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僕と彼女と独占欲 そのいち

 やや曇りの空におぼろげな月が顔を見せて、うすぼんやりとした影を地表に投げかける。

 見晴らしの良い草原の野営地で、風がさわさわと月明かりと焚き火に照らされた草木を揺らす。

 あたかもその動きに連動するように、セルシラーナ姫殿下はきょろきょろと、あるいはおろおろと。まるで救いを求める迷い子のようにあちらこちらを見渡した。


 昨晩に引き続き、焚き火を囲んで夕食を摂る僕らの中で困り顔なのはセルシラーナ姫殿下ただ一人だが、その他の面々にも余裕があるわけではない。僕も含めて。

 それゆえ、姫殿下は困った顔でおろおろと渦中のふたりの顔を見比べるしかない。


 片や、やけに『にっこぉー』とした笑顔を崩さないシャロン。

 片や、若干居づらそうにしながらも、ほこほこと火照る湯上がりの頬に小動物もかくやという所作でもそもそと芋を詰め込むリジット。

 リジットは、深い藍色の長丈着(チュニック)に、膝より上までしかない短めのズボンを合わせたもので、まるで町娘がピクニックにでも来ているかのような出で立ちだ。


 ふたりの顔を見比べて、セルシラーナ姫殿下は、おろおろ、おろおろと視線を彷徨わせた。

 その場に居合わせる僕とローレン氏、ロナは神妙な顔で、姫殿下の困り顔に捕まらないように、各々ふいと目を逸らす。


 誰だって、わざわざ火種を抱えたくはないだろう。僕だってそうだ。ほぼ空になったスープ皿を執拗にこねくり回すのに忙しい。

 いっそ、早々に食事を終えて天幕に引っ込んでしまえばよかったかもしれない。


 微妙な空気が支配する野営地で、その渦中であり原因でもある問答がシャロンとリジットの間でにこやかに、かつ和やかに交わされている。そう、表面上は。


「お風呂は気持ち良かったですか」

「ええ、とっても。おかげさまで」


 風のほうも、このどこか淀んだ空気をかき混ぜるのは断固拒否の構えらしく、ただ僕らの周りをさわさわと言わせて無難に通りすぎていった。

 シャロンは『にっこり』を崩さない。


「それはよかったです。新しい服はどうですか」

「――ええ、すこぶる快適よ。私にはもったいないくらいに」

「そうですか。喜んでいただけて、良かったです。オスカーさんが用立ててくださった、私の服ですが。お気に召したようで、良かったです。私の服ですが」


 畳み掛けるシャロンの言葉に、うぐ、と声を詰まらせるリジット。ため息が捗るローレン氏。ぼーっと焚き火を眺め続けるロナ。おろおろするセルシラーナ姫。

 僕の腕を取って隣に座るシャロンは威圧こそ発していないものの、眼が笑っていない。

 今のシャロンのにっこり顔を正面から見返す度胸は、僕にはない。


「あああああああの。あのあの。わたくしたちの服の予備が失われてしまっていたために、大切なお召し物をお貸しいただいて申し訳なく思うのです」

「いいえ。構わないですよ、お姫様。むしろ快くお貸ししますとも。リジットさんはオスカーさんの服を借りようとしていらっしゃったようですが、亭主の服をお貸しするような恥知らずな真似はできませんもの」

「ぴぅっ」


 見晴らしの良い空間であるはずなのに、重く淀んだ空気に圧迫されている錯覚を覚える。

 圧迫感に耐えかねてか、ついに打開をはかって口を挟んだ第三者(おひめさま)は、ぐりん、と勢いよく首を回し自らを正面から見据える蒼い瞳を前に、か細い声を漏らして沈黙する。瞬殺である。


