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閑話 - 僕と彼女と悪い文明 そのに

 二日後。


 ものは試しとばかりに、準備を終えた僕たちはクジの販売を開始した。

 店先に特設のテーブルを用意し、道行く人へとアーシャが懸命にアピールする。


「新商品! なの!」


「おう孃ちゃん。なんだ、新商品だって?」


「あっ、アルノーさんなの。おはようなの」


「ほいほい、おはようさん。んで孃ちゃんが売ってるってことは、あれか。食べモンか」


「クジなの!」


 アーシャがふるふると首を振るのにあわせて、結わえられた柔らかな髪が揺れた。

 それを横目に僕やシャロンも呼び込みをするのだが、アーシャに3、4人のお客さんが来る間にシャロンには1人か2人程度。僕に至っては成果無しだ。一応工房主なのだが。……いやまぁ、彼女らが人々に馴染んでいるということを喜ぼう。悔しくなんてない。ないったら。


「んん……!? なんだこりゃ。カー坊のお手製か。クジ? 数字が書かれた板、だな。なんじゃこりゃ。

 さっぱりわからんが。これは幾らで、何をするものなんだ?」


 アーシャの小さな掌の上には文様と数字の刻まれた木の板がちょこんと置かれている。

 それを覗き込み、常連である憲兵のおじさんは眉を寄せる。見てもよくわからん、というのがその表情からありありと読み取れた。


「今日だけ、銀貨5枚なの。次から金貨1枚になるの。

 この板を持って、今日のお昼の鐘がなる時に抽選をするの。

 当たったら、いいものがもらえるの」


「ほぉ……。

 チュウセンってのがまた何が何やらって感じだが。

 ――わかったわかった、昼の鐘だな。じゃ、詰所のやつら連れてちょっと早めの昼休みにでもまた覗くとしようか!」


「アルノーさん、ありがとなの!

 あ、チェルミさん。おはようなのー」


「はい、おはようね」


 クジは、言うなれば新しい概念を売っているに等しい。

 銀貨5枚は魔道工房の商品としては安いが、夕飯に酒を付けて十分に飲み食いできるくらいの金額ではある。

 得体の知れないものにそうそう手は出るまいが、初回は反応を見るためとクジを周知させる意味合いが大きい。

 そういう期初の目論見を上回るほどに、アーシャはしっかりと得意客にクジを売り捌いていた。

 言うなれば、謎の模様の刻まれた木切れでしかないそれ。だというのにしっかりとお買い上げいただくアーシャの辣腕、ないし客との信頼関係のようなものが伺える。


「じゃ、あたしも一個呼ばれるかな。普段贔屓にしてもらってるよしみさね」


「チェルミさんも、ありがとなの!」


 途中、カイマンが顔を覗かせたのでこれ幸いと4つほど売りつけたりもして。

 お昼の鐘が鳴ったとき、工房のある通りには結構な人数が集まった。人が集まっていることで、騒ぎを聞きつけた人が大通りから顔を覗かせる程度には盛況だ。

 常日頃であればもう少し遅い時間から店を開ける『妖精亭』も店を開け放ち、飲料や軽食の提供を始めている。途中、目があった店主(マスター)がニカッと笑みを送ってくる。


 工房の店先には、正面は硝子、残りは木の板で作られた大きな箱がででんと配置されている。

 前の方に並ぶ人々は、これは一体何するものぞ、と視線を彷徨わせた。

 クジを買っていなくとも、人だかりに寄せられて何事かと見に来る者もおり、そういう人たちのうち何人かはクジをその場で購入していく。

 比較的税も緩く、魔物の襲撃もほとんどないガムレルの町の住民たちは、こういったお祭りのような雰囲気をわりかし好んでいる。

 花祭りも終わった今、しばらくはそういう楽しい予定もないところに、ちょうどいい催しという扱いなのだろう。


「お集まりのみなさん、こんにちは」


「「こーんにーちはーっ!」」


 今回の司会進行をつとめるシャロンの声に返事が唱和する。やたらとノリがいい。まだ昼だぞ。

 僕はというと、今回は概ねシャロンに任せているので、今のところは思わぬ事故が起こったりしないように見守る役割だ。ぶっちゃけた話、手持ち無沙汰である。


「よくわからないクジをお買い上げいただきありがとうございました。

 まもなく販売終了させていただきますので、まだの方はお早めに」


 発案者であるシャロンをして、よくわからないと言わしめる物体ながら、お祭り騒ぎに一枚噛みたい人たちがさらにいくらか買い求めたことで、売上総数は60口程度といったところ。

