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僕と彼女と独占欲 そのに

 そのまましばらくは喧々諤々とやりあっていた――ほぼ防戦だったが――リジットも、日中に蓄積した疲労がさすがに限界だったようで、結局僕のマントを握りしめたままかっくんかっくんと舟を漕ぎ出したために、重苦しい夕餉の場はお開きとなった。


 目が笑っていないにっこり笑顔を貼り付けたままのシャロンが半分眠っているリジットを抱え上げ、馬車の荷台に『そぉい!』とばかりに積み込むのを、セルシラーナ姫以下一同は乾いた笑みでもって見守る。そんな扱いをされてもリジットはどこか安心したような顔で寝こけていた。


 今夜も、昨晩に引き続いて僕とシャロンは天幕を張って休み、セルシラーナ姫殿下御一行は馬車で就寝するという布陣だ。


 周囲には"認識阻害"の魔道具と、それでも近づいた者に"氷結"を放つ魔道罠を設置済みで、そのうえさらに見張りを一人立てることになっている。


 今日はリジットが最初の見張りの予定だったらしいが、一足先に夢の世界へと旅立っていってしまったので今はローレン氏が火の番をしながら警戒することとなっていた。

 護衛を引き受けた手前、僕が見張りを買って出ようとしたのだけれど、休めるときに休むのも仕事のうちだと力説するシャロンと、賛意を示したローレン氏に従って、ひとまずはおとなしく天幕にまで引き上げてきた。リジットがああだったように、たしかに僕にも疲労は蓄積されているだろうし、いい加減体を休めたかったのも事実だ。


 手早く横になる準備を整えつつ、僕とシャロンは昼の間の情報交換を行う。 


「ご報告する重要案件が3つです。

 まずひとつめですが、言いつけ通り彼らの動向を注視していましたが、わざと隙を作ってもみましたが決定的な行動は見られませんでした。

 バレンカ = ローレンが鷹を使役して外部と連絡を取ろうとしていましたが、とくに隠し立てする素振りもなかったようです」

「内容は?」

「はい。当人曰くシヴールと連絡をとるものとのことでしたが、受け取っていたのは暗号文のため確定できません。

 サンプル数が少ないため、現時点での復号は不可能です。返信を出すのは許可しなかったので、詳しい情報が外部に伝わることはないと判断します」


 消音用の"結界"も展開済みなので、シャロンの報告は直裁的なものだ。


「内通者がいるってのは考えすぎか。だといいんだけど」


 "全知"で得た情報まで含めて、今のところはシャロンの報告通り内通者の存在を決定付ける要素は見つかっていない。

 かといって、まったく問題がないわけでもない。姫殿下の姿形を再現する魔道具の存在が襲撃者に知られて追跡されていたのは、紛れもない事実なのだから。


「彼らを信じたい、ですか?」

「どうなのかな。何事もなければ、それに越したことはないんだけど」


 しかし散々トラブルに巻き込まれたことで培われた僕の直感とでも言うべきものは、このまますんなりと事が運びはしないと訴えかけてくる。

 もし一波乱あったとして、情けないところまで見せた助けられてくれた少女(リジット)にまで僕は剣を向けられるのだろうか。必要とあらばそうすると今この時は考えられるけれど、いざそういう場面になったときに対峙できるかは怪しいところだ。

