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僕と彼女とシヴールへの道

 翌日。僕らは、まだ日が上がりきらないうちに、一夜限りの野営地を後にした。

 即席ではあるものの、"ハウレル式"の改良を施した車輪を搭載した馬車は、揺れにも負けず、軽快なペースを保って荒地を()く。


 襲撃者が持っていた探知の魔道具は、セルシラーナ姫殿下の玉柩(ぎょっきゅう)を探知していたわけではなく、リジットが姫に化けるのに使っていた幻視の魔道具を追っているということが判明したため、幻視の魔道具はあの野営地に置いてきた。そのため、馬車の中にいるリジットの見た目は当人のままである。

 幻視の魔道具も、ただ置いてきたわけではなく、ひとつ罠を仕込んでおいたのだが――


「なあおいリジット、どうやら掛かったようだぞ」

「――ふんっ!」


 馬車の中に広げた地図上で、全く動かなくなった探知魔道具を小突く。一方のリジットは、後ろで一本に結わえた黒髪を振って、ぷいっとそっぽを向いた。

 その様子を見て、あははと苦笑を貼り付けるセルシラーナ姫殿下と、ジッと地図へと視線を落としたままのロナ。

 3人とも昨晩はよく眠れたようで、表情にも多少の余力が見て取れる。


「『姫様爆弾』が作動した、ということでしょうか?」

「たぶんね。少なくとも、幻視魔道具は完全に機能を停止したみたいだ」

「なんとも複雑な気分なのです」


 シャロンの問いかけに僕が頷くと、当の『姫様』が肩を落とした。その背を、侍女のロナが無言で(さす)る。


 『姫様爆弾』と名付けた罠は、幻視の魔道具を元に改造したものだ。

 リジットの魔力を使って幻視を保っていたようだったので、動力は例の如く魔石からに切り替えた。これで、誰が作動させているわけでなくともセルシラーナ = ヴェルゼ = シス = シンドリヒト姫殿下の姿がその場に形成される。

 さらに、その姫殿下の幻影の形に合わせて、臓物を圧縮加工して配置。これには野営地となった地点に元々居た魔物たちの内蔵を使った。

 あとはヒュエル鉱石を埋め込んで、細かな術式の調整を経たのち『姫様爆弾』は完成した。


 野営地には"認識阻害"の魔道罠をひとつ残して来たので、強い抗魔力(レジスト)か、その地点を目指す強い認識や意志がない限りは、辿り着きにくくなっている。

 その上で、手元にある探知の魔道具と同系統のものが発動状態で至近距離にあると、臓物を撒き散らして『爆発』するような作りだ。


 地図上で完全に沈黙している探知の魔道具を見る限り、『姫様爆弾』と化した幻視魔道具は機能を停止している。

 うまく行っていれば、さらなる襲撃者は臓物を浴びて呆然と立ち尽くすことになっているだろう。もしかしたら仲間割れも期待できるかもしれない。見た目だけ玉柩(ぎょっきゅう)に似せた箱も臓物の中に仕込んでおいたので、こちらを追わなくなってくれればしめたものである。


「やっぱり、悪趣味よ」


 リジットが唇を尖らせ、ぶーたれる。作戦の有効性は理解しているものの、姫殿下の似姿が爆ぜる姿には思うところがあるのだろう。僕だって、シャロンの姿でそんなことをやられたらブチ切れる自信がある。

 しかし作戦自体は当のセルシラーナ姫殿下が承認したことでもあるし、もし万が一に無関係の人に炸裂したとしても臓物がべったり貼りつくだけ――とはいえかなり嫌だが――ということで、リジットも一応の納得はしていたはずだ。……まぁ、心から納得したというより、材木を組み合わせて作った簡易的な風呂から湯気がほこほこと上がっていたことに気を取られていたという可能性も、捨てきれないのだが。


