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僕らの迎撃準備

 僕らに残された時間は、どれほどあるかわからない。

 早速、焚き火を囲んで作戦会議を始めることにする。


 まず僕らは、レッド・スライムの特性と現状、冒険者フェッチャーの有様を余すところなく伝えた。


 ある者は息を呑み、ある者は「もうやだぁ……」と泣き言を漏らしはしたものの、それでもこの場を去る者はいない。

 逃げてもどうにもならない、ということを伝えたからだと僕は思っていたのだけれど、どうやら"全知"によると《恩を返したい》と考えている者も少なくないらしい。

 船が難破して一日、共に苦難を乗り越えた者としての連帯感のようなものが、確かに生まれているらしかった。


「さて。ここまで何か質問がある方はいらっしゃいますかな」


 場を仕切るジレットが促すと、各々が顔を見合わせた。


「なんで今、そんなの――スライムが出てきたんだ?

 それまでは石の部屋に閉じ込められてたか何かなんだろ? 俺たちが流れ着いたことに関係があるのか……?」


「はい。それは私が回答しますね」


 一人が疑問を口にすると、僕の隣にちょこんと腰掛けたシャロンが声を発した。

 シャロンが自ら他人に話をするのは珍しいな、と僕が目を見張るなかで、鈴の音のような透き通る声が紡がれる。


「直接的には無関係だと考えます。

 石床を少しだけ調べましたところ、地下の壁に(ひび)があることが観測できました。

 そこからレッド・スライムが流出し、地下に溜まった水や地中生物と同化することで増殖したと考えられます」


 シャロンが朗々と語るなかで、「シャロンさんも魔術師様だったのか……」「魔術師夫婦だなんて、お似合いね」みたいなひそひそ声が微かに聞かれる。僕の手をにぎにぎしはじめたので、シャロンとしてはおそらく『お似合い』という単語が嬉しかったのだと思われる。


「罅ってのは、一体」


「はい。度重なる地揺れによるものと考えるのが妥当でしょう。

 私たちが遭難する切欠となった揺れは、特に大きかったようですし」


 だから、直接的には無関係。

 しかし、僕らが漂着したのと原因を同じくする可能性はある。


 そういった状況であれば、海へとそのまま通じる地下水脈なんかにスライムが行き当たっていないのは、不幸中の幸いといえなくもない。

 罅が入った場所によっては、僕らが事に気づくよりも前に取り返しがつかない状態になっていた可能性すらある。


「はいはーい!

 なんで冒険者の人は、そんなとこに行ったのかな?

 わざわざ森の中に入ってったんでしょ?」


 また別の疑問が上がる。

 元気な声を振りまく女性は、たしか昨日ジレットに選出されて船の探索に行っていた者だ。


「それは何とも言えないんだけど……魔物に追われて逃げるうち、とか。もしくは飲み水なんかを探してたり、ルーダーたちの拠点に帰る道すがら、とかかな?

