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閑話 - 彼女と年越し

あけましておめでとうございます。

本年も、『オスカー・シャロンの魔道工房』をよろしくお願いいたします。


昨年中に第三章は終えるハズだったのですが、何をどう間違ったのか終わりませんでした。

間延びしてしまって申し訳ないです、あと数話で終わる予定です、今度こそ……!


なので、間に唐突な季節性の閑話を挟んでお茶を濁します。

「年越しの話をしましょう」


 ある昼下がり。

 突然思い立ったように、絶賛、魔道具の構想にふける僕の視界にぐいっと割り込み、蒼い瞳を持つ嫁が言う。

 なんか前もあったな、こういうの。


 ちなみに今回も開店時間中である。僕の視界を占領してにっこりご機嫌な嫁が店番である。

 お客さんはシャロンの唐突な奇行に慣れすぎて驚きもしないどころか、もう視線すら動かさない人までいる始末だ。ほんとに大丈夫か、この店。


「そもそも、なんだって?

 年を越すってどういうことだ。麦地分つ刻――奉納祭のこと?」


「いえ。それではなくてですね。

 私の言わんとしているのは地の月、上の32日頃の話ですし」


 そりゃまた中途半端な時期だ。

 その時期は何をしていたっけ。工房の屋上にお風呂を作っていたのが、たしかそのくらいの時期だったような気がするけど。


「シャロン恒例の奇祭シリーズだと、とりあえずやってみて何かべちゃっと飛び散るみたいなオチまでが見える」


「むむっ。概ね合っている感じがするのがなんとも言えませんが、ちょっと心外です!」


 金髪蒼目の天使は相変わらず僕の視界の大部分を占領したままで、シャロンちゃんご立腹! とばかりに、ぷくぅっと頬を膨らせる。

 整った顔立ちがさらに眼前に近づけられ、ふわりと良い匂いがする。


「シャロンが唐突に何かを言い出すのは今に始まったことじゃないけど、今回はまたなんでいきなりそんな話になるんだ」


「いろいろあるんです! タイミングとか!」


「一体シャロンは何と戦っているんだ……」


 今は掛けていないが"全知"を以ってしても、こういうときのシャロンの機微は窺い知れない。

 っていうかそもそも顔が近くてピントが合わないだろう。


「私はオスカーさんの味方で、オスカーさんを阻む全ての敵です」


「僕は年越しとやらに阻まれたことはないぞ、今のところ」


 そして今後もその予定はないのだけれど。


「敵を知り己を知れば百戦(あや)うからず、敵を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず殆しと言います。

 翻っては、文化の理解もまた然り、です」


「それで本音は?」


「はい。オスカーさんと楽しくお話できる手頃なネタを思いついたシャロンちゃん、これは早速実行に移さねばなりません!」


「正直で大変よろしい」


「えへへ〜」


 シャロンは、髪を撫でる僕の手にぐいぐいと頭を押し当てるようにして、嬉しそうに相貌を崩す。


「すいませーん、これください」


「あ、はいなの〜!

 銀貨2枚に銅貨5枚、なの」


「はいよ」


「ありがとうございましたなの〜!

 またどうぞなのっ」


 軽くお辞儀をし、耳をぴこぴことさせながら残っていた最後のお客さんを見送るアーシャも、見送られる常連客のほうからも、僕とシャロンのことをもはや『そういうもの』だと認識されているらしい。

 近頃では工房内でやっかみの視線を感じるようなことも、かなり少なくなった。ひとたび町に出てみれば、その限りではないけれど。


「それで、シャロンのいう年越し? には何があるんだ?

 また奇祭なのか?」


「いいえ。というか私を奇祭の権化のように扱うのはおやめください。

 年越しには、特別なものを食べたり、お祝いをしたりするのです」


「おお、なんだか随分まともそうだ」


 シャロンがキルカの実を可哀想な感じに勢い良く砕いたのは数日前のことであり、まだ記憶に新しい。

 あのとき聞いた話は全般的におどろおどろしく、何の儀式かと思ったものだが――今回は、そういう心配はしなくて済むのかもしれない。


「シャロンさまの故郷の食べ物のお話、なのっ?