「リジットにも他意があったわけじゃなくって、僕の服のほうが動きやすそうだからってことだと思うぞ。ほら、汚してもあんまり気にしないでいいし」

「はい。もちろんです。他にどんな『他意』が介在する余地がありましょうか」


 さすがに可哀想すぎるので、哀れなお姫様に助け舟を出そうとしたところ、一瞬で轟沈した。やはり黙っているのが得策だったようだ。僕は誰かを助けるには、あまりに無力だ。


「べ、べつにオスカーの服に拘りがあるわけじゃないわよ」

「つんでれ(おつ)です。ただオスカーさんの服に拘りがないというのは重畳です。では早くオスカーさんのマントを返していただけませんか?」

「あ、あした洗ってからちゃんと返すわっ!? 素肌に直接着てたのに、そのまま返すなんて……」

「別に僕は気にしな――「オスカーは黙ってて」「オスカーさんは黙っててください」――はい」


 ごにょごにょ言うリジットはマントを汚したことを気にしているようだったので、"剥離"で汚れを落とせばいいやと軽い気持ちで再び口を挟みかけた愚者(ぼく)

 最後まで言い終わらないうちに、ふたりから息ぴったりに迎撃され、セルシラーナ姫殿下からは嬲られる同族を見つけたような(あわれ)みの視線を頂戴する。そんな目で見ないでほしい。


「それに、随分と親しげに名前を呼ぶではないですか。私・の・だ・ん・な・さ・まのお名前を」

「べ、べつにそれこそ他意はないわよっ!? 私だけ名前で呼ばれるのはフェアじゃないから、ただそれだけの理由よ。ね、オスカー」

「へーそーですかー」


 僕の左腕をむぎゅぅ〜っと握りしめ、ぷくぅと頬を膨らせてシャロンが拗ねる。


 シャロンの全力であればすでに僕の左腕は捻じ切れているので、もちろん力加減はされている。しかし"肉体強化"と"硬化"の重ねがけを考えてもいいくらいには圧迫されている腕は、たまにギシりと骨を軋ませる。

 人前にも関わらず、完璧に均整の取れたシャロンの肢体に抱きとめられている嬉し恥ずかしな感覚など、微塵も感じない。背中に脂汗が浮かびかける中、笑顔っぽい表情を保つのに必死だ。


 そんなところに、セルシラーナ姫殿下がさらなる燃料を投下してくる。


「でも実際、リジットが他人を名前で呼ぶのは珍しいことなのですよ。基本的には心から認めた相手だけしか呼ばないものだから、王宮でも『気高き漆黒騎士(ロウ・ナイト)』なんてあだ名されたりしてたのです」

「あの、姫様? そんな噂が立ってて二つ名まであるの、私は初耳なんですけど」

「けっこう、有名」

「ロナまで知ってるの!?」


 大層な二つ名をされていても、ノーパンだったけどな。

 僕らの素材収集でのことのあらましは報告済みだが、詳細はお互いの名誉のために伏せたままである。

 『ノーパンの騎士様』は僕のみが知るところとして、墓まで持って行くか今すぐ記憶をなくすか選べとリジットに詰められたため、自分の脳をいじるような経験は幻術内でも二度とご免被りたい僕は、硬く口を噤むことを選んだのだ。

 だというのに、恥ずかしさを誤魔化すためか、リジットはむすーっと頬を膨らせた。


「オスカーまで、なに笑ってるのよ!」

「笑ってない、笑ってない」


 狼狽するリジットを余所に、さらにぎしりと軋む僕の腕。


「ふふふ、ふふふふ――本当に、ナニがあったんですかねー」


 さすがに耐えかねた僕は、すちゃっと"全知"を装着、左腕に限定して"硬化"と"肉体強化"を無詠唱で二重詠唱(ダブルキャスト)。ぼんやりした月と焚き火の他に、真紫の燐光がパッと舞い散る。

 眼前で繰り広げられる、実にしょうもない理由による超絶技巧に、ローレン氏が再び深々と焚火にため息を叩きつけた。

今回は少し短いですが、一話が長くなりすぎたので分割しました。

いつも通り土曜日にも更新します。

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