 冒険者としては、手付かずの遺跡があれば確かめたくもなるだろうし」


 骨すら残さず消え去ることになるというのは、その結果として残酷だけれど。


「その、遺跡っつったか。

 罅さえ入らなきゃ良かったってんなら、また石壁で覆っちまうってのはどうだ? どうでしょう、シャロンさん!」


「馬ッ鹿おめぇ、罅から出てくるようなモンを閉じ込めとけるような壁、俺たちに作れるかよ。な? シャロンさん」


「はい。ええと。

 現在のレッド・スライムの体積は膨大です。

 まず第一に、おっしゃる通りそれほど大きな継ぎ目のない箱を急造するのは現実的ではありません。

 また第二に、かりに箱ができたとしてもそこにレッド・スライムを運び入れる手立てがありません」


 だよなぁ、とため息とともにがっくりと肩を落とす男たち。


「でも、いろんな意見が出るのは良いことだと私は思います。

 何か思いついたら、どんどん教えてくださいね」


「はぁーい!!!」


 こてんと小首をかしげてフォローを入れるシャロンに、男たちの元気の良い返事が唱和する。

 数少ない女性陣からやれやれみたいなジト目が向けられても、男たちは決してメゲはしない。


 あれー……。僕ら、わりと切羽詰まった話し合いをしていたはずなんだけど。いいのか。そんなんでいいのか。……いいか、悲観に暮れるよりは。

 侃々諤々と意見を交わし、ああでもない、こうでもないと頭を捻る。

 一丸となって脅威に立ち向かう様を、ジレットは眼鏡を押し上げながら静かに観察した。


 間に昼食を挟みつつ、そろそろ案が出尽くしたかと思われる頃。

 あれだけ降り注いでいた太陽の光は遮られ、空は厚い雲で覆われていた。


「うーん。

 溶かされない材質の大きな盾を用意するのと、"対魔硬化"をわざと誘発させてその間に躱すっていうのは使えそうなんだけど」


「はい。決定打が――レッド・スライムを倒す手立てがありません」


「それなんだよなぁ……」


 いくつも案が出たには出たのだ。

 塩を掛けてみるだとか、巨大な落とし穴に落として砂を掛け続ける、分断して少しずつ叩く、だとか。

 しかし、決定打に欠ける。

 問題となる箇所はいくつかあるが、とくに厳しいのはレッド・スライムが既にかなりの体積を誇っていることだ。

 次いで、どんな魔術も硬化に転換してしまう点。これは魔力に反応する自動スキルのようなので、魔道具による攻撃も同様なのは確認済みだ。


 実験のために僕があけた小さな穴から、にょろりと出て来たレッド・スライムを前にしても逃げる者が居なかったのは心強いところではある。

 しかしその脅威度合いもまた、全員の目にするところとなった。小さな飛沫すら、辺りの草木を爛れさせるのだ。

 ジュウジュウと煙を上げて溶ける木の有様は、視覚から、または悪臭から、恐怖を掻き立てるには十分すぎる。


「ぶぇっくしッ! うぅ〜……」


「大丈夫? ちょっと寒くなってきたね」


「ちょっと焚き火、足そうか」


 活発に議論を交わす者たちの間にも、疲れが見え始める。

 まだまだ士気は高いが、少しずつ議論の空白時間も増えつつあった。


「ルーダーの陣営から妙な横槍が入らないだけ、まだマシかもしれないけど」


「はい。お昼時にもなんらちょっかいを掛けてくるでもありませんでしたし、今後ともそうであれば良いのですが」


 ルーダーの行動は不可解な――いや、不合理なところが多い。

 短絡的に商人を刺したかと思えば、周到に配下を集め、かと思えば居丈高に威張り散らし、そして怯える。彼の振る舞いにはまるで一貫性がない。

 いまの静かな状態が、波乱の前触れでなければ良いが。


「えくしッ! うぅ。毛布取って来ようかなぁ。

 お日さまが出てる間は暖かかったのに」


「ほんとだよー。『花の月』はまだ寒いよー……。

 ぱーっと晴れてさー、れっどすらいむもお日様が溶かしてくれたらいいのに」


 焚き火に手を当てる女性の何気ない一言に、僕はがばっと顔を起こした。

 ぱちくり、と突然動いた僕を見るいくつもの目。


 太陽。焚き火。熱。暑さ。――いける、いけるかもしれない!


「――それだ」


「あの……えっと……? 魔術師、さま?」


 突然見つめられた女性が困惑の声を漏らすのも気にせず僕は立ち上がり、宣言した。


「太陽を作ろう!」



 ――



 カン、カン、カン

 カン、カン、カン


 規則正しく打たれる鐘のような音は鉄の悲鳴。

 振り下ろされる槌によって、鉄の板が薄く伸ばされていく。


「追加の木材が来たぞぉおおおお!

 場所開けろぉおおおおおお! せぇーの、」


「「よいっしょぉぉおお!」」


 けぶるような砂塵を巻き起こし、叩きつけるような勢いで積み上げられていく木材。

 隠し切れぬ疲労をおして、流れ落ちる汗を拭うことすらせずに男たちは次なる木材の確保に赴く。


「魔術師さ……ハウレルさん!

