閑話 - 僕と彼女と悪い文明 そのいち
長くなってしまったのでふたつに分けています。
そのには土曜日に更新します。
工房に訪れる顔ぶれは多岐に渡る。
冒険者のようないかつい体格に鋭い視線の者が、回復薬を吟味。工房で仕入れた商品を遠隔地まで運んで利益をあげようと画策する商人が、軽量かつ利益の出そうなものを物色。他では入手困難な食材を求める料理人が、生け簀の鮮魚に喉を唸らせる。
ここは一体何屋なのかと工房主である僕ですら首を傾げる混迷状態だが、盛況なのもまた事実であり誰かの役に立っているというのであればそれも吝かではない。――しかし。
「これを瓶で20ほど、いただけるかな?」
「はいなの。お塩ひと瓶で銀貨2枚、合計で金貨4枚いただきますなの。
商人のおじさん、いつもいっぱい買ってくれるなの。ひと瓶おまけしとくなの」
「この、緑っぽい溶液は何かね」
「あー、それな。重回復薬茶っていう新商品やで。
傷と魔力の両方を回復してくれんねん。4日くらいしか保たへんから注意してなー」
「この光沢――川魚ではあるまい。いったい、どういう経路で仕入れているのかね!?
頼む、教えてはくれまいか。無論、相応の対価は支払おう!」
「おさかな、おいしい、よね」
賑わっていることそれ自体は良いのだ。工房開設時には考えられなかったような客入りだ。ありがたい限りである。
当初は広すぎると思った工房だが、商品が増え、客足が増え。それに伴って若干手狭にすらなりつつある。――しかし。しかしだ。
ここは曲がりなりにも魔道工房である。魔道具を作る工房である。それなのに、売れるのは調味料や回復薬、使い捨て呪文紙などが主となっている。安価で、大量生産ができるものに集中しているとも言える。
最近は即金で魔道具の購入を検討するようなお金持ちたちにはある程度望むものが行き渡ったのか、もともと少なかった魔道具の大口注文がほぼ皆無にまで落ち込んでいる。細かなものや、既存の魔道具の修理依頼なんかはぽつぽつとあるのだが、それにしたって少ない。
もっとも、魔道具の売上がなくとも僕らの生活としては困ってない。むしろ雑貨類の売れ行きだけで十分にお金が増え続けている。仕入れにほとんどお金が掛かっていないので、さもありなん。今朝も島の獣人たちから届けられた海産の鮮魚だけで、十分な収益が出ている。
たとえ雑貨屋の様相を呈していようとも、ご贔屓いただけるのは嬉しい。そも、商品の取り扱いを増やしたのは僕ら工房側の者だから、客のほうにはそれについてどうこう言われる謂れはないだろう。オーダーメイドの魔道具なんかを発注する生活の余裕がある家庭がごく少数に限られるようなことも承知している。
しかし、現状の雑貨屋然とした工房の状態には内心忸怩たる思いがあるのも事実。もう少し正直寄りに形容すると、新しい魔道具が作りたい。
遠出をしていたため新素材が手に入ったことや、強力な敵性存在との戦闘経験から、新しい魔道具の着想はいろいろとある。
シャロンが解析したチップに内包されていた情報も、これに大きく寄与している。レッド・スライム討滅後、時間凍結された箱から入手した、あのチップだ。
のちに島を探索して確認したのだが、最初にレッド・スライムと邂逅した石造りの地下建造物は研究施設の貯蔵庫としての役割を担っていたようで、そこに仕舞い込まれていたのがあの箱と思われる。
レッド・スライム自体も箱に封印されていたようなのだが、何かしらの要因で外に漏れ出てしまい、あの惨状となったようなのだが……過ぎたことをあれこれと考えたところで、腹は膨れない。現代ではすでに滅んだ技術の知識がいくつも手に入っただけでも、儲けものだと思いたい。
べつに収入には困っていないのだから、好きなだけ魔道具を作れば良いではないかと思われるかもしれない。
しかし、無秩序に売れるアテのない魔道具を試作しまくった結果が、すでに自室や地下室、"倉庫"の惨状を作り出している現状、作ったモノをその後どうするかということに頭を悩ませねばならない段階へと至っているのだ。なにより、寝ぼけて踏むと超痛いという直接的な問題もある。声を押し殺して床に蹲った先でまた何かを踏んだりすることさえある。
踏んでも痛くない魔道具を作ろうか、などと迷走を極めるくらいであれば、ちゃんと売り物になるものを作るべきなのというアーシャの意見には頷く頭しか持っていない。いっそもうひとつ家を借りるなり買うなり、もしくは島へ送りつけるなりして置く場所を確保しようかなどと真剣に検討し始めていたなどと言えようはずもなかった。
「でしたら、こういうのはどうでしょうか。
禁断の手のひとつではありますが――オスカーさんのためですから」
「いや、ちょっと待って。そんな大逸れたことをするつもりはないんだけど」
お昼時になったので、一旦休憩を入れた際にシャロンに妙案がないかを尋ねると、彼女は唇に指を添わせながら伏し目がちに告げる。
魔道具の注文を増やしたいけれど、どうしたものかなぁ、程度の軽さで振った話に禁断の手法が返されるとは思わなかった僕はわずかに狼狽えた。
あのシャロンが『禁断』とまで言うのだ。取り扱いを間違うと、さぞかし愉快なことになりかねないという警鐘じみた予感がある。
「用量用法を守る限りにおいて、さほどの問題はありません。――おそらくは」
付け加えられた一言が、さらなる不安を煽る。本当に? 本当に大丈夫?
