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僕と彼女で広い世界へ

 金、銀、銅に、高分子炭化水素、パラジウム。

 炭素繊維強化プラスチック、ナノカーボン、強化ガラス、シリコン、ゲルマニウム、アダマンタイト。

 研究施設は"視る目があれば"宝の山であった。


 壊れており使えない機械類も、内部では希少金属が使われいる。

 そのままの状態で後生大事に放置されていてもどうにもならないので、ありがたく"剥離"して"収集"して"錬成"していく。


 その探索の過程で、外部への脱出手段も見つけてある。

 フリージアと出会った結界のある部屋の上階に、転移装置があったのだ。


 機械部分は風化や磨耗による劣化の影響で、そのままでは使えるものではなかった。

 しかし、そこはそれ。"全知"とシャロンにより、部品を集めさえすれば修理できる算段は整っている。


 さらに、転移装置を修理するだけでは飽き足らず、僕はさらなる改造を施さんと画策していた。


「オスカーさーん。新しいの、ここに置きますね」


「はいよ、ありがとう」


 シャロンが有用そうなものを運んで来て、僕が精製する。

 そういう分担で、運ばれてくるガラクタたちが宝の山に変わっていく。


 場所は、研究所最下層の降りてすぐの広間である。シャロンにとっては3日前、僕にとっては3年前にものすごい光を放ってしまったあの広間だ。いまは、ちょうど手頃な魔力光を作り出して広間中を明るく照らし出している。


 さすがに所長室で骨さんをお騒がせするのはそろそろ心苦しかったのもあるし、あと大規模にものを運び入れるには手狭だったというのもある。

 所長室からの略奪はしないことに決めた。申し訳なさもあるし、次に来ることがあればまた拠点とさせてもらおうという考えもある。フリージアとの約束もあるのだし、またいずれここには来ることになろう。それまでに、彼女の望みを……叶えないまでも、外に連れ出す手段でも用意しておきたい。


 広間は、選別済みのものを入れるたくさんの箱、選別済みで使い道のないガラクタ、選別待ちで積まれているガラクタで埋め尽くされている。

 箱は、使い道のないガラクタをもとにして、"時間凍結"されていた救急用具の入っていた箱を真似て僕が錬成したものだ。

 箱の中には、ガラクタの中から取り出された金などの素材が、それぞれ分別されて放り込んである。そして金だけでもすでに200g以上になっており、箱の中で神々しい煌きを放っている。

 シャロンによって運ばれて来ているガラクタは、まだ一階層上のものまでなので、研究所内のものを全て採り終わればかなりの財産になるだろう。


 素材たちは、選り分けられたものの機械部品のままであるが、"全知"によると金でも1000度くらいで《1064度》ーー1064度で溶かすことができるようなので、あとでまとめて溶かして固めてしまおうと思う。

 密封する箱を作ってしまえば、内部をその程度の高温にする程度、わけのないことだ。

 わりと平常な感覚とか感性というものが失われてきているような気がしないでもないが、できるものはできる。今はそれでいい。


 ちなみに、シャロンはこの分担の提案時、頑なに僕の腕を離そうとしなかった。


 仕方がないので、街についたらシャロンの欲しいものをなんでも一つ、できる限りで用意することと、作業中にこの広間から一歩も出ないことの二点を約束したことで、しぶしぶ同意してくれた。


 欲しいものはすでにアテがあるようだが、"全知"をもってしても脳内で僕への愛を5多重くらいで囁いてくるシャロンの対抗により見通すことはできなかった。

 すでに有効な対策を編み出されていることに舌を巻くと同時に、あまりに高価すぎるものだった場合に備えて今はしっかり稼げそうなものを分別するのみである。


 また、僕が広間から動いていないことの証明のため、シャロンに向けてある程度の量の指向性のある魔力放出を続けている。僕としては全く苦ではないため、これに関しては良い。


 シャロンは『まるでメンヘラストーカーになった気分です』と言っていたが、気を利かせた"全知"が意味するところを教えてくれたあたりにはゾッとしないものを感じたものだ。髪の毛食べたいとか考えていたみたいだし、あまり冗談になっていない。