 よくわからないものに合計で金貨30枚が集まるというのは、なかなかすごいことではなかろうか。


「今回は初回ですので、みなさんもどういうものか不明なはずなので銀貨5枚でのご提供となりました。次回からは金貨1枚となります」


 あまりに不評であれば、今回限りで打ち切りとなる。

 しかし、前評判もなくこの盛況であれば、どうだろう。なかなかに期待できるのではないだろうか。


 シャロンの仕切りのもと、一列に並んだ参加者からクジを受け取っていく。

 僕が手をかざすことで、板は淡い光を放って2つに別れる。

 何事かと見守る視線を一身に浴びながら、2つに別れたうちの片割れを箱の上部に開けられた穴から箱の中へ放り込み、もう片方はお客さんに返す。そうやってすべてのクジの片割れを、箱の中に貯めていった。

 お客さんの側からは、設けられた硝子の面から山積みとなったクジの片割れが見えている状態だ。


 シャロンは、クジの片割れである木切れが満載された箱を持ち上げると、えいやとばかりに上下左右に振りまわす。

 瞠目するお客さんたちの前で、箱の中身はがらがらと攪拌されていく。


「それでは長々と説明をするより、見ていただくのが早いでしょうから。

 まずは、第5等の抽選に移らせていただきます」


 ダイゴトウ? なんだダイゴトウって? とざわめく人々。

 5等は等級のことである。当たりの中では、一番控えめなものという位置づけだ。

 シャロンはいくつかの板の片割れを箱から引き抜くと、5等と書かれた大判の板に貼り付けて、当選した数字を読み上げていく。


「この番号の板をお持ちの方は前へ出ていらしてください。

 では、もう一度読みますね」


 なんだなんだ? とざわめきながら、手元の板の片割れに刻まれた数字が読み上げられた番号だった者たちが前に進み出る。

 すると、それぞれの手持ちの板と引き換えに、アーシャが金貨を1枚ずつ手渡した。


「おめでとうなの」


「えっ、なにを……?」


「クジが当たった賞金、なの」


「何もしてないのに金が倍になったぞ……!?」


「クジやべぇ」


 銀貨5枚が、見ているだけで金貨1枚に。

 人々の間のざわめきがひときわ大きくなる。

 シャロンが言うには、労せず得た金銭は元の価値よりも嬉しく感じるものだという。また、そういうお金ほどパーッと使ってもらいやすいとか。


「次に行きますね。アーニャさん」


「はいよーっと」


 ほいほいほいっとアーニャが適当に掴み取った板をいくつか同じように並べていく。

 その様子を、人々は固唾を呑んで見守った。


「第4等、お好きな呪文紙(スクロール)をひとつ進呈します」


 おお……と先ほどに比べると、わずかなどよめきが広がる。

 それも仕方のないことかもしれない。冒険者や旅の商人でもない限り、呪文紙を必要とする者はあまり居ないだろう。

 もとより工房に訪れたことがないような人でさえ通りに詰めかけている現状では、呪文紙と言われてもピンとこないのも無理はない。


「呪文紙って?」


「一度限り、魔術師でなくとも魔術が扱えるシロモノだ。あの工房の商品だね。金貨2枚で売っているよ」


「ありが……こっ、"黒剣"!?」


「笑いながらテンタラギウスを単独撃破したっていう、あの?」


「半分寝ながら倒したって聞いたぞ」


 なんだか呪文紙よりも、特定の人物へのざわめきが飛び交っているような気もするが、そこはまあいい。カイマンだし。

 仕込みではないのだが、ちゃんと元値にも言及してくれたおかげで4等の当選者たちも喜ばしい反応になってくれた。


