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僕と彼女と旅の夜

「魔術師殿、その。それ以上は……そいつを尋問せねばなりません。どうか、そのへんで」


 蛮族処すべし慈悲はない状態の僕がぎりぎりと対象を絞めあげる中、ようやく我に返ったらしい壮年の男が止めに入った。

 ぶくぶくと血の混じる泡を吐きながらもニヤついた笑みを貼り付け続ける半獣人を一瞥し、僕は「はぁ」と嘆息する。


「尋問ったって、この調子だけど。何を聞きたいんだ?」


「……」


 問い返すと、男はやや逡巡したように目線を逸らして、黙りこくる。

 突然乱入して来た部外者たる僕には言いづらいような理由があるらしい。かといって席を外すわけにもいかず、僕は再びため息をこぼした。


 地面の揺れにあわせて揺らめく油灯(ランプ)の明かりに照らされた、馬車の荷台を改めて見渡してみる。


 物言わぬ死体が出入り口付近に血の池を作り、ほど近くではローブをきつく纏った女がふたり、中央で倒れる半獣人からなるべく距離をとるべく、壁に身体を押し付けるようにして身を寄せ合っている。

 半獣人と、その側に立つ僕をまとめて厳しい目線で警戒している壮年の男と、その後ろに庇われるようにしている山吹色の髪の女性。

 これだけの広さの荷台に対して、荷物のたぐいが極端に少ないというのも気にかかる。


 そのなかでも一番首を捻らざるを得ないのは、壮年の男に庇われるようにしながらも泰然と佇んでいる女性についてだ。アーニャと同じくらいか、やや幼い顔立ちのその女性の姿は、"全知"の視界ではやや透けて見えているのだ。

 どうやら、かつてフリージアがやっていたような"幻視"の効果を、魔道具で実現しているということを"全知"が看破する。彼女が腰掛けている木箱の中身は魔道具で、その効果によるものであるらしい。


 表面上の見かけとしては、ふわりとした山吹色の髪に、宝玉を思わせる深い輝きを宿した翠の瞳で、どこかしら高貴な雰囲気を纏っている落ち着いた女性といったところ。しかし"全知"を通して見ると、やや透けている高貴な女性の像の中で、珍しい黒髪の少女がおろおろびくびくとしている様子が観察できた。


 辺鄙な場所に似つかわしくない大きな馬車がいる時点で推して知るべしなのかもしれないが、なにか理由(ワケ)ありなのだろう。


「おい半獣人。お前は何だ。誰の差し金で馬車を襲った」


 壮年の男から"全知"で読み取った、尋問したい内容をぶつけてみるも、半獣人の男は応えようとしない。ただ、口に溜まった血をベッと吐き捨てるのみだ。

 奴は仕込み武器を完全に無力化され、あとは袖口に隠し持っているナイフくらいのものしか武装がないのに、大した落ち着きっぷりである。


「襲撃者は何人いる。魔物を従えてるのはお前らか?」


 これにも答えず。フンと鼻を鳴らす半獣人の男は、『誰が口を聞いてやるものか』と、目と表層意識がありありと物語っていた。

 しかし問いかけの内容に反応してしまう思考を読み取るという、反則じみた手立てがあるとは、さすがに考えてもみないのだろう。何度か問いを繰り返すことで、僕には朧げながら情報が集まってきていた。


調教(テイム)、じゃないな。魔術――いや、魔道具か?」


「一体、何を……?」


 "全知"で思考を読み取りながら質問を重ねる僕に、壮年の男は怪訝そうな表情を深める。返答もないのに言葉を重ね続け、それでいて特に何をするでもない僕のことが奇異に映っているのだろう。


 これまでの一方的な問答で、半獣人の男が『フィル』という名であること、『紅き鉄の団』の残党であること、外の襲撃者はグルであり、彼らの持つ魔道具で『依頼』通りにこの馬車を襲ったこと、依頼主から齎された魔道具によって毒牙蛇(ポイゾウィップ)を従えていたこと――それらの情報が"全知"によって引き摺り出されている。


 『紅き鉄の団』に依頼を出してるやつがまだ居るのか。そういやロンデウッドの野郎は脱獄したとか言っていたっけ、と苦々しい表情を隠さずにいる僕のもとに、さく、さく、と地を踏みしめる穏やかな足音が聞こえてきた。次いで、鈴を鳴らしたような澄み渡った声が届けられる。


「外は殲滅しましたー。襲撃者の持っていた魔道具らしきものも入手してあります」


「でかした。悪いけど、もうちょっと馬車の警護頼む」


「はい。お安い御用です」


 ひょこりと荷台を覗き込んで来たシャロンに応じると、彼女はにこりと微笑みを残し、二つ返事で引き受けた。


 "倉庫"への接続ができないということは、その機構を間借りしている"念話"も使えないということだ。そのため、シャロンはわざわざ歩いて来たのだろう。今まで便利に使っていたものが使えなくなる弊害というのは存外に大きい。


