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僕と彼女と赤との遭遇 そのいち

ちょっと長くなったので分けました。

 武器や防具、その破片――おそらく冒険者フェッチャーの遺品であろうものたちが散乱している以上、目の前の石畳の上は安全ではない。

 問題は、この場で何があったかということだ。


「近くに魔物の気配はないな。

 "探知"には引っかかるけど、こっちに寄ってくる気配はない」


「はい。この場所を中心にして、ある程度の距離までぽっかりと穴が空いたように、生体反応が拾えません。

 ――まるで、この場所を恐れているかのようです」


 恐れ。

 なるほどその表現は、正鵠を射ているかもしれない。


 魔物に限らず、虫の声や鳥の鳴き声すらしないのだ。

 鬱蒼とした森の中にあって、明らかにこの場は異質だった。


「どう見ても階段の下――地下が怪しいですね、ええ」


「だよなぁ……罠か何かだと思う?」


「十中八九、そうでしょうな」


「そうだよなぁ」


 のっぺりとした一枚の石、中央にあいている地下への穴は黒々として、沈黙を保っている。黒い穴は獲物を待ち構える死への道がごとき不吉さが立ち込めている。

 "探知"魔術で何の反応も拾えないのが、さらに不吉さに拍車を掛けていた。


 『何も居ない』ということがわかるのではない。"探知"が途中で断ち切られたような、『何もわからない』という状態なのだ。これで何もないと思うほうがどうかしている。


「あー。ひとつばかり提案です。

 冒険者の、……アー。遺品はこの通り、確認できました。ここらで引き返すというのはいかがですかな、ええ」


 ジレットは手をヒラヒラとさせ、お手上げだとアピールする。


 目的は達したと言えるし、これ以上は割りに合わない、ということだろう。

 それはそれでもっともな話だ。今後のことを考えないというのであれば、だが。


「フェッチャーを捜索するって意味では、たしかにそれでいいけど。

 中にある危険が夜な夜な人を襲わないとも限らないから、放っておくのは得策じゃないと思う。

 少なくとも、どういう脅威かを突き止める程度はしておきたい。でないと、また暴動に発展しかねないんじゃないか」


「まぁ、そうなりますな。

 しかしお二人なら、彼ら――群衆がいかに結託し、暴動を起こしたとて。即座に鎮圧ができるのではと邪推しますが?」


 眼鏡の奥で眼を細め、ジレットはあくまでも事実を確認するかのように淡々と問う。


「あなたが邪魔をしないというなら、たしかに鎮圧は簡単だと思うけど。それもなるべく取りたくない手段だよ。

 不安や不満から離反者が出たら、守りきれないのはご覧の通りだし」


 どういう脅威に遭ったら、こんな有様になるというのか。


 散らばる遺品には、骨の一本も、おそらく髪の毛の一本すら残ってはいない。

 人間が死んだ痕跡としてはほぼ間違いはないが、その実フェッチャーの肉体の残滓はこの場には欠片すら遺されていないのだ。実に気味が悪い。


「群衆に、そうまでする価値もありますまいに」


 やれやれ、とジレットが小さく首を振る。

 呆れたふうでありつつ、どこか冷たさも感じさせる目だ。


「まあ、何が起こるかわからないのは確かだから、ジレットは引き返してくれていいよ。

 僕とシャロンで調査してみるから」


「はい。オスカーさんと一緒なら、たとえ火の中水の中草の中森の中、です」


「草の中は難しくないか?」


 お任せください! とばかりに力こぶを作るポーズをしてみせるシャロン。

 そんなポーズをしてみても、彼女の白い細腕に力こぶはできない。しかしどんな筋骨隆々な者よりも、その細い腕は膂力を秘めている。


 僕もシャロンと一緒なら、たとえ火の中だろうが水の中だろうが、恐れることはない。進んで飛び込んだりはしないけれど。――していない、つもりだけれど。


「とはいえ、オスカーさんのお人好しには困ったものなのは確かです。

 そういうところも愛しておりますが」


「面目ない……」


 それは異口同音に、アーニャたちにも、カイマンからさえ指摘されたことだ。


 無力感を噛み締めた僕だから、同じように無力を嘆く人たちの力になりたい――それがどこから来る思いなのかはわからないけれど。


 ジレットはそんな僕らを、どこか驚いたように見つめた。

 とくに今までほとんど視界に留めなかったシャロンのほうを、今初めてその姿を見たかのように、まじまじと。


「ん。シャロンがどうかしたのか?」


「いや。――いいや。なんでもありません。なんでもありませんとも。

 それよりも。私としては、こんな魔物のうようよいる森の中で一人残される方が恐怖ですよ、ええ。

 ハウレル殿の気が変わらないのであれば、仕方ありません。私もお供させていただきますよ」


 ため息をしつつ降参だと再び手をひらひらさせて、ジレットもどうやら覚悟を決めたようだった。


 問答をしている間も、魔物が襲って来るわけでもなく、周囲は静けさを保ったままだ。特に隠れていたわけでもないのに、である。

 そして、地下は変わらず黒々と僕らを手招きしている。


「お供するとは申し上げましたが……まさかあそこにいきない入ったりはしますまい。無策で突っ込むというのであれば私は前言を華麗に撤回して即座に浜に戻りますとも」


「さすがに、僕もそれは嫌だな。

 何か策はある?」


 そのように話を振るからには、ジレットには何か考えがあるのだろう。


「そうですな。まずは脅威がどの程度のものか測るためにも――ふむ。比較的御し易い魔物でも誘導して、あの石の上に乗せてみるというのは?」


「なるほど。囮にもなるね」


 ジレットが提案したように、魔物――エムハオあたりを"念動"か"結界"で捕まえ、運んでくれば様子を見ることはできるだろう。

 あれほどいた魔物がこの周囲にはいないので、探してくる手間がかかるけれど。

 それに意見を挟んできたのは、シャロンだ。彼女にしては珍しい。


「決まった刻限、たとえば夜などにしか活動しないようなものであればどうしますか?