「金貨、2枚だって?」


「そんなものを売っているのか」


「あのぉ〜、それ当たったんだけど、私使わないだろうからさぁ、誰か金貨1枚で買わない?」


「買う、買うぞっ! なぁハウレルさん、このクジってやつ買い取ってもいいんだよな!?」


「うちとしてはもう売ったものだから、好きにして構わない」


「ひゃっほう、後から返してくれってのはナシだぜ!?」


 元手が銀貨5枚なのだ、賞品を手に入れた者は誰も損をしていない。

 しかしまだ呼ばれていないものは、次の発表を待ちわびる視線を前面へと送った。


「クジをっ! 俺もクジが欲しい!!」


「今回の分は、申し訳ありませんが締め切りました。お売りすることができません。

 また次回よろしくお願いいたします」


「だ、誰か! クジを譲ってくれぇ! 銀貨7、いや8でどうだ!?」


 ようやくクジの仕組みが人々の間で理解されつつあるために、ここにきて遅ればせながら購入したいと詰め寄る者まで出る始末だ。

 しかし、誰もがその声に耳を傾けず、次の発表を心持ちにしている。

 次はどんな賞品なのだろう。そういうわくわく感とも言うべきものが路地を席巻して、『妖精亭』のほうもさぞ売れ行きが良いのだろう、店主は忙しそうに飲み物を売りさばき、"妖精"のシアンもきょろきょろと辺りを見渡してにぱっと笑っている。


「3等は、アーシャさん。お願いします」


「まかせてなの!」


「アーシャちゃああん!」


「42番を! アーシャちゃん42番を引いて!」


「アーシャさんに素足で踏まれたいぃいい!」


 おい変な声援が混じってるぞ。

 うちの子たちに手を出そうとする輩の爪がひとりでに剥がれるような術式を、どうにか彼女らの首輪に仕込めないだろうかと画策する僕の思いもどこへやら。


「なの、なの、なのっ!」


 アーシャは踏み台に登り、箱の中からいくつかの木片を取り出した。

 それまでと同様に、3等と書かれた場所へとクジの片割れをぺたりぺたりと貼り付けていく様を見守る者たちは、もはや総立ちの勢いだ。


「信じてたっ、アーシャちゃん信じてたよぉおお!」


「アーシャちゃんは良ケモ。はっきりわかんだね」


「おいお前ら、あとで訓練メニュー倍な」


「そ、そんなっ!?」


 アーシャを猫可愛がりする憲兵の一団のうち、一人が見事に当たったらしい。

 彼の訓練メニューの増加については預かり知らぬところである。

 カイマンも、購入したクジのうちの一つが当たったらしい。またしても『"黒剣"!?』みたいなやりとりが繰り広げられている。あんたらカイマン大好きだな……なんでだ。


「お塩と、香辛料の詰め合わせなのっ。オスカーさまとアーシャが育てたのっ」


 表情を綻ばせてアーシャが言う。

 受け取った憲兵はものすごくとろけきった顔をしているが……大丈夫か、あれ。ともすれば、危ない薬の影響下にでもあるような表情である。


 塩は前々から工房で取り扱っているもので、海水を組み上げて精製する魔道具によるもの。

 香辛料のほうは、アーシャが言うように彼女が育てたものだ。もともとは『勇者』の置き土産であり、ガムレルの気候でも育てられるもの、という胡椒である。塩を生み出す部屋の隣室には土が敷き詰められ、挿し木にしてアーシャが世話をしていた。

 『勇者』が齎したものとはいえ植物であるので、生育には元来年単位の時を必要とする。しかし、シャロンの解析したチップの内容や"時間凍結"の箱を"全知"で観察したことから、その応用として特定領域の時間の流れを早めることに成功している。