 美味しいなの?」


「いいえ。――正確には、わかりません。

 私も記録として知っているだけなので、実際に見たことはありませんから」


 食べ物の話題とあって、我が家の料理担当のアーシャが話題に食い付いてくる。


 シャロンが目覚めたのは僕と出会った時がはじめてだという話だったし、彼女が製造された頃には料理という文化が記録の上でしか残っていなかった、というふうに聞いたこともあった。

 だからシャロンが紐解こうとしている『記録』は旧文明の――ずっとずっと前の。フリージアがあんなところに閉じ込められるよりもなお古き、昔の『記録』なのだろう。


「任せるのっ!

 アーシャが、シャロンさまの故郷の味を再現してみせるのっ」


「ふふっ、頼もしいですね」


「えへへ〜なの〜」


 先ほど彼女自身がそうされていたように、今度はシャロンがアーシャの髪を優しく撫でる。

 アーシャは尻尾をぴんと立てて、目を細めた。


「肝心の、その特別な食べ物ってのは、例えばどういうのがあったんだ?」


「はい。

 ええとですね、まずリドの実がありますよね」


「ああ。酒の原料になるやつだな」


「すっぱいなの」


 リドの実はガムレルの町からゴコ村に行く途中の森あたりにも自生していたりする。

 喉の渇きを潤してくれる有用な植生ではあるのだけれど、それは森に住む虫、動物や、それを捕食する魔物たちにとっても格好の餌場となるということだ。なので、馬車道に隣接するような場所からは取り除かれたりする。

 虫や鳥に食い尽くされやすく、大規模な農園で厳重に管理されて育ったリドの実は、潰され熟成させたあと高級酒として主に貴族たちの嗜好品となる。

 以前、リーズナル邸でご馳走になったことがあったが、なんとも苦酸っぱいものだった覚えがある。


「その、リドの実を12粒用意します」


「ふむふむなのなの」


「えらく具体的な数字だな」


 何か魔術的な意味合いがあるのかもしれない。

 頷き、先を促す僕ら。


「食べます」


 シャロンは摘んだ粒をそのまま口に投げ入れる仕草をする。


「うん。――うん? えっ、終わり?」


「なのっ!? すっぱいだけなのっ」


「だ、大丈夫です、アーシャさん。他にもありますよ」


「なの……」


 さっきの意気込みから思い描いていた未知の料理ではなく、単に酸っぱい結果に終わったシャロンの話を聞いて、アーシャが耳をへたれさせて口をすぼめる。

 シャロンの取りなしにも、少しばかり怪訝な様子だ。


「ソバの実――んん、ちょっと現代での代替品が思い当たりませんが、実を潰して粉にして、それで麺を作るのです」


「麺か。サモチ麺みたいなものかな」


「サモチ粉と比べると、だいぶ黒っぽいものだったようです」


「黒いの? すっぱいなの……?」


 まだアーシャは少し疑心暗鬼になっているようだった。酸っぱいものが苦手なのかな。

 思えば、アーシャが用意する食卓にも酸っぱいものは並ばない気がする。

 もしかしたら『シャロンの故郷の食べ物』は全部酸っぱい、とか思っているのかもしれない。


「味のほうはわかりませんが――温かい味のついた汁に浸けて食べるもの、のようですね」


「へぇ。サモチ麺みたいに、茹でるだけってわけじゃないんだな。

 でもそれは実の代替品がわからないから作れないか」


「酸っぱくないかもしれないのに、残念なの……」


 アーシャが再び耳をへにゃりと折り畳む。

 シャロンのための料理が作れないから残念なのか、それとも酸っぱい脳内イメージからの脱却がはかれないのが残念なのか。――おもむろに”倉庫”から取り出したお茶菓子をぽりぽりと齧りはじめたので、後者の疑いもそれなりだが。