 使われなかったガラクタたちで、椅子や作業机も"錬成"する。また、それでも使われないものがその場に溜まったままになるとどんどんと手狭になっていくので、上の階層を廃材置き場にするとしよう。


 シャロンが2階層上にいることを確認し、天井に向けて意識を集中。幅は2m四方。シャロンに余計な心配をさせないよう、音を極力立てないように、そーっと天井をくり抜く。

 次は、この階層から上階へ廃棄物を持ち上げるための、動力と繋ぎ込みが必要だ。だんだん楽しくなって来たぞぅ。





 ーー




「なんですか、これは」


 半ば呆れ声で問いかけてくるのは、すぐ後ろにもどってきたシャロンだ。

 そう言われるのも無理はない。今や、最下層の広間は、内部にガラクタが置かれると"剥離"の効果が発揮される魔法陣、そこから伸びるレールに従い"剥離"後のものを選別し箱に投入し、そのまま一時廃材置き場まで移動する仕組みが出来上がっているのだから。


 さらに都合4階層上まで空いたトンネルに配置された滑車に紐付けされた箱にガラクタを入れれば、それがそのままこの最下層まで届けられ、自動で先ほどの選別ルートに乗り、さらにガラクタが上階から降りてくるエネルギーを用いて一時廃材置き場にあるものを、1階層上の最終廃材置き場まで移動させるようにシステム化されているのだ。呆れられても仕方がないかもしれない。


「なんか途中から変に楽しくなっちゃって」


 いわゆる『はまっちゃって』というやつである。


「3階層上で、突然『広間にある穴に落ちないように、ガラクタをその箱に入れて』とオスカーさんの声が飛んできたときは驚きましたよ。

 まさかこんなことになっているなんて」


 僕は約束通りこの広間から一歩も動いてはいない。広間どころか、ある程度このシステムが完成してからはほぼ歩いてすらいない。


 その間を利用して、僕は転移装置の改修部品を作ったり、さらなる仕込みについての検証を行っていた。


「助かったよ、シャロン。

 さすがに機材を自動でひっぺがしたりする方法は思いつかなかったから。疲れてない?」


「いえ。私はむしろ登り降りが減ったので、楽をさせてもらっていました。

 もともと苦でもないのですけれど」


 事も無げに応えるシャロンであるが、ここから6階層先までの価値のありそうなガラクタ類は軒並みひっぺがしたとの報告を受けたので、その労働量は大変なものである。

 また、シャロンのいう”出会いの間”にも一度顔を出し、シャロンの同型機である魔導機兵の回収もしてもらっていた。シャロンがなんらかの重大な怪我をした場合、パーツを取る元が必要だからだ。


「資材入れもかなりの規模になってきたから、ひとまずこれくらいにしておこうか。

 本当におつかれさま、ありがとう」


「愛するオスカーさんのためですもの。これくらいなんでもありません。

 しかし、こんなに資材があっても持って動くのはかなり難しいのではないでしょうか。私も調子に乗ってひっぺがし過ぎたかもしれません」


「いや、大丈夫。その成果も見せようか。

 ついてきてくれる?」


 "全知"を通して愛を囁かれまくり、愛の言葉に若干慣れつつある僕だったが、そんな様子にもシャロンは腹を立てた様子もなく、見惚れるようなふんわりとした笑みを返してくれる。


「はい。どこへなりと」


 自然な動作で僕の左手を握るシャロンに苦笑いをしつつ、僕らはその場所へ向かった。

 目指すは、結界のある部屋、そのひとつ上層である。





 ーー





「これでよし、と」


 ひととおり、転移装置の修復を完了した僕は、ふぅと息をついて腰を下ろした。

 あとは動力の確保、および試運転だ。


 作業自体は、答えのわかっている回答を、その通りの場所に埋めていくだけのようなものなので、特に難しいこともない。かなり細かな部品であっても、魔術制御と手先の操作の合わせ技でなんということはなかった。


「こちらも、そろそろ全部です」


 廃材で作ったレールを、シャロンがかつて粉砕した壁の手前までは延ばしていたので、僕の指示に従い、そこまで順次運ばれてきていた資材をこの部屋に運び上げる作業をしてもらっていた。


「ありがとう。こうして見ると、かなりの数になるなぁ」


「はい。金、銀、銅だけでもそれぞれ3.66kg、12.82kg、10.05kgありました。

 何か考えがあるんですよね、オスカーさん」


 比較的希少性が薄い鉛や鉄などの金属は、途中から収集自体をやめていたが、それでもそれぞれ50kgずつはゆうにある。無論、その他の資材もだ。

 そのため、決して狭いというほどの部屋でもないはずのこの部屋も、物がごった返してかなり手狭な状態になっていた。


「考えならあるよ、とっておきのが。

 そのための仕上げがーーこれだ」


「紐のついた剣、ですか?