 新しく縫い上がった3着、ここに置くからね!」


「ああ、ありがとう。あとはやっとく」


「はぁい! いち、に……最低あと8着だね、どんどん作るよ!」


「頼む」


 白い歯を輝かせ、人懐っこい笑みを浮かべて大道芸人の女性が小走りで去ってゆく。


 その肩越しに、ズドォン! と爆音を轟かせながら森の一角が爆ぜる。

 森の木々を木材に変換するために「えいっ!」とやったシャロンの一撃だ。


「鉄板2枚上がりぃ!

 ミスっちまった、1枚は少しばかり薄いかもしれん!」


「この程度であれば内部を木で厚めに補強すれば大丈夫でしょう、ええ。

 ――ああ、戻る前に追加の『魔物避けの香』をお持ちください。

 熱気のせいか、少しばかり効力を失うまでの間隔が短いようです」


「おう、すまねぇな!」


 のっしのっしと去っていく男の背中を見送り、僕は一息をつく。

 皆、それぞれに割り当てられた仕事を全力でこなしている。


 ある者は鉄を延ばし。

 ある者は材木を切り出し。

 ある者は防具を縫い。

 ある者は穴を掘り。

 ある者は来るべき決戦に向けて鍛錬をし。

 そして僕は、魔道具を作り。


 それぞれが一つの目標のために、各々のできることをする。


 危機的状況には変わりがないはずだ。

 しかしこの光景は、人間もまだまだ捨てたものじゃない、なんて風に僕に思わせるのだ。


「――よし、僕も頑張ろう」


 声に出すことで、自分に喝を入れる。

 "倉庫"から取り出した魔力回復(マナポ)茶をぐいっと一気に煽ると、前に向き直る。


 適度な大きさに切った木材をいくつか並べ、鉄板と接合する。

 鉄の楔でしっかりと固定されたそれらは、少々の衝撃では小揺るぎもしない堅牢性を誇る。

 しかし、このまま振り回すにはいささか以上に重い。


 延ばした鉄板と木材をくっつけたものをいくつも浜に並べた僕は、"自動筆記"を発動する。

 木材の表面に、紫色の魔石を溶かしたインクが踊る。刻むのは、"軽量化"の魔術だ。

 インク扱いの魔力をそのまま魔術の動力源として用いるので長時間の運用はできないが、レッド・スライムとの戦闘の間保てばそれで良い。

 "硬化"の陣を刻まないのは、レッド・スライムと接する外面――つまり鉄板の部分に描かないと意味がないからである。

 鉄板の部分に描いた陣は奴によって瞬く間に"対魔硬化"されて効力を無くしてしまうだろう。

 いくら表面を硬くしたところで衝撃まで殺せるわけではないのだから、今回は持ち回りやすさのみを追求することにしたのである。

 レッド・スライムとの戦いは、なによりも触れられないことが肝要なのだから。


「ハウレル殿が全力で働いては、世の魔道工房は軒並み廃業ですなぁ」


「馬鹿なこと言ってないでこれ運んでくれ」


 風に煽られるまま白いマントを靡かせたジレットが口元に苦笑いを湛える。


 堅牢かつ材木の重さが軽減された大楯の部品は、あとは持ち手を付けたら完成となる。

 楯を扱う者一人ひとりの腕に合わせたほうが良かろうとのことで、寸法と持ち手の取り付けは他の者に任せてあった。

 よく回る口と手があいていそうだったので、彼には大楯の運搬を任せておくことにして、僕はもうひとつの素材に向き直る。


 ズドォン!! ――ギャァ!……ギャァ、ギャァ、ギャァ……


 シャロンが森林破壊を敢行する轟音と、逃げ惑う鳥たちの声が作業のお供だ。


 僕の目の前に積まれているのは、白い布の鎧である。手甲、腕、胴、頭、首、太股、膝当て……大小様々な、布の鎧。エムハオの皮を縫い合わせた軽装だ。

 丁寧とは言い難く、強く引っ張ると破損しそうな縫製。だが、これで注文通りである。

 厚みはほとんどなく、軽い。正直なところ、防御力についてはほとんど期待できない。