 かつてフリージアのいた"六層式神成陣"の術式を流用している"倉庫"の時間停滞と真逆の機構であり、貯蔵していた魔石の大部分を消失させることでやっと収穫できるほどにまで成長させることができたのだ。

 ゆえに、出来上がった胡椒は機構を作った僕と、経過を見守り、たちどころに乾いていく土に水を供給し続けたアーシャの合作というに相応しいものとなっていた。


「香辛料と聞こえましたが。それは真ですか」


 人並みをずいっとかき分けて現れたのは、いかつい顔に立派な髭を蓄えた白髪の大柄な男。

 男は、白く小さな実が詰められた瓶を見つめると、ふぅむ呟き顎をさする。


「『赤牛坊』のとこの店長じゃない」


「大通りの高級肉料理屋か? 行ったことねぇよ」


「庶民派……って言っても高価(たか)いものねぇ。でも味はホンモノよ」


「記念日なんかにえいやっ! て行ってみる価値はあるよね」


 漏れ聞こえてくる声によると、大通りに軒を連ねる有名飲食店の店長であるらしい。僕らが馴染みにしているのは同じ路地に軒を連ねる『妖精亭』だが、ガムレルは比較的大きな内地の町ということもあり多種多様な飲食店が存在する。

 旅人が簡易に補給を済ませるような回転数重視の軽食店から、少々小洒落た空間・料理を提供する店舗まで。くだんの大男の店は、どうも後者に属するものらしい。

 2mはあろうかという巨体にじろりと見詰められ、アーシャが一歩後ずさる。


「どうなのですか、その質は」


「ぜ、絶対にやらんぞ!? これはアーシャちゃんの愛の篭ったものだから……!」


 大男の目線は瓶を抱える憲兵へと向いた。

 瓶を抱きしめ死守する憲兵にもびくりと肩を震わせ、そちらからも一歩後ずさるアーシャが不憫である。


「まあまあ。そこな御仁、私の当てたものを一粒召し上がるかな」


「おおこれは。かたじけない」


 カイマンが差し出した一粒を大きく太い指で器用につまみ、光に透かしたりして観察。匂いを嗅ぎ――「ふゥム……」と唸っておもむろに口の中に。

 動向を見守る周囲を憚らず、カッ!! と目を見開いて一瞬固まった大男が、膝から崩れ落ちた。


 路地に集まっていた者たちが何事かと狼狽するなか、その双眸に涙さえ湛えて、大男はぽつりと呟く。


「これほどの風味……豊かな味わい……ぴりりと舌から鼻に抜ける刺激……浅すぎず深すぎぬ充足感……これほどのものは、修行時代にたまたま廻りあったあの幻の胡椒に匹敵、いやそれすらも凌駕して……?」


「あのー。その話、長くなりますか?」


 シャロンは崩折れる大男を放っておいて先に進めたそうだ!


 しかし大男は止まらない!

 いかつい顔を近付け、カイマンの手――が握る瓶をカイマンの手ごとがしっと掴む。


「頼む! 譲ってくれ、この通りだ! これほどの、これほどの感動、私の料理で民衆にまで伝えたい――!!

