リジットはしかし冷静だった。


「紅華が攻撃用……つまり、雪華が防御用というわけかしら」

「ご明察。雪華には氷が付加されるようになってる。僕の"氷結"魔術みたいに氷塊を投げつけることもできなくはないけど、本領は氷の盾や壁を作ったり、相手の動きを拘束するものだ。ただ、そこらの空気中の水を固めてるだけだから、飲み物に入れたりするのはおすすめしない」

「しないわよ。飲み物を冷やすために魔術を使うような人、私はオスカー以外に知らないわ」


 魔石を組み替えることで汎用的に魔術を使い分けられるカイマンの黒剣と違い、炎の紅華と氷の雪華はそれ専用だ。汎用性を削ったこととメェルゼック合金の魔力伝導性の高さも手伝って、かなり燃費がいい。


 もはや驚きを通り越して呆れ顔なリジットは、再び雪華を喚び出すと、二刀を構えて目を瞑った。


 なんとも様になっていて、シャロンの美しさとはまた異なった意味で絵になる立ち姿だ。

 カッと目を見開いて、一振り、二振り、連撃を重ねる。重さのバランスなどを確かめているのだろう。


 リジットはさらに紅華を一振りして炎を纏わせ、雪華で作った氷壁を音もなく切り裂いてみせる。

 朝の冷たい風すら切り裂く夫婦剣の鋭さにリジットは感嘆して、思わずといったふうに口元を綻ばせた。


 髪留めよりも刃物をもらった時のほうが可憐な笑みを浮かべているように見えるあたりも、なんとなくリジットって感じがする。深い意味はないけれど。


「すごい、以外に言いようが思いつかないわ」

「そりゃ良かった」

「私にとっては、あんまり良くないわよ。ふぅ、まったく。髪留めはたしかに受け取って、もう身に着けちゃった後だけれど、こんな並外れたものが付いてるなんて思ってもみなかったものだから。とてもじゃないけど、対価が支払えないわ。これを私に贈ることで、どういう企みがあるのかしら?」


 リジットは、僕が恩義を売ることでセルシラーナ姫をいいように利用することを懸念の一端に置いているらしい。

 姫殿下の騎士を自認する彼女にとって、それは断じて許容できる事態ではあるまい。


「対価は別にいい、なんて言っても納得しないだろ。だから、平和になったら――全部終わったら、代金を支払いに来てくれ。ガムレルって町で工房をやってるからさ。その時、もし不要になってたら返してくれてもいい」


 それは一方的な、実質意味のない約束だ。

 値段も付けていなければ期限も設けていない。この国に平和が訪れるのかどうかも不明だし、リジットが生き延びている保証もない。


 それでも障害を取り除き、守る力は必要だろうから。


「……。わかったわ。全部終わらせて会いに行くから、絶対に」


 意地や心情よりも、大切なものを守ることを優先する。なぜなら、リジットは《騎士》だから。

 だから彼女は結局のところ、疑念も呆れた言葉も飲み込んで、代わりに再会の約束を残した。


 昇り始めた太陽の光を斬り裂いて、二振りの剣がまぶしく煌めいていた。


 馬車で移動を再開してからも、この日の一行は言葉少なだった。

 車輪の術式は今日も好調で、小刻みに揺れ続ける大地もなんのその、滑るように進む馬車は軽快そのものだ。


 シヴールは切り立った崖に囲まれた天然の要塞都市だという話だ。馬車が後方に置き去っていく景色にも岩場が目立つようになってきて、いよいよ目的地であるシヴールが目前に迫っていることを、全ての者が感じていた。

 ちらほらと見受けられる植生も葉がまばらな木立ちであったり枯れかけであったりして、潤沢に栄養が行き届いているとは言い難い様子だ。どこか元気がなく病んだ気配を周囲に振りまいているように感じられる。


 馬車の内側も、外の景色に引きずられてか、はたまた目的地が近いことによる緊張のためか、道中で現れる魔物の尽くを瞬殺する僕とシャロンが時折労われる以外では、セルシラーナ姫がウジウジぐすぐすしている声くらいしか言葉が発せられない。


 ――そう。セルシラーナ姫はイジけていた。


 原因は色々あろう。

 過酷だった旅の終わりが近いために気が緩みもしているだろうし、僕らと別れるということは暖かい食事や風呂との別離でもある。

 しかし直接の原因は、元となった玉柩より性能の高い魔道具を手にしたリジットに対する羨ましそうな視線が物語っているのが全てだと思われる。


 ぐずる姫様を胸に抱きかかえて「よし、よし」と宥めるロナの姿は、主人と従者というよりは姉妹、どころかまるでお母さん……いや、これ以上にもっとヘソを曲げられても面倒だし、やめておくとしよう。


 シャロンどころかセルシラーナ姫からも「じとーっ」と視線を注がれるリジットは居心地が良いとは言いづらいようで、さっきから(しき)りに「ちょっと、なんとかしなさいよ」みたいな非難がましい視線を差し向けてくる。なるべくこじれたくないので視線を合わせてこなかったのだけど、このままではリジットまでイジけだしそうである。


 仕方がない。ちょうどいい機会でもあるので、地図を"倉庫改"から取り出して広げると、皆の視線が集まった。シヴールも目と鼻の先なのだから、そろそろ報酬の話をしておこうと思ったのだ。目的地についてからは、いろいろとごたごたするかもしれないし。