 出来るならば、そういうことにはしたくないというのが偽らざる気持ちだった。


 静かに懊悩(おうのう)する僕を見つめて、シャロンは優しくその蒼眼を細めた。


「それと、ふたつめです。例の『お姉様』なる存在について。ロナさんも当該人物を知ってはいるようでした。

 単に似た別人という線もあります。それが可能性としては一番高いでしょう。が、他の魔導機兵だという可能性も依然として排除はできません」


 シャロンは淡々と報告を続ける。


 彼女(シャロン)は人々の間で、人として共に生きている。しかし、純然たる同族は居ないのだ。もし他の魔導機兵がいるのであれば、シャロンとしては何を思うのだろうか。

 ひとりだけの種族。僕には想像することしかできないが、それはとても寂しいことのように思う。


「もしも他の魔導機兵が存在して、そしてその個体が敵対する存在であるなら。

 そのときは対抗策があります。オスカーさんと私だけにできる方法が」

「敵対――そうだな。同族だからって、仲良くできると決まってるわけじゃない」


 人間同士でだって、争ってばかりだ。僕も相手が蛮族であれば容赦はしないのだから。


 シャロンほどの強さを持つ者が敵対する可能性を考えると、実にぞっとしない。瞬殺されないよう対抗策を練っておくのが精一杯で、正攻法では太刀打ちできはしない。

 シャロンがその気になれば、一挙手一投足が命を刈り取る凶器と化すのだ。秘策があるのであれば、実にありがたいことだった。


「僕とシャロンの二人掛かりということは、共同魔術ってことになるのか?」

「いいえ。今回は『らぶらぶハウレル拳』の出番は無しです」

「え、なにちょっとその名称」

「今回の秘策はオスカーさんの持つ神名が(かなめ)となります」


 僕の名称へのツッコミは華麗にスルーされる。

 そういえばシャロンとはじめて出逢った薄暗い『ごみ捨て場』も、シャロンに言わせれば『出会いの間』になるのだったな、なんてことをおぼろげに思い出す。


「魔導機兵にはそれぞれ正式個体名(シリアル)が設定されています。

 オスカーさんにいただいたシャロンという名が私の――そうですね、魂の名とでもいうべきものですが、他の名前が私にも設定されているはずです。忌々しいことです」


 当人が忌々しいと発言した通り、実に嫌そうに眉根をよせて、その秘策に関連するであろう情報を開示するシャロン。

 もうひとつの名前があるというのはどういうことなのだろう。僕だと”紫輪”だとかの二つ名が付けられているらしいけど、そんな感じなのかな。


 それに、シャロンの言い回しも不自然なものだった。


「設定されているはず、っていうのは?」

魔導機兵(私たち)自身もその名前を知らないんです。

 その名前は人間にとっての、いわば最終手段にあたります。

 この躯体は一般的な人間よりも強いものですから。反旗を翻したときに、機能停止できるように作られているんです」

「それはつまり魔導機兵を強制的に止めるための、機構(システム)ってこと?」

「はい。その通りです。正式個体名(シリアル)と強制コマンドによって、魔導機兵は無力化できます。

 個体名がどこに記されているかさえ魔導機兵(私たち)にはわかりませんが、オスカーさんの"眼"であれば看破可能かと考えます。

 そして、敵性魔導機兵の名を知ることが出来たら――私が、魔導機兵ネットワークか接触入力によって無力化します」


 僕が見破り、シャロンが無力化する。だから、僕とシャロンのふたりならできる方法、か。

 シャロンの表情はあまり思わしくない。やっぱりそういう無理やり停止させるようなやり方は、魔導機兵たる彼女にとって不満があるものなのかもしれない。


「人より強いのに、人に無理やり止められる手段があるっていうのはどういう気分なのか、僕にはよくわからないけど」

「曲がりなりにも兵器ですからね、安全装置を搭載するのは当然だと思います。というより、そういうのが完全にない方が不安ですし。開発者の人、頭大丈夫ですかと」


 『強制的な無力化』に対してシャロンはとくになんとも思っていないようで、少しばかり心配していた僕としては肩透かしを食ったような気分になる。


「不満があるわけじゃないの? なんだか――つまらなさそうな顔してるけど」

「いいえ。そのことについては、特には。

 私が不満に思っているとすれば、オスカーさんがくださった以外の名が私にも付けられているであろうという変えられない事実に対して、です。私はあなたに出会ってからずっと、これからもずっとシャロンですから」


 シャロンは、自分の名前を――さらに言えば僕との出会いを、この上なく大事に想ってくれている。


 シャロンには、僕と出会うまでの記憶が一切合切ない。あるのは、初期入力(プリインストール)された『記録』としての知識だけだという。

 すでに一度切り捨てた考えではあるけれど、ともすればシャロン当人が『お姉様』と慕われていた可能性だって、無くはない。『お姉様』が居なくなったという時期と、僕らが出会った時期の関係上、あり得ないとは言い切れないのだ。


