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誕生日のはなし - アーシャの日記

サブヒロインのひとり、アーシャの誕生日(3/3。作中では花の月 上の2日)を執筆日付で迎えたので、アーシャメインのお話です。

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あしゃ じ ヵく

あたこと ヵく


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きょう てんき よかたて うれし

せんたく かわくて うれし た


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     6

12345789かけるなた

おすかさま ほめた うれし た

でも0なに あしゃ わかんな た


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あーしゃ、かんたんのじ、おぼえてえらいって、ほめらるた、うれしな

らしゅ、おねえ、あーしゃのはやかた、どやあ



 ――



「アーちゃん?」


「ぴゃうっ!? ななな、なに、なんなのなのっ?」


「なんでそんなびっくりしたん」


 日記を読み返してたアーシャの背中に、声が落とされる。


 いつのまにかお姉ちゃんが、お部屋に戻ってきていたの。

 オスカーさまに髪を乾かしてもらいに行ってたから、油断してた。びっくりしたの。

 飛び上がらんばかりに肩を跳ねさせたアーシャに、むしろその動きにびっくりしたらしいお姉ちゃんが一歩後ずさる。


 そんなに変なことを書いてるわけじゃないんだけど、とってもきちゃない字で、ぐしゃっと書いてある部分を見られるのは、お姉ちゃんとはいえ、やっぱり恥ずかしいなの。


「またそれ書いてんの? 日記、やっけ。

 さっきも書いてへんかった?」


「日記のご本が、今日でいっぱいになっちゃったの」


 最後のページまできっちりと埋まった日記の本を示す。新しいほうの日記ほど、字が綺麗になってる。お勉強の成果が実感できて、ちょっと嬉しい。

 それなりに分厚い羊皮紙のご本をぱらぱらめくって見せ、ぱたんと閉じた。


「そいで読み返してたんか。はー。いっぱい書いたなぁ。

 ウチやったら3日あれば飽きるわ、たぶん」


 お姉ちゃんは3日で飽きる、って言うけど。アーシャ、おねえちゃんは1日目で投げ出しそうな気がするなの。

 そういうのより、お姉ちゃんはおそとで体を動かす方が好きだから。


「そんで、どんなん書いてるん?

 おねえちゃんにもちょっと見せてぇなー」


「えー」


 お姉ちゃんは、どうやらいっぱいになったアーシャの日記に興味を持ったらしい。


 ちょっと渋ってみても、一度興味を持ったお姉ちゃんがわりと引かないのは、アーシャよく知ってるの。あんまり粘ってラシュを起こしてもかわいそうだし、無難なところをいくつか見せておくことにするの。……とはいえちょっとやそっとじゃ、ラシュもらっぴーも起きない気もするけど。


 ぱらぱらぱら、ページを捲る。確かに、お姉ちゃんの言うとおり、よく書いたとアーシャも思う。

 ぱらぱら、ぱらり。


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 ちのつき うえの4にち


 アーシャたち、おふく、できた!!!!!

 ヒンメルさんよめのひと、ソフィアさんすごい! おふく、つくるすごい!!

 オスカーさま、シャロンさまのおふくも、ソフィアさんつくったっていった。

 にんげんなのに、こわいじゃない!!