「あとは――それ用の特殊なペルを石の臼で潰して、ねちょねちょの白い塊にして食べる、というのもあったみたいです」


「ねちょねちょ、なの」


「なんか美味しさが全然想像できないんだけど」


 アーシャとふたり、首を傾げる。

 シャロンも、うーん、とばかりに考え込んだ様子で言葉を続けた。


「大人から子供まで、年越しの時期にこぞって食べたようですよ。

 なんでも、毎年相応の犠牲者が出たとか」


「おっと雲行きが怪しくなってきたぞう……?」


「危ないのは駄目なの……」


 最初の勢いはどこへやら。

 アーシャはもはや尻尾を抱きかかえて、しゃがみ込み、小さくなってしまった。


「年に一度の度胸試しのような風習だったのかもしれません。

 なにぶん、旧文明のやることなので、現代の倫理観で考えるとそぐわないこともあるでしょうし」


「お、おぅ。度胸試しで死んでちゃ世話ないな」


 なんでそうアグレッシブに自虐的なんだ旧文明。

 死人が出るようなものを進んで食べる気が知れない。


 アーシャもへこんでしまっているし、切り上げたほうが良さそうだ。


「なんか食べ物は駄目そうだな。

 祝い事のほうはどうなんだ? 何か儀式めいてないやつはない?」


「はい。よくぞ聞いてくださいました。

 それが、あるのです。映像もありますよ」


 シャロンはそう言うと、指先から壁に向けて光を飛ばした。久しぶりに見るな、この光景。


 最初にこの光景を目の当たりにしたのは、地下で――神継研究所、シャロンと出会ったあの場所を探索しているときの出来事だった。

 シャロンに出会ったとき、そしてその後しばらくの驚きと感動の連続は、今も僕の頭に焼き付いている。


 映し出されたのは、色とりどりの、鮮やかな――


「これは――花、なのか?」


「とっても、とってもとっても綺麗なのっ! すごいのっ!」


 直前まで縮こまっていたのが嘘のように、アーシャも映し出された壁の絵に、食い入らんばかりに見入っている。そして自分の影が壁に写り込むので、「なの?」と首を傾げる。


「いいえ。オスカーさん、惜しいです。

 これは『花火』と呼ばれていたものです。

 火で夜空に形作られた、花。それが花火です」


「花火、か」


「すっごいなの! ハナビ、綺麗なのっ。

 シャロンさまの魔術も、すっごいなのっ!!」


 アーシャ、大興奮の大喜びである。

 シャロンが光で像を浮かべるのを見るのは、アーシャにとって初めてのことだったか。

 魔力は検知できないから魔術ではないシャロンの技術というか、機能のひとつらしいのだが、傍目にはどう見ても高等魔術だ。


「ふふ。ありがとうございます。

 ――年越しには、この花火を何百何千と空に打ち上げて、新たな年の到来を祝ったりしたそうですよ」


「綺麗だな」


「はい。とっても」


 花火の映像と、それを見てはしゃぐアーシャを見、目を細めるシャロン。

 どちらかというと、その横顔のほうに僕は見とれてしまって、いかんいかんと首を振る。

 そんな僕の様子にさえ、シャロンはくすりと小さく笑みを零す。


「にしても、花火――花火か。うーん」


 はしゃぐアーシャに倣って、僕も壁の絵をじっと見つめる。

 映像でこんなにアーシャが喜ぶのなら、実物を見せてあげたいな、なんて風に思ったが故に。


 もし、その製法のヒントでも入手できたらいいなー、なんて思いつきで。

 "全知"を掛けて、魔力を込めてみた僕は"全知"の"全知"っぷりにニヤリと口の端を歪めるのだった。



 ――



 数日後。

 夕飯を終えたハウレル一家は、工房の屋上へと揃っていた。


 すっかり暗くなったガムレルの町は、冷たい空気を運んで来る。

 今の時期でも夜は肌寒い。日によっては暖炉に火を入れる日もある。

 しかしすぐ横で、だぽだぽと温かいお湯と湯気を吐き出す浴槽があるので、屋上の寒さはさほどでもない。


 湯船には、ラシュに無理やり連れて来られたらっぴーが、真顔で浮かんでいた。


「ハナビってやつ、どんなんかなー、楽しみやなぁ」


「わくわく、わくわく、なの」


「ん。ぜんらたいき」


「おいこらシャロン、ラシュに変な言葉を教えるな」


「はい。ノータイムで下手人が割れてるっぽいところにシャロンちゃんちょっと慙愧の念に堪えませんけれど、誤解です。

 オスカーさんが寝室に来る前に私が全裸待機しますと言う話を、以前アーニャさんとしていたのですが、それを聞かれていたのだと思います」


「なんて会話をしてるんだ……」


 ちなみに、ラシュはちゃんと服を着ている。言葉の響きを真似たかっただけのようである。

 げんなりして頭を垂れる僕の手には、完成した花火の試作品第一号の姿があった。


 シャロンの映像からでも"全知"は的確に花火の製法から成り立ち、微妙な裏話までをも僕に齎した。

 改めて、"全知"の万能さには畏れ入る。この力さえあれば、出来ないことなど無いのではないだろうか。


 そんな"全知"の情報を元に、木炭や大分前に手に入れていた魔硝石、硫黄結晶を削り火薬を作製。火薬は燃焼というよりも飛び散るほどの勢いで燃えるため、花火の他にもいろいろと応用が効きそうだ。


