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"不滅"の少女と赤衣の勇者 そのいち

 何度目かになるが、僕らとの勝負に際して、フリージアは手加減をしていた。むしろ遊んでいたと言っても過言ではない。

 目の前の光景に言葉をなくした僕は、それを強く認識した。明らかに手を抜かれていたことを知った形になるが、憤りすら湧いてこない。それほどまでに圧巻の光景だった。


 "童話迷宮"に関しては本気だったかもしれない。

 しかし、その後、僕が勝負を吹っかけてからは、大きく手を抜いていた。それがよくわかった。

 おそらくは、僕とシャロンが死なないように。

 光の針の術式も、拘束・麻痺を主としたものであったようで、直撃を受けて身体数カ所を貫かれてみてわかった。身にしみてわかった。

 何度も刺され、何度も白熱する激痛が走ったのは確かだが、手足が吹き飛ぶようなこともなく、針自体も貫通して僕を地面に縫い付けたあと綺麗に消失したのだ。

 ”六層式神成陣”の回復効果を受けた今、すでに傷跡すら残っておらず、若干の痺れと痛みの残滓だけが僕の敗北の証である。


 そして今、『勇者』と相対するにあたり。フリージアはおそらく手加減をしていない。

 全力全開の、永遠にも等しい時を生きた者の、持てる力の全て。

 それは針なんて生易しいものじゃなかった。


 それまでの光の針、光の矢による攻撃は、大きいものでもちょうど僕らが食事に使う、食器ほどの大きさだった。

 それが今やフリージアの足元から湧き出てきているのは、まごう事なき光の槍である。一本一本はラシュより大きく、アーニャより小さいくらいの大きさだろうか。それが針だった頃と同じように、無数に湧き出して空間を埋めていく。


「――なんのつもりだ?」


 それに正面から応じる『勇者』には、気負ったところは感じられない。

 ただの確認。そんな感じだ。


「なにって。試すんだよ〜。

 本当にわたしが強くなったのかどうか。

 カノンくんに見定めてもらうんだ〜」


「少年の影響か?

 ずいぶんと強引だな」


 一本を掠めただけでも致死。

 それほどの魔力が迸り、狭い"結界"内に満ちていた濃密な魔力の気配が、いまや吐き気を催すほどの濃度となっていた。

 『勇者』は顔を顰めたようだが、フリージアも引かない。


「ちょっとオスカーさん、あんまり動かないでください。守れなくなります」


「いや、でもちょっとよく見えないし……」


「いいえ。オスカーさんは私の背中だけ見ていれば良いのです。後ろ姿もかわいいでしょう!」


「かわいいけども」


「えへへー」


 フリージアが行動を起こすときまで横たわっていた僕は、危険を察知したシャロンによって俊敏に抱え上げられ、結界の隅のほう、かつてのフリージアの仲間たちの骨が散らばるあたりに身を寄せていた。