 アーシャ、とってもうれしかった。おねえちゃん、うれしそうだった。

 ラシュ、おみせのおふくなくて、ふくれた。



 ――



「あー。あー……あったなぁ、そんなこと」


「あったの。ラシュ、『ぼくも着るー』って言って聞かなかったの。

 女の子のお服だから、って言ったのに」


「せやったせやった。結局、アーちゃんの予備のやつ着たんやっけ」


「着てたの。それで満足してたの。

 ソフィアさんがすっごく優しい顔して拝んでたの」


 こう、両手を合わせて微笑ましい顔で、ふわふわのお服を着るラシュを拝んでたの。ラシュも満足そうだったけど、ソフィアさんの満足具合はその比じゃなかった。

 アーシャたちにも優しい、とってもいい人だけど、うん。ちょっと、変わってるなの。


「ウチ、そんな嬉しそうやったかにゃぁ……」


 アーシャの日記の一文を見て、お姉ちゃんは小首を傾げる。

 でもお姉ちゃん、誰が見てもわかるくらいだったの。きっとオスカーさまですら気付いてたの。知らぬは本人ばかり、なの。


 まだ汚い自分の字が、とっても喜びに満ちているのをなんとなく懐かしく思ったりしながら、アーシャはまたページをめくる。ぺらり。


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 ちのつき うえの5にち


 いよいよあした、こうぼうかい店する。

 オスカーさま、わくわくしてる。アーシャ、がんばる。


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 ちのつき 上の6にち


 こうぼうできた。

 ヒンメルさんと、ととのった人、ししょー、おいわいにきてくれた。


 おきゃくさん、こない。


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 ちの月 上の7日


 おきゃくさんあんまりこない。オスカーさまひまそう。

 アーシャおべんきょうがんばった。ラシュ、ねてた。


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 ちの月 上の8日


 きょうのおいも、ふっくらできた。

 おしおあるし、おにくもおいしくできたって、シャロンさまになでてもらった。とってもうれしい。



 ――



「ついに工房のことに触れなくなっとる!

 いやまぁ、そりゃ最初はぜんぜんお客さんおらへんかったけども!」


「懐かしいなの。

 揺れがはじまってから、またお客さん減っちゃって、ちょっと寂しいの」


 日記の、このページを書いたときみたいに、いまはお客さんがほとんど来ない。


 いまはみんなが――町ぜんぶが、なんだかピリピリしてて。アーシャはちょっとこわい。

 工房にはオスカーさまとシャロンさまがいるから、アーシャたちにとってこれ以上安全な場所はないなの。それでも――やっぱり、ちょっとさみしい。


 とってもお客さんが増えて。いろんなひとが来て。たまに怖いヒトがきても、オスカーさまシャロンさまはいつもアーシャたちを守ってくれる。忙しかったけど楽しかったなぁ、とアーシャはちょっと前までの光景を思い出す。


 あんまりおっきな注文は、やっぱりほとんどなかったけど。くじ第三弾も、お客さんは喜んでくれてたの。

 とくに、オスカーさまが作った『がちゃ1号』がとっても大人気だったなの。

 自分の手で棒を握って、ぐるりっ! って回したら、透明な上の箱から石が出てくるようになってるまどーぐ。石には、何が当たったかが書いてあるの。


 アーシャも回させてもらった。ぐるぐる。うん。あれは夢中になっちゃうの。ちっちゃい子たちがクジの購入をせがむ光景があちこちで見られたの。

 シャロンさまが『きんだん』って言ってたのも、わかる気がするの。


 ――揺れるのが終わったら。きっとまた、できるよね?


 ぺらり、ぺらり。


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 地の月 上の10日


 オスカーさまとお出かけしてたラシュ、れんらく。オスカーさまたおれた。

 シャロンさま、すごいいきおいでおみせから出て、すぐみえなくなった。らっぴーまきこまれてふっとんだ。


 よる、オスカーさますぐにむりをするから、きょうりょくしてってシャロンさまいった。



 ――



「オスカーさま、また倒れてるの」


「ほんまやな。っていうかたぶんウチらにとっては一回目のやつやけど。

 これ、カーくんがラッくんと魚釣り行った日とちゃう?」


 うーん、たしかそのくらいかな? アーシャは首を捻る。

 このあと回復薬(ヒルポ)茶、使い捨て呪文紙なんかの売れ筋商品をオスカーさまが作って、お客さんが増え出すの。


 おねえちゃんが、アーシャの手の中の日記をぱらりぱらりとめくる。

 そして、ある一点で指が止まった。


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 地の月 上の16日


 きのうは、みんなでいっしょにねた。

 お姉ちゃんとシャロンさまがオスカーさまをつかまえて、みんなで寝かしつけたの。


 アーシャ、オスカーさまの足をぎゅーってした。なんだかむずむずして、せつないような、なつかしいような、へんなかんじだった。いっぱいぎゅーってして、ぎゅむーってして、たまにくんくんしてみたりして、またぎゅーってした。そしたらアーシャ、またなんだかせつないきもちになって、ぎゅーって



 ――



「う〜にゃわぁあああ!?」


 ババババッと日記をお姉ちゃんの手から取り上げて胸に抱え込み、そのままベッドに飛び込む。ごろごろごろごろ。恥ずかしいの! なんなの! アーシャの日記はみせものじゃないの! なんなの! うにゃああ!