 紐はナノカーボン製。剣はアダマンタイトとセラミック、銀の組み合わせのようにお見受けします」


 僕が手渡したのは、だいたいシャロンの言ったとおりのものだ。剣、というよりも刃に紐が付いているような見た目といったほうが正確かもしれない。


 それが合計2セット。刃のほうは同じ形状ではなく、片方は直線。もう片方の刃はパラジウムまで使って、廃材の中にあったダイオードのような仕組みを再現していた。

 刃から伸びている紐は長く、もう片方の端は両方とも僕が握っている。


「その剣を、下の階の結界、その魔力収集の核と、時間圧縮の核となっている部分に突き刺してほしいんだ。

 僕がやろうとすると、たぶん通り抜けちゃうから」


「はい。わかりました。

 それは良いのですが、核、ですか」


「うん。一緒に行こうか」


 連れ立って階段を降り、結界の左側面に回り込む。

 魔力収集の核となっているのは、


「見つけた、ここだ。真直ぐなほうの刃をここに刺してほしい」


「わかりました。ですがーー各センサー、正常に稼働。

 私には違いが見受けられません」


「そうかもしれない。

 この結界、いろんな理論のもと設計されているんだ。

 魔力を収集するもの、人以外の出入りを拒むもの、時間を歪めるもの、認識を阻害するもの、内部の者を癒やすもの、そして根底となる結界を形作るもの。

 これら6つがそれぞれ司る面となり、それを組み合わせた立方体の結界、つまり循環を表す閉じたカタチを作ってさらに強度と相互の効果を高めているんだね。

 これを設計したヒトは、どっか頭の作りが変なんじゃないかな……」


「そして、その魔力収集を司る部分が、まさにここだということですか」


「そういうこと」


 さすがというべきか、シャロンは理解が早い。色々な持っている知識と組み合わせて検証をしているらしいことが、"全知"を通じて伝わってくる。


 設計者に対する僕の感想は掛け値なしの本心であり、ともすれば頭がどこかおかしいか、それとも以前に同様の結界を見たことがあるかーーそうでないと説明が難しいくらい、この結界の理論は複雑かつ怪奇なシロモノである。


「わかりました。では、いきます」


 ていっ、という気のぬける掛け声とともに、刃が結界と、地面とを繋ぐ部分に突き立つ。刃は弾き返されることも、また通り抜けてしまうこともなく、深々とその身を結界を経由して地面に埋めている。


「じゃ、次は同じく時間を歪めている部分の核となっている部分にいこう。それは背面なんだ」


「はい。えっとーーはい」


 いまの仕掛けの意味を聞きたそうにしながらも、シャロンは僕に従って再び「ていっ」とやる。

 それぞれの刃は、刺しただけでは何も起こらない。しかし、これは前準備である。あとは仕掛けに繋ぎこむだけだ。


 上階の床に開けておいた穴ーーちょうど転移装置の真下であるーーに向けて、刃から延びていた紐を差し込む。

 この操作には"念動"魔術を用いている。これは、離れている物体を操作する技であり、以前の僕であればそのあまりの魔力消費量のために、使用の選択肢にすらのぼらなかったものだ。