 夕飯のあとのお風呂、(エアロ)シリーズによる揺れを気にせず眠れる環境、さらには朝の鍛錬後の湯浴み、朝食には肉のスープの他にも果物を蜂蜜に一晩漬け込んだ甘味まで堪能した手前、一行の僕とシャロンに対する警戒心は随分と和らいでいた。

 リジットは、まだ何かにつけてつんけんと突っかかってくるものの、今にも噛み付かんばかりの狼のようであった視線は、人見知りをする小型犬くらいまで和らいでいる。やはり、適度な睡眠に、ちゃんとした食事は心身の健康を保つためにも必要なのだ。


 二頭建ての大きな荷馬車は、舗装もされていないでこぼこ道を、一行を乗せてすいすいと進んだ。馬車を駆るのはローレン氏で、他の面々は荷台でのんびりしている。術式の付与によって地揺れどころか路面状態による揺れもほとんど感じないので、実に快適な旅路だ。なんの対策もしていないと、馬車は上下に揺れるため、しばらく座っているだけでも体の節々が痛くなってしまうのである。

 ほとんど揺れなくなった荷台が大変お気に召したセルシラーナ姫殿下やリジットは、今は荷台に積み込んだダビッドソンが気になるのか、興味深そうに、あるいはちらちらと視線をそそぎ、ロナは姫の隣で何を考えているのか虚空を見つめている。シャロンは僕の隣でいつものようにほんわりにこにことしており、僕はといえば機能しなくなった探知の魔道具をバラし終えて、暇を持て余していた。


 特に障害となるものがなかったとしてもシヴールまでは早くとも3日は掛かる道のりだという。その間ずっと、馬車の上で暇を持て余すというのも考えものだった。

 "倉庫"が使えれば、素材を引き出して魔道具でも(こしら)えていくらでも時間が潰せるのだが、無いものねだりをしても仕方がない。とはいえ玉柩を視たことで得た着想を、はやく形にしたいところなのだけれど。


「はぁ〜……。どっかに手頃なテンタラギウスでも居ないかなぁ」

「馬鹿なこと言わないでよ」


 リジットにはタチの悪い冗談か何かだと流されてしまったが、僕としては別段冗談で言ったつもりはない。


「てんたら……何なのです?」

「テンタラギウスっていう魔物がいてな。外皮が魔力伝導性の高い鋼に加工できる。それがあれば、姫さんの持ってる『あの魔道具』も直せると思うぞ」

「直るのですかっ!? てんたらぎうすがいれば、直せるのですかっ!!?」


 数年王家を悩ませ続けていた問題が解決するかもしれないという降って湧いた期待に、セルシラーナ姫殿下の翠の瞳が輝きを放った。


「ちょっとあんた、まさか本気で言ってるの?」

「問題があるのですか、リジット。とっても珍しい魔物だとかなのです?」

「――『トシュルムの悪夢』の……魔物」

「ひぇっ」


 こちらにジト目を向けてくるリジットの代わりに、ロナがぼそりと告げた言葉に、セルシラーナ姫殿下は情けない声をあげた。次いで、しょんぼりとした様子で肩を落とす。


「数年前のことになるけれど、1体のテンタラギウス相手に、町ひとつが壊滅してるのよ」


 リジットが、苦いものを思い出したかのように補足した。


 セルシラーナ姫殿下は、黙って正面を見据えていたら、泰然としたいわゆるまさに『お姫様』といった雰囲気を纏っている。が、話すようになると存外に感情表現が豊かだった。公務のときはボロを出さないよう、時折リジットが成り代わっていたことさえあったという。

 幻視魔道具を手放すとき――より正確に言うならば『姫様爆弾』に魔改造されたそれを見たとき――も、姫殿下は今のようにしょんぼりしていたものだ。

 そんな姫殿下の様子を見かねてか、リジットが説明を挟みつつ『あんたのせいなんだから、なんとかしなさいよ!』みたいな視線を送ってくる。すごいや、"全知"を掛けていない状態なのに、相手の意図がはっきりわかるぞ。