「あー。その。アーちゃん?」


「にゃぁああああ〜!!」


 知らないの! アーシャはなんにも知らないの!!

 ごろごろごろごろべすっ。あ、ラシュごめんなの。

 日記を抱えてベッドをごろごろするアーシャの尻尾が隣のベッドで眠る弟に勢いよくぶつかり、ラシュが唸り声をあげた。


 ようやく多少の落ち着きを取り戻して、とはいえたぶんアーシャのお顔はぷしゅうと湯気が出そうなくらいに真っ赤っかなのだけど、動きを止めたアーシャの横に、お姉ちゃんがぼすっと座る。


「――いつからなん?」


「な、なな。なんのことでござるの」


「落ち着き」


 耳の近くを、お姉ちゃんが優しく撫でてくれる。

 ぷしゅう。アーシャのほっぺから空気が抜けた。


 お姉ちゃんは、何事かを察した表情で、アーシャのほっぺをむにむにとつまむ。


「そんな前から――カーくんのこと」


 意識してたんか、とお姉ちゃんは目で問いかけてくるの。

 それは、男のひととして。お姉ちゃんとおんなじに、いつから意識してたのかという問いかけに違いない。


「だって。アーシャたち、助けてもらってからずっと、オスカーさまたちのものなの」


「ううん。そういうんやなくて」


 ほんとは、アーシャもわかってるの。

 ガムレルに来るまで、みんなではしゃいで、おふざけのように言ってた『みんなお嫁さん』の話じゃない。お姉ちゃんが言ってるのはいつから『本気』だったのか、そういうはなし。


