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僕と彼女と御一行

 ごつごつとした岩場に囲まれた急造の野営地は、ほぼ中央で火が焚かれて赤赤とした光を放っている。にも関わらず、魔物たちがここを嗅ぎ付けることはほとんどなく、周囲も静かなものだ。

 野営地を囲うように配置した”結界”の魔道具には、認識阻害も付与してあるためだ。よっぽど抗魔力が高いか、ここに到達するという強い意志を持っていない限り、近付くことすら出来ないだろう。


「そろそろ、お伺いしてもよろしいか」


 スォーク肉のごろごろ入ったスープが行き渡り、毒味だなんだと一悶着あったあと、それぞれが夢中で匙を動かすのがひと段落するのを見計らってから――これにはけっこうな時間を要した――壮年の男は静かに切り出した。

 今も焚き火の周りで表面をこんがりと焼かれている肉包みに目が釘付けになっていた女性陣(シャロンを除く)が、ハッとした表情をして居住まいを(ただ)す。なお、シャロンはにこにこと、ずっと僕の顔を眺めている。これはいつものことなのでそっとしておく。


 荷馬車の中には食料の類が全くと言っていいほど存在しなかった。なぜそんなことになったのかは不明ながら、まずは食事をということで話は全部後回しにしたのだ。

 空腹では緊張感もほぐれないだろうし、目の前に肉がある状態ではまともに集中して話もできまい。さらには、せっかくの美味しいタイミングを逃すのは食材に対して失礼な話だ。もっとも、これはアーシャの受け売りだけれど。


「ああ。じゃあ、まずは自己紹介でもしとこうか。

 僕はオスカー。オスカー = ハウレル。魔道具技師をしてる。で、こっちはシャロン」

「オスカーさんの最愛の妻、シャロン = ハウレルです。趣味はオスカーさんのことを考えること、特技はオスカーさんのお役に立つことです」

「シャロン、頼むから話の初っ端から話がぐだぐだになりそうな気配を発しないで……」


 僕のすぐ横で、ふふん! と胸をはりつつ自己紹介とも自己主張とも知れない発言をするシャロンを諌めていると、黒髪少女が口を挟んでくる。


「ちょっと様子がおかしいな、とは思っていたけど……妻っ? 妻ですって? あなた、お姉様に何をしたのよっ!?」

「シャロンの様子がおかしいのはいつものことだけど。なんだって? お姉様?」

「そうよ! 突然わたしたちの前から姿を消してしまったと思ったら――よくわかんない男の妻だとか言って……今だって、その。すごいくっついてるしっ!」


 黒髪少女は若干頬を染めて、声を荒げる。

 ちらちらと注がれる視線は僕のすぐ隣に寄り添うシャロンに吸い寄せられ、赤面しては逸らしてを繰り返していた。


「人違いじゃないか? シャロンはずっと僕と一緒にいるし」

「はい。3回に1回くらいはお風呂も一緒です」

風呂(それ)に関してはシャロンが突入してくるだけで、僕は許可した覚えがないからな」


 僕とシャロンのそんなやり取りをほとんどの者は半眼で眺める中、こちらに指をびしぃっと突きつけて僕を糾弾しようとしていた黒髪少女だけは、「な、なっ……」とつぶやきながらぷるぷると肩を震わせ、頬を真っ赤にする。


「だいたい、あなたみたいな、地味って言われて根に持ってる男がお姉様と――その、つ、妻だなんて! 認めない、ふしだらだわ! わ、わたしは認めないわっ!」

「認めないも何も、だから人違いだってば。

 それと地味じゃねぇ、キャラ立ちが弱いって言われたんだ。あと別に根に持ってもない」


 ちょっとへこんだだけだからな。根に持ってなんかないからな。……ほんとだからな。


 暴走気味な黒髪少女は、どうも敬愛する『お姉様』とやらとシャロンを混同して、僕を敵認定しているみたいだ。しかし、いいのだろうか。壮年の男は頭を抱えてるし、あんたの主っぽい女は若干おろおろしだしている。