 次に、糊を軸にして、火薬に研究所で入手したアルミニウムという物質を削ったものを少しずつ混ぜ合わせ、また糊を掛け、アルミニウムの粉を掛け、糊を、粉を、糊を……それらを何度も繰り返して、小さな玉を作る。

 "剥離"や"抽出"の魔術を使い、湿気を取り除いたり成形したりを繰り返し、これがなかなか難しい作業で数日掛かりの大仕事となった。

 この要領でいくつか作った玉を、木の皮を編んで作った玉に据える。真ん中には火薬のみで作られた玉を別に仕込んでいる。これに火がつくと、周りの玉を周囲にまき散らし、それぞれが炸裂するという仕組みだ。


 "全知"に齎された知識のうち、無いものは様々なもので代用しているが、まぁひとまずは形になっただろう。


「それじゃ、シャロン。

 点火したら、これを力一杯、上に放り投げてくれ」


「はい。おそらく視認できる高度を超えますが、よろしいですか?」


「それはよろしかねぇわ。それに多分外皮が保たない」


「では、強度的に大丈夫な強さで投げます」


「ああ、頼む」


 シャロンに頷きで応じつつ、とはいえもしこの場で炸裂したら大惨事になりかねない。

 念のため、素早く結界を張れるよう心づもりと準備をして。


「どきどき」


「わくわく、なの」


「らっぴーも、見よう。一緒に」


「ピ、ビェ」


 湯船から力ずくで引きずり出されたらっぴーが身体を震わせ、鈍い声を出すのを聞きつつ。

 皆が見守る中、導火線に火をつける。


「シャロン――ッ!」


「はいっ! ――そぉい!」


 僕の合図に過たず応えたシャロンが花火の玉を振りかぶる。


 気の抜けるかけ声とともに、ヒュゴッという風を切る音を従えて。

 矢をも超える速度で射ち出された玉は空高くへと一直線に舞い上がって――


 銀色の光の粒を、空に一瞬振り撒き、消えた。

 それは花火というよりも、なんだか銀色のもやっとした輝きをちょっとだけ振りまいた、といった風情で。


 ぼすん、というどこか間の抜けた音が、煌めきの少し後に伝わってくる。


「……」


「――」


「ピェ……ピー」


「あっ」


 空を見上げる無言の僕ら。

 ラシュの腕の中から逃れたらしいらっぴーが、再びすいーっと真顔で湯船に浮かぶ。


 やがて。


「……ぷっ!」


 堪えきれずといった感じで、誰かが吹き出した。

 もしかして、それは僕だったのかもしれないけれど。


「にゃっははははははは! ぼすんって! ぼすんって言ったで!」


「はははは、あー。さすがに一発目から上手くはいかないかぁ」


「私は、ふふっ、綺麗だと思いましたよ」


「シャロンさまも笑ってるなの!

 きらきらってして、ちょっとハナビだったのっ!」


「ぼすんはなび」


 あははは、くすくす、笑い声が夜空にこだまする。


 初めての花火はいまいちな出来だったけれど――こうやって笑い合えるなら、年越しの風習というのも悪くないかもしれないな、なんて。

 真顔で湯船に浮かぶらっぴーを横目に、僕はそんな風に思うのだった。

時系列的には『勇者』と出会う前です。

まだ完全な敗北を経験する前のオスカーです。


オスカーやアーシャは恐れおののいていますが、筆者は好きです、死人の出る食べ物。

煮ても焼いてもきな粉でも!


死人が出た食べ物の代表格だと勝手に思っているフグなんかも、昔の人たちは無毒化できるようになるまで研鑽を積んでまで、よく食べようとしたものだなと感心しきりです。他に食べるものも無かったのやもしれませんが。

そんな過去の努力の結果を、ありがたく食べます。滅多に食べられたものではないですけれどね。

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