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僕と彼女とやっぱりトラブル そのに

「そこまで、だ……?」


 少し身構えた僕と、まったく動じないシャロンの元に、路地を曲がって年若い男が勢いよく姿を見せた。男は、憲兵の格好をしている。

 あまり整った装備とは言えないが、使い込まれたのが見て取れるプレートメイルに身を包み、これまた年季ものの槍を携えている。


 憲兵の男は、踏み入ったはいいものの状況がいまいち掴めていないようで、微かに首を傾げる。

 後ろで蹲りつつもなんとか後退の機を伺う黒ずくめ、その手前で回り続ける男、さらにそのまた手前で自らを見つめ返す男女二人組。憲兵が怪訝な顔をするのも、わからないではない。パッと見てこの状況が理解できるとすれば、それはこいつらのグルであるか、”全知”でも持っているかだろう。

 そういう意味では、このたび姿を表した憲兵は、こいつらのグルという雰囲気でもなさそうだ。


 『とりあえず、"威圧()"っときます?』と目配せしてくるシャロンを制しつつ相手の動向を見守ることにする。


「あぁ、ぁあああ、うっぶぇぉぁぁああろろろろろ……」


 吐瀉物を撒き散らしてなお回り続ける男に顔を顰め、憲兵は改めてこちらに向き直る。

 槍を携えてはいるものの、こちらに敵対的な様子は、今のところ見せていない。見せるようならすぐ逃げよう、即逃げよう、と内心で密かに決意を固めた。


「ええと君たち、ちょっと事情を聞かせてもらってもいいかな」


「いいけど、手早く頼む。

 僕らは何も知らない旅人夫婦だし。むしろこっちが教えてほしいくらいだ」


「ラブラブな旅人夫婦です」


 僕の腕を取ってシャロンが付け加えると、憲兵は槍を脇に避けて頭を掻いた。


「いろいろ聞きたいことはあるんだが……。

 まず、あれはなんだ? なんで回ってる?」


「さぁ? 回りたいんじゃないか?

 人生、そういう時もあるんじゃないかな。わからないけど」


 まだ喚き声を上げて回り続ける男を見やる憲兵の視線は不審そのものだ。

 黒ずくめの男が這って逃げようとしていたので再度"剥がし"、動きを止めておく。

 その叫びに呼応して、憲兵の肩がびくりと震えた。


「ここに来るまでの間にも、蹲っている者が居たが、心当たりは?」


「僕らを囲んでた奴らだな。

 昼飯が傷んでたんじゃないか。

 それともなにか。憲兵さんには僕らが、手も触れずに奴らを行動不能にしたり、ぶん回し続けたりできるような化物に見えるのか?」


 全く素知らぬふうで僕が返答すると、憲兵は再び首を傾げ、ううむと唸った。

 彼にしてみれば、僕らは明らかに怪しいだろう。しかし、かといって怪しいだけであるのも事実なはずだ。


 憲兵団には町民を拘束したり、聴取することが認められていると聞く。しかし、だからといって誰も彼もを拘束すればいいというわけではない。強権を濫用すれば軋轢や反発を生むし、僕らはすでにこのシゼの町の民ではなく旅人だと明かしている。法を侵していない限りにおいて、僕らには拘束される謂れがないのだ。


 たとえ『襲い掛かられそうだったので予め爪を剥がしてみたり、現在進行形で人間を回転させ続けています』というのが真相であったとしても、それがバレなければ問題はない。ただ怪しいだけだ。

 そして、無詠唱の魔術を行使して、涼しい顔で事を成す限りにおいては、そうそう実態が測れはしまい。"追憶"魔術の遣い手ともなれば、話は別だが。


「いや、そうは言っていないが、ううむ……。

 それにしてもなんというか、すごい回転をしているんだが?」


「あー、運動神経がいいんだなぁ」


「運動神経の問題なのだろうか。なんというか、こう、少なくとも私にはできないが。

 というか人間にできる動きじゃなさそうなんだが」


 今や男は横回転だけでは飽き足らず、縦回転まで交えて泡を吹き、時折身体をぶつけながら少しずつ路地の奥へと向かっている。

 吐瀉物やその他諸々をあたりに撒き散らし、それを浴びせられた黒ずくめの男が悲鳴とも呻き声ともとれない哀れな声を上げる。

 吐き出されるのは細かな肉片に、黄色味がかった液体。酸っぱい匂いが少し漂ってくるのが気持ち悪い。

 まったく度し難いものだ。このような者に食われた肉が不憫でならない。汚い金で買われ、汚い男に食われ、挙句吐き出されるために生を断たれ肉となったわけでもあるまいに。


 やがて憲兵は追求を諦めたか、それとも考えることを放棄したのか。

 ゆっくりとかぶりを振ると、僕らに少しだけ事情を明かした。


「こいつらは最近報告の上がってる悪党、だと思う。どこぞの町から流れてきたらしい。

 ちょっと高速回転しすぎで顔の判別がしづらいが」


 彼が言うには、憲兵団の一部も腐敗しており、妨害を受けたりなんだりと、こいつらには何度か煮え湯を飲まされたらしい。悪事の噂は聞こえてくるのに、決定的な尻尾を掴ませない狡猾なやつ、だとか。 


「僕の嫁を捕まえて売りさばくとか口走ってたぞ、あの回ってる奴。あともう一人、僕らをここに呼び込んだ奴がいる。

 それに『紅き鉄の団』だとか」


「私がここにいるのは、そのあと一人を絞め上げた結果だよ、そこは安心していい。

 それにしても、『紅き鉄の団』か……。知っているかな。少し前、さる貴族と偉大なる魔術師が、巨大な蛮族組織を壊滅させたんだ。聞いたことがあるかな? けっこう話題になっていたのだが。その残党か、その名を騙っているのか。いずれにしろロクな手合いでは――ああ、すまない、奥さんを怖がらせてしまったかな」


