表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/445

僕と彼女と無人島 そのに

「森の中には魔物がウヨウヨいたよ。

 オークやら、見たこともない気持ち悪いのやら……絶対に近づいてはいけないよ、シャロンさん」


 髪を短く刈り込んだ、ほどよく筋肉質な肉体。いかにも好青年です、という風情の男が声をかける。

 多少疲れた様子はあるものの、ニッと笑って歯を光らせるさまは、まだまだ余裕を感じさせた。


「海岸沿いは、浜以外は険しい崖になってたり岩礁があったりだな。

 海賊船の残骸は、その岩礁あたりで見つけたが。

 そっちにもカルバホークがいたりで安全ではなかったよ、シャロンさん。

 それでもいくらか小魚を手に入れることはできたから受け取ってほしい」


 また別の男、程よく日焼けをして腕まくりをした者が、背中に背負った蔓に串刺しにされた魚を差し出しつつ、朗らかに言う。


「あ、ずるいぞ!?

 こっちも、こっちも森の少し行ったところの湧き水を汲んできました!

 獣が飲んだ跡があったため、害あるものではないでしょう。どうぞ、シャロンさん!」


 休める場所を探索しに行っていた細身の男が、震える手で水の湛えられた貝殻を差し出す。

 手が震えるたび、貝殻の端からきらきらとした雫が飛び散った。


「シャロンさん!」


「シャロンちゃん!」


「え、えーと。うぅ。オスカーさぁん――!」


 2人目が来たあたりで離脱タイミングを測ってシャロンは、どんどん自らの周りに囲いを作る男たちに背を向けると、恐るべき速度で僕の後ろに隠れてしまった。

 この場にいる人物を、僕まで含めてすべて束にしたところでシャロンに敵うことなどあるまいが、それでもあまりに男たちがぐいぐいと寄ってくる光景は、端から見てもちょっとキツイものがあった。


「ああっ! シャロンさん……」


「うぐぐ……」


「ぐむむむ」


 僕の影にかくれつつ、「ぎゅー!」と口に出して僕の胴体を束縛するシャロンの様子に、囲んでいた男たちから悲哀じみた声が漏れる。


「はは……」


 僕としては、乾いた笑みを浮かべるのみである。


 今さらのことではあるが、シャロンは美少女である。

 道ゆく人たちが二度見するような美少女ではない。二度見というのは、一度は目を逸らす必要がある。一度も目を離されないまま、あちこちで壁に頭を打ち付けたり、人と人がぶつかったり、そういうレベルの美少女だ。

 発言内容が残念なことも多いし、身内贔屓もあるだろう。それを加味して評価を大幅にさっ引いたとしても、なお燦然と輝くような。その場にいるだけで空間が華やぎ、呼吸すら忘れるような。そんな美少女である。


 普段はここまで露骨に言い寄られるようなことは、そんなに多くない。

 この世ならざるほどにまで完成された"美"に、おいそれと声を掛けるのが恐れ多くなってしまうのだ。

 仮に、王女がいかに美人であったとしても、すぐに口説きに掛かる者がいたとすれば品性か正気を、もしくはその両方を疑われるだろう。

 高貴で、神聖で、侵し難い雰囲気を保っているシャロンに簡単に声を掛けられる人物は、それなりに胆力がある者に限られる。そう、普段であれば。


 今のシャロンは、簡素な紺色のスカートに落ち着いた色の麻のシャツ、薄手の布を纏っており、浜辺で活動するために簡素な板のような靴を突っ掛けて、ちょっとお洒落な町娘といった風情の格好だ。

 白を基調とした、ヒンメル夫人製の服は現在"倉庫"に仕舞い込まれている。フリージアとの戦いでボロボロになってしまったためだ。


 超然たる美、絵画のような触れがたいほどの美しさ、神聖さといったものは、ありふれた衣服によってやや軽減されていると言っていい。その分親しみやすさのようなものが増している。当社比150%増しといったところだ。

 怪我人を運んだり、担架を作るために木の枝を集めたりと元気に動き回っていたシャロン。多くの人間が疲れや怪我、恐怖から蹲っているところを動き回る様子が、よりいっそう好感を集めたというのもあるかもしれない。


 それらの結果として、もはや必然的ともいえるように。

 シャロンは猛アプローチを掛けられていた。


『はは、じゃないですよっ!