 私やオスカーさんでもここから地下の探知が思うようにできない以上、自動装置の類の罠である可能性もあります」


 視界内であればほとんどの罠は見分けてみせるのですが、ともシャロンは付け加える。


 のっぺりとした石の上まで魔物を運んで何も起きなければ――階下に魔物を放り投げた後、どうなったのかが知覚できるかどうかは、怪しいところだった。


 "探知"魔術は地下に入ってすぐのあたりで効力を失ってしまっているのだ。抗魔力が極めて高い相手か、魔術対策が組まれた物でもあるのだろう。


「ううん……。

 そうだなぁ。この辺には様子見をするための動物もいないし」


 また、魔物のいる場所に出るというのは先ほどのように連戦を強いられる可能性もある。地下にあるであろう脅威を前に、なるべく消耗することは避けたいし……。


 ――ええい。面倒だ。


「とりあえず、掘るか」


「……今、なんと?」


 僕の出した第三案に、きょとんとしたジレットと目があった。

 僕は今立っている土の地面を指でさす。


「いや、とりあえずこのあたりを掘ってみようかなって。

 地下に何かがあるなら、その原因がわかるかもしれない」


 それでわからなければ、ちょっと魔物を捕まえてくるなりしよう。

 幸か不幸か、地面を剥がすのは慣れたものだ。人生、どんな経験が役にたつかわからないものである。


「掘る、というのは良いでしょう、ええ。

 しかし、どうやって」


「まあ見ててくれたらいいよ。すぐ済むから。

 ジレットと、念のためシャロンも下がってて。――うん、そのあたりでいい」


 僕のことを信頼しきったシャロンと、今度は何をするのかと興味深げなジレットから視線を引き剥がして地面に向き直る。


 何もない、剥き出しの土。

 のっぺりとした石の床に対してその周囲の地面は、ある一定の範囲まで雑草の一本すら生えていない。不自然なほどに、異質な領域。


 その、剥き出しの地面に紫の燐光が燈る。


 陽光を受けて、きらきら、きらきら。

 らっぴーくらいのサイズの円状に、魔力光が集う。フリージアの"童話迷宮"で何度も行った、手慣れた作業だ。

 僕の十八番、"剥離"の魔術と"念動"魔術の複合。


「よいせ」


 掛け声と共に、筒状に剥がした地面を、ずるりと勢い良く引き抜く。

 深さは、普通の家の一階部分が丸々すっぽりとおさまるくらい。円形の、黒々とした穴の出来上がりだ。


「魔術の複合というものは……本来、詠唱も陣も無しにそう易々と行うものではないはずなのですがね、ええ……」


 やや諦め気味にジレットのつぶやきが聞こえるけれど、無詠唱魔術の行使に関して気を使うのは今更無意味だと思う。

 さきほど魔物の群れを薙ぎ払うために散々駆使したのだから。


 ぽっかりと垂直に空いた穴は、大人一人が落ちるような大きさではない。

 しかしそれでも気づかず足を踏み入れると怪我をしかねないし、地下に潜んでいるかもしれない相手が何か討って出てくるかもしれない。


 ジレットは十分離れたところから、そろり、そろりと穴に近付く僕とシャロンを観察する。

 尖らせた瞳には、人々の相手をしていた朗らかな頼れる男の温かみ、その欠片すらない。どこまでも冷酷で、平淡な光を眼鏡が覆い隠していた。


「何もありませんね」


 第一報は、シャロンから。


