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僕と彼女と情報交換 そのに

「魔道具捨てろ、はいそうですか。……って捨てられるワケないでしょうっ!?」

「どうどうどう。――ハウレル殿、もちろん納得いくよう説明していただけますな?」


 まるで馬を落ち着かせるように、ローレン氏がリジットを制止する。ローレン氏自身も頭痛を堪えるように眉間のあたりを指で揉み込んだ。

 確かに、多くの魔道具は逸点モノで、かなり値が張るものだ。捨てろと言われても、安易(やすやす)と手放せるものではないかもしれない。

 とはいえ、シャロン風に言うならば『命あっての物種』というやつだ。それが原因で危険な目に遭うようでは、まるで意味がなかろう。


「さっき言った通りだよ、安全を確保するって。

 いいか、襲撃者が来ただろ? だから魔道具を捨てるんだ」

「驚きの論理展開なのです!?」

「オスカーさん、オスカーさん。これをお見せしたほうが話が早いかもしれません」


 やっぱりわからないのです!? と姫殿下が頭を抱えるのを見かねたシャロンが差し出したのは、手頃な石ほどの大きさの、楕円系の魔道具だ。魔力を充填して使う、一般的な形式だった。僕が作ったものではなく、襲撃者の持ち物だったモノである。

 安全確保というのはもちろんだが、彼らの手持ちの魔道具を観察したいという考えもあったため、焦るあまり説明をすっ飛ばしすぎたらしい。


「見てくれ、これはシャロンが襲撃者を倒して手に入れたものだ」


 魔道具を取り出したことで、侍女のロナがさりげなくセルシラーナ姫殿下を守れる位置に割り込でくる。自らの仕事に忠実な、優秀な家臣なのだろう。

 楕円形の魔道具へと魔力を通すと、僅かに紫の魔力光が散った。地図の上に置くと、ずりずりと地図の上を動いていく。やがて、皆が見守る中で、魔道具は地図上の一点を指し示して止まった。それはまさしく僕らが今いる、野営地のあたりである。