 お姉ちゃんは知ってる。アーシャがなんども夜に飛び起きて、泣いてたのを知ってる。


 ニンゲンが怖くて泣いてたのを知ってる。

 魔術師が怖くて泣いてたのを知ってる。

 アーシャたちの里を襲ったニンゲンがまたいつか今の生活も壊しに来るんじゃないかって、不安に声を押し殺して泣いてたのを知ってる。

 お姉ちゃんは、アーシャが飛び起きて半狂乱になりかけると、すぐにぎゅって抱きしめてくれて、ずっとよしよししててくれたから。


 それは、いまも続いてるの。

 もうたまにしかなくなったけど、それでも怖い夢を見たときは、びっしょり汗をかいて飛び起きるの。


 千切ったおじちゃんの首を振り回して、狂喜の声をあげてたニンゲン。

 泣かないアーシャとラシュをべたべた触って、気持ち悪いニンゲン。

 ベッドの上でアーシャを押さえつけて、くさい息をかけてきたこわいでぶ。


 アーシャは、日記をもう一度ぎゅっと抱えると頭をぶんぶんと振って、思い出しただけで怖くて泣きそうになるその過去の出来事を追い払う。


 アーシャは、わるいニンゲンが怖い。ひどいことをするニンゲンが怖い。でも。ニンゲンは怖いのだけじゃないって、教えてくれたヒトがいたから。

 だから、アーシャは日記を抱きしめたままで、ぽつぽつと話しはじめる。

 それは、日記を書き始めるよりも前の話。文字なんて知らなかった頃の、アーシャの話。


「――二度と会えないって。そう思ってたお姉ちゃんが迎えに来てくれて。

 ラシュと一緒にあったかいごはんをもらって。ふかふかのベッドを用意してもらって。お姉ちゃんとラシュと、アーシャしかいないお部屋まで」


 そして、お姉ちゃんからアーシャたちの『持ち主』についての話を聞いた。

 とっても大きな感謝と、ちょっとの恐れと、信頼と。そういうのがお姉ちゃんから聞いた『オスカーさま』の印象だったの。

 ニンゲンの男の、魔術師。こわい。だけど、アーシャもラシュも、そしてお姉ちゃんも助けてもらった。

 だから、どんなにヒドいことをされても耐えよう。怖いけど。とっても怖いけど。お姉ちゃんとラシュと生きるためなら、アーシャがんばるの。そんなふうに、思ってたの。

 ――今思うと、ちょっと笑っちゃうの。オスカーさまにそんな甲斐性があったら、シャロンさまやお姉ちゃんは今頃赤ちゃん抱いてるの。


 それからアーシャたちは馬車に乗って、のんびり旅をしたの。オスカーさまとシャロンさまはお馬さんの方にいたから、後ろはアーシャたちだけで。あ、らっぴーもいたの。

 来るときは、ただ怖くて、つらくて、心細かっただけの馬車なのに。鎖がなくって代わりにお姉ちゃんがそばにいるだけで、こんなに安心できるんだって、また泣いちゃって。


 それでね。えっとね。夜にね。

 怖い夢見て、テントの中で、飛び起きて。

 でも、お姉ちゃんもとっても疲れてたから――アーシャたちを助けるために、とってもとっても疲れてたから、アーシャ、落ち着くために外に出たの。

 そしたらね、とってもたくさんのお星さまの下で、オスカーさまとシャロンさまが、焚き火の番をしてたの。


 たぶん、オスカーさまはアーシャが泣いてたのに気付いたんだと思うの。

 それでオスカーさまったら『ちょっと馬の様子見て来る』とか言うの。


 あのときの彼の顔は、いまでも鮮明に思い出せる。

 ちょっと困ったような、労るような、それでもどこか優しい、そんな顔。


 アーシャね、シャロンさまとお星さま見たんだよ。じぃっと、静かに。


 『馬、寝てた』とか言って戻ってきたオスカーさまはアーシャに背中を向けて、できるだけ離れたところに座って。怖いニンゲンの魔術師の男なんて、そこにはいなくって。ただのお人好しな男の子の背中があったの。


 そこでようやく、アーシャも理解した。道中どれだけ気を使われていたのかを。どうしてお姉ちゃんが、自分たちを買ったというこのニンゲンを信頼しているのかを。そして再び、涙が溢れた。


「オスカーさまったらすっごく慌てちゃって。それで、あったかいスープを作ってくれたの。

 おいものおっきさもバラバラで、お肉は塩からくって、でも――あったかい、スープ」


 そんな彼の力になりたいと思って、料理の練習もいっぱいした今でも、アーシャはあんなにおいしいスープを作れない。


 なんてことはない、旅の途中の話。

 でも、アーシャにとっては大事な話。


 それを語り終えると、途中うんうんと相槌を打って撫で撫でをしてくれていたお姉ちゃんは、はふぅと息を吐き出し、ぼやく。


「なんか、思わぬとっから強力なライバルが出現した気分やわぁ」


「たぶんお姉ちゃんの最大のライバルは、シャロンさまやアーシャじゃなくって、オスカーさまの朴念仁なところなの」


「違いないわ。はぁー……惚れた弱みはでかいわぁ」


「なのー」


 抱きかかえたままの日記を優しく撫でて、アーシャもはふぅと息をつくの。


 アーシャには、これが恋心なのかどうかは、まだわからない。

 それでも、少なくとも――彼になら何をされたってかまわないし、嫌ったりしない。それが恩なのか情なのか、愛なのか。それは、これからわかるようになればいいなの、とアーシャは小さな手のひらを握りしめる。


 だって、二冊目の日記はまだ真っ白で。これから何だって書けるのだから。


挿絵(By みてみん)

いつもお読みいただきありがとうございます。

アーシャ誕生日記念ではありますが、誕生日とはあまり関係のないお話でした。


挿絵担当のほっぷ氏からお祝い絵をいただいたので掲載しておきます(追記)

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