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僕と黒髪少女と素材集め そのいち

「あっははははははははははーーー!!!!!」


 盛大な笑い声をその場に置き去って、草原を滑るように疾駆する一塊の影。

 声の主は、ダビッドソンの後部座席に跨る黒髪の少女、リジットだ。顔を合わせるたびに、むすーっと唇を尖らせていた彼女が、こうまで大笑いしていると、逆に怖い。


「あははは、あっははははははー!! 速い、速い、速ぁあいいーっ! ヨダよりもっともっと速いーっ! あっははははーー!!」


 ヨダとはなにものなのか。そういう補足を入れる気は全くないらしく、ただただリジットは大喜びしている。

 全力で走る馬よりも、さらに3倍は速いダビッドソンが随分とお気に召したらしい。当初は期待半分、不安半分といった様子だった彼女は、速度が乗り始めてからずっとこの調子だった。


 緩やかな風が頬を撫ぜ、服を、髪がばたばたと靡く。

 雨や風の中での移動や会話に支障がないように、ある程度の風圧を軽減する術式を新たに組み込んでいる。それでも除去しきれなかった風が僕らには伝わってきていて、それがまた疾走感を引き立ててくれる。そんなところもまた楽しいようで、今までの、どこかつんけんとした様子は完全になりを顰めて、リジットは大いにはしゃいでいた。


「ねぇねぇねぇっ! もっと! もっと速くなる?」

「え、もっと!? うーん。できるけど……しっかり掴まってなよ、落ちたら即死だぞ」

「わかったっ!」

「舌も噛まないようにな」


 もし仮にだが、疾駆するダビッドソンから落下した場合。"念動"魔術で吊り上げようにも、落ちたが最後、一瞬で魔術の効果範囲外へと置き去りになってしまうだろう。そも、”念動”はあまり発動が速くない。あとは地面に接触した部分から、いい具合に摩り下ろされることになる。そんな馬鹿げた死因は誰もが御免だろう。


 まるで子供のようにはしゃぐリジットは、実に素直だった。一声、とても良い返事をすると、僕の腰あたりを掴んでいた手を、腕全体でぎゅっとしがみ付くような形へと転じさせる。嫌がるようなそぶりは全くない。それに伴い、僕の背中に押し付けられる平面。変に緊張しなくて良いのは助かるが、ことによるとアーシャ以下、もはやラシュと同等の平面具合であろう。よく後ろに乗せろとせがんでくるアーニャとは比べるべくもない。


 もっとも、今の上機嫌な――というよりも若干おかしい――状態から戻ったときに面倒なことになりかねないので、余計なコメントを差し挟むことはしない。言わなくていいことを言って、わざわざ波乱を呼び込む必要はないのだ。その代わりとばかりに、ダビッドソンに魔力を()べる。機構の節々を鮮やかな紫に発光させ、ダビッドソンが唸りを上げた。


 馬車の中で、地図と睨めっこして次の野営地を決めたあと、そこで落ち合うよう取り決めて、僕は素材収集のためにダビッドソンで別行動をとることとなった。本人が宣言した通り、リジットも一緒に、だ。


 合流ポイントへの道筋からやや北へ逸れた山の麓でダビッドソンを停めると、僕は大きく伸びをする。


 あんまりにリジットが喜ぶので、調子に乗って景気よく魔力を使ってしまった反動もあって、少しばかり体がだるい。目的である素材収集はむしろこれからだというのに、先が思いやられることだった。

 リジットも、名残惜しそうに座席から地面へと降り立った。興奮していた反動のせいか、地面の細かい揺れに足を取られてふらつく。


「大丈夫か?」


 倒れかけたリジットを咄嗟に支えた僕の腕から、彼女は驚いたように体を遠ざける。


「……見ての通り、大丈夫よっ!」

「見た通りだったら、思いっきりコケかけてたけど」


 ふん、とそっぽを向いた黒髪少女の頬は若干まだ赤さを残しているものの、素直なのはダビッドソンの上ではしゃいでいた時の限定的なものだったようだ。少しばかり残念に思う。僕には女の子にむすっとされて喜ぶような趣味はないのだ。


「ねえ。あの魔道具は、置いといていいの?」

「ああ。ていうか置いていくしかない。さすがに岩山を登るのには不向きだし。できれば持っていきたいけど、採取の邪魔にもなる。心配しなくても認識阻害があるし、そもそも僕やシャロン以外の人には動かせない。なんなら、試してみるか?」


 リジットは半信半疑を顔にありありと貼り付けていたので、試してみればと促す。


 ダビッドソンに跨がり、揺すってみたり、足をぱたぱたさせてみたり、かと思えば今度は地面に降りて持ち上げようとしてみたりしていたリジットだったが、最終的に動かせないことを悟ったらしい。渋い顔で頬を若干膨らせるも、「問題ないみたいね」なんて言いつつ、僕の隣へと戻ってきた。