「ほう。これは……」

「現在地を示す魔道具、なのですか?」

「いいや」


 ローレン氏が興味を示し、セルシラーナ姫殿下が首を傾げる。

 魔道具の動きを食い入るように見つめていたリジットだったが、実のところ観察眼は優れたものだったようだ。地図を見下ろして、正解を口にしたのもまた彼女だった。


「何かを探知する類の魔道具なのね?」

「そう。その通り」


 楕円形の魔道具を小突く。すると、少し位置のずれた魔道具はずりずりずりっと動いて、再び野営地周辺を指し示した。


「しかも見たところ、コレはどうも特定の魔道具を指し示している。だから探知の対象になってる魔道具を捨てないと、また襲撃されかねない」

「待って。なんでそんな、魔道具の詳しいことまでわかるのよ」

「これでも魔道具技師だからな」


 "全知"で機構が読み取れるから、と言うわけにもいかない。適当にはぐらかす僕を、リジットは胡乱げに半眼で見つめてくる。


「魔道具技師だって、そんな他人の作ったものがほいほいわかるもんじゃないはずよ。分解もしてないのに」

「魔力の流れ方や働きから、ある程度は籠められた術式が、その、まあなんだ。だいたいわかる。

 外れなら外れでいいし、従わないならそれでもいいけど危険は上がると思ってくれ」

「そう言われましても、手元に残っている魔道具といえば――ふむ」


 考え込むローレン氏は馬車へと振り向き、次にゆっくりとセルシラーナ姫殿下を見た。何らかの判断を仰ぐつもりなのだろうか。

 視線が集まったことに小首を傾げたセルシラーナ姫は、次の瞬間に何か思い当たるところがあったらしく、目が泳いだ。


「ん、お姫さまは何か魔道具を持ってるのか? それは――」

「こ、これは駄目なのですっ!? 絶対に、ぜぇーったいに駄目なのです!!」


 宝玉のような翠の目を真ん丸に見開いて、慌てたように片手をぶんぶんと振る姫殿下。

 リジットが替え玉を務めていたときの、泰然とした雰囲気はどこへやら。そんな感想も、彼女が振るのともう反対の手に握られているものを"視た"瞬間に吹き飛んだ。


「そ、それは!?」


 セルシラーナ姫殿下が握っているのは、白を基調とした四角い箱だった。手のひらにすっぽりおさまるほどの大きさのそれは、表面に仰々しい紋章が刻み込まれている。ガムレルで見た地図にあった紋章なので、おそらくシンドリヒト王家の紋章か。箱状の魔道具表面の紋章それ自体も術式の一部を成しているようだ。大胆さと精緻さを兼ね備えた意匠である。しかし真に驚くべきは、その機構である。"全知"越しに読み取れる構造体は、箱型でありながら内部にまでみっしりと術式の編まれた紋章や記号で埋まっており、物が入るような代物ではない。そうでありながら、その術式は物を収納する機構だ。僕が転移装置を間借りして作った"倉庫"と同様、ここではない空間を介しての収納を実現しているようだが、そのやり方は大きく異なる。"倉庫"が遠い場所へと『送って』物質を収納しているのに対して、この魔道具――"全知"によると、玉柩(ぎょっきゅう)というらしいが、これは異なる空間、異相を作り、そこに物体を収納する仕組みになっている。空間を形成する魔術としては"結界"の魔術があるが、その応用として玉柩を通して空間の裏側とでも言うべき場所に、仮想的な空間を作ることで収納を実現しているようだった。そんなことをしようと思ったことはおろか、出来るかどうかということを考えたことすらなく、この魔道具、玉柩はまさしく天才の作だと確信する。なるほど、あの紋章を多重にすることで、上面の魔力浸透が伝わっていく途上で空間座標を固定しているんだな。そのための強度と魔力電動を担保するために鋼の間にエムハオ革を挟んで効率を上げて、うん。なるほど。次元面固定術式を持ち運べる大きさに敷き詰めるには立体的な構成をも取り入れる他なかったのか。それを実現するために十三層構造になっているから箱型になってしまっているだけで、これを圧縮するか、ないしは魔力伝導性の高い鋼で代用できれば。いや、それよりも空間が展開された先にまで術式を記述しておけば、もっと――


「オスカーさん、オスカーさん。少しばかり見すぎのようです。あんまりにオスカーさんが視線を注がれるので、皆さんびっくりされているようですよ」

「え? あ、え? あれ」


 シャロンに呼びかけられて我に返った僕の目の前では、シャロン以外の面々が、びっくりというのはやや穏当すぎる表現にあたるというか、有り体にいってかなりの警戒体制となっていた。


 焚き火を挟んだ向こう側ではロナがセルシラーナ姫殿下を抱き抱えるように一歩下がり、ローレン氏は低く腰を落としている。すぐに動けるようにだろう。リジットはこちらが動きを見せようものなら即座に交戦に入るつもりなのか、腰に取り付けたナイフの柄へと手を添えて、僕とシャロンへ鋭い視線を注いでいた。


「あー。すまない、それは貴重な魔道具なんだな。

 さっきリジットとの問答でも言った通り、僕はある程度、見たら魔道具の仕組みがわかるんだ。見事な作りだったんで、ちょっと見入っちゃっただけだ」


 敵意はないし、奪い取ったりもしないと手の平を見せて詫びる。張り詰め切っていた空気が若干とはいえ和らいだ。


「――姫殿下、それはさすがに、みだりに出すのをお控えください」

「うっ」

「……ていうか、なんであんたに親しげに名前で呼ばれなきゃなんないのよ」

「いや、でも家名聞いてないし」

「うっ……」


 ローレン氏の諫言にセルシラーナ姫殿下は声をつまらせる。ぶつぶつと零したリジットも同様に、不満げに口を尖らせた。


「そんなに警戒しないとならない代物なのか、その箱は」

「ええと。はい、そうなのです。詳しく説明するのは王家的に難しいと言いますか――そもそもこの存在を知っている者も限られていると言いますか……」

「だから壊れたままにされてるのか。物凄く勿体ないな」


 緊張しきった空気を和ますように、ごにょごにょと説明できない旨を述べていたセルシラーナ姫殿下は、僕の返答によって今度こそ完全に固まった。そして、このことは臣下たちにも初耳だったようで、ローレン氏とリジットが勢い良くばばっと彼女のほうを振り向く。


「あの。あのあの――あのっ、えーっとですね? なのですよ?」


 だぁっと汗を浮かべ、セルシラーナ姫殿下は玉柩(ぎょっきゅう)と僕の顔とを見比べた。が、僕からは特に何も言えることはない。というか迂闊な発言を悔いている真っ最中だ。


 こうなると、”全知”の視界も考えものだった。どこまでが本来知っている可能性がある情報なのか。どこまでが話していい情報なのか。それらが、全てが判別できる”全知”の視点では不明なのだ。なまじ全てがわかるがゆえに、ちょうど良いくらいというのを見失ってしまうのだった。