 いや、私には、伝える使命が! ある!!」


「おち、落ち着かれよ」


 おお、あのカイマンが押されている。

 大男のいかつい顔が大写しになっているのであろう。カイマンの笑顔が引き攣る。

 シャロンは腰に手を当て、まだかなー、の構えだ。客相手には滅多に見せない少女らしいシャロンの様子に、膝に矢を射掛けられたかのように沈み込む者が出だした。


「おう、少年。

 あの瓶、こないだ嬢ちゃんが妖精亭(ウチ)にも持ってきたやつだろ」


「そうだよ。

 まだそんなに量は採れないけど一応、工房でも商品として置いてる」


「まぁ……料理人たるもの、あの味にゃあ逆らえねぇだろうな」


 大賑わいな工房手前から少し逸れ、壁に背を預ける僕に『妖精亭』の店主が声を掛けてくる。

 相方たる妖精、シアンのほうは、カイマンに肉薄する大男の立派な髭にそーっと手を伸ばしているところだ。


 いい加減、路地を埋めんばかりになっている人々の熱気がすごいし、通行の邪魔にもなる。これは少し計算外のことだった。

 まあもっとも、取り締まる憲兵たちが群衆の一部となっているのだが。


「無論、タダとは言わぬ。それは味への、食への冒涜である! 金貨7……いや、10出そう!」


「あ、あのぅ〜。この香辛料、工房で金貨5枚で売ってる、なの」


 カイマンの手を取り、必死の形相で詰め寄る大男に、それまで引いていたアーシャが売り込んだ!


「まことか!!」


「ひぅっ……! は、はいなの。量り売りも、やってるの」


 カイマンの手を取ったまま、ぐりんと首から上だけを自分の方に向ける大男に、アーシャは果敢に応答する。

 恐れ知らずというよりも、商魂たくましいと褒めるべき場面なのだろう。若干涙目だが。


 大男の髭にいたずらをしようとしていたと思しきシアンは「"ぴゃー"」とかなんとか言いつつ戻ってきて、店主(マスター)に抱えられて『妖精亭』の店内へと帰って行った。


「――獣の少女よ!」


「アーシャなの。アーシャ = ハウレル、なの」


 大男の大音声に都度びくりと身を震わせながらも、アーシャはしっかりと相手の目を見て受け答えをしている。


 旅の間、僕は彼女らが工房で帰りを待っていることで不安を感じたりしていた。獣人への排斥は少なくないゆえに。

 しかし、それは杞憂であるどころか、彼女らを信じていなかったのはむしろ自分のほうだったと今まさに思い知らされた。

 町に順応し、人々に馴染み、受け入れられ――彼女たちは、しっかりと人の輪のなかに溶け込んでいる。僕なんかより、よっぽど。


「少女アーシャよ! またすぐ戻ってくるのでな! 取り置きを頼む!」


 大男は、こうしちゃおれんとのっしのっしと音を立てながら急ぎ大通りへと大股で去っていった。お金を取りに戻ったのだろう。

 皆の視線がそちらに縫いとめられるなか、シャロンがようやく次を促す。


「えー。暴風が戻ってくる前に次に行きましょう。第2等、ラシュさんお願いします」


「はい、あねうえさま」


「姉? あの――シャロンさんの弟なのか」


「でも獣人じゃない?」


「細かいことはいい。かわいいか、そうじゃないかが重要だ。

 そして、かわいいの前では、全てが無力だ」


「おっ、ニイちゃん良い事言うじゃねぇか!」


 工房の最年少、ラシュと僕らとの呼び名などのやり取りは、常連でない者からすると奇異の目で見られるものだ。

 しかし、ことこの場において声高に獣人の排斥を訴える者はいない……というか大丈夫か、この町。憲兵が率先して駄目な感じがしているので、今更かもしれないが。


「ごじゅーろくの、ひと」


「あれ?」


「今度は一人だけか」


「はうぅ〜、なんか当たっちゃったよぅ〜」


「しゃんとしなさいな」


 ざわめく人々のなか、歩み出たのは冒険者風の女性二人組だ。

 ん、どっかで見たことがあるような。はて、どこだったかと首を捻りかけるが、それよりも先にラシュがその答えを口にする。


「? おねーさんたち、おふろのときのひと、だね」


 ふたりを見上げるラシュの、くりっとした瞳とぴこぴこと動く耳に、二人組の片割れが「はにゃぁ〜ん」と抜けた声を発する。

 その声は確かに、蟲の魔物に滅ぼされた村付近の温泉で出会った冒険者のものだということを、ようやく僕は思い出す。

 悪徳な男に連れられていたときの、おどおどビクビクとして張り詰めていた雰囲気がなくなり、頬を緩ませきっているその姿からは、うん、いい方向に向かっているのだろうなと思われる。