 若い憲兵は、視線の奥のほうで「あぁああ……あぁぁあ……」と途切れ途切れに叫びながら縦横無尽に回り続けている男を極力無視して、シャロンを慮る。

 その実、案じられている当のシャロンはというと、僕の腕を抱え込んだままニマニマとしているので、『偉大な魔術師』という形であれ僕が褒められているのが嬉しいだけのようだったが。


 その後、形式的なものだから、と身分を示すものの提示を求められた僕らは、いつぞやにリーズナル卿にもらった封書を取り出した。

 ――ここで名のある勲章とやらを取り出したのでは、僕の身分は証明できるかもしれないが、路地で回転している男についての疑いの目が深まろう。

 そういう意味で微妙に使い所のない勲章である。というかいまいち役に立ったためしがないのだ、この勲章というやつは。

 役に立たないどころか、勲章のことを聞きつけた魔術師が弟子入りをせがむ要因になっていたりもするので、むしろ鬱陶しいくらいでもある。

 僕には、他人に教えを授けられるようなことなど何もない。3年ほど、常に魔力が充填され続ける環境で魔力を放出し続ければ? としか言えない。冗談だと取られるのがオチだろう。


 さりとて憲兵のほうは、ここぞとばかりに勲章への恨みつらみを思い浮かべる僕の内心など知るよしもない。

 リーズナル家の家紋――盾の中央に、大きな鳥が何か草みたいなものを銜えている――が封蝋として押された封書を前に、明らかに目つきを変えた。決して悪い方向ではなく、驚いた、といった色合いが強いものだ。


「中身を拝見しても?」


「どうぞ」


 中身を検め終えた憲兵は、丁寧に封書を元に戻すと、いっそ恭しいものでも扱うような態度で僕に手渡す。


「奇妙な縁もあるものだ。

 オスカー = ハウレル――翠玉格を叙された”紫輪”の魔術師、か」


 封書には名前しか書いていなかったはずなのに、しっかりバレていた。

 僕の思っている以上に翠玉格勲章とやらは知名度の高いものなのだろうか。すわ今が逃げ時か、と半ば”肉体強化”の準備に入ろうとする僕だったが、意外にも憲兵からのそれ以上の追求はなかった。


 憲兵がその後語ったところによると、彼はカイマンの知り合い、戦友と呼べるような間柄であったらしい。

 あの爽やか男(カイマン)が以前に少しだけ語った、奴自身の思い人。いまは故人のその(ひと)を、方々に伝手を使って探した際、この憲兵も協力したのだという。


「当時はまだ、憲兵ではなかった――いや。あんなことになったから憲兵になった、とも言えるが」


 それも全ては過去のこと。

 その(ひと)の結末と同時に、カイマンとは疎遠になってしまい、それでもずっと気に掛かっていたという。

 『紅き鉄の団』により略取されたその(ひと)は、最終的に凄惨極まる最期を迎えたらしい、ということはいつぞやかカイマンが少しだけ語ったので、僕も知るところとなっている。

 その残党か、はたまた名を騙っている男は、路地で回り続けた結果として、ついに意識を喪失したらしい。回すのをやめ、黒ずくめの上にべしゃあと落としておく。憲兵相手には狡猾で通っていたらしいが、今回は狙った相手が悪かったな。


「一時はね、オノラブル――カイマンさんは『紅き鉄の団』と刺し違えるんじゃないかとさえ思っていたんだ。

 ――いや、昔語りをしてすまないね。ただ、最後に聞かせてほしい。彼は、息災にしているだろうか。ちゃんと笑えているだろうか」


 優しいような、それとも寂しいような。いろいろな感情の入り混じった瞳を覗かせ、憲兵が問う。そんなに気になるなら自分で連絡を取ってみればいいのに、と思わなくもない。が、まあいろいろあるのだろう。気まずさとかしがらみとかタイミングとか。僕だったら単に面倒くさい、とか。


「少なくとも、今は笑えるようにはなってるよ」


「はい。苦笑いが多めですが」


 もしくは、”黒剣”を納品したときのような、引き攣った笑いか。

 そんな僕らのカイマンへの評価に、彼はどこか眩しそうに目を細めた。


「そうか。それは――救われた思いだ」


 救われない結末に、いつしか疎遠になってしまったとは言えども、彼にとってカイマンは大事な友であり続けたのだろう。そしてきっと、これからも。

 そういう相手が居るということは、幸福なことなのだろうな、と思う。なんとなく、そう、なんとなくだが。

 べ、べつに、カイマンのことなんてどうでもいいんだけどなっ!


「じゃあついでに憲兵さん。

 善良な一般人たる、僕らのことも救ってくれないか」


「善良な、一般人……?」


 僕らの後ろの路地の先で、折り重なってもはやピクりとも動かない男たちを視界から無理やり追い出しつつも、素直に頷けない憲兵。


「この路地に踏み込むきっかけも、今日の宿を探してのことだったんだよ。

 どこか、いい宿を知らないか?」


 余計な追求や、さらなる面倒ごとに巻き込まれる前にこの場を去りたい僕は、さっさと要件を伝えることにした。もはやこんなところに用はないのだ。


「貸し切り混浴ができるお風呂のあるところがいいです!」


 そして、まだ諦めていないシャロンさん。

 僕の腕を抱え込んだまま、ちらっと顔を覗かせて、早口に要望を叩き付ける。


 憲兵の男は、毒気を抜かれたような顔をしたあと、まるで誰かを彷彿とさせるような苦笑いを浮かべるのだった。

あと2話くらいでようやく第三章が終わります。たぶん。

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