「壊れてる……?」

「あぅ。あの……えっとですね、リジット、目が怖いのですよ……?」

「姫殿下、無礼ながら、それが(まこと)ならば由々しき事態ですが」

「あの……えっと、そのぅ。はぃ……」


 リジットとローレン氏の追及を受け、ついにはセルシラーナ姫殿下は消え入るような声で魔道具の破損を肯定した。

 しゅん、としおれるように長い睫毛を伏せ、両の手で玉柩を包み込むようにかかえる。その姿はまるで、ひどく叱られた幼子のようだった。


「なんか、あんまり踏み込んじゃいけないとこだったのかもしれないな」

「はい。大変そうですね。そっとしておきましょう。

 あ、そうです! ふー、ふー。はい、オスカーさん。あーんです」

「え、ああ。ありがと。んぐ、……むぐ。んむ、んまいな」

「えへへー」

「ちょっとそこ!! 大事な話をしてるとこなんだから、いちゃついてんじゃないわよ! だいたいあんたが元凶でしょうっ!」

「えー。壊したの、僕じゃないし」

「うるさいっ」


 邪魔しちゃ悪かろう、と空気を読んで食事を再開したというのに、空気を読めというお叱りを受けてしまった。なんでもわかる"全知"は、場の空気を読んでくれたりはしない。


「姫殿下。壊れたというのは、先の襲撃に依るものなのですか」


 こちらのやりとりに全く頓着せず、ローレン氏が静かに問い掛ける。セルシラーナ姫殿下は小さくふるふると首を振り、弱々しいながらもはっきりと否定を示した。


「――もう、数年前からなのですよ。いつ壊れたのか、はっきりとした時期はわかっていません。そう使うものでもないですから。

 この事実を知るのは、わたくしの他には国王と兄上だけのはずなのです」


 それをこんなところで言い当てられることになろうなどとは、全くの計算外だったに違いない。なんだか悪いことをしたみたいだ、と少し反省しながら横からシャロンによって差し出される肉包み――シャロンが限りなく綺麗な球形に作っていたやつだ。あれだけ丁寧に丸めていたのは、僕に食べさせるためだったらしい――をもぐもぐと咀嚼する。


「壊れてるかどうかを知っていたかどうかはさて置いても、襲撃者の狙いは、その箱――さらに言えば、その中身か」

「おそらく、そうなのでしょう。わたくしが今これを持っていることを知る者も、決して多くないはずなのですが」


 セルシラーナ姫殿下は、悲しげな視線を玉柩に落とした。宝石のような翠の瞳が揺れる。見守る臣下たちも、皆一様に沈痛な面持ちを浮かべていた。

 襲撃者の話が出たついでに、先ほどの襲撃で馬車に乗り込んでいた半獣人の男、蛮族組織の生き残りであるフィルから、"全知"で得た情報を伝えた。彼らに指示を出す女がいることや、そいつが探知の魔道具、命令に従う魔物を(もたら)したこと、王族の誰かが持つ『印章』とやらを狙っていることなどだ。


「そこまでの事情が知れているのなら、隠し立てもほとんど無意味なのですね。

 もっとも、彼らがどれだけ欲したところで『印章』は手に入れることができないのです」

「それは、その、ええと。その箱に入っているから?」


 この問いかけに、セルシラーナ姫殿下は小さく頷いた。もはや隠し立てしても意味がないという主の判断に、ローレン氏やリジットも止めに入ることをしない。もっとも、リジットは何事かを考え込んでいる様子だ。その黒い瞳に宿っているのは、"全知"の見立てでは怒り一色である。


「そうなのです。この箱は玉柩(ぎょっきゅう)と言います。シンドリヒト王家直系の者にのみ開けられる作りになっているのです」


 もっとも、壊れてしまってもう誰にも開けられないのですけれど、とセルシラーナ姫殿下は力なく笑った。


「それでも……その玉柩(ぎょっきゅう)ってやつは、捨てるわけにはいかないんだな?」

「はい。もちろんなのです。王家の……シンドリヒト王国の礎となる『印章』、王の証が納められているのです。誰にも開けられなくたって、捨てるわけには参りません。他ならぬわたくしは、絶対に捨てるわけにはいかないのです」


 王都を離れ、逃避行のようにシヴールへと落ち延びようとしながらも、セルシラーナ姫殿下には王家の者としての自負があった。たとえ誰が味方かわからないような状況まで追い詰められていようとも、その自負を、矜持を、自ら捨て去るわけにはいかない。


 寂しそうな翠の瞳は、弱々しくもはっきりと、そう語っていた。


 半ば意地のようなものなのだろう。それは、個人の意地ではなく、王家としての意地。連綿と受け渡されてきた、由緒正しき家柄の重責。それを自ら手放すことなど、出来るはずがない。――そうできれば、どれだけ楽になるかがわかっていようとも。


「わかった。わかったよ、お姫さまの覚悟みたいなものは。

 それを捨てろなんて言わない」

「道中の危険が増えるのだとすれば、申し訳なく思うのです」

「まあ、探知されてる対象が玉柩だと決まったわけでもないしな」


 それに、申し訳なく思ったところで、考えは変わらないのだろう。


 隣を盗み見ると、蒼い瞳がまっすぐに僕を見上げていた。目が合い、にこりと微笑む。

 僕がシャロンを守りたいように――そのための情報を、何が何でも得たいように、彼らには彼らの譲れないものがある。


それならば、僕は、僕に出来ることを、出来る限りにやるだけだった。

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