 あとは、紐がぶらーんとしているのが気持ち悪いので、これまた廃材で作った楔を使い、紐を壁にバチンと止めていく。

 そんな僕の様子を、シャロンは興味深げにずっと眺めているのだった。



「動力の確保もできた。これで僕らは問題なく、外に転移できるはずだよ」


 再び、上階である。

 本来、転移装置はその動力を電気と充填された魔力で補っていたようだ。これは以前にシャロンが言っていた通りでもある。


 それを、僕は劣化した部品を取り替えたり、修復すると同時に、動力まで階下の結界の維持に使われている膨大な魔力を流用することにしたのだ。

 そして、仕込みはそれだけではない。


「シャロン、これを」


 先ほど作っておいた、板を手渡す。大きさは手のひらより小さいほどの、あまり厚みのない板である。

 板自体は白っぽいが、ところどころ紫に光る石が埋め込まれている。


 石と石との間には、複雑な模様が掘られており、その模様はセラミックを精製して固めてある。

 シャロンは受け取った板を手のひらの上に置き、しげしげと眺めている。


「これは、白金、セラミックと。そしてオスカーさんの髪から作られた、先ほどの宝石ですか」


「ご明察。それを持って『繋がれ』って念じてみて」


「はい。ーーあの。何か魔法陣が出たのですけれど」


 シャロンの言葉通り、板から数センチほど上の空間に、拳大の紫色に発光する魔法陣が浮かび上がっている。

 その魔法陣の出現に連動して、部屋の中央にある転移装置上部に据えられた宝石も、同様の紫色の燐光を放つ。


「連動も成功。

 その魔法陣に手を入れてみて。大丈夫、危険はないから」


「はい、では。いきます」


 真剣な目をして、ゆっくりとその綺麗な右手を魔法陣に突き入れるシャロン。

 ずぼっと魔法陣の中に突っ込まれた手首から先が消失する。

 それと同時に、部屋の中空あたりにも同じ魔法陣が出現。そこから右手が突き出す。


「これはーー」


 無論、それは現在魔法陣に突き入れられているシャロンの右手に他ならない。

 中空から生えた右手は、ぐー、ぱー、ぐるぐるとした動作をし、シャロンは自身の腕が別の場所から出現していることを確かめる。


「『前』とか『下』とか念じれば、繋がっている先の位置も調整できるよ」


 僕の言葉に従うように、中空にあったシャロンの右手を生やした魔法陣が、地面近くまで降りてくる。そして。


「箱の中身を掴んで、腕を引き抜いてごらん」


 半ば結果は予測できるだろうが、果たして魔法陣から引き抜かれたシャロンの右手は、しっかりと銅板を掴んでいた。

 それはもちろん、もともとシャロンが持っていたものではなく、いま箱から掴み取られたものである。


「すごいーーというかすごいなんてものじゃないですよ、これは。オスカーさん」


 目をまん丸に見開き、次いで両腕をがばーっと広げて抱きついてくるシャロン。

 痛い痛い、握ってる銅板が刺さってる刺さってる。


「あたた……。その白い板が、この部屋にある転移装置との接続をやってくれるから、あとの操作には魔力を必要としない、というかこれも下の結界のものを間借りしてるんだ。

 理論上は、どこまで遠い場所でも、ここにある物を取り出せるはずだよ」


 転移の仕組み上、離れている距離や、移動させるものの大きさや魔力抵抗によって、消費する魔力は莫大なものになる。

 しかし、その大きさを手のひらくらいまでに限定することで安定させ、そのうえ消費する魔力は結界側持ち。


 シャロンに説明してもらった、『転移装置は2点間の装置同士を結ぶもの』という発言をヒントに、階下の結界の仕組みを応用して制作したのだった。

 それこそ、階下の結界内のような内外での魔力疎通を遮断する場所にでもいない限り、効力を発揮できるだろう。


「転移装置自体を運搬する、というアイデアは昔にもあったそうです。

 しかし、こんな方法で実現するなんて。オスカーさんはすごいです!」


 素直な賞賛と尊敬の眼差しを向けられ、ものすごく照れ臭くなってしまう。


「"全知"がないとどうしようもなかったし、シャロンや、下の結界のこともなかったら作れなかったよ」


「それでも、すごいのはオスカーさんです。うわぁ、うわぁ。

 これがあれば、緊急のもの以外は荷物を携帯する必要もなくなりますね」


「そうなるね。商人とかにバレたら大変なことになりそうだなー。

 シャロンと僕にしか使えないように、そのうち改良を加えることにしよう。

 それと、仕込みはそれだけじゃないんだ」


「まだ何かあるんですか?」


 目を輝かせ、教えて教えてとせがむシャロン。まるで新しいおもちゃをもらった子どものようだ。