「別にテンタラギウスにこだわるわけじゃない。薄くできて、魔力伝導性が保てるならある程度何だっていい。エムハオ革でも構わないくらいだ」

「まったく。じゃあなんで災害級の魔物を例に出したのよ。エムハオだったら、そのへん探せばいるんじゃない?」

「どうせなら耐久性が高いほうがいいだろ。革だとどれだけ長くても十数年ほどで駄目になるから、小まめな調整がいる」

「そういえば、手入れしてくださっていた技師の方が、何年か前に亡くなってしまったのです」


 つまり『小まめな調整』ができなくなった結果、壊れてしまったということだろう。後継者の手には負えなかったらしい。箱状の魔道具は"全知"で知覚した限り、平面的構造に描かれた紋章と、立体的に埋め込まれた術式が高度に組み合わされ、複雑かつ難解な作りになっていた。むしろ、それまで調整が正しくできていたことをこそ褒め称えるべきかもしれない。


「いまさら道具だけを直していただけたところで、国が元通りになるわけでは、ないのですけれどね」


 長い睫毛を伏せて、翠の瞳が揺れる。セルシラーナ姫の感傷に、ロナがその背を優しく(さす)った。


「では、このあたりの素材収集に出かけましょうか。ガムレルの町周辺とは違うものに出会えるかもしれません」


 そんな少し重くなってしまった空気を、シャロンは小さく手を打ち鳴らして散らすと、そんな提案をする。

 僕が暇そうにしていたのを敏感に察知していたのだろう。荷物の中から採取用の小さな鞄を取り出して、出かける準備を始めた。心なしウキウキしているように見えるのは、二人旅のつもりが、わずか半日で大所帯となってしまったことと無関係ではあるまい。しかし。


「うーん。そうしたいのは山々なんだけどな。護衛を引き受けてる手前、僕とシャロンの両方が馬車を離れるわけにはいかないな」

「むぅー。結界の魔道具で、こう、なんとかならないものですか?」

「寝てる間に襲撃されないようにする程度の、簡易なものしか持ってきてないからなぁ」


 簡易結界の中には常に僕やシャロンがいて、すぐに対処できる前提だ。闇狼や毒牙蛇(ポイゾウィップ)、それこそテンタラギウスのように強力な手合いが相手となれば、そう長時間保つとは思えない。

 "認識阻害"はもう少し強力な術式ではあるものの、動き続けている馬車に対して機能させるにはやや効きが悪い。興味を持たせにくくするだけで、見えなくなるわけではないのだ。そしてひとたび興味を持たれてしまっては、阻害効果は期待できない。

 "氷結"などの魔道罠の類も設置を前提に設計している。馬車のように動く物体に設置して、どれほど効果をあげられるかは微妙なところだ。さらに言えば、たいした数を持って来ているわけでもなかった。移動の邪魔になるためだ。

 やはり、どうあっても僕かシャロンのどちらかは護衛のために残る必要があるのだった。


 僕も立ち上がって、ぷぅ、と頬を膨らせるシャロンの頭をぽんぽんと撫で付ける。

 シャロンは、僕の首からぶら下がっているフリージアの骨片ペンダントを、恨みがましくつんつんと柔らかな指先でつつき回したあと、やがて諦めたように、代わりにむぎゅうと抱きついてきた。シャロンの頭を撫でていた手を彼女の腰に回すと、ひんやりとした柔らかな手がそこに重ねられる。

 シャロンはあいた手を僕の背中に回すと、少し爪先立ちのような姿勢になり、輝く蒼い目を閉じた。やや朱を帯び、ぷっくりとした彼女の唇に目が吸い寄せられ、思わずごくりと生唾を飲んだ。