 さらには、そのお姉様と同一視されているシャロンの様子を『おかしい』と断じているし、それはそれで若干失礼ではないだろうか。


「私の様子がおかしいのはオスカーさんにまつわる時だけですよ!」

「あ、そのへん自覚はあったんだ」


 心外だとでも言うように、ぷぅっと頬を膨らせてシャロンが抗弁する。

 そんな様子に一瞬見とれてしまったらしい黒髪少女は惚けたように固まり、次いで困惑した表情をみせた。


「お姉様じゃ……ない……? お姉様はもっと、こう、理知的というか、あの……そんな残念なことを言う方ではなくって……もっと寡黙で、落ち着いて、凛々しくて……。でも、お顔はどう見てもお姉様なのに……」


 ぶつぶつもごもごと呟きながらスープに視線を落とす黒髪少女は若干怖かった。いつもこんな調子なのかと思ったら、別にそんなこともないようで、山吹色の髪の女に、もう一人の女も若干引いているようである。あまりに熱心に食い下がられたシャロンも、何やら思案顔だ。


「魔道具技師のハウレル殿と言えば、もしや翠玉格の?」


 やれやれ埒が明かないとばかりに、壮年の男が再び場を仕切り直しに掛かった。直前の黒髪少女の一幕は完全になかったことにしたいらしい。


「ん? ああ、そうそう。ちょっと出すの面倒くさいんだけど、荷物の中に勲章も入ってると思う。あれ? 入れたよな、確か」

「はい。今ですと、着替えと食材の袋に挟まれていますね。すぐ取り出すのは困難かと思います」

「何かの役に立つかもしれないからって持ってけって言われたんだよなぁ。今まで役立ったこと、そんなにないけど」

「――成程。では、この焚き火の下の布地のようなものも、ハウレル殿の魔道具ということですかな」


 勲章の雑な扱いに少しげんなりとした男は、しかし興味の度合いが勝ったらしい。釈然としない様子ではあるものの、足元へと視線を落とす。


「燃えたりしないので、単なる布ではないとお見受けしているのですが」

「お目が高いな。これは『宙敷布(エアロマット)』だ。実はこの布、地面から少しだけ浮いててな。揺れの影響を受けないんだ」


 (エアロ)シリーズのひとつ、宙敷布(エアロマット)。おなじみ、空間に固定するタイプの魔道具だ。

 食べさせた鉱物を糸として吐き出す、アリアドネという稀少(レア)な魔物の鋼糸の織り布に"結界"と"固着"魔術を付与してあり、魔力を通していない間には折りたたんでおける優れものだ。

 この布を敷いておくことで、揺れを気にせず焚き火だろうが昼寝だろうが思いのままである。


「なんと素晴らしい。不肖、魔術の才には恵まれませんで、詳しいことはわかりませんが、卓越した業によるものであることは感じられます。

 あの乗り物にも驚かされましたが――いやはや。若いのに腕利きの技師がいて、ザイルメリアが羨ましいものですな」


 男は(いかめ)しい顔つきでありながら、手放しの賞賛をしてくれる。対話をうまく進めようというおためごかしの含意があったとしても、作品を褒められて悪い気はしない。


王国(ザイルメリア)自体に思い入れは、ほとんどないんだけどね。

 さて――こっちは名乗ったわけだし、そろそろそっちも名乗ってくれない?」


 黒髪少女は未だ何やらぶつぶつ呟いているが、そちらは極力無視した上で、今度はあんたらの番だぞと水を差し向ける。

 名を知るだけならば、今も掛けている”全知(めがね)”で十分なのだが、ちゃんと相手の口から名を聞くことに意味がある。ここで偽名を名乗られたりしたら、こちらの対応も変わってくるというものだ。今後の話をする上で、お互いのスタンスを明確にしておくというのは重要な意味を持つ。