「取りに戻る手間はあるけど、置いといても問題ないだろう」


 名残惜しげにちらちらとダビッドソンの方へと視線を投げるリジットを連れ立って、僕はごつごつとした岩場に足を向けた。


 なだらかな岩場には動植物も豊富なようで、踏み入った僕らを疎んじるように、灰色の鳥が数羽連れ立って飛び立っていった。

 近くに集落を見かけることもなかったし、登る者などほぼ皆無なのだろう。道などない岩山には、大小様々な石がごろごろと転がっており、地面の揺れもあって、宙靴の術式を起動している僕はともかくとして、リジットは登りにくそうにしている。差し出した手は振り払われた。


 さして長い時間を歩いているわけでもないが、転倒や、滑り落ちたりしないよう注意を払って進むのは神経を使う作業だ。リジットの表情は険しく、美しい黒髪には汗が滲んでいる。

 いまのところは鉱石や魔物が見つかるでもなく、ただただ岩山を登っているだけなのだが、いかに小刻みとはいえ地面は未だ揺れを続けている。気を抜けば足を挫いたり、滑り落ちたりしかねない。想像以上に体力を奪うはずだ。


「ほんとに大丈夫か? なんなら、ダビッドソンの近くで待っててくれたっていいんだぞ」

「甘くみないで! 魔術師の、あんたが平気なのに、《騎士》の私が、ヘバるわけないでしょ……っの、よいっしょぉ!」


 手の甲で汗を拭うリジットの漆黒の目には、闘争心がめらめらと燃え上がっているかのようである。

 せめてリジットの荷物を持ってやろうかという僕の発言も、彼女のプライドか何かを刺激してしまったらしい。


「騎士様が山歩きをするのか?」

「当然よ。行軍演習でも、いい成績を、ふんっ……残さないと、シヴールで、最優の称号が、得られるわけ、ないわっ! ……ふぅ」


 どう見ても疲れているのだが、それを指摘しても一層躍起になるだけだろう。

 やはり一人で出てきたほうが素材収集が捗ったな、なんて若干失礼なことを思いつつ皮袋の水を手渡す。これは素直に受け取ったリジットは、実に美味そうに喉を鳴らして水を呷った。流れ出る水に反応して、革袋の裏に刻んだ‶氷結‶の術式が淡く輝く。


「わぷっ! つめたっ、つめたいわ! ……んぐ、……んっ、っぷぁ〜っ!」

「これも食っとけ。少しずつな」

「なにこれ? ぅ。しょっぱい……」

「体力回復効果があるから。我慢して」


 ヒメリの実を塩漬けにしてよく乾かした携行食を、僕の忠告を無視したリジットは、丸ごとぽいと口に放り込んだ。そして襲い来る突然の塩気に、目をしょぼしょぼとさせる。

 驚いても吐き出したりはせず、ちゃんと食べきるあたりを見ても、礼儀作法をきっちり学んでいるのだろう。なぜか僕に対する態度は全般的に悪いが。


「いまの、ヒメリね? 水だけじゃ行軍できないものね」

「そういうことだな」


 汗を流したときには水だけでなく、塩気や甘味があれば、体力回復が大いに捗る。

 塩っぽい味から復活したリジットは、ふむふむ、と小さく頷く。そして「なかなかわかってんじゃない」みたいな、謎の満足顔をされた。


「リジットも、よく知ってたな。それも騎士様に必要な知識ってやつか」

「そういうことよ。それに、素材の知識だって、それなりのものなんだから。あ、ちょうど御誂(おあつら)え向きに良いものを見つけたわ。いい? 見てみなさい」


 少しばかりの休憩で、やや元気を取り戻したらしいリジットは、進路上からやや右に逸れた場所を指し示す。

 ピッと指を立てて指し示す彼女の表情は、どことなく得意げだ。ツリ目がちな両の瞳がきらりと輝く。


「わかるかしら? あそこ、あまり草が生えていないでしょう」

「言われてみれば……でも、それがどうしたんだ?」


 あまり草が生えていない、というよりは、正確にはその地点だけ茶色く背の低い草だけしか生えていない。すぐ側には同じくらいの背の緑の草や、苔が生えているところもあるのに、リジットの指した部分だけがぽっかりと色彩を失っているかのようだ。もっとも、「言われてみれば」という程度の差であり、ただの岩山の風景の一部なので、何も言われなければそのまま素通りしていた可能性が高い。


「少し地下に、稀少な鉱石があるわ。さ、採掘道具を貸して。掘りましょ」

「ん? 採掘道具? 持ってきてないぞ、そんなの」

「ええええっ、嘘でしょ!? せっかく見つけたのにっ!!」


 得意げな顔から一転、唇を突き出してぶーたれる。

 僕に対しては悪態混じりなところが多いが、元々は表情豊かで朗らかな性格をしているのだろう。


「やけに荷物も少ないな、とは思ってたけどっ! あんた、何しに採取に来たのよ! 山だって言ったでしょ!?」

「待て待て。採掘道具はないけど、掘らないとは言ってない」

「……どういうことよ?」


 頑張って岩山を登り、稀少鉱石の兆候(サイン)を見つけたのに、それがあわや無駄になるのかとリジットが憤慨する。唇をぷぅと尖らせたまま、黒いツリ目がジロリと睨めつけてくる。

 それをローレン氏がやっていたように、どうどうと手で制す傍で、ズボンのホルスターに収められた紫剣の柄を引き抜いた。

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