「聞いての通りだ、助けは来ないぞ」


 半獣人の男、フィルを見下ろして改めて宣告すると、薄緑の三角の耳がぴくりと震えた。

 恨み、憎しみ、怒りに染まった瞳が僕を見上げてくるが、それこそ半獣人自身がやっていたように、鼻を鳴らして応える。

 シャロンまで合流したのだ、ここでの優劣はもう覆りようもない。


「お前の目的は何だ?」


「てめえには……てめぇにはわかんねえよ。――オレたちを討ち取った功績で、踏ん()り返ってるてめえにはなッ!!」


 憎悪の光を瞳に宿し、半獣人が吠えた。

 "粘着"魔術に絡め取られていた仕込み刃――右手に固定されていたそれを放棄し、倒れた姿勢のまま、隠し持っていたナイフを振りかぶる。


「無駄だよ」


 対する僕は、彼がナイフを所持しているのは予め知っていた。

 なので、その行動自体には大した驚きもなく、準備していた"結界"を展開。


 ――しかし。

 握られた白銀の刃が振り下ろされた先は、僕や荷馬車の乗客たちではなく、半獣人の男自らの足だった。


「ギッ、ぐ、うっぅぅぅううううううううううぉぉぉぉおおおおおおおおぁあああああああああああああああああ!!!」


 その光景に、僕は一瞬硬直してしまう。あまりの壮絶さに、気圧されてしまったのだ。

 フィルは"粘着"に囚われた皮膚を一思いに剥ぎ取り、そのまま手首の返しで外に向かってナイフを投げた。一筋の銀光が夕日を受けて燦めく。


 次いで上がるのは、苦痛に満ちた馬の(いなな)き。

 狙ってか偶然か、ともかく男の放ったナイフが二頭いる馬のどちらかに突き立ったのだ。


「きゃぁあああああああああああああああああぁぁあああああああ」


「ヒッ……!!」


「くッ、いだっ!」


 突然暴れ出した馬の動きに引きずられ、荷台が大きく揺れる。

 悲鳴が複数上がる中、咄嗟に宙靴(エアロブーツ)を作動させた僕は荷台の壁に叩きつけられた。さらに、ちょうど叩きつけられた側にいた半透明の女性――中身は半泣きの黒髪少女に腕をがっしりと掴まれてしまう。何にも動じていないような翠の瞳と、今にも涙が溢れそうな黒い瞳に見上げられる。そちらに構っている余裕など、僕にはないのだが。


 混乱の起きる荷台から、半獣人の男フィルは転がるように脱出を果たすと、渓谷に向かって駆け出した。皮膚を引きちぎった足からは血が吹き出し、その足を引き擦りながら手まで地面につけての全力逃走。


「オスカーさん! 追いますか!?」


「いや、馬を――馬車を抑えてくれ!」


「わかりました!」


 錯乱し、猛る馬によって馬車も半獣人の後を追うように、不気味に軋みながら谷へと向かう。

 外から響くシャロンの声で、少し冷静になった僕の視線の先では、ちょうど半獣人の男が渓谷へと身を躍らせるところだった。


「きゃあぁあああああああ」


「いやっ、いやぁああああああっ!?」


 ローブの女性ふたりが固く抱き合い、悲鳴をあげる。荷台入り口にいた死体が血を振りまきながら荷台の奥へと滑り落ちてくる。

 そんな阿鼻叫喚の中、不意にガクンとつんのめるように馬車が動きを止めた。

 馬が哮り(いなな)く声が依然として響いているが、荷台には地揺れ以外の動きがない。


 頭を抱える荷台の者たちの中で、僕の左腕をがっしり掴みながらも翠眼の"幻視"の像だけは、泰然とした様子を崩さない。行動と表情が伴っておらず、なんともシュールだ。もっとも、中の人は行動通りにガクガクブルブルしているようだったが。


「大丈夫ですか、オスカーさ――むむむっ」


 馬車が渓谷に落ちるのを見事に防いだシャロンが、先ほどのようにひょこっと顔を覗かせて、壁際で女性にがっしり掴まれている様子を目にして表情を曇らせた。


「だ、大丈夫。大丈夫だから」


「むぅー」


 緊迫した様子から一転、やや頬を膨らすシャロンに弁解しつつ、しっかり握りしめられていた指をやんわり外す。『中の人』はその時はじめて、見ず知らずの相手をがっしり掴んでいたことを自覚したようで、慌てた様子で目を逸らした。


 荒ぶる二頭の馬、その周辺の空気を操作して、ひとまず意識を刈り取ったのち、僕はひとまず血生臭い荷台から、揺れる大地へと降り立った。

 落ち着いて話をするためにも、まずは馬の治療をしておく必要があるだろう。



 ――



 僕らは渓谷付近から一旦離れ、野営地を求めて移動していた。

 グレス大荒野にいる魔物や、渓谷に落ちていった半獣人や、その仲間からの襲撃を懸念してのことだ。僕とシャロンがいれば、大抵の襲撃はいなせる――『勇者』でも強襲してこない限り――が、わざわざ危険な位置に留まっている必要もまた、ない。