 山吹色の髪の女は翠の瞳を瞬かせ決然とした表情を作る。それとは対照的に、男はやや諦めたかのように頷いた。


 そうして。


「わたくしは、セルシラーナ = ヴェルゼ = シス = シンドリヒト。シンドリヒト王位継承第二候補なのです」


 ゆっくり、はっきり、堂々と。

 宝玉のような翠の瞳を輝かせて、女は”全知”で読み取った通りの名を宣言した。

 ”全知”によると、歳の頃は十八。聡明さと可憐さを内包した、高貴な気品のようなものが感じられる。

 カイラム帝国が独立するだとかでごたごたしている渦中の、シンドリヒト王国の正統な血筋。"幻視"の魔道具まで用意して替え玉を立てていたのも頷ける。


「そうか。で、あんたは?」

「あ、あれっ?」


 なるほど。偽名を名乗らず、誠意ある対応を選択したようだなと判断して、次に壮年の男の方に向き直る。すると、名乗りをあげたばかりのセルシラーナ姫殿下が、やや素っ頓狂な声をあげた。肩透かしを食らったような、え、それだけ? というような。そんな声音である。


「えっ、ええっと、姫、ですよ? ほんものの、お姫さま、なのですよ?」

「や、別に疑ってないから」


 姫殿下、やや困り顔で小首を傾げる。姫だとわかってなお、丁寧な口調に改めないのが不服なのだろうか。苦手なんだよな、丁寧な言葉遣い。


「あっ。もしかして、以前にわたくしの姿をご覧になったことがあったのでしょうか。それで驚きが薄いというか……無いというか……」

「いや、完全に初対面だ。――ああ! そうか、驚いてほしかったのか。そうか、なるほど。うん。…………なんか、悪い」

「――決して、そういうわけでは、ないのです……けれど」


 直前の凛々しさはどこへやら。姫殿下は隣の黒髪少女同様、もにょもにょ言いながら俯いてしまう。

 もにょもにょ、うじうじ。そういう、そういうわけでは。でも、姫なのに。もにょもにょ。


 手元のスープ皿に視線を落としていじけてしまった姫殿下に声を掛ける者はいない。

 壮年男性と、お付きと思われる女性からの無言の視線をつとめて見ないようにしつつ、どうしたものかとシャロンに助けを求めてみる。


「そうですね、では『ていくつー』を宣言してみてはいかがでしょう」

「ていくつー?」

「はい。『今のなし、やり直し』という、古来ゆかしきおまじないです」

「ふーん。物は試しだ、やってみるか」

「あ、あの……?」

「はい、ていくつー、です!」


 もにょっていた姫殿下が、はてな? と首を傾げる中、シャロンが『ていくつー』を宣言する。

 しかし僕が僕のテンションのまま繰り返すとロクなことにならないのは目に見えている。この手の面倒くさ……もとい、盛り上げ方は僕よりもアーニャの得意とするところなのだ。僕の心の中のアーニャを呼び覚まし、この難局を乗り切るしかない。頑張れ僕。いや、僕の中のアーニャ再現力。


「では、お姫さまはもう一度名乗り直してください」

「えっ、あの……、は、はいっ」

「せ、セルシラーナ姫? 少々落ち着かれてはいかが――」

「わたくし、やりますっ」


 シャロンに促され、何が何やらといった表情だった姫殿下は、やや緊張の滲んだ顔で返事をする。途中、付き人の女性が狼狽えたように口を挟もうとするも、一度やる気になった姫殿下の決意は固い。


 いざ、とばかりに決意の光を宝玉のような翠の瞳に宿し、今一度その名を高らかに宣言する――!