 あなたの可愛いシャロンちゃんが言い寄られまくっているのですよ!』


 口では「ぎゅー!」とか「ぎゅむー!」とか言いながら、器用にも"念話"で僕を咎めてくる僕の嫁(シャロン)


『そう言われてもなぁ……僕のシャロンがそこいらの奴に靡くとは思ってないし』


「はぅっ!」


 背後のシャロンから発せられる変な声。恨めしそうに僕を見ていた男たちから、若干どよめきが上がる。

 下卑た視線を送られるのでなければ、自分のパートナーがちやほやされ、人気が集まるというのは、そう悪い気分ばかりではない。そんな場合かと呆れはするが。


『よく聞こえなかったのでもう一度お願いします!』


『"念話"でよく聞こえないって何だ……』


『こまかいことは、いいのです!』


 ぎゅうぎゅうと絶妙な力加減で、柔らかさを感じさせながら締め付けてくるシャロンさん。実はけっこう余裕あるよね?


 しかし、もともと体力がある者や、僕やシャロンのような特例を除いて、焚き火のまわりで蹲る者たちに余裕なんてなければ余力もない。体力だってない。

 そんな彼らにとってみれば、海も森も魔物だらけという報告は、にわかには信じられない、信じたくない情報に違いなかった。


「俺たち、どうせ皆ここで死ぬんだ……」


 ぽつり。誰かが呟くと、またたく間に不安が伝染していく。

 か弱い嗚咽が聞かれたり、我が子を強く抱きしめたり。

 シャロンに言いよっていた男たちも、人より丈夫なだけである。日常を感じさせるように、むしろ努めて明るく振舞っていた節まである。

 一度暗い空気が蔓延してしまっては、男たちだって言葉少なく俯いてしまう。

 海に投げ出されたり怪我を負ったのは彼らだって同じで、魔物の姿をその目で確認した分、疲労や絶望感が他の者より深くてもおかしくはない。


「食べ物も、飲み水もない。ルーダーの手下になってでも、生き延びるほうが……」


「その食べ物だって、いつまで保つかわからないんだぞ!?」


「森に魔物がいるなら、海で魚を取れば……」


「道具もないのに、魔物を避けながらそんなに取れるってんならやってみろよ!」


「なんだと!?

 オレは生き延びるために意見を」


「もうやめてよぉおおお!!」


 伝染した不安は瞬く間に増幅し、あわや掴み合いの喧嘩が始まりそうである。

 喧嘩になれば"念動"などを駆使して力づくで止めることは出来るけれど、あとには修復が難しい亀裂が残るだろう。

 そして、ことこの場においてそれは致命的だ。多くの者は、団結せねば生き残れまい。



「あまり良い状況ではありませんね、ええ」


「あなたは……?」


 白いマントを翻す、痩せぎすの灰色がかった髪の男。

 少し離れた浜を散策していた男が、いつのまにか背後で自らの眼鏡を押し上げていた。


「しがない魔術師ですよ、ええ」


 僕の問いに短く返事を返すと、男は項垂れるものたちに気負わぬ足取りで近づいていく。


「今はまだ日も高いです。が、いずれ日が暮れるでしょう。

 せめて雨風をしのぐためにも簡易にでもテント等を用意すべきだと愚考しますね、ええ」


「テント……ったって、どうすれば」


 不満、困惑。

 多くの者たちを代表して声を漏らした男性に向けて、白マントの男は再び眼鏡を押し上げる。


「勇気ある皆さんのおかげで、森へ入るのは危険ということがわかりました。

 では我々に残されたのはこの浜と、彼が見つけてくれた海賊船の残骸ですね、ええ」


 まるで講義をするかのように、自身を見つめる一人ひとりの目線を受け止め、森を。はたまた、船の残骸があると言っていた崖のほうを指す。

 堂に入った立ち居振る舞いが、いつのまにか聴衆となった者の興味と、目を惹いていく。


「ほう。うまいもんだな」


「はい。とりあえずは、彼の話が終わるまでは不安の声が高まることはないように思います」


 小声で頷きあう僕とシャロンのやりとりも気にせず、男は続ける。


「ときに、あなた。

 海賊船の残骸とは、形をどの程度留めていましたか?