 そんな二人組に、ラシュから賞品が手渡される。

 なんの変哲もない布袋は、ずっしりと重い。


「ラシュさん、ラシュさん。中身の説明を」


「あ。

 はい。えーと、きんか20まい、です」


「にじゅっ……!!?」


 直前まではにゃ〜っと惚けていた二人組は、ひとりが吹き出し、ひとりが顔を引き攣らせた。

 その反応は彼女らだけに限ったものではないということを、路地を包むざわめきが物語る。


 そう。今回のクジは、クジという概念(もの)と工房を知ってもらうためのもの。工房側の儲けは出ない。


「あ、あは、あははは……あたしクジで食ってこうかなぁ……」


「そうそう簡単に当たるはずないでしょう」


 冒険者の日常は危険と隣り合わせ。それなのに、なんの危険もなく、一瞬で月の分ほどの稼ぎを得たのだ。そう言いたくなる気持ちもわかる。

 ずっしりとした布袋を手に口をぱくぱくとさせる片割れを、先に我を取り戻したもう片方が半ば引きずるようにして引っ張っていく。


「じゃあ1等は……?」


 クジというものの原理を理解した者たちの興奮が伝わってくる。

 誰かがぽつりと呟いた一言が、未だ当選を待つ者たちの総意であろう。


「では――第1等を、オスカーさん。お願いします」


「うん」


 そしてこれこそが大本命。

 シャロンに促された僕が箱の前に進み出ると、無数の視線が突き刺さる。


「第1等は、私どもの『オスカー・シャロンの魔道工房』でご利用いただける、金貨100枚割引券です!」


 一瞬、シンと静まり返った路地。耳が痛くなるほどの無音。ともすると、大通りのほうまでが静まっているような気がする。


「ひゃく!?」


「金貨100枚分だって!」


「魔道具? 魔道具が買える!? どんなの!?」


「わかんねぇよ! そんな大金動かせるわけねぇもん! 嫁さんにどつかれる」


「うわぁ、うわぁ」


「どうする? どうしよ、当たっちゃったら!」


「あの、魔力灯って売り物なのかな……!? お店の看板のところにぶら下がってるあれ!」


「いいなぁ、欲しいなぁ……! 灯りが勿体無いから寝なさい! って怒られなくなるもん」


「呪文紙と大量に取り替えるってのもアリだな――王都にまで運んで売り捌ければ……!」


「護衛を雇ってもウハウハじゃねぇか!?」


 直後、興奮した者たちのざわめきが爆発する。


「お釣りは出ませんので、金貨100枚以上でのお買い上げでご利用されることをお勧めします」


 なんていうシャロンの言葉は、果たして何人に届いているのやら。

 予想通り、いや予想を超えた盛り上がりだ。

 様子を見守る僕に、てててと歩み寄ってきたシャロンが耳打ちする。


「私にとっては予想通りですよ。

 人々は魔術、魔道具への憧れが強く、そして高価すぎて自分たちには関係のないものだと思っています。

 私たちの工房の商品はそれでもかなり安いらしいですが、それを知るのは工房に訪れたことのある人に限られます。魔道具の相場を知る人はさらに少ないでしょう。それが一気に目の前に可能性として現れるのですから、盛り上がりも――どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


「あまりの良妻ぶりに惚れ直しましたか?」


「そんなとこ」


 大勢のお客さんたちの前だというのに、自分から振っておいてやんやんくねくねと照れるシャロン。

 僕は、『私たちの工房』というシャロンの言葉がなぜだか無性に嬉しくて、くねくねするシャロンを見つめてしまう。

 今回のクジの騒動だって、僕が新しい魔道具や技術の開発ができるように――特注(オーダーメイド)が来やすいようにとシャロンが知恵を絞ってくれた賜物である。惚れ直すもなにもない。ずっと惚れっぱなしなのだ。


「さあ、引くか」


 箱に手を突っ込むと、やんややんやと声を上げていた者たちも嘘のように、ぴたりと騒動は静まり返った。そして、僕が引く板が何かと視線が集中する。


 シャロンが、アーニャが、アーシャが、ラシュが板をそれぞれ引いた後である。

 残りの板の数は最初よりもかなり減っている。それはそのまま、まだ当選していない者たちの期待度の上昇に直結する。

 シャロンが『禁断の手』だと形容したのも頷けるな、と僕は認識を改める。シャロンと町を歩いているときとはまた違った、ギラギラとした欲に満ちた視線が僕を射抜くのだ。たしかに用量を守らねば大変なことになりかねない。


 皆の視線が集まる中、ついに僕は一つの板を掴み取る――!