「んん"ッ! ごほ、ごほん! んんっ!」

「はわ、はわわわ、なんで突然桃色な空気になってるのです――わぷっ!?」

「セルシラーナ姫、見ちゃダメ」

「ロナ。わたくしも大人なのですよっ!?」

「――だめったら、だめ」


 すぐ側で、実に居づらそう〜にしている面々の存在をようやく思い出し、僕とシャロンはお互いの顔を見合わせて、しまったしまった、と苦笑い。彼女らに背を向けるようにして、再び見つめ合うところから――


「違うでしょ!? 向きを変えて見えないようにしたからいいってものじゃないでしょ!?」


 リジットの猛りを背に、軽く口付けを交わして、仕方ないなぁと向き直る。ロナからも珍しく「あ、結局するんだ」というツッコミが入った。セルシラーナ姫殿下はロナの胸に抱きかかえられるようにして目を覆われたままで、「ロナの柔らかみが以前より増しているのです……わたくしよりもきっと大きいのです……」などとぶつぶつ呟いている。


「よし、じゃあやる気も充填したことだし、ちょっと素材収集に出るからローレンと合流地点を打ち合わせてくるよ」

「一応、いちゃついてたのにも意味はあったのね……。他所でやってという気持ちに全く変わりはないけれど。ってちょっとまって、あんたまさか、一人で行く気?」

「そうだよ。素材探しなら僕が自分で確かめたほうが手っ取り早いし。護衛にはシャロンがいるから安心だろ。言っとくけど、僕よりシャロンのほうが強いからな」


 昨日だって、僕が馬車の中を制圧するのに手間取っている間に、シャロンひとりで外の襲撃者を全て片付けてのけたのだ。

 ローレン氏などは、「えいっ」した木を担いで戻って来たシャロンの姿も見ている。その力量に不満が出ることもないだろう。


「オスカーさんは強くてかっこいいので、もっとすごいです」

「それを言うならシャロンは強くて可愛いから、もっともっとすごい」

「そういうのは後でやって。でも、そうね――それじゃあ、あんたには私がついていくわ」


 良いですか? と姫殿下に確認を取るリジット。ようやくロナの腕から解き放たれた姫殿下は、少し首を傾げたものの、すぐに許可を出した。

 しかし、僕としてはむしろひとりの方が動きやすい。シャロンなら話は別だが、護衛で残ってもらう必要がある。


「は? なんでさ。別に僕ひとりで問題ないけど」

「勘違いしないでよね、あんたが外で変なことしないか見張るためよ。……べつにあれに乗ってみたいからとかじゃないんだからっ」


 僕の反応をどう受け取ったのか、リジットは少し頬を朱に染めて、変な弁明をした。

 ちらりと投げられた視線はダビッドソンに向いていて、僕かシャロンでないと動かせないと説明したときに見せた落胆っぷりの裏返しであろうことは容易に想像がつく。

 無論、僕を見張るためというのも、重要な目的のひとつではあるのだろう。リジットにとっては、護衛を引き受けておきながら、襲撃者に内通している可能性も捨てきれないのだろうから。


「変なこと、ですか。それは助かります。

 どうか、買い物ついでに違法薬物の組織を壊滅させたり、魚釣りで弟にいいところを見せようと頑張りすぎて魔力枯渇に陥ったりしないように見張っていてくださいね」

「へ? ええ、はい。……お姉様、じゃなかった、シャロンさんの冗談は独特ですね。そんな奴いるわけないじゃないですか」

「……」


 リジットはシャロンに対して、というよりは僕以外に対してはそれなりに対応が丁寧だ。僕のほうには特に何をした覚えもないのだが。

 手をぱたぱたと振って、ないない、と笑うリジットの表情が、僕を見、シャロンを見、またさらに僕のほうへと戻って来て、真顔になる。


「え、あんたほんとに……?」


 挙句、ドン引きされた。端整な眉根を寄せて、どこか憐れむような眼差しすら加えてドン引きされた。

 しかし、僕には言い返すことができない。前科者のつらいところだった。

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