「さっき刺してもらった剣のうち、今有効にしているのは一本だけなんだ。もう一本の方の機能がその仕込みでね。

 これは僕らが外に脱出してから有効にするつもりなんだけど。

 まず、この部屋全体に結界を張るんだ。その板を持っていないと入れないように」


「なるほど。もし誰かがここにたどり着くことがあっても、そうしてあれば大事な物を置いていても安心ですね」


「うん。結界が破られればわかるようにもしておくし。

 それだけじゃなくてね。下の結界内に展開されている時間操作を逆流させようかと思ってね。

 うまく動作してくれれば、この部屋での経過時間を、何倍にも圧縮できる」


 つまり。部屋の外で1年経過しても、この部屋では1日しか経過していない、という状態を作ろうとしているのだ。


 ちなみに、操作板の魔法陣を介してこの部屋に接触している場合、外の時間に準拠するようにしてある。これで手と体の時間が狂うこともない。

 その時間準拠の仕組みを入れるためだけに、板の大きさが思ったよりも大きくなってしまったのだけが、若干悔しい部分ではある。


「こうすることの狙いは、ここに保管しているものの時間経過をあまり気にせずによくなるっていうことなんだ。

 たとえば、外で買った肉なんかをここに保管しておけば、1週間後くらいに取り出しても、鮮度としては買ってから数分の状態に保たれるはずだよ」


 いよいよもって、商人なんかの耳に入れていい代物ではなくなっている。

 板が二枚あれば、離れている2点間でもこの部屋を介することで取引ができるし、在庫を抱えても鮮度の心配がかなり減る。

 物流事情が大きく変われば、街道から出た辺鄙なところで蛮族に襲われる心配ももうしなくてもいい。

 となると、荒事を起こしてでもこれを手に入れようとする者が現れても、何ら不思議ではない。


 これだけ拘った作りにしたのには理由がある。

 もちろん、利便性を追求したというのもあるが、もう一つは。今なお結界に閉じ込められつづけている彼女が孤独である時間を、できるだけ減らしたかったのだ。

 僕は再び会いに行く約束をしたが、それまでに結界内部でどれだけの時間が経過するかはわからない。そのため、時間を狂わせている機能の大部分は、僕が横取りして使うことにしたのだった。


「名付けて"すごい倉庫"」


「ネーミングセンスは置いておくとして、オスカーさんは、私を良い意味でも悪い意味でも、いつも驚かせてくださいます」


 悪い意味、とは他には結界に閉じ込められたことを指しているのだろう。若干のジト目が刺さる。

 ネーミングに関してはオリジナル詠唱で復唱されて痛い目をみた結果の素朴なものをと考えた結果なのだが、考えたというよりそのまんまというほうが正しい。


「それなんだけど……わるい。ここから出る前に、もう一回あの結界の中に、僕は行こうと思うんだ」


 わかっていましたよ、とばかりにシャロンは嘆息。


「仕方ありませんね、そんなことだろうと思っていました。

 オスカーさんの魔力を仕込んだタブレットは、そのために作ったのでしょう?」


「まあ、うん。そうなんだけどさ」


 すべて見透かされていた僕は、いたずらのバレたかのようなバツの悪い気持ちで頬をかく。

 "すごい倉庫"をお披露目して、機嫌の良いタイミングで切り出そうとしていた魂胆さえも読まれていそうで、それも含めてバツが悪い。

 僕なんかより、シャロンのほうがよっぽど"全知"に向いているのではないだろうか。


 僕の魔力を仕込んだタブレットというのは、シャロンが運んできてくれたガラクタのうちの一つであったタブレットを修復・改造したものだ。

 "すごい倉庫"の操作板は僕とシャロンの分の2つを作ったが、砕いた宝石全てをそれに充てたわけではない。

 残っていたものは、このタブレットに動力源として仕込んでおいたのだった。


 タブレットの内部は精密な部品だらけであり、一部代替する部品を見つけられない部分もあったが、ひとまず動くところまでは直ったので、良しとした。

 操作には通電接触感知をしているようなので、それに対応した棒も作ってある。これで、どんな手であろうと操作することができるだろう。それがたとえ骨だったとしても。


「それじゃ、ちょっと行ってくるからーー」


「条件があります」


 階下の結界に向かおうとした僕を、シャロンが阻む。


「オスカーさんがすぐに戻ってこなかったら力ずくで引き戻すので、紐を作ってください。壊れないやつを」


 にっこりするシャロンさん。

 やはり、いくら力を手に入れたとしても。僕は、彼女にはなかなか勝てそうにもない。





 ーー





「あれ〜。まだ数日しか経ってないけどどうしたの、忘れ物〜?