「わたくしは、セルシラーナ = ヴェルゼ = シス = シンドリヒト。シンドリヒト王位継承だいにゅこう……なのです」


 誰がどう聞いても噛んだ。気合を入れすぎたのか、盛大にお噛みあそばした姫殿下の語尾は消え入るようで、羞恥に染まった頬はほんのりと朱い。

 しかしアーニャなら。きっとアーニャなら、この局面でも難なく乗り切れるはずだ! という根拠のない信頼感が僕にはあった。ここからだって、立て直してみせる! その気概を迸らせ、心のアーニャの命ずるままに言葉を声に乗せていく――!


「え、ええー! ほんまに? すごいやん」

「お姫さま、お姫さまですよ、オスカーさん」

「ほんまなー。超ウケる」


 そしてどうやら言葉選びを失敗した結果、姫殿下は朱い頬のままガックリと崩れ落ちた。僕の心の中のアーニャも『ウチ、そんなん言わんし!』と尻尾を逆立ててご立腹である。アーニャの真似は僕にとって難易度が高かった。


 シャロンまでやれやれと顔を手で覆っている始末で、姫殿下に至っては崩れ落ちた姿勢のまま動かない。少しだけ、すまないなという気持ちはある。


「なんで若干アーニャさん風だったのですか」

「アーニャなら、なんとかなると思ったんだよ」


 結果はご覧の有様で、俯く人数が増えただけという結果に終わった。


「うぅっ……、ぐすんっ。姫なのにっ……」

「悪かったよ。ほら、そこの肉包み食べてていいから」

「ぐすっ。いただきます……」

「セルシラーナ姫、せめて毒味を」

「この方が『その気』であるなら、わざわざ証拠の残る上に迂遠な毒なんて方法、取らないでしょう……ぐすんっ」

「いえ――それは、そうですが」


 しょんぼりしてはいても、理路整然と返事をする姫殿下に、お付きの女性も二の句が継げない。あまりしつこく言って僕たちの機嫌を損ねることを危惧されている部分もあるらしい。

 同じものを食べて少しでも警戒を解こうという意図もあったのだけれど、王女の付き人ともなると、そうそう警戒を緩めるわけにもいかないのだろう。いついかなる時でもきちんと自分の仕事を全うしようとする人物のほうが、そういった役割に向いているのは確かだ。なんて関心を他所に、姫殿下は進言を退けてすでに串焼きの肉包みを頬張っているのだが。


 はむっ、もぐもぐ、ぐすっ。


 黒髪少女にも串を差し出すと、微妙にキッと睨まれたあと奪い取る勢いで肉包みは掻っ攫われていった。小動物じみた動きでそれを齧る様子を見る限りでは、少しは気を取り直してきたらしい。

 その後、壮年の男は護衛のバレンカ = ローレン、ローブを被っていたお付きの女性は侍女のロナ = ローレンと、それぞれの名乗った。二人は親戚であるらしく、揃ってセルシラーナ姫に仕える間柄だという。

 最後に残ったのはリジットと呼ばれていた黒髪少女だが、


「――リジット。……ただの、リジットよ」


 暗い表情でそう告げたあと、それ以上自分のことを話そうとはしなかった。

 ”全知”で看破した家名は『ランディルトン』。名もなき島で共闘した同じ家名を持つジレットの言を借りるならば『できれば家名のことは内密に』だとか言っていた。いろいろ思うところがあるのだろうし、詮索してまた噛み付かれても面倒なので、そっとしておくことにした。それ以外においては偽名や明らかな嘘を交えられたりはしなかったので、対話の価値はあると判断出来そうだ。変に探り合いをしなくていいというのは、喜ばしい。


 ちょうど僕がそんな感想を抱いたタイミングで、壮年の男――バレンカ = ローレンは再びゆっくりと口を開いた。


「今度こそお話を伺えますかな」

「聞きたいことには答えよう。ただし、あんたらの持ってる情報をくれるならな」


 少し弛緩していた空気が、ピリッとした張り詰めたものへと転換する。相対する面々の表情からも、緊張が窺えた。

まさか自己紹介で1話使うことになるとは、思わなかったのです。

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