 海賊船と断定できる程度には、形が残っていたのでは?」


 シャロンに魚を差し出していた、日焼けをして腕まくりをした男が、突然話を振られて目を瞬かせる。


「半分くらい水に沈んじゃいたし、マストも折れてたよ。

 でっけぇ穴が開いちゃいたから、船としてはもう使えねぇだろうけど。一応形は保ってたな。

 あの趣味の(わり)ぃ、黒い帆と旗があったから海賊船に間違いねぇよ」


 最後は嫌悪感をたっぷりに、ケッ! とばかりに唾を吐く。

 流れ着いた海賊たちは全員厳重に縛られている。いまは縮こまっており、特に反応を返したりはしない。

 そんな海賊たちを見る男の目の奥は、憎々しげに歪んでいる。こいつらが襲って来なければ、こんなところに漂着することもなかったのだから、無理からぬことである。もっとも、大波によって船同士が衝突することになろうとは、当の海賊側も想定外だっただろうけれど。


 海賊もだけれど、蛮族には容赦をしないと決めた僕なので、べつに彼らがどうなろうと――どういう扱いを受け、どういう末路を辿ろうが、僕としてはあまり頓着する気はない。

 しかし、ここにいる者たちが嫌悪感から暴力的な衝動に支配されてしまうのは、避けたい事態には違いない。生きるだけで精一杯の彼らが怒りに取り付かれても、碌なことになりはしまい。