 床石を剥がして申し訳程度の壁を作ってみたけれど、気休めにもなりはしないし、むしろ視界を塞いで邪魔かもしれない。

 それを言ってしまえば、結界の隅のほうも全くもって安全とは言い難いのだけれど。


「ちょっとぉ〜。

 敗者のおふたりさんは、気の抜ける会話をしないでほしいなぁ〜」


 魔力を迸らせ、赤い目を輝かせるフリージアから叱責の声が聞かれた。

 すまない、本当にすまない。


「カノンくんはやることがあるんでしょう〜。

 こんなところで死んでる場合じゃないでしょう〜?」


 こほん、咳払いをして居住まいを正したフリージアが語りかけると、『勇者』はピクリと反応を示した。

 そのに間も、魔法陣からは光の槍は湧き続ける。空間を埋める、光の槍。相手を断罪する、裁きの極光。


「千年も、二千年も生きて来たのは、そのためなんでしょう〜?」


「生きてないよ。死んでないだけだ。お前とおなじだ」


 死んでいないだけ。

 その返答は、フリージアの問いかけに対する答えになっていない、はぐらかしたものだ。

 そう嘯いた『勇者』は、まるで自らの言葉が可笑しかったかのようにかぶりを振った。

 対するフリージアは、それでもにこにことした笑みを崩さない。槍がストックされていく。


「そういうことか」


 対峙する『勇者』は従来通りにダルそうにしていた。

 が、正面からフリージアを見つめていて何か思うことがあったのだろう。

 つまらなそうに頭をボリボリと掻いたのちに、彼は片手を前に突き出した。魔導機兵のパーツのほうの、白くしなやかな細腕だ。

 突き出した手の先に水色の光が帯を作ったかと思うと、瞬きする間すら挟まずに長大な大剣がその細腕に握られているではないか。


 自分にいかにやる気がなくとも、攻撃をされたら対処せざるを得ないだろう。

 フリージアはそう言っているのだ。

 ――そして、その論理には穴がある。『勇者』は"結界"の壁に出入りを制限されない。されても、壊すことができる。

 だから彼が本気で嫌だった場合には、フリージアの相手をせずに外界へと脱出することができる。

 しかし戦闘準備をみせたというのは、つまりはそういうこと。――フリージアの茶番に付き合ってやる、という意思表示だった。


 正面から受けて立つ『赤衣の勇者』の姿に、フリージアは口の端を吊り上げる。

 フリージアが右手を振り下ろす。それに従い、留め置かれていた光の槍、その第一射が――続いて二、五、十、五十、百――光の波が押し寄せる。

 『勇者』を押し潰さんと殺到した光の槍は、耳を(つんざ)く轟音を上げ、光を幾重にも撒き散らす!


「――!!」


「――?」


「――〜!」


『――!?』


 すぐ側にいるシャロンの声さえ聞き取れず、"念話"すらも掻き消される。

 それほどの轟音。それほどの魔力の奔流。


「"――、――、――!"」


 自分の詠唱すら聞こえない。

 それでも無事に効果を発揮した対物理の"結界"に阻まれて、吹き飛ばされてきた大小様々な石粒たちが床に積もっていった。



 もうもうと立ち込めた砂埃がおさまってなお、『勇者』は健在だ。

 『勇者』の立っていた場所以外の床は抉れ、消し飛び、"結界"の底面が露呈している。

 あの光の槍を2、3本でも束ねれば、先ほどの僕の全力、『らせん』の術式以上の魔力量および攻撃力となるだろう。

 それらを何百、あるいは何千と受けてもなお『勇者』と、"六層式神成陣"は健在だった。


 僕がなんとか"童話迷宮"から戻って来られたのも、あれがフリージアに作り出された世界でしかなかったからにすぎない、ということがよくわかる。

 『らせん』なら本物の"六層式神成陣"相手にもいい勝負ができるのでは、なんて密かに思っていた甘い考えはあっけなく霧散して消えた。


 また、そんな規格外な"結界"を一刀のもとに切って捨てた『勇者』の、規格外のさらに外の力に、改めて戦慄する。

 その『勇者』をして殺しきることができなかったという『世界の災厄』とは、いったいどれほどの存在だったというのだろう。出来れば一生関わり合いになりたくない。


 いわゆる『手抜きージア』に二人掛かりで一発を入れるのが限界だった僕とシャロンも、さして弱いわけではない。と思う。

 とくにシャロンは素手でテンタラギオスだとかいう、冒険者組合で危険視されている魔物を屠っている実績がある。しかも一撃で。

 僕にしたって、二つ名が付けられ勲章が贈られる程度には強い、はずだ。蛮族の殲滅はシャロンとの協力魔術によるものだったから、僕自身の力かというと物言いがつくかもしれないけれど。