「37番」


「あ。また私だ」


 僕の手に鎮座する木片の数字を読み上げると、当選を待つ者たちが一斉に自身の手元を再確認。ほとんどのものが漏らしたため息が、狭い路地に唱和する。

 そんななか、両手にアーシャから受け取った瓶を持つカイマンがきょとんとした顔で手元の木片を掲げた。


「"黒剣んんん"――!!!」


「俺たちにできないことを平然と、やってのけるッ!!」


「クジっていくつも買っていいんだ!?」


 わいわいとざわめく人々。

 早晩、クジの噂は広まるだろう。この分なら、次回の集客も期待できそうだ。

 もしかしなくとも、他の店が真似をしたりすることもあろう。新しい概念とは、えてしてそういうものである。シャロンに言わせればそれも経済が回るということなので、拒むことではない。


 しかし路地だと手狭だな……これ以上人が増えるのはこの場所では難しいか。どこかの広場を借りる必要があるかもしれない。


「残念ながら外れてしまった皆様は、一列にお並びください。

 板と引き換えに『回復薬(ヒルポ)茶引換券』を進呈します」


 興奮冷めやらぬ民衆にむけて、シャロンが声を掛ける。

 がっかりした様子の人たちも、何かがもらえるらしいとみるやぞろぞろと列を為した。


「はいはーい、なにそれ」


「それも工房の商品だよ。傷を癒やしてくれる薬品(ポーション)なのだが、なんと不味くない」


「ポーションが不味くないってマジか!」


「不味くないのに効果あんのか……今までの苦痛は一体なんだったんだ……」


「それも工房で買えるのか?」


「ああ。愛飲しているが、銀貨5枚だね」


「銀貨5枚? あれ、クジで払ったのも5枚ってことは何も損しないんだね」


「ていうかなんで"黒剣"も並んでんのさ……」


「あと2枚ほど、外れたクジも持っているからね」


「なんか新手の工房の販売員みたいになってるけど」


「うッ……いいように使われている自覚はあるとも……しかし1等は仕込みではないよ」


「そりゃ引いた店主さんがすっごく残念そうな顔してたもの、わかるわよ」


「それはそれで傷付くぞ友よ……」


「あー、次は何か当たるといいなぁ!」


「どっかで昼飯食って帰るかぁ」


「あんた金貨当ったんでしょ、奢ってよ! ほらあそこにいい感じの店あるし。――『妖精亭』だって」


 人々は口々に、ああだこうだ、惜しかった、次こそはと気鋭をあげる。

 誰も彼もが笑顔で、楽しい昼下がり。

 のっしのっしと戻ってきた大男が持てる限りの塩や香辛料を買い求めたり。

 『妖精亭』の店主(マスター)がお疲れさん、とばかりに冷たい飲み物を振舞ってくれたり。

 新しいお客さんたちにも知ってもらえたことだろう。


 うん、やって良かった、と振り返ると工房の面々もにこりと微笑み返してくれた。

 シャロンの言った通りだった。こうして経済は回って、町は活気づいていくのだろう。


 ――なんてうまく締めくくりたいところだったのだが。


「金貨100枚分――"黒剣"の分の借金から差し引いてはもらえまいか」


「だよなぁ……」


 やはり全部が全部上手くいって、この上特注魔道具の発注が来たり――とまでは、なかなかいかないのであった。

閑話を何話も引っ張るのは憚られるなと押し込めた結果、1万字を超えてしまいました。

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