 一度、怒りに飲まれそうになった身としては――危ないところを友に救われた身としては――少し思うところがあるのだった。


 白いマントの男は、そんな男の報告にも、どこか嬉しげだった。

 その表情を目にした周りの者たちも、怪訝そうな表情を浮かべる。状況と表情がちぐはぐではないか、と。


「それは重畳です。

 帆を使えば天幕となりましょう。板を剥がせば支柱となりましょう。海賊船の残骸は、我々を守るテントになり得ます。

 そちらの、そう、右腕に疵痕のある強そうな御仁。あなたなら、その剣で帆を切り取ることができますか?」


「お、おぉ? オレか? 実物見たわけじゃあねぇし……やってみないことにはわかんねぇけど。

 まぁ、たぶんできんじゃねえか……?」


 突然指名された男は驚きつつも答える。周りの視線を集め、どこかまんざらでもなさそうにも見えた。


「それは大変頼もしい! では、次に、赤髪が大変キュートなお嬢さん。

 あなたは見るからにバランス感覚がよさそうです。

 崖や、大破した船での作業ですが、あの方の補助をお願いできますでしょうか?」


「え? アタシ?」


 話に聞き入っていた様子のひとりが、高い声を上げる。

 振り向き、やはり自分のことを言っているらしい、と認識して頬を掻き、


「そりゃー、大道芸やってっから身のこなしには自身あるけど。

 補助ったって何すりゃいいのさ。アタシ、力はないよ」


 そうやって少し申しわけなさげに答える女性に、男は眼鏡を押し上げておどけた顔を見せる。


「これは失礼しました。

 可愛らしいお嬢さんと言葉を交わす機会にあまり恵まれないものでして、つい焦ってしまいました、ええ。

 許していただきたい」


「べ、べつに、いいけど」


 大道芸をやっているという女性は、正面からそんなふうに見つめられ、気恥ずかしいのかそっぽを向く。あの男、女の子に慣れてないとか絶対嘘だろう。

 皆の前で容姿を褒められたせいか、女性は心なしか紅潮して……シャロンが僕の前に立って、そちらが伺えなくなる。


「ちょっとシャロン、見えないんだけど」


「いいえ。オスカーさんは私のふくらはぎあたりを見て癒されるといいと思います」


「いやいや。あっちのやりとりに興味があるだけで、女の子を見てたいわけじゃないから」


「むぅー」


 シャロンを宥めすかしている間にも、眼鏡の男は滔々と言葉を続けている。


「彼が帆を調達するためには船に乗り込まねばなりませんね、ええ。

 しかし、床板が割れていることもありましょう。足元が岩場であれば、不安定でもありましょう。

 あまり剣は詳しくないですが、しっかりと踏ん張らないと剣も扱い辛いでしょう、ええ。魔物もいるという話でしたし。

 あなたは踏んでも良い場所を見分けたり、先導をしたりして、彼が転倒したり怪我を負わないよう、気をつけていてほしいのです。

 彼が作業に集中できるよう、警戒と補助をする。お任せできますか?」


「わかったよ、そういうことなら。

 ただ、危なくなりそうだったら逃げるからね」


 赤毛を揺らして、女性が頷くと、男も満足げな表情を貼り付けて頷き返した。


「ええ、ええ。

 我々全員が生還するために、危険を避けるのは大前提です」


「でも……船を壊しちゃったら、わたしたちが帰る手段がなくなっちゃうんじゃないの?」


 不安を吐露する別の女性に、彼は途端に深刻な表情を作り、頷く。

 直前まで満足げな表情をしていたのにも関わらず、聴衆の心の動きに沿ってすぐに態度を同調させるのだ。

 そうしていながらも、主張は変えない。なるほど、見事な手腕だった。


「ご婦人、おっしゃる通りです。

 しかし、我々が帰るためには、まずは生き延びねばなりません。

 雨や潮風に晒され続けると、体力をどんどんと奪われます。

 魔術師殿の魔力とて、いつまでも保つものではないのです」


 考えたくなかった事実を突きつけられたことによる、どよめきが広がる。

 そもそも、波に巻かれて商人の船に突っ込んできた海賊船は、わりあい小柄な船だった。

 フレステッド商人の船に余裕を持って乗っていた僕ら全員が乗るのは無理がある。


「森の中、岩場などに、我々全員が身を潜められる洞窟がありましょうか。

 そんな住み良い環境が、魔物たちの巣窟となっていないなんてことがありましょうか。

 我々全員が生き残るため、致し方ない手段とご理解いただきたいのです」


 こんな手段しか思い浮かばずに申し訳ない、彼は眼鏡を抑えて頭を下げる。それにつられたように、不安を吐露した女性も、沈痛な面持ちで頷く。

 もう彼に反対意見を投げる者はいなかった。


「では、テントを獲得する算段を続けさせていただきます、ええ。

 もう一人――そちらの、日に焼けて筋骨隆々なお兄さん。そう、皮の服を着ていたあなたです」


 目線の先にいた男が振り向き、どうやら自分のことのようだということがわかると、困惑した顔をする。

 彼は今、皮の服を着ていない。その表情からは、自分のような者のことまで覚えているのか、という驚きもないまぜになっているようだった。

 彼は日焼けしてがっしりとした体躯ではあるが、筋骨隆々というには過分ではないか、そんな頼りなさを、その当惑した表情が助長させる。


「あなたは、船に乗り慣れていそうですね。

 海に投げ出された人を何人か引き上げたのもあなたでしょう」


「漁師だから、そりゃ……。

 でもオレが助けられたのは二人だけだし……あの魔術師のにーちゃんが居なかったら、その二人も助かってねぇし……」


 オドオド、ちらちら。

 僕のほうを伺いながら、大きな体を小さく縮めてぼそぼそと男は呟く。

 周りの者たちも、大丈夫かこいつ、といった視線を投げている。

 しかし、彼は――白マントの男は、さしてその態度を気にした様子はなく、再び眼鏡を押し上げる仕草をした。


「漁師! なるほど、なるほど。どうりで泳ぎも達者なわけです、ええ。実に頼もしい。

 我々の食料事情のためにも魚を入手してほしくもありますが……まずは安心できる寝床でしょう。

 あなたはロープを持ってお嬢さんと、帆を切る彼を助けてあげてほしいのです。

 彼らが海に落ちるのを防いだり、落ちても引き上げたり、切り出した素材を浜に渡すために。

 お願いできますでしょうか?」


 具体的に、できそうなことを選んで。

 人助けを進んでする性質である漁師の男の性格まで見越して提示しているのだろう。

 少し悩んだ末に、


「ああ……自信はねーけどよ、やってみるよ」


 言葉通りに自信なさげではあるものの、漁師の男は頷いたのだった。

 それを受けた男は、眼鏡の奥でにこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。我々が遭難したのは不幸なことですが、そのなかに彼らが居たのはまさに幸運です。