 何かあればすぐに退避できるように、先に穴を覗き込んでいたシャロン。

 その報告に相違なく、僕が魔力光に照らされる穴を覗き込んでも、そこにはただぽっかり空いた穴に、土が敷き詰まっているだけだ。

 "全知"で見てもそうなのだから、何かが隠されているということは考えにくい。


「そうそう上手くはいかないか」


 石の床を回り込み、方角を変えて、地面に穴を開けることを続けて2回。

 都合3回目となるその試みで、異なる手応えが返ってきた。


「お?」


「どうされましたか、オスカーさん」


「さっきまでと同じような深さまでくり抜くつもりだったんだけど、かなり手前までしか掘れなかったんだよ。

 もしかすると、あたりかもしれない」


 ゆっくり、ゆっくりと"念動"魔術で土を引き抜いていく。

 何が飛び出しても良いように、シャロンが腰を落として。

 筒状に剥がされた地面が、ずるりと地上にその姿をあらわした。3度目となる今回は、先ほどまでの半分程度の深さまでしか掘れていない。


 1秒経ち、2秒が経った。


 のっぺりとした石の床に散らばる剣や鎧の破片が日の光を照り返している。

 木々がそよぎ、微かに潮騒を運んで来る。


 4秒が経ち、5秒を数え。


「……何も起こらないな」


 少し、拍子抜けしたというのが正直なところだ。

 それはジレットも同じらしい。彼はほっとした表情をしつつ、どこか物足りなげにかぶりを振る。


「はい。しかし油断は禁物です。

 今回も私がまず覗いてみます」


「わかった、頼むよシャロン」


「はい。お任せください」


 彼女が金の髪を揺らし、穴を覗き込む。

 僕も続いて覗き込もうと、ゆっくりと近づいて――


 上体を逸らし、華麗なバックステップをきめたシャロンの細い腕が僕の胸に叩き込まれた。


「おぐぇ!?」


 潰れたブォムのような声を発し、目を白黒とさせる僕がシャロンに抱えられたのだと認識したときには、シャロンは次なる回避行動に移っていた。


 襲い来る何かを横に後ろに俊敏に躱し、後退していく。

 抱きかかえられた僕はシャロンが何と交戦しているかすらわからない。

 見えるものといえば、ただ高速で動く地面とシャロンの背中くらいのものだ。


「そんな――『レッド・スライム』!?

 なぜ、こんなところに!?」


 誰かの――ジレットの驚く声がだんだん近づいてくる。


 シャロンが僕を抱えたまま、そちらの側にまで後退しているのだ。

 抱きかかえられた僕は、せめてシャロンが抱えていやすいように彼女にしがみつき、"軽量化"の魔術をかけて負担を軽くしておくくらいのことしかできない。

 こういう状態で下手に声を出そうとすれば、したたかに舌に痛手を負うということがわかっている。"全知"を使うまでもない。経験則ってやつだった。


「オスカーさんは、ここにいてください。

 私はあれを、無力化してきます」


 優しい声音で僕を地面にふわりとおろすと、シャロンは姿が霞むほどの勢いで、()()に向かって突き進む。

 シャロンは避けて躱して後退した距離を、その流れを逆再生するように詰めていく。それはどこか、華麗に踊るように。


 陽光を受けた金の髪が、煌めいて光の尾を引いた。

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