 しかし対レッド・スライム戦において、この鎧は鉄の全身鎧(フルプレートメイル)よりも人々の命を守ってくれるだろう。――そのはずだ。


 エムハオの皮は、魔力伝導が極めて良い。

 アーニャたちの首輪(チョーカー)の素材に用いているのも同じ理由からだ。

 この白い皮で編まれた鎧を、木桶の中に満たした溶液の中にべじゃぁっと全て放り込む。

 浮かんで来た鎧を木の棒で桶の底へと追いやる図は、けして遊んでいるわけではない。ないったら。


 カン!

 カン、カン、カン

 カン、カン、カン


 鉄の悲鳴が再開されるなか、桶内の鎧をつんつんすることしばし。


 そろそろいいだろう、と引き上げた鎧たちを焚き火の側に設けた物干しに掛けていく。

 じっとりと溶液を吸い込み、干されている鎧たちは宝石のごとき深い紫色だ。

 手持ちの魔石を惜しげなく溶かして作った溶液はどろっとした粘性を持っており、桶の中ではいっそ黒々しく見えるほど。

 しかし焚き火の朱に照らされてみればどうだ、なかなかに目の覚めるほどの美しい色味ではなかろうか。

 金の髪に蒼い眼を持つ僕の天使に『オスカーさんの(いろ)、私は大好きです』と言ってもらって以来、僕は自分の魔力形質の色をなかなか気に入っていた。


「僕らを守ってくれよな」


 紫に煌めく鎧は黙して語らず。

 静かに表面を乾かせていく。


 エムハオの皮で作った鎧に、防御力はほとんどない。

 寒さくらいは防げると思うが、少しばかり動きにくくなるのと、日光で十分に干すことができなかったために獣臭がするあたりは我慢する他ない。

 それでもなおこの鎧を纏うのは、レッド・スライムの特性を逆手に取るためだ。


 レッド・スライムは、どうやら"対魔硬化"している部分は生物を溶かし、腐食するスキル――"対有機溶解"を発揮しないようなのだ。

 そして生物が魔力を帯びている場合、"対有機溶解"よりも"対魔硬化"スキルが優先して発動される。これも、何度か実験したので確実と言っていいだろう。


 もっとも、"対有機溶解"を優先してくれれば"対魔硬化"できないその間に"抽出"や"剥離"をブチ込んだら終わりとなるはずだったので、この性質が発覚したときには頭を抱えたものだが――何が活きるかわからないものである。


 レッド・スライムは触れるだけで致命的。

 それを、この鎧を間に噛ませることで強制的に"対魔硬化"させるのだ。


 できる限り触れずに立ち回るのはもちろんだが、もし不運にも接触してしまった場合。

 溶かされる前に、レッド・スライムは一瞬固まるはずだ。

 その間に――奴が"対魔硬化"している間に、攻撃を受けた者は鎧の緩い縫製を裂き離脱する。いわば、壊れることが前提の防具だった。


「木材置くぞぉおおおお! せぇーの、」


「「よいっしょぉぉおお!!」」


 威勢よく森から材木を運び出す男たちに紛れて、あちこちを見渡してみる。


 出来上がったばかりの大楯を構えて鍛錬をする者たちの動きはまだぎこちないが、慣れればなんとかなりそうだ。

 レッド・スライムを『倒す』ための穴の深さも幅も、なかなかのものである。


「この分なら――夜を迎えるまでには、なんとか」


 なんとか、迎撃の準備が整う。


 動向が不明なルーダーの陣営――ルーダー自身に、冒険者がひとり、獣人たちに、海賊たち。

 彼らの動きは気がかりだけれど、気にかけている余裕があるわけでもない。


 ズドォン!! メキメキ…… ――ギャァ! ギャァ! ギャァ、ギャァ


「うまくいってくれよ……?」


 自らを奮い立てるために呟く僕の声は誰に届くこともなく、曇天に吸い込まれて消えていった。

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