 今回の正式個体名(シリアル)の話もそんな『シャロンではない自分』の要素であり、あまり楽しい話ではなかったのだろう。


「ものは試しに、私の設定名を視てみますか? ぶっつけ本番というのも、いささか困りましょう?」

「いや、やめとくよ」


 寝床を整え終えて"全知"を外す僕にシャロンは、はてな? と首をかしげた。


「僕にとっても、シャロンはシャロンだから。この方法が無理でも、そのときは別の手を考えるさ」

「オスカーさん」

「ん?」

「オスカーさん!」

「な、なんだよ」

「オスカーさぁん、えへへ」


 なんだかむず痒くって、眩しいものを見るように少し見上げてくるシャロンの仕草から、目をそらしてしまう。


「オスカーさんがオスカーさんで、本当によかったなぁって思ったんです」

「なんだそれ」

「私を見つけてくれたのも、名前をくれたのも、オスカーさんで良かったなぁって」


 潤んだ蒼い瞳の視線が熱い。熱を帯びている。

 見つめられるだけで溶けてしまいそうだ。慈しむ優しい眼差しの前で、ぐでぐでのどろどろに溶かされてしまいそうだ。


「一人ぼっちの私をオスカーさんが見つけてくれたんです。大切にしてくれて、愛を教えてくれました。私は、シャロンは幸せ者です」


 大切な記憶を抱きしめるように、噛みしめるように。シャロンは言葉を紡ぐ。一言ひとことを、愛しげに。

 一人ぼっちから救われたのは、僕のほうなのに。シャロンはどこまでも幸せそうに、はにかむ。輝く蒼い瞳は、あの日からずっと僕をとらえて離さない。


「……。愛は僕が教えたんじゃないよ。そもそも教えられるものでもない。ふたりで育むものだと思うから。……えっと。たぶん」


 僕がすごいんじゃない。シャロンと共にいられたから。そういうことが伝えたかったのだけれど。口に出してみてから、なんだか小っ恥ずかしいことを口走ってしまったと赤面する。

 なんとか言ってくれよと、横目でシャロンを盗み見ると、じりじり、今か今かと僕に飛びつく隙を狙っている様子が目に入る。


「シャロンさんや、そのわきわきと動く指は一体何を?」

「はい。いちゃいちゃタイミングかなと思いまして」

「欲求に素直すぎる!? あと直截(ちょくせつ)的すぎる!!?」

「迂遠な表現が良いですか? では『こどもチャレンジ』しましょう!」

「それはそれで誰かに怒られそうだからやめて!? あと言いながらじりじり距離を詰めてこないで」

「ふっふっふー、来ないのであれば私から行くまでです」

「果し合いみたいな言い回しにしても、わきわきしてる指で台無しだからな!?」


 二歩詰め寄られては一歩下がっていた僕の足が、そう広くもない天幕の端の留め具にかつんと引っかかる。


 消音結界の賜物と言うべきか、これだけ騒いでいてもローレン氏が確かめに来ることはない。いや、もし仮に聞こえていても溜息のひとつも溢してスルーを決め込むかもしれないが。

 見張り番でないとはいえ、護衛は護衛だ。いつものようにシャロンに流されてはいけないのだ――!


「そ、そうだ。みっつめ! 重要案件の最後を聞いてない!」

「はっ。そうでした。実はこれが一番重要な案件です」


 僕を天幕の隅に追い込んだまま、指のわきわきを一旦止めて、シャロンは真面目な表情を形作る。――とはいえ腕は持ち上げられたままだったが。


 護衛対象の反逆可能性や、新たな魔導機兵以上に重要な要件となると、あとはもうシャロンの体調のことくらいしか思い浮かばない。

 表出していないだけで、ついにどこかに重大な問題が発生してしまったのだろうか。


 ごくり、と唾を飲む。

 続くシャロンの言葉を待つ僕に、彼女は頬を膨らせて若干唇を尖らせるようにして、


「名前で呼び合う仲だなんて、半日でずいぶん親しくなってらっしゃいましたね」

「へ?」


 全く思ってもみなかった言葉が紡がれ、面食らった。

 どこか拗ねたような、じとーっとした蒼い瞳が僕のことを見上げてくる。


 おそらくというか、ほぼ確実にリジットのこと以外にない。

 最重要案件と言われて緊張していた力が一気に抜けたせいで、少し頬が緩んでしまったのだろう。そんな僕の様子にシャロンはますます頬を膨らせた。


「ことのあらましはお聞きしましたが、あれ『オチ』てましたよね? 完全に『オチ』てますよね?