どったのー? と僕の背中に覆いかぶさってきたアーニャ――そこいらの獣人奴隷が目にしたならば青褪めるような所業だろうが、ハウレル家ではもはや見慣れた光景だ――や、お茶のお代わりを持ってきたアーシャの視線にも応えるように、シャロンは言葉を続ける。
なお昼食を終えたラシュは、らっぴーを腕の中に抱きかかえて丸まったまま夢の中だ。
「クジをやるというのは、いかがでしょうか」
「くじ?」
首を傾げる僕らの視線を受けて、"倉庫"から取り出したダテ眼鏡を装備したシャロンは片手を腰にあてて、いいですか、とすらりとのびた細い指を一本立てて説明モードに入った。ふりふりと振られる指の先を、姉妹がじぃーっと目で追っている。
シャロンが例にあげて説明したのは、一人あたり金貨1枚を徴収し、10人のうち1人にだけ金貨10枚を払い出すというものだ。
極端な例ではあるが、そうすることでこちらの懐は全く痛むことなくお金が10倍にもなる人ができる。払い出されなかった人は丸損となるが、10倍損するわけではない……そういった仕組みのことらしい。
「なるほど。つまり、一旦お金を集めて、それを再分配する仕組みか。
原理としてはわかるけど、それって意味のあることなのか?」
しかし、それは単にお金が横に動くだけじゃないのだろうか。得をする人は嬉しいかもしれないが、丸損のリスクをそうそう負うものだろうか、という疑念もある。
さらに、その制度を導入することで魔道具の注文が増えるとも考えにくい。
「お金が動くことには意味があるのです。お金がたくさんあれば消費しますし、消費された先のお店にまたそのお金が入ります。そうして循環していくことで、経済は発展していきます」
「なんだか壮大な話になってきたな」
アーニャなんか、すでに理解を放棄してお茶菓子美味しいにゃぁ……とか呟いている。
アーシャはまだついてきているようで、ふんふんと頷きながら真剣な表情で『アーシャめも』に何事かを書き取っているけれど。
「金貨10枚は、ただの例ですからね。
たとえば1人には金貨5枚を払い出し、それ以外の4人には工房の商品――使い捨て呪文紙を差し上げる、といったふうにすればどうです?」
呪文紙は1枚につき金貨2枚で販売している。
1人は金貨4枚、4人は金貨1枚分の得をするということになるか。クジを購入した10人のうち半数が何かしらの得をすることになるな。
そして工房側には金貨5枚が残り、呪文紙が4枚減る、と。
呪文紙は使い捨てのため、冒険者がお守り的に買っていくのが主だ。
魔術師でなくとも魔術の効果が得られるために費用対効果としては安く感じられているらしいものの、宿代飯代なんかと比べるとやはり必須とは言えず、値が張るのも事実だ。
しかし呪文紙は"自動筆記"を覚えた今となっては塩や栄養剤と並んで量産が比較的簡単な商品でもある。値引きのように商品自体の価値を落とすことなく、お得に手に入れてもらえるのは、なるほど理にかなっている。
「そして――これが一番肝要ですが、景品は無形でも構わない、ということです」
なんとなく悪いことを考えていそうなシャロンは、普段よりも含みのある笑みを漏らした。
しかし僕とアーシャはどういうことかわからず、再び揃って首を傾げることとなる。
お茶うまいわぁ……とほっこりするアーニャと、らっぴーを押し潰しながらむにゃむにゃ言うラシュの声が、午後の工房に優しく染み渡っていった。