 ゆえに、目の前で繰り広げられる光と音の乱舞のほうが、異常な光景なのだ。

 ここにカイマンでも放り込もうものなら、たぶん1秒かからず跡形もなく蒸発する。僕なら2秒は耐える。たぶん。


 轟音、閃光、斬りはらい、降り注ぎ、防ぐ。


「――、――。――、――」


 もっとよく見ようと身を乗り出してしまう僕を、シャロンが押しとどめる。

 口の動きの感じから『だめですって、オスカーさん。部屋を明るくして、離れて見ましょう』とでも言っていそうだ。あまり気にしないことにする。


 『勇者』のまわりには半透明の数枚の盾がくるくるとまわり、光の槍を通さない。

 しかし、フリージアの足元からは後から後から槍は湧いて出て、『勇者』めがけて降り注ぐ。これではキリがない。


 『勇者』が口を歪めて舌打ちをする。

 そのまま何事か呟くと、大剣を黒い稲妻がまとわりついた。



 ガオォオオオン――



 ビリビリと、空気が、空間が、狭い『世界』が震える。

 "結界"に入るときに披露したものよりは威力を絞ったのだろうが、それでも『勇者』の一刀はフリージアの守りの魔法陣は言わずもがな。断罪の光の槍を生み出す魔法陣までも、両断している。

 中空に留め置かれていた光の槍も、その大部分が消失。それでもなお、フリージアは笑顔だった。


 両者が見つめ合うなか、空白の時間が1秒過ぎ、2秒経った。


「フリージアが魔法陣を作り直さないのは――それができないからか」


「はい。あの辺りの魔力の力場が、切り取られているようです。

 斬撃の通り道の部分にですね、こう、ぽっかりと魔力の空白地帯があります。

 私の魔力センサーが正しく機能しているなら、ですが」


 そんな現象は、見たことはおろか、聞いたこともない。

 しかし、この『勇者』に常識は通用しない。

 『勇者』に、2万年生きた骨の少女に、残念発言の魔導機兵。この空間にまともな常識を備えた人間枠は僕しかいない。頑張ろう。なにを頑張ればいいのかは皆目検討がつかないが。


「カノンくんだってずっとそんな詠唱してさ〜、人のことガキ扱いするのに〜。恥ずかしくない〜?」


 正面切って見つめ合う二人の口火を切ったのは、フリージアだ。

 あの轟音のなか、正しく詠唱が聞き取れているというのは、かなりすごいことではあるまいか。使い所があるのかは謎なスキルだが。

 骨の身体のどこで音を聞き取っているのかわからないので、もしかしたらなんらかの魔力で感覚を補っているのかもしれない。


「あぁ!? ぐいぐい煽ってくんな、クソ。

 恥ずかしくても使うんだよ。大事な借り物だからな」


「あははは〜。妬けちゃうなぁ〜」


 フリージアは自然な様子でころころと笑う。まるで、笑い方を思い出したように。

 赤い瞳を細めて、笑う、笑う。



 僕は、初めて彼女に出会ったときの、ちぐはぐな表情、能面のような笑いを思い出していた。

 今なら、少しだけ理解できる。


 表情の作り方を忘れるくらいに、孤独だったのだ。

 理解できないほどに長い、永い間。彼女はひとり、ここに在り続けたのだ。

 数字でしか知らなかったその孤独の、そのごくごく一部を味わった僕は、フリージアのその異業の凄まじさを改めて知る。

 神名のせいで滅ぶことが叶わなかった。それはたしかに事実なのだろう。

 それでもなお、折れずに在り続けたのはフリージア自身の強さだ。

 あらゆることを試しただろう。それだけの時間があった。時間だけがあった。時間だけしかなかった。

 しかし彼女は、望みを捨てなかった。"夢見"の神名によって、その望みに対する希望があったからかもしれない。僕だって、シャロンに再び会えるかもしれないという希望のみで、あの世界から脱したのだ。希望があることが、まるで呪いのように自らを縛り蝕むことも、僕は理解した。


 そしてその希望のため、フリージアはあらゆる犠牲を払うことができた。できたのに、しなかった。

 本当になりふり構わないのであれば、僕やシャロンが『勇者』を連れてきた時点で幻覚の世界にでも閉じ込めて、無力化してしまえば話は早かったのだ。

 それを指摘すれば、彼女は『そっちのほうが望みを達せる確率が低かったんだよ〜』なんて嘯くのかもしれなかったけれど。


 ――この茶番の終焉は近い。

 しかしこの茶番を、フリージアは本当に楽しそうに、愛おしそうに最期まで演じる。


 今まさに望みに指をかけた少女の笑顔が、僕の目には、ひどく眩しく映った。

特に意味もなく戦闘領域に放り込んだら、とか考えられる美青年。

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