 半日で劇的な変化すぎて私としては『なんということでしょう』なんですけど、どうなんですかオスカーさん」

「いや、どうと言われてもなぁ」


 リジットの大失敗と僕の大泣きの件は、さして重要でもないしお互いの恥ずかしさと名誉のために伏せ、地下水脈に『落ち』た話と脱出した話はすでに概要を伝えている。

 だから、それに対してどうと言われても困るものは困る。

 それに、シャロンの反応はどうにもアーニャたちのときと比べて、ずいぶんと態度が違うように思う。アーニャたちのことは僕にけしかけたりすらするというのに。

 矛先を逸らすためにもやんわりとそれを指摘すると、


「アーニャさんたちはもう私にとっても大切な家族なので――というのも、ううん。すこし違うのかもです。

 なんでしょう、近頃、私はちょっとおかしいのです」


 あ、話を逸らしましたね? という視線をばっちりといただきつつも、シャロンは問いかけに応じて小首を傾げた。

 シャロンは前からけっこうおかしい、とはさすがに言わない僕。わざわざ藪に突っ込んで蛇の上でタップダンスを披露する趣味はないのだ。ただでさえ、天幕の隅で逃げ場がないのだから。


「オスカーさんの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたいという思いは変わりません。

 でも、それと同じくらいにオスカーさんを独占したいという気持ちが強くなってしまっているんです」

「それは」


 それは、ヒトの心の在り様として、当然なことではないだろうか。

 僕にだってシャロンのすごさや美しさを知らしめたい気持ちと、独占したいという相反する気持ちが確かに存在している。


「独占欲という存在は認識していますが、魔導機兵は兵器としての側面を保つためにも欲望に振り回されるような設計はされていないはずなんです」


 シャロンは、自身のことを何度か魔導機兵としては欠陥品だと称していたことがある。

 優秀であれば、もっと僕の役に立てるのにと、どこか寂しそうに。


 僕は、シャロンにそんな顔をしてほしくはなかった。

 寂しそうな表情も溜息が出るほどに美しいシャロンだけど、僕が見惚れた彼女の顔はそれではない。


 僕は、いつも優しく微笑みかけてくれるシャロンが大好きだから。

 すぐ手の届く距離で困ったように見上げてくるシャロンのさらさらな金の髪を、優しく梳く。


「『魔導機兵として』なんてのは、どうでもいいことなんだ。僕にとっては。

 出会ったのがシャロンで良かったって、そう思うから」


 シャロンが僕のことを想ってくれるように、僕もまたシャロンのことを大切にする。これからも、ずっと。

 ひとりだと無力な僕でも、シャロンとふたりならほぼ最強だ。


 ふにゃっと双眸を崩したシャロンは、そのまま僕の胸に顔を(うず)めた。

 背中にきゅっと腕を回して、愛おしげに抱きしめてくれる。もちろん、骨が軋んだりもしない。

 僕のほうもシャロンの細い肩を抱きしめる。ふたりの衣服越しに確かな愛情が行き交った。


 優しく撫でるように僕の背に置かれていたシャロンの両手は、僕を逃すまいと握り締められ――ってあれ、これ雰囲気に流されて捕まってない?


「さあ! それではふたりで愛をはぐくみましょう!」

「しまっ――ちょ、待っ、待って、あ――ッ!!?」


 ――一つだけ言い添えておくと、その後、消音結界さんはしっかり仕事を果たしてくれた。

ほぼ最強(※勇者を除く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] こう…ふとした折にシャロンちゃんが人間とは全く異なる存在だということが明示されて論じられるのがよいですよね… そのあといわゆる「いつもの」に戻るわけですが、そのいつもが引き立ちます。ちょっ…
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