誕生日のはなし - シャロンの場合
閑話がすっごく途中なのですが、メインヒロインであるシャロンちゃんの誕生日を(リアル日付で)迎えたので、ぜんぜん関係ないお話を更新です。あとで場所を動かすかもしれません。
……と思ったら動かせないし! このままでいきます。
時期的には、記者が帰った後で『勇者』と出会う前くらいです。
「私の誕生日の話もしましょう」
ある昼下がり。
突然思い立ったように、絶賛、魔道具を作っている僕の手元あたりにズイっと頭をねじ込み、蒼い瞳を持つ嫁が言う。
ちなみに開店時間中である。金髪蒼眼の天使と見紛うほどの美貌を、いまは僕が座る膝と腕の間にねじ込んでご満悦な彼女が、店番である。お客さんが居ないわけでもない。が、ありがたいというべきか残念なことにというべきか判断の分かれるとことではあるけれど、彼女のそういう突然の奇行に慣れてしまった常連客しか、工房内には居ないのだった。大丈夫か、この店。
「なんだ、どうした突然。まるで今日その話をしないといけないみたいな唐突さで」
「そういうことは言いっこなしですよ」
本当に、ただなんとなく思いついただけなのだろう。ことによると、カウンターのこちら側に儲けられた『かれんだー』に付けられた印を見て思い立ったのかもしれない。
『かれんだー』とはこの工房でも販売している商品のひとつで、シャロン発案のものだ。複数枚の紙に渡って日付が列挙してあり、予定や記念日なんかを書き込めるようになっている代物である。ちなみに、売れ行きはあまり良くない。
『かれんだー』の使用法見本兼、僕らの予定管理用にカウンターのこちら側にもひとつ設置してあるのだが、そこにはいくつかの丸印や猫印や鳥印が描かれており、各々が好きに文字や魚の絵なんかを書き連ねている。
その中のひとつ、ひときわ目立つお日様のマークが描かれた日付は、ラシュの生まれた日——すなわち彼の誕生日に相違ない。
記者の対応のためにアーニャたち姉弟の誕生日を”全知”によって知って以来、アーシャやラシュは、自分の誕生日が来るのを指折り数えて楽しみにしているのだった。
『ウチは大人やし、そーいうの大丈夫やもーん』
なんて言っていたアーニャが、自分の誕生日までの日数を、苦手な引き算を駆使して頑張って割り出していたのも知っている。計算は間違っていたけれど。
「いえ、なんといいますか。
私の誕生した日というのはオスカーさんと運命的な出会いをしたあの日で確定的に明らかなわけですが」
「お、おう。続けるんだその話」
「続けるも何も始まったばかりです!
私たちの戦いはまだまだ始まったばかりです!」
「なんとなく終わりそうだぞ、それ」
僕の膝に頭を預けた姿勢のまま、ぷんすか、と腰に手を当ててシャロンが憤慨する。
白い肌の頬の部分だけ少し朱に染めて膨れる様も、新鮮味があって良いものだった。ただ、その姿勢はちょっとその、あまり楽そうではない。
「皆さんがあまりに誕生日に対して心うきうきワクワクになってらっしゃるので、ちょっと対抗しておくと言いますか、あなたのシャロンの誕生日も覚えておいてもらおうだとか、そういう魂胆があることは否定しませんが」
否定しませんがも何も、全部だだ漏れのシャロンさんだった。
「でもシャロンの誕生日って、その——シャロンが作られた日ってわけじゃないのか?」
いちおうお客さんがいるので、シャロンの耳元に口を近づけて囁いてみる。シャロンが人間ではなく魔導機兵という存在であることは、僕の他に知る者はアーニャだけだ。アーシャやラシュさえ知らない、と思う。薄々人間でないことは感づいているかもしれないけれど、そんなことを気にするような子たちでもないと思う。
「いいえ。否です。断じて否です。そんなものはどうでも良いのです。ぺいってしましょう。ぺいって。
いいですか、オスカーさん。おぎゃあと産声を上げて生まれ落ち、名前を付けていただいたその日その時が、輝かしい記念すべき日となるのです」
「いや、おぎゃあというよりは初対面で僕、筋トレを勧められた記憶があるんだけど」
輝きも記念もあったものではない。
まぁ——僕がシャロンと出会って死の淵から生還したのも事実であり、初めて彼女を見たときの眩いばかりの記憶は、実際に僕にとっても輝かしい記念日として死ぬまで覚えていることだろう。
何かの拍子に記憶を失くすことがあったとしても、シャロンのことはすぐに思い出せるんじゃないか。そんな根拠のない自信があるくらいである。
「はい。それはえっと。力が欲しいとおっしゃったので」
「まあ、それはそうなんだけど」
若干、バツの悪そうなシャロンが蒼い目を伏せる。研究所で、そこに至るあらましをシャロンに話したときに、父母を喪ってシャロンと出会ったことは伝えている。そんな状態の僕に筋トレを勧めたことを、彼女はどこか後悔しているようなところがあるのだった。僕としては、両親のことは悲しいけれど、それとシャロンとはまた関係のない話だと思っている。両親の命日——実際には数日ずれるけれど——とシャロンの誕生日が同じでも、僕は彼女をしっかり祝う所存だった。
ちなみにそれはそれとして、研究所から脱出して以降、身体が動く日には朝起きてからと夜お風呂に入る前、僕は筋トレを日課にしていたりする。剣の素振りと、シャロンに勧められたバーベルスクワットというやつである。