 荷台で息絶えていた男の亡骸と、もともと御者をしていた男の腕――魔物の食べ残し――を手早く弔って、一行はその場をあとにしたのだ。


 僕とシャロンを乗せたダビッドソンが索敵しながらゆっくりと前を行き、壮年の男が駆る馬車が後ろをついてくる。

 そうして完全に日が落ちるまでに、やや拓けた岩場を発見したシャロンの導きに従って道を辿り、ダビッドソンを停めた。よし。ここを野営地とする!


 岩と岩の隙間、大木ほどの高さから湧き出た清流が落下しており、細かな飛沫が水面から立ち上って、あたりはひんやりと涼しい。周囲はやや背の低い木立や大ぶりな岩で囲まれていて、身を隠すにはうってつけだ。

 その弊害と言うべきだろうか。守るに易く攻めるに(かた)い魅力的な一帯は、魔物たちにとっても同様に潜むのにもってこいな場所だったらしい。


 踏み入れた野営地候補には、大小様々な魔物たちの姿が、()(なず)む岩場に浮かび上がる。

 中規模なブォムの群れはまだしも、銀鎧虫(アンビルスオルピオ)、大型四足獣のスォーク……冒険者が見かけたら問答無用で即座に踵を返すような凶悪な魔物たちが蔓延(はびこ)っていた。


 鋭い踏み込みで飛び出したシャロンは、そんな()()の咆哮や毒針、噛みつきを全て舞うように回避してのける。次の瞬間、少女の体が沈み込んだかと思うと()を蹴り一息で加速、「えいっ」という気の抜ける掛け声。

 霞む速度で振り抜かれた白い腕はスォークの硬い表皮をぶち抜き頭部を爆ぜさせ、「とぉっ」という声とともに衝撃波を伴って横薙ぎに繰り出した蹴りによって、一度に三体の魔物が息絶えた。


「"穿て、氷結"、"薙ぎ払え、風刃"」


 僕の方も、馬車の"結界"を維持したまま紫剣を照準し、シャロンの反対側にいる魔物たちをピンポイントに殲滅していく。

 グレス大荒野で消耗したとはいえ、単発の魔術ならまだまだ発動が可能だ。


 僕とシャロンの探索に魔物が掛からなくなるまでに要した時間は、火にかけた水が湯になるよりも短いくらいのもの。突如殺戮の場と化した魔物たちの憩いの間は、すぐ何事もなかったかのように静けさを取り戻す。

 鏖殺(おうさつ)された魔物の血溜まりを"剥離"で消しとばし、手早く皮と肉を選り分ける様を、ここまで馬車を動かしてきた壮年の男はただただ乾いた笑みを表情に貼り付け凝視していた。


「肉が現地調達できたのはラッキーだったな」


「はい。食料を温存するに越したことはありませんもの。それでは私はちょっと薪を集めて来ますね」


「ありがとう、頼むよ」


 にっこり笑顔を残して駆け出していくシャロンの背中を見送って、僕は野営地を整えるために邪魔な岩を"念動"でどかしたり、岩陰に"結界"を生成する魔道具を設置してまわる。

 ほどなく、シャロンの向かった方角から轟音と、めきめきという木の倒れる音、慌てて飛び交う鳥達の声が宵闇迫る空に染み渡っていった。

 生木は本来薪に向かないのだが、中の水分を"剥離"と"抽出"で除去してしまえば問題ない。とはいえ生えている木を普通は薪とは呼ばないが。


 馬車からそっと顔をのぞかせたローブの女性の片方は、きょろきょろとあたりを見渡す。ちょうどそのときに、シャロンが体の倍以上ある木を抱えて野営地に戻ってくるところに出くわして「ヒッ」と短い悲鳴をあげた。かと思うと、再び馬車へと引っ込んでいってしまった。壮年の男は、ただただ乾いた笑みを浮かべ続けている。ゴコ村やガムレルでも見慣れた性質の『もう笑うしかないよね』という表情だ。


 焚き火をおこし、輪切りにした木を椅子替わりにどっかり腰を下ろす。隣にちょこんと腰掛けたシャロンが、柔らかな頬を僕の肩にぴったりとくっつけてきた。


 さて、それじゃあ夕飯の準備を始めるとしよう。

いつもご覧いただきありがとうございます。


このたびの更新で、オスシャロは累計100万文字を突破しました。(後々改稿などで増減しているかもしれませんが)

ここまで続けられたのも、ひとえに読者のみなさまのおかげです。本当に、ありがとうございます。

第四章もようやく中盤戦となって参りました。今後とも、どうぞよろしくお願いします。


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