 もうテントはできたも同然でしょう、ええ。

 残った我々は、テントを設営する場所を確保して、大きな石を取り除いたり、森から魔物が出てこないか警戒するとしましょう。

 動けない者を移動させるためにも、全員一丸となって事に当たる必要があります」


 パン! と手を打ち合わせ、周りを自在に引き込んで見せた男は、講義の終了を示す。


 先行き不安からあれだけ慌てふためいていた者たちは、いまやひとつの目的をもった者たちとして、各々が立ち上がっていた。

 船で帆や木材を切り出すのに選ばれた3名など、まるでいままさに偉業に挑まんと言わんばかりの使命感に満ち溢れているし、まわりの者たちもそれぞれやる気を見せているようだった。


「すごいな」


「はい。統率力ぅ、ですかね」


 パニックに陥りそうな者たちに目先の行動指針を与えることで、見事混乱を収めてみせた。その上、テントは実に役に立つ。


「周りを巻き込んで、そのうえ相手をノセるのが上手い。

 目的を持たせることで変な方向に――暴動とかに発展するのを潰し、かつ成功体験を得られるようにしているみたいだ」


「オスカーさんは彼をなかなか評価しているようですが。

 オスカーさんのほうがずっと強くてずっと魅力的ですよ。彼の戦闘力はたったの5くらいです」


「なんの数値だよ。まあ、事実助かった、ってところかな。

 僕やシャロンなら、作業自体は簡単だろ?」


「はい。瞬殺ですね」


 シャロンの肯定は、誇張ではなくただの事実の追認だ。

 むしろ森にいるという魔物を殲滅しつつ木を切り出し、簡素な家を立てることすらできるだろう。ゴコ村での経験もあるし。


 ただ、それでは彼らのフラストレーションの解消にはならない。力があるからと、与えるばかりが最適でない場合もある。それをまざまざと見せつけられた思いだった。

 人々の不安や不満はまだ燻ってはいるのだろう。それでも、あの男は各々に目的を与えることで、うまく逸らしたのだ。


 僕らの視線の先では、白マントに眼鏡の男――"全知"によるとジレット = マグナ = ランディルトンというらしい――が、テントをどこに立てるべきかと残った者たちの意見を募っている。

 潮の満ち引きを考慮していない意見はやんわりと逸らし、逆に森に近すぎる場所へと意見が出たときには魔物を直に見てきた者に話を振ったりと、意見の調整を行なっているようだ。


 ジレットの中では最適解がすでに出ているが、皆の知恵を出し合ったという事実を作ることが肝要なのだろう。

 良い意見が出たときにはいっそ大げさなくらいに褒めそやして賛同を募り、的外れなものであっても『なるほど、こういう場合には使えそうですね』、などともっともらしく頷いたりしてみせている。


「僕には無理だ……」


 あれは、無理だ。

 全部自分でやっちゃう方が早くて、大幅に楽だ。

 僕にできないことはシャロンができるし、僕とシャロンの二人がかりで出来ないことなんてそうそうあるまい。『勇者』を打倒する、とかでなければ。


「オスカーさんには、オスカーさんの強みがあります。

 それに、あなた(オスカーさん)には(シャロン)がいます」


 同じようなことを考えていたらしいシャロンが、微笑みかけてくる。

 そんな彼女の笑顔に、僕はいつだって救われる。

 いつだって側にいてくれるシャロンの頭を軽く撫でると、彼女は実に嬉しげに、その蒼の双眸を細める。


「それじゃ、僕の強みを活かすとしますか」


「はい。応援しています。ぎゅー!」


 僕らのじゃれつきに呻き声を漏らす者たちは、もういない。

 ジレットを中心として、各々がやる気を出している。


 そんな様子を横目に見ながら、僕は"念話"の魔術でアーニャに近況の報告と、依頼を出し始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