無論、バーベルなんぞという物体やそれに近いものなんて売ってはいなかったので、シャロンからの聞き取りや全知を駆使して作った特別製である。テンタラギオス鋼と鉄の合金の塊が左右に取り付けられ、同じ合金でそれを繋ぐ棒が形成してある。通常状態では重さ30kg程度のといった風情だが、魔力を通すことでかなりの重さになるように術式が編んである。僕が全力で魔力を込めたバーベルも、シャロンにかかれば片手でひょいと持ち上げられてしまったけれど……。
それなりに魔力も筋力も鍛えているつもりなのだけれど、シャロンにだけはいつまで経っても敵う気がしない僕だった。
「ええとですね、ラシュさんの誕生日が『花祭り』なのと同様、私の誕生日も古来ではお祭りのあった日なのです」
「へえー、そうなのか。シャロンの誕生日は麦の下、17日目だから結構寒くなってきてるよな。
ちょうど麦の収穫が終わった頃だったから、それを奉納するお祭り、とか?」
シャロンの作られたときの技術力、機械文明というものには、本当に驚かされることばかりだ。現代魔術では及ぶべくもない。
それだけの力が普遍的にあったのならきっと『世界の災厄』が訪れるまでは苦しいことや争いごとなんて何一つなく、飢える者もなく、さぞかし平和な世界だったんだろうなぁ。
「いえ。そういうのとは違います」
その時期だと麦に関連した祭りというものしか僕には思い浮かばなかったが、きっと、そのお祭りというのも文化的で、高度に発展した文明の成せる業のようなものかもしれない。いまの時代では再現できないかもしれないが、そういう未知なもののほうが、俄然興味が湧く。
しかし続くシャロンの言葉は、なんとも評価に困るものだった。
「そのお祭りではカボチャ——ええと、キルカの実が一番近いでしょうか。
それを刳り貫いて異形の頭蓋を作り、食物をせびっては欲求が満たされないと報復でもって応えるというものでした」
「えぇ……」
麦とか豊穣とかの要素が皆無だった。
そして思った以上に殺伐としている。
なぜか僕らの話を聞いていたらしいお客さんたちが、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
シャロンの誕生日を祝って少しでもお近づきになろうという魂胆だったのかもしれない。シャロンは僕に、僕はシャロンにべた惚れというやつなので、付け入る隙はないと思うけれど。
まぁ。それはそれ。
今は僕の膝の上でぱっちりと目を見開いて僕を見上げるシャロンの相手に戻ろう。
「そのお祭り、楽しいの?」
「はい。察するに、リアルが充実していれば楽しいのではないでしょうか」
「りある?」
時たま、シャロンは神聖語で形容を行う。
たしか『りある』は幻術破りの魔術なんかで使われる語彙のはずだけれど。
「はい。その日は悪霊が町を闊歩するとされているので、それに溶け込むために皆が魔物のような装いをするならわしがあったのですが」
「ええ……」
悪霊や魔物が跋扈する町とか、祭りや、楽しいといった要素が皆無な気がするのだが。
当時の冒険者は何をしていたのだろう。シャロンのような存在がいたのだから、やられっぱなしということは考え辛いものがあるけれど。
「そういう仮装を仲の良い者同士でこぞってやるのです」
「仲が良い相手なら、悪霊じゃないのがわかってるんだから仮装する必要ないんじゃぁ……」
「はい。まあ悪霊云々は口実ですからね。普段と違う格好のほうが燃えるというのもありましょう」
膝の上で、うんうん頷くシャロンさん。
何がどう燃えるのかは、聞かないほうがいい気がした。
なので、ちょっと方向性を修正しにかかることにする。
「その仮装ってのは、キルカの実で作った異形の頭蓋、でいいのか? それを被ってやることなのか?」
「いいえ。それとは別口です。
包帯でぐるぐる巻きになったり、牙を生やしてみたり、獣耳を付けてみたり、といったふうに様々ですね」
包帯。
牙。
獣耳。
にゃーん。
そう言われて脳裏に浮かぶのは、胸を覆う包帯に絡まって身動きが取れなくなってしまったかつての長女の姿である。
「なんか普段のアーニャが全部満たしてる気がする」
「アーニャさんのは、うーん。あの爆乳を封じている包帯なので、あながち間違いでもない気も——うぅん。やはり上手く伝わらないものですね」
蒼い瞳がくりっと小首を傾げ、最高級の絹のような滑らかな金の髪が、僕のふくらはぎあたりを通りがかりに撫ぜていく。
「今のところ、奇祭としか言いようがないんだけど。
キルカの実で作るっていう、異形の頭蓋はどうするの?」
僕が目下気になっているのはそっちである。燃え上がるとかいいのだ。そういうのは。
異形を象った頭蓋というからには、何らかの召喚の儀式にでも使うのだろうか。
町に跋扈するという悪霊を、頭蓋を依り代とした召喚魔術で祓う、という性質のものだろうか。
だとするならば、仮に町に魔術師がおらずとも形だけ真似るうち、奇祭として広まったというのも頷けるというものだ。
「はい。置きます」
「うん。それで?」
「終わりです」
「え?」
「? あ、中に蝋燭を入れることもありますよ」
「え、あ、ええ……?」
混迷は深まるばかりだった。
僕だけが無理解だったわけではないようで、さすがについて行けない、とばかりに工房内に残っていた客も首を振りながら退店して行く。
奇祭、ともすれば異教の儀式である。怪しいもの、危ないものには近寄らない。生きる上での鉄則である。
「あっ、何か『危ないものには近寄らないでおこう』みたいな目をしましたね、オスカーさん!
そういうのじゃないんですって、もう」
「とはいってもなぁ」
何をどうしても異形の頭蓋を作ってただ置くだけで、あとは魔物に扮して練り歩く。
控え目に言って奇祭。悪く言えば怪しい儀式。王都でやったら即刻捕まりそうだった。
「もう! 信じてくれていませんね!」
「いやーシャロンのことはいつでも完全に信じてイルヨー」
「棒読みじゃないですか!」
いや、だって、ねぇ?
どう考えたって、変だろ、それ。
「もう! いいです、いいですとも!
では目にもの見せてやるのです。おいでませ、私の眷属!」
僕の膝からもぞもぞと頭を抜いたかと思うと、シャロンはすっくと立ち上がり、右手の指をパチン! と弾いた。
「まさか、召喚魔術? どこでそんな力を……」
キルカの実で作るという異形の頭蓋。
それはもうすでに存在しており、これまでの会話も単にその前振りで、それを僕に披露するための伏線だったのか。
とたとたとた
自信満々といった表情で、胸を張るシャロン。
小さな足音が近付いてくる。
「ふふふ。驚いていますね、オスカーさん! さぁ、出ませい!」
たんたんたん
階段を一段一段急ぎ降りて、その存在が姿を——
「はいなの!」
「なんなの、その無駄な振り」
「がーんなの!!」
二つ括りの髪を揺らし、勢い良く現れた瞬間に謂れのないダメだしを受けたアーシャは、そのまま一直線にシャロンの方へとかけ寄り、その腰へとしがみつく。
「うぅ〜。シャロンさまぁ……オスカーさまがひどいの……」
「オスカーさんの仰ることは絶対ですよ」
「泣きつく相手が間違ってたの……」
おそらく2階で3人揃って勉強していたところを、シャロンの指パッチンで急に呼び出されたというのに、散々な扱いだった。
「お呼び立てしたのは他でもありません。
キルカの実の中身を有効活用してほしいのです」
腰にしがみついたアーシャの手をとると、少しだけ屈んで目線を合わせるシャロン。
こうして仲睦まじく触れ合っているのをみると、全然似ていないのに仲の良い姉妹のようだった。
「はいなの。
単に呼ばれただけで意味がなかったらどうしようかと思ったの」
シャロンの言葉を受け、ふぅ、とアーシャは無い胸をなで下ろす。
でもなんでキルカの実なの? とその目はシャロンに向いたままだったけれど。
「では、いきます。
都合の良いことに”倉庫”にひとつだけあったキルカの実。これを異形の頭蓋に仕立て上げます」
「なの……?」
「シャロンの誕生日に、そういう奇祭があるんだってさ。
なんでも、キルカの実を刳り貫いて異形の頭蓋を作るとか。
……待てよ? どうやって刳り貫くんだ?」
はてな? と首を傾げるアーシャ。
説明する僕も、正直なところ半分もわかっていない。”全知”は見えるもの以外にはほとんど無力なのだ。
「はい。それはですね。穴をあけるのです。——たぶん」
え、たぶんって何。
「ちょっ、シャロ」
「えいっ」
穴を開けるって、どうやって、と。
もうちょっと詳細に説明を求めようと静止をかけた僕の声は一瞬間に合わず。
そして彼女の拳が事を為すまで、一瞬あれば十分で。
テンタラギオスをも一撃で蹴り抜き、僕の全魔力を込めたバーベルでも片手で軽々持ち上げる彼女の膂力を遺憾なく発揮した拳は視認できる速度を超え。
ぐしゃりだか、ぐちゃりだか、儚い音すら掻き消えるほどの衝撃でもって。
粉砕された、かつてキルカの実であった存在の成れの果て、橙の果肉が、白っぽい種が、繊維が、皮が、爆散して飛散して、無惨にそこいら中に四散するまでに要した時間は、瞬きよりも短いものだった。
——今回の教訓。または総括。
「古の奇祭こわい」
※あとで惨劇から立ち直ったスタッフの手によって、美味しいパイになりました。
「ところで、シャロンの優秀なセンサー類があればキルカの実の強度もわかったんじゃないのか……」
「はい。ちょっと調子に乗りました。キルカパイ美味しいです」
「美味しいけども」