 僕の求める報酬とはシャロンの不調を癒すための手がかり、すなわちシンドリヒト王国内の遺跡の情報だ。


「お出しできる情報は、すでにまとめてあるのです。

 ここと、ここ。それと、ハウレル様には不要と言われてしまいましたが王都博物館の座標も記しておくのです。

 古代遺跡から発掘された魔道具も展示されていたはずなのです。……おそらく、無事に残っていたりはしないと思うのですが」


 イジけていた時の名残で若干暗く染まった翠の瞳を地図上に投げながら、セルシラーナ姫殿下が指差した先に、傍のロナが点々とインクを落としていく。


「あとはシヴールに着き次第、そこにいる者たちからの情報収集に全面協力させていただくのです。お約束通りに」

「ああ。それで問題ない」


 地図上に描かれたインクの印は、都合5箇所。シヴールであと1, 2箇所でも増えればいいところだろうか。

 シャロンの調子を治す手立てが見つかるかどうかは運次第といったところだが、とりあえずはこれで次なる指針が決まったことになる。


「それでは、他の報酬の話なのですが」


 さてシャロンと地図を確認してシヴールの次に向かう場所の算段でもつけようかと思ったところで、セルシラーナ姫が再び声を発した。どうやら話はまだ終わっていなかったらしい。しかし、その内容に覚えがない。


「他の報酬? わるい、何かあったっけ。シャロンは何か覚えがある?」

「いいえ。とくに取り決めがあったりはしないはずです」


 地図から顔をあげると、こちらをまっすぐ見据えるセルシラーナ姫と目が合った。さっきまでイジけていた人とは思えないような、どこか泰然とした空気すら纏っているように感じられる。

 なるほど、黙っていれば王族としてのボロが出ないという本人の談には信憑性があった。それもどうなのかという話ではあるのだが。


「わたくしたちを安全にシヴールまでに送り届けるのが護衛としての契約なのです。それ以外にも、おふたりはたくさんのことをしてくださいました。食べ物を用意してくださいましたし、軽率な行動をした家臣(リジット)の命も助けていただいたのです。馬車だって改修していただきましたし、玉柩のこともあります」

「そんなの、護衛のついでだろ、ついで。わざわざ報酬をせびるようなことじゃない」

「オスカーさんは、お人好しですからね」


 自分のスキルを安売りするな、という忠告は妖精亭の店主(マスター)からも言われたことだったが、こればっかりは人助けをしたい僕の性分であり、無力だった頃の僕の清算だ。いわば、僕は自分のために人助けをしている。そのことはリジットとの語らいもあってすでに自覚済みだし、無理に変えたいとも思っていない。

 なにより僕が勝手に押し付けるようにしたものに対して、報酬だなんだと要求するのは恥知らずなように思える。


「いいえ、それは違いますハウレル様。わたくしが『借り』だと思っていて、わたくしには『返す』義務があるのです」


 そんな僕の内面を見透かしたように、宝石のように澄んだ翠の瞳で姫は強めに否定の言葉を紡ぐ。


「これはシンドリヒト王家に伝わる鉄則のようなものなのです。人間は、他者に与えたものに対して対価が支払われなかったとき、大変強い憤り、怒りを覚えます。それはやがて国家をも喰らうもの。王族たるもの、『借り』を受けたままにはできないのです。

 ――もはや国家は瓦解して、王族が形だけのものに成り果てようとも。わたくしは、それに報いねばなりません」

「王家としての義務、か」

「その通りなのです」


 それならば、僕なんかよりも町にいた人たちを助けてあげてほしかった。

 ――いや、それができたらそもそも国はこんなことになってはいないし、セルシラーナ姫も逃げる必要なんて、なかったのか。どうにも、ままならない。


「気持ちは立派だと思う。でも実際問題、報酬ったって報いる方法が無いんじゃないか?」

「ええと、それは、そのぅ。数少ない金品も、渓谷に捨てられてしまいましたから……」

「じゃあ報酬の話をしたってしょうがないんじゃないか。さっきも言ったけど、僕は気にしてない。シャロンは?」

「はい。私はオスカーさんが良ければ、それでいいです」

「そういうわけにいかないというのも、今言った通りなのです! それに、差し上げるものが全くないわけではないのですよ。シヴールに着きさえすればお渡しできるのです」


 つまりは、シヴールにあるもので何か酬いようというのだろうか。リジットやロナにも思い当たるところはないらしく、ふたりで顔を見合わせて首を傾げている。

 セルシラーナ姫自身、もしくは王族はシヴールに私物を置いていたりするのか? 玉柩のような変わった魔道具をくれるというのであれば、是非もないのだけれど。あたらしく腕輪に”簡易倉庫”も組み込んだことだし、運搬手段には困るまい。


「我ながらいい考えだと思うのです。ハウレル様なら大事にしてくださると思いますし」

「ものによるけどな。一体なんのアテがあるんだ?」


 僕が質問を返すと、セルシラーナ姫は自らの山吹色の髪を掬い、耳に掛けるようにした。どこか勿体ぶっているように感じられる。しかし()()をくれてやるのを渋っているというよりは、単に名案を発表するのを引っ張りたい――そんな茶目っ気のようなところか。


 そうして存分に勿体をつけてから、


「シヴールに到着したら。ハウレル様には今この馬車を引いている馬を一頭と、リジットを差し上げるのです」


 突然名指しされた忠臣(リジット)が驚きに目を見開くのもお構いなしで、セルシラーナ姫はお茶目な笑顔を振りまくのだった。

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