 それともわたしに会いたくなっちゃったかな〜。

 って、その紐。ははーん。シャロンちゃんに文字通り飼いならされちゃってるわけだ〜」


 開口一番、にやにやするフリージア。実際は骨がケタケタと笑っている感じになっているが、いまは幻覚のほうを主に見るように"全知"と調整を行ったため、骨は薄っすらとしか見えない。

 しかし、シャロンにしもてフリージアにしても、"全知"並みに事態を把握するのをなんとかしてほしい。それとも僕が疎いだけなのか。


「ようやく僕らは脱出の目処が立ちそうなんでな。

 ここに寄ったのはその報告と、お礼と。あとは餞別だよ」


「そんなわざわざ挨拶なんてよかったのに〜。ありがとう〜。

 餞別っていうのは?」


「うん。これだよ」


 小脇に抱えていたタブレットと操作棒を手渡す。


「紙の本は見つからなくてな」


「そっか、うんうん。すっごく暇だったからね〜、嬉しいよ。ありがとう〜。

 それにしてもよく動く状態のものが残って……あー、"全知"で直したのかな〜」


 ぺたぺたとタブレットをさわっているフリージア。

 昔、見たことや触ったことがあるのだろう。とくに操作に困ることはないようだった。


「本くらいは読めるのを確認した。動力も積んであるから問題ないはずだ。

 それじゃ。世話になったな」


「あ、オスカーくんからのメッセージが入ってる〜。

 なになに、えーっと」


「出て行ってから読んでくれ……」


 最後までなんとも締まらない。


「あはは、そうするね〜。お土産、ありがとう。

 それじゃ、気をつけてね。シャロンちゃんにもよろしく。

 君たちに幸があらんことを祈っているよ〜」


 間延びしたフリージアの声を背にうけつつ、ひらひらと手を振って応える。





 そのまま結界を脱した僕は、紐を引くタイミングを今か今かと待ちわびているシャロンと合流しーー紐は回収しーー、いよいよ目指すは外の世界である。


「外の世界はどんなところなのでしょう。知識では知っているのですが」


「不安か?」


「いえ。これっぽっちも。

 オスカーさんと一緒なら、私はどこでもいいのです」


 予想通りの返答を返してくれるシャロン。

 いつもの、これまでの僕なら苦笑いを浮かべていたところだが。今回は違う。


「ああ。僕も、シャロンと一緒なら。きっと、どこに行ったって楽しいさ」


 僕が微笑み返すと、シャロンも笑う。


「じゃあ、行こう。外の世界へ」


「はい! どこまでも、おともします」


挿絵(By みてみん)


 どちらともなく手を繋ぎ、一歩を踏み出す。

 転移装置から発する鮮やかな紫の光に包まれる。これっぽっちも恐れはない。さっき言ったとおり、きっと二人ならどこに行ったって楽しくやっていけるから。

 繋いだ手は離さない。


 さあ、外の世界よ!

 僕は、僕たちは帰って来たぞ。

これにて第一章終了となります。

プロット切った段階では、5話くらいでぴゃーっと外に出ていたはずなのに、どうしてこうなった。

第一章最終話にして、ようやく「魔道工房」の片鱗が見え隠れしだした気がしないでもないです。


最新話末尾にこの作品の「評価」欄がございます。

ランキングにも関わる大事な要素ですので、作者のモチベーションのためにも気が向きましたらポチッていただけると嬉しいです。


ここまでお読みいただきまことにありがとうございました。

引き続き【オスカー・シャロンの魔道工房】をよろしくお願いします。

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[良い点] いつもお世話になっております! 堀子タツと申します! 遅まきながら読み進めさせていただいておりますので、ご感想を申し上げます! まずは一章というところで、導入部分でしたね。 正しく作品の…
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