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久遠の終焉

 さわさわと風が頬を撫ぜる。

 川のせせらぎが耳朶を叩く。

 いまにも一雨来そうな曇り空は太陽を遮り、川面に曇天を写していた。


『ごめん、ねぇ〜……』


 岩場のすぐ近く、あぜ道を少し降ったところにある河原に腰を降ろし、僕とシャロン、『勇者』――そしてその腕の中で抱きかかえられたフリージア。

 その身体はところどころ欠けのある骨格で、臓器はひとつもなく、眼窩に眼球も嵌っていない。


『わたしの……望みのために、こんどはカノンくんが、犠牲に……なる……』


 フリージアは、ぽつり、ぽつりと言葉を発する。

 発声する舌もないために、"念話"のような方法での意思伝達。

 膨大な魔力を蓄えていたフリージアは、肉体を失っているために、その身体からはどんどんと魔力が――生命力が、抜け落ちていく。

 残っている魔力の量は僕からはわからない。けれど、もうあまり残っていないのは、この場にいる誰の目からも明らかであった。


「気にするな。俺は『勇者』サマ、だからな。

 友達の望みを叶えたって、バチは当たらん」


 ふふ、とフリージアの笑いが聞こえたような気がした。


 さぁっと風が吹き抜ける。

 ぽつり。雨粒が一滴、頬を濡らした。


 地下深く、狭い場所に独り在った、在り続けた者の最期。外の世界。

 さいごのさいご、ほんの少しだけ残った時間。ほんの少しだけ残った魔力で、彼女は外の世界を感じ取る。


 ぽつり、ぽつり。

 ついに降り出した雨は、土と水の香りを振り撒きながら、土手を濡らしていった。


 フリージアは、このまま魔力を失い切って、死を迎えるだろう。彼女自身の、その積年の望みの通り。

 そして、最期のその瞬間でもいいから、フリージアを外に連れ出したい、そう思っていた僕の望みも、叶えられた形になる。

 それでも――恩人の最期が冷たい雨の中だなんていうのは、少しだけ悲しかった。

 "童話迷宮"なんてものにぶち込まれてなお、僕はフリージアを恩人として捉えている。

 その苦しみの一端を垣間見てしまったからこそ、僕は彼女を恨んだままでいることはできなかった。


 だから。


「――シャロン」


 隣に佇む最愛に声を掛けると、全てわかっています、と言わんばかりの表情で、彼女は僕に左手を差し出した。


「はい。オスカーさんお得意のやつですね」


「うん。すまないけど、力を貸してくれないか」


「いいえ。オスカーさん、あなたの」


 フリージアへの最後の攻撃に使った左腕は、『勇者』とフリージアの攻防にも巻き込まれず、無事にシャロンの胴体との再会を果たしている。僕を信じて自らの肉体の一部を放り投げるなんて暴挙に出たシャロンだったが、当の本人は『わかりますとも、ろけっとぱんちはロマンですよね』などと、よくわからない受け答えをしていた。


 僕は、そうして『らせん』と共に最後の攻撃を仕掛けたシャロンの左手を握る。

 重要な場合を除いては、シャロンへの負担を考えて行使を控えるようにしている、魔術の使い方。僕とシャロンの魔力を循環させ、放つやり方である。


 その禁を破り、僕は僕の自己満足で、力を行使する。もちろん、負担を掛けないように出力は絞って、だけれど。

 願わくば、シャロンも同じ気持ちだといいな、なんてまたぞろ身勝手なことを思いながら。


「んっ――!」


 僕の魔力がシャロンに流れ込みはじめる瞬間、隣から微かに艶やかな声が漏れた。

 わずかにとろんとした蒼い瞳で僕を見上げるシャロンは、僕と目があうと、はにゃりと幸せそうに、はにかみを返した。

 僕は、空いている左手の手のひらを、天に突き上げる。シャロンに頷き掛けると、彼女は長い睫毛を揺らして僕に倣う。

 危険性はないと判断してか、それとももっと別の理由なのか。

 すぐ隣に腰を降ろしている『勇者』は、こちらを見向きもしない。


 僕の魔力がシャロンに。

 シャロンの持つ、宝玉の魔力が僕に。

 絡めた指を通して、ぎゅるぎゅると回転し、円環し、循環する。

 ふたりの呼吸が同調していく。

 循環して、混ざり合って、高まってゆく魔力。

 どこかしら、新しく編み出した力――『らせん』に通ずるところがあるな、なんてことを考えながら。



「"世界を壊せ――大切断"」


 解き放った魔術が、元は使い道のあまりに少ない、ささやかな効果のものだと、誰が看破できようか。

 空を覆っていた雲には、まるで切り取られたかのようにぱっくりと切り込み状に穴が空いて、青空が顔を覗かせた。より正確には"剥がされた"のだけれど、そのような些細な違いはこの際どうでも良い。

 雲とともに雨が取り払われ、送る場として不足がなくなった。その結果だけで良い。

 雲の切れ目から降り注ぐ日光はあたたかく僕らを包み、まるで誂えたかのようにうっすらと虹まで掛かっている。

 川を渡った向こう岸の側では、本降りになった雨が地面を叩き、此方と彼岸は虹に隔てられたような幻想的な風景が眼前に広がった。



『ああ――』


 フリージアが、感嘆の声を漏らす。

 外の世界は美しい。

 光も、虹も、土の香りも、吹き抜ける風のざわめきも、そして雨すら。

 

『きれい……だね〜……』


「……。

 ――ああ」


 ぽつりと呟くようにするフリージアに、『勇者』をはじめとして僕らも同意する。


『もう、目も……脳もないわたしの意識は……どこに、あるの、かなぁ〜……。

 みんながみてる景色とは、実は……全然違うのかも、しれないね』


 すぐにでも掻き消えそうな魔力の残滓で、ぽつり、ぽつりと彼女は疑問をそのまま伝える。答えを欲していない問。答えたところで、どうなるわけでもない問。

 今の彼女は、もう一瞬先には居ないかもしれない、不安定な存在だ。

 そんな彼女に、僕も『勇者』も、言葉を返すことができなかった。

 だから、シャロンが優しく声を掛けた時に、僕にはすこしだけ驚きがあった。シャロンはフリージアのことを苦手としている――少なくとも、あまり良くは思っていない。そんはふうに、僕は思っていたから。


「はい。そうかもしれません。

 ですが、どう見えていたとしても。美しいと感じるのが同じなら、それでいいのではないでしょうか」


 ほぅ、と息を呑むような気配があった。飲む息もないような身体だが、しかしフリージアは納得したらしい。


『そだね〜。

 おなじ……なら。

 もう……寂しく、ないや』


 最期の最後、ほんの一瞬だけ、骨の姿ではなく、かつてのフリージアの姿が見えた。そんな気がした。

 銀の髪、燃えるような赤い瞳を、ゆっくりと閉じて。

 さぁっと風が吹いたときには、その幻影は消え去っていて。



 そうしてもう、二度とフリージアが何かを発することは、なかった。

 もう、二度と何かを感じたりすることもない。

 

 "夢見"と"不滅"。

 永劫の牢獄を生きた少女が、ただの骨へと変わっていく。

 2つの神名を持っていた少女は、消え行く虹の橋に乗り、その永すぎる生涯に、ようやく幕を降ろしたのだった。

いつも『オスシャロ』をご覧いただき、まことにありがとうございます。


第三章も佳境なのに、短いです。

次の話とまとめて一話となるはずだったのですが、リアル事情の怒涛の忙しさのためにそうも言っていられず。


2017年10月に限っては、更新頻度を落とさざる得ないようです。

ひとまず、今月は週イチ、土曜日に更新できるように忙しさに負けず頑張っていきたいと思います。

お付き合いいただけますと幸